夢子のホテル大好きシリーズ

妙見温泉 「妙見 石原荘」

天降川のほとりに佇む宿

 煙草の産地国分から霧島に向かって、車はゆるゆると登っている。ついウトウトして目が覚

めると右手に渓流が流れていた。これが霧島の山に源を発する天降川(あもりがわ)か。霧島

火山群の一つ高千穂峯は天孫降臨の神話伝承される地だが、川の名は神話に基づいているとい

う。妙見温泉の看板が見える。そろそろ宿に着く頃だろう。妙見温泉の一番上、人家や宿が途

切れ周囲が自然に戻ったあたりに「妙見 石原荘」はあった。223号線を避けるような形で右

に坂道があり、下り切った右手にレンガ造りの瀟洒な建物が見える。ここまで見て来た昔なが

らの湯治場温泉とは全くイメージが違う風情である。

 

 部屋は1階ロビーに近い「浅緑」。薄暗い部屋の入り口から部屋に入ると余りの明るさに目が

眩むようだ。窓を開けると眼下は天降川。苔むした大きな岩がゴロゴロする中を水が勢いよく

流れている。渓流の音がうるさい程である。天降川を挟んだ向こう岸には、何度も雑誌等で見

かけた「忘れの里 雅叙園」の萱葺き屋根がいくつか見える。石原荘か雅叙園かどちらにしよ

うと悩んだのだが、こんな位置関係だったのか。下流の方では土地の子供達が釣りをしている。

確か6月に鮎が解禁になるのだったか。河原には鴛鴦の番いも見えるが、鶏も何羽かいる。き

っと薩摩鶏を放し飼いにしている雅叙園の鶏なのだろう。時折コケッコッコーと勢い良く鳴い

て、一層鄙びた空気となる。部屋の大きさは、9,5畳。それに洗面室とトイレ。風呂はつい

ていない。部屋の隅の障子戸を開けると、そこは何と水屋であった。床の間の反対側壁にデザ

インされた障子が印象的だ。窓側の天井の板張りが変えてあり、模様入りの擦りガラスが欄間

風に嵌めてあったり、隅々にさり気なく工夫がなされた現代的な数寄屋風の部屋である。

 

 

 

 クローゼットを開けてみると、半分が鏡になっていた。そうか、クローゼットの洋服を着た

ら鏡を見たい。それならばクローゼットの奥を鏡にすればいいのだ。当たり前のようなことな

のに、今まで扉の表に鏡がついたものはあったが、奥に鏡付きのクローゼットは見たことがな

かった。中には、バスタオル、浴用タオルの他に、浴衣、丹前、羽織、帯、足袋、風呂用ビニ

ール袋が備えられていた。赤と黄色の可愛らしい箱の中には、コットン棒とお針セット、爪切

りが入っていた。洗面所のアメニティグッズは、歯ブラシ、固形石鹸、シャワーキャップ、ヘ

アブラシ、レザー、ドライヤー、ティッシュ。トイレは広くシャワートイレ完備。野の花が活

けてある。

   

   

 水屋のシンクの下にある冷蔵庫の飲み物は種類も本数も多い。しかしそれだけたくさん入っ

ていても少し空きスペースがある。持ち込みの飲み物用のスペースというから驚きだ。驚きと

いえば、その値段。ビールが230円!ソフトドリンク120円!料金表には「石原荘コンビニ

値段表」とありお茶目な一面もある。ポットにお湯が沸いていた。お茶受けは黒砂糖で、ここ

が鹿児島だということをそれで思い出した。

  

 夜蒲団を敷いて貰う。寝巻きはガーゼ地で出来たネグリジェ。オレンジ色で可愛らしいが、

常にパジャマ持参なので着なかった。枕元には、氷を入れた冷たい水とオシボリが置かれた。

これで何時寝てもいい。マッサージを頼めるか聞いてみると「いつでもどうぞ」。山奥の温泉

地では、温泉街にマッサージ師が1人しかいないというようなところもあるのだ。やがて女

性のマッサージの方がいらして「お客さん、疲れてますねぇ、凝ってますよ〜」と力強く揉

まれているうちに、夢の世界へ。3500円の至福の時であった。

   

渓流沿いの極楽とは

 石原荘に宿泊する客は、チェックインする時まず露天風呂の予約をすると言う。露天風呂を

貸し切るための予約だ。私もした。夕刻4時50分から5時10分までの20分という。少し

時間があるな、と思っていたら電話があって早く空いたので今から5時までどうぞ、と言う。

4時25分だった。わ〜い、35分もあるぞ。早速浴衣に着替え、下駄を履いて風呂に向かっ

た。正面玄関から右手にちょっと行くと右手に下に降りる階段がある。かなり急な階段を降り

て行くと、川のせせらぎの音がどんどん近く大きくなり、降り切ったところでこの露天風呂の

全容が見えた。大きな石にぶつかり通り道を曲げながら水が流れる天降川がそこに流れ、その

上に露天風呂が2つ。大きな岩をくり抜いたらしい湯船は、その元の岩の色だ。少し小さめの

右側の湯船は赤味がかり、真ん中が深く掘られ、湯船に沿った部分は丸く腰掛けのようになっ

ている。その赤い湯船に今私が立っている足の下あたりから、モウモウと湯気を立てて湯が流

れ込んでいる。黄色味がかった左側の湯船の方が広く、一段下がった形で渓流により近い。脱

衣場の手前のスノコに貼られた「ここでお履物をお脱ぎください」の紙の上には石が置いてあ

る。山側の壁には脱衣用の大きなザルが掛けられている。その奥に掛け湯・上がり湯があり、

洗髪などはここでするらしい。早速風呂に入ろう。先ずは左側のより川に近い方の湯へ。足元

が滑りそうでソロリソロリと湯船に。う〜ん、気持ちいい。少し濁ったぬるめの湯。一番川に

近い場所まで行って川を覗きこむ。この風呂のことを読んだ雑誌には、湯船の縁に腰掛けると

足が川の水に冷たい、とあったが、今はそこまでは近くない。水の多い季節の話であろうか。

次は上の赤い湯船へ。こちらの方が湯は熱い。56度の源泉が熱交換器で調整され、毎分30

0リットルの湯がこの湯船に注がれている。赤い縁に顎を乗せ、腹這いになって天降川の流れ

をぼんやりと眺める。後ろから追いかけるように流れて来た温泉が勢いよく川に注がれていく。

間近に聞こえる渓流の水音と時折聞こえる雅叙園の鶏の声。鶺鴒、白鷺がいる。それだけだ。

あぁ、これを極楽と言わずして何と表現するのだ。

  

   この階段の下に極楽が       ここで履物を脱ぎましょう     脱衣のカゴ

 朝の間、貸し切り予約は出来ない。基本は混浴で共同だ。しかし早朝であれば、結果的に貸

し切りに出来る。誰かに入って来て欲しくなければ、階段の中程に置いてある竹の棒をトウゼ

ンボのように掛けると「来ないでね」という印になる。そんな浮世離れしたような露天風呂に

場違いな金属の箱がある。それは電話で入浴が終わると100番に電話を掛けて入浴終了を告

げるのである。

 露天風呂から階段を登って、宿の逆の方にもう少し進むと大浴場の「黄金風呂・天降殿」が

ある。暗くなると渡り廊下にポツリ、ポツリと明かりが灯り、風情を盛り上げる。建物の手前

に飲泉場があり、竹で作った器の他に鼻で温泉を吸い込みながら飲むことが出来る飲泉カップ

も置いてある。泉質は炭酸水素泉。効能は切り傷、火傷、神経痛、筋肉痛などだが、美肌にも

なるとか。飲用すると慢性消化器病、糖尿病に良いのですって。少し飲んでみたが、ラムネっ

ぽい。天降殿に入ったところは広々としたラウンジ「天の原」。湯上り客のために冷たい水の用

意がある。曜日によってここでコンサートや肩のマッサージサービスもあるのだとか。脱衣場

にはバスタオル、浴用タオルが積み上げられていて嬉しい。大きな湯船に浸かって「ぷわ〜っ」

と息を吐いていると壁面の池田勤氏作「皇神伝説〜恋歌」のレリーフに気がついた。天孫降臨

の神話が隅々にまで生きている。天降殿の利用時間は6時〜23時。

   

季節を感じる洗練された料理

 夕食は6時からサービスが始まるが、昼食が遅かったので7時にして貰う。部屋食で一品一

品ずつ運んでくれる。先ずは竹筒に入った白酒で小皿の器には桜の花びらが1ひら。鹿児島で

は雛の節句は旧暦の4月3日に行われるのだそうだ。筍や天麩羅にした雪ノ下、甘草、そして

タラバ蟹玉締めに被せて出て来たつわぶきの葉や、山女魚など地元のものを巧みに使っている。

かと思えば、阿久根で捕れた鯛や薩摩黒豚など鹿児島のうまいものやクチコの火取星子といっ

た高級食材を取り入れていてバランスも良い。自家製のものもあり、薩摩黒豚に添えられた柚

子胡椒は青唐辛子がピリリと刺激的な辛さで舐めるように食べてしまった。器も全国から取り

寄せたという陶器がそれぞれ料理に合っていて目にも楽しい。これまで多くの宿に泊まって来

たが、宿の食事で心底うまいと思ったことは数回しかない。この石原荘は、数少ない「食事が

本当にうまい宿」である。料理を運んでくれる若い女性は控えめながらハキハキしていて良い

サービスをしてくれる。大いに酒が進んだ。

夕食のメニュー:青竹に入れた白酒、先附け(タラの芽の胡桃和え、筍の姿焼き、雪ノ下・

甘草・ワカサギの天麩羅)、タラバ蟹玉締め川茸餡がけ、阿久根鯛の雪掛けと車海老、蕪煮 

取星子、山女魚の山椒味噌焼き、柚子シャーベット、薩摩黒豚鍋 自家製柚子味噌添え、

ンゴウとじゅんさいの吸う酢のもの、鰻の蒸し鮨、白魚の赤だし、香の物、マンゴムース

  

  

    

    

 朝食も楽しい。自家製の汲み上げ豆腐と具たくさんのさつま揚げなど手の込んだ調理もあっ

て、朝食に力が入っていることが見てとれる。何より嬉しいのは、ご飯が釜で炊いたものが供

されたこと。部屋ごとに予約時間に合わせて炊くらしいのだが、私のように1人で泊まる客に

まで釜で炊くのは気の毒な思いだった。しかし、久々にお釜からご飯をよそって食べる幸せを

味わった。

  朝食のメニュー:赤いグレープフルースジュース、自家製豆腐、自家製薩摩揚げ、焼魚の醤

  油風味、厚焼き卵、モロコの佃煮、独活サラダ、コンニャクと若布の酢味噌和え、おから、

  梅干し、キャベツと黄ニラのお浸し、香の物、釜炊きご飯、アサリの味噌汁、苺

   

   

センスが溢れる館内

 館内を歩いて思うことは、そこここに洗練されたセンスが溢れているということ。花が多い。

買った花ではない。自然いっぱいに囲まれた宿ならではの野の花を集めて。「花守り」が毎日の

ように季節の花を集めているようだ。「花守り」といえば、温泉自慢のこの宿には「水守り」も

いらっしゃるし、専門の竹細工の職人もいるとか。溢れる美的センスには、雄弁なもてなしの

心となる。

   

   

妙見石原荘の全景

 この宿は西鹿児島の日本料理「石原荘」の別館として建てられたと何かで見たのだが、聞い

てみると今は独立して経営をしているらしい。建物は新しいが、既に30年以上の歴史を持つ

ようだ。私が泊まった浅緑も含め数寄屋風客室が5室、民家風の客室2室、現代和風の5室の

客室、4階にある貴賓室2室、そして特別室「椿の間」の全15室。見た訳ではないが一つとし

て同じ造りの部屋は無いのだそうだ。

 客が到着すると奥のラウンジに通され、お茶を飲みながらチェックインする(らしい)。私

はこの日、昼食つき立ち寄り湯の客から、そのまま宿泊客になってしまったのでその儀式は省

略したが。このラウンジではコーヒーやアイスクリームなどを食べることが出来る。午前9時

から午後5時まで立ち寄り入浴が出来る。1人30分1200円で露天風呂の貸し切りも可能。日

帰り昼食プランは、午前11時から午後3時まで会席料理が4000円から楽しめる。食事は、1

階に5室ある料理茶屋「花」「舞」などの座敷で摂る。

フ   フロントの前には、売店。宿の従業員の方々が着ている現代的なモンペや、女将が一つひと

つ絵を描くという小石を使った箸置(5つで1500円)、飲泉場にあった飲泉カップ(1500円)、

宿で使っているガラス製品、近郊在住作家の陶器、自家製のチーズケーキや柚子胡椒などが売

られている。どれも普通の温泉宿の土産らしく無いことが却って購買心を刺激されるらしく、

たくさんの品が売れていた。私もどっさり買いました。

  

   フロント奥のラウンジ         売店           料理茶屋にある囲炉裏

 さて、この素敵な宿にどう行ったらいいか。行って来たのに、よくわからない。ハハハ。行き

は貸切りバスで宮崎から桜島などを経由して行ってしまったし、帰りは霧島、えびの高原、霧島

神宮に足を伸ばしたしなぁ。JR日豊線の隼人からバスかタクシーで行く方法が一般的のようだ。

しかし、遠方の方には良い話。鹿児島空港からタクシーに乗れば、15分で着いてしまうのだ。

時折、静かな温泉の上空を飛行機が飛んでいる。飛行機に乗れば、天降川沿いの露天の極楽にす

ぐ入ることが出来る。

                                      おしまい

データ:妙見温泉 「妙見 石原荘」

    住所:〒899−5113 鹿児島県姶良郡隼人町妙見温泉

    電話:0995-77-2111  FAX:0995-77-2842

    HP : http://www.m-ishiharaso.com

    料金:1泊2食つき1人2万円(税・サービス料別)が標準。

1万8千円から3万5千円まで可能。私は1人で泊まったので2万5千円だった。

行きかた: 鹿児島空港からタクシーで15分

     JR日豊線「隼人」駅からタクシーか

            々   林田バス「霧島いわさきホテル」行きで「安楽橋」下車すぐ

 ★石原荘の昼食内容は、「パクパク日記」2年3月2週に収録していますのでご参照ください。

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