夢子のホテル大好きシリーズ

神戸北野ホテルと異人館通り界隈

2000年生まれのホテル

 秋の痛いほどの陽射しを浴びてそのホテルは建っていた。ヨーロッパのお菓子の家をそのまま

大きくしたような可愛い外観。鋭角の屋根が目を引く。左手にホテル内にある2つのレストラン

の看板とメニューが掲出されている。正面玄関までの両脇には丹精込めた花々がこぼれ咲く。白

い板枠のガラス戸を開けると板張りで白を基調とした気持ちの良い空間。玄関から入って少し奥

は吹き抜けになっていて、明るい陽が差し込んでいる。大きな花瓶に活けられた花がその下でツ

ンとすまし顔で飾られている。壁には大きな柱時計。右手はそのまま談話室になっていて、英国

アンティークの家具や真っ赤なソファセットがいくつか配置されている。正面の向こう側は中庭

になっているらしく、窓越しに食事中の客がちらちらと見える。左側に少し大きめのデスクと椅

子があり、そこがレセプション。ホテルの前に着いてからここまでほんの1〜2分なのだが、神

戸北野ホテルがただならぬ熱意を込めて作られたホテルであることを感じる。細部にこだわった

センスの良さを肌に感じる。中庭の方から愉しげな話声に笑いが混じって聞こえて来る。匂いは

しないのだが、美味しそうな空気だと思う。神戸北野ホテルを事前に調べて来た私でも「わぁ〜

いいなぁ」と素直に思うのだから、知らずに来た人はびっくりするに違いない。驚きも嬉しい驚

きなら歓迎ね。そして他にも愕きは待っているのだ。

                             左が正面玄関                     赤のソファが印象的な談話室

 2000年の6月にオープンしたばかりで未だ真新しい。全客室30室のプチホテルである。だ

が、プチホテルと書いて、それでいいのかと迷う。フレンチレストラン「アッシュ」とダイニン

グ・カフェ「イグレック」を擁したオーベルジュ・ホテルの顔も持つからだ。それともラグジュ

アリー・スモールホテルが相応しいか。どの顔も持っているから、特定は急ぐまい。愕くのは、

全30室に1つとして同じ部屋が無いという点である。広さもデザインも色調も調度も違う部屋

なのである。とはいえ、私が泊ったのは1室だから、この目で確認した訳ではないが「そうなの

だ」そうだ。朝、早立ちの客の部屋が開けっ放しになっていたので、2室こっそり覗いたが本当

に部屋の雰囲気はガラリと違っていた。このホテルは、山口浩氏が総支配人にして総料理長を兼

ねている。

秘密の屋根裏部屋のような

 私が泊ったのは3階のデラックスダブルルーム。部屋に入って目に飛び込んで来るのは、内側

に斜めに食い込んだ窓側の壁と奥の巨大なダブルベッドである。秘密の屋根裏部屋が実は豪華な

寝室だった、といった作りで愉しくなる。そしてソファ、チェア、ベッドカバー、カーテンに至

るまで部屋全体が小豆色がかったピンクの濃淡で統一されている。全部が乙女チックなので、マ

ッチョな男性客だったら、頬を赤らめそうだ。

 横に長い形の部屋の左下が出入り口。正面に2つ、右側の突き当たり2箇所に窓。右下半分が

バスルームだ。正面玄関の真上の3階に位置し、窓は突き出て垂直だが、急勾配の屋根に沿った

横壁が斜めに部屋に食い込んでいて、何とも不思議な雰囲気だ。2人掛けのソファ、背の高い肘

掛椅子、ガラスの丸いテーブル。引き出し型と観音開きの箪笥はどちらもアンティーク家具。ベ

ッドの大きいこと。縦より横の方がデカイ。夫婦に子供3人の5人一家でもこのベッドでいける

かもしれない。今晩はこのベッドで1人寝るのね、ふっふっふ。ソファとベッドの間には、白い

レースで覆われた丸いテーブルの上にラジオと金色の時計。テレビも冷蔵庫の上にあるのだが、

こうして独立してラジオがあるのは珍しいかもね。右側突き当たりの窓の外は、小さなベランダ

があり椅子とテーブルもあるのだが、窓が開かず出られなかった。

 バスルームに入ると余りの明るさに目が眩みそう。真っ白な壁と灰色の大理石に囲まれたバス

ルームが明るい照明で輝くばかりだ。シンクの蛇口、シャワーヘッド、カーテンレール、タオル

スタンド、トイレットペーパーホルダー、トイレのレバーなどの真鍮がピカピカ光っている。正

面大きめの台の真ん中に洗顔用シンク、左側にバスタブ、右手がトイレ。トイレは最新式のシャ

ワートイレ。バスタブの向こう側半分は窓で目隠しのために下がったカーテンがレース生地であ

ることだけでも十分に乙女チックなのに、何とシャワーカーテンまでがレース地でびっくり。こ

んなの初めて見た。バスタブのシャワーは、固定型とハンド型が両方あるのは良いのだが、ハン

ド型が短くてバスタブに座ったまま使用するには使いにくい。シャワー時に熱湯が出てくる可能

性もあるから気をつけてね、という注意書きがあったが、カランで出していても熱湯に変わって

しまうのでボーッとはしていられない。アメニティグッズは、案外少ない。固形石鹸2、ティッ

シュ箱1、コップ2、バスケットに入ったシャンプー1、コンディショナー1、歯ブラシ1、シ

ャワーキャップ1、カット綿と綿棒、そしてそれは柔らかいへアブラシ。お洒落な布の袋があっ

たので貰って行ったら嬉しいな、と開けるとドライアーが入っていたので諦めた。石鹸、シャン

プー、コンディショナーはホテルオリジナルではなく、いずれも英国製の輸入品だった。バスタ

オル、フェイスタオル、ハンドタオルは1枚づつで普通の厚さというか薄さであった。バスロー

ブは無い。シンクの前に背の高い藤の椅子があって、部屋が暗いので、この椅子に座って明るい

バスルームで書き物をする。モロッコ以来だ。全体では清潔感の溢れる居心地の良いバスルーム

である。

   

   

 

 お茶のセットが印象的。洋服ダンスの横に、真っ赤な布で覆われてそれはあった。布を捲ると

ロンググラス2、ワイングラス2、小さな茶碗2、コーヒーカップとソーサー2、それに立派な

ティーポットと赤いポットウォーマーがある。これもホテルでは初めて見た。いいわねぇ。大き

めのポットにはお湯も沸いている。ドリップ方式のコーヒー2、煎茶、ほうじ茶、それとMy眠

り薬のカモミールティのティーバックが1つづつある。あれ? こんな立派なティーポットとポ

ットウォーマーがあるのに、置いてあるのがこれだけ? 煎茶やほうじ茶のティーバックをティ

ーポットに入れて飲む人は少ないでしょ。カモミールティもティーバックだしねぇ。折角ここま

でやるのなら、紅茶の葉を置いてくれたら、ぐんとサービスが噛みあうんだけど。欲を言うなら、

私は使わないけど砂糖とミルクもね。スプーンと。ついでに使用済みのお茶を捨てる入れ物もね。

ここまで言うなら、お茶の茶碗にコースターはイケマセン。やっぱり茶托です。 

 洋服ダンスには、小型の金庫がある。いいね。使い捨てのスリッパ1組、ハンガーは4つと少

なめか。パジャマがある。5分袖の白いパジャマで、自前のものを持って行ったのに、体重が減

ったお陰で着ることが出来たので嬉しくなった。引き出しダンスの一番上に、イエローページの

他に2冊の本があった。普通は聖書が置いてあるけど、ここには、周藤真雄著『究極の説法 密

教の道七十年』(東洋出版)と津志本真氏の『薔薇』(求龍堂)がある。『薔薇』は津志本氏が育

てた薔薇を同氏が撮影した写真集で、故司馬遼太郎氏が前文を書いている。薔薇も素晴らしけれ

ば、構図、色彩、照明も工夫の上に工夫がされていて、見ていて感嘆する。後刻1階の談話室に

もこの『薔薇』が置いてあったが、このホテルと津志本氏と密接な関係があるのだろうか。1万

6千円もするのに、87年に初版、92年には3版とあって、結構売れていることを発見。『究極の

説法 密教の道七十年』は字がとても大きく、これなら読めると思っただけで読みませんでした。

          お茶のセットには赤い布が  赤い袋はティーウォーマー        洋服ダンス内部

私も着ることが出来たパジャマ    『究極の説法 密教の道七十年』と『薔薇』

北野町にホテルはあって

 ここ神戸北野ホテルは、三宮の北側(山側)のトアロードを上って行き、山本通り3丁目のち

ょっと手前の右側にある。神戸の地形は、山が海に迫っていて平地が少ない。三宮駅から北側は

暫く行くと上りに差し掛かる。JRや阪急線に平行する大きな道は、下から生田新道、山手幹線、

パールストリート、山本通り(通称異人館通り)、北野通りがある。それと直角の形の筋が西か

らトアロード、ハンター坂、北野坂、不動坂となる。この縦・横の道が北野町一帯の斜面に張り

付いたように巡らされ、山の上の「錨山」、「市章山」、「堂徳山」のネオンが夜の神戸の街を見下

ろす格好となる。北野坂を上って行くと北野町広場があり、その近くにはアメリカ総領事シャー

プ氏の邸宅として作られた「萌黄の館」やドイツ人貿易商トーマス氏の旧邸で重要文化財の「風

見鶏の家」、もっと上には「うろこの家」、「うろこ美術館」などがある。トアロードの名前の由

来は、現在神戸外国倶楽部になっている場所に「トアホテル」があったことから付けられたのだ

そうだが、北野工房のまちなどが道沿いにある。どこもここも坂ばかりの北野なのである。

    

              どこも坂道ばかり     消火栓までオシャレ

 そこで私は坂の上り下りを避け、ひたすらヨコ歩きをすることに決定。ホテルに一番近い山本

通り、通称異人館通りを蟹のようにヨコに這おう。宮崎県には、確か縦に歩く何とかという蟹が

いたがそれは無視しよう。トアロードから異人館通りに入ると、とても瀟洒なマンションがいく

つかある。建物の外観もいいし、何よりこんなロケーションだ。私も是非こんなマンションが欲

しい。しかしもう人が住んでいる気配があるから今買いたいと言っても無理だろう。と、思った

ら、いくつかのマンションの入り口には「ただ今分譲中」とか「○○号室にモデルルームオープ

ンしています」などと張り紙があるではないか。未だ間に合うのだ。いやいや、止めておこう。

最初のマンションを5分間熟慮?して買ってしまったという「チョー調衝動買い」の苦い経験も

あるではないか。その夜入手した情報によると、この近辺のマンションは静かだしキレイで住む

上での環境は良いが、三宮まで歩いて15分の坂と食料品の買い物が不便で主婦は泣いていると

いう。良かった、買わないで。慎重な性格が幸を奏した。「シェウエケ邸」。英国人建築家のハン

セル氏が自邸として作った屋敷で、現在も住んでいる人がいる。利休館。レストランで結婚式場

もやっているのね。あらら、こんなにステキなレストランが。輸入チーズの店ですって。宝飾屋

さんも多いのね。あら、感じの良いバーだなぁ。夜来たいね。オープンカフェには外国人のお客

さんがたくさんいる・・・・・・。そんな風にぷらぷらと歩いているだけで、愉しい異人館通り

なのであった。いくつもの国がここに自然な形で一体化している、そんな町が北野町界隈なのだ。

しかし、神戸・淡路島の大震災で、この一帯も大きな被害を受けた。観光客も、3年程前までは

ほとんど来ないツライ時期があった。しかし見事に魅力を蘇らせて復興した北野町界隈を今多く

の観光客が坂を登って喘ぎ、洒落た街並に目を輝かせている。

    

 ヨコ歩きにも限界がある。いずれ道は終わるからだ。仕方なく少しだけ北野坂を下りることに

する。下からは徒歩でゼイゼイ息を吐きながら大勢の人達が上って来る。60代位のオバ様方が

「うろこの家までは行かんとなぁ」などと話している。それはずっと上だよ。輸入雑貨の店やレ

ストランが坂道沿いに並ぶ。その雑貨屋を覗いて見ると、東南アジアを中心としたセンス良く、

しかもとてもお安い品がズラッと並んでいて楽しい。つい手に取り、これもいい、あれは土産に

なると品定め。ベトナムやインド、インドネシアなどの品物は人を引きつける。結局店を出たの

1時間後で、その店の1人当り売上部門において多分今年一番の買い物をしてしまったのであ

る。荷物は持って行ける量ではないので送って貰ったが、翌日着いたダンボールの中には感謝の

手紙が入っていた。買った品物より、店の女性とお喋りしながらの駆け引きが楽しかった。通り

を挟んだその店の前に、レンガ造りで緑の植物に囲まれた喫茶の店があった。西村コーヒー店。

何だか「この店に入らないで北野町界隈を歩いたなんて言わせませんよ〜」と言われているよう

で、吸い込まれるように道を渡る。何段かの階段を上るとレンガの床は水が打たれ、ライオンの

口から水が流れている。店に入るとロングスカートをはいたノーブルな女性のお出迎え。喫茶店

に入るのに緊張した覚えなぞ成人してからは記憶が無いのだが、何だかここでは緊張する。通り

際の4人掛けのテーブルに案内され、出て来たのは木で作った表紙のメニュー。益々緊張。ヨコ

歩きでも天気が良い日は喉が渇く。冷たいものが良かったのだが、何せロングスカートで待たれ

ているしなぁ。「ブルーマウンティンコーヒーを」などと一番高いコーヒーを無理して頼んでし

まった。ついでに「ホホホ」と笑ってしまおうか。

    

             西村コーヒー店  マイセンの高価な人形もさりげなく置いてある

「アッシュ」と「イグレック」の食事

 めくるめく快楽、という言葉に相応しい夕食と翌日の朝食。まずはメインレストランの「アッ

シュ」に向かう。中庭を真ん中にして左側に「アッシュ」が、右側にオープンな作りの「イグレ

ック」がある。店に入ったところにバーカウンターがあり、ここで飲み物は用意されるようだ。

40席のレストラン内部は、かなり照明を絞っていてほの暗い。女性だけのグループ、カップル

のお客が多いようだ。テーブルにつくと赤い液体に明りがともった小さなワイングラスがテーブ

ルに置かれる。「これにてディナー開始」という感じがして嬉しい。食前酒と食後酒だけを書い

たメニューを見る。シェリー酒のゴンゾイロにしよう。小前菜のタラバ蟹とリンゴとコンソメジ

ュレ。小さく切ったリンゴがシャキシャキとうまい。料理の回りにかけられているのは、蟹の甲

羅から取ったソース。もっと食べたいけど小前菜なので、あっという間におしまい。

   

まるで赤ワインのようなテーブルキャンドル     タラバ蟹とリンゴとコンソメジュレ

フォワグラと鴨・ほろほろ鳥のテリーヌ コンソメジュレとフレッシュ香草添えが運ばれて来

る。テリーヌに添えられたコンソメジュレとフレッシュハーブを乗せて食べると複雑な味がして

美味しい。フォアグラってねっとりとしてうまいなぁ。食べ終わるとホール担当氏恭しくこう告

げる。「次のお料理は、アッシュのスペシャリテ「グルヌイユ」でございまして、かのベルナー

ル・ロワゾー氏がオーナーシェフを務めるフランス3ツ星レストラン「ラ・コート・ドール」の

看板料理を私どもの総料理長山口が日本人の味覚に合いますよう多少アレンジを加えたもので

ございます」立て板に水のごとくの説明を受けて、私つい「あ、はぁ・・・」。料理が運ばれて

来て、納得。知っていますよ、これなら。少し前に夜更けても眠れず、NHKのテレビを見た。

「未来への教室」といったか。世界で活躍する色んな分野の超一流の方々が講師となって、子供

に自分の世界を語り、やって見せて教えるという素晴らしい番組だ。たまたまスイッチを入れる

と、フランスの愉快なおっちゃんという感じのベルナール・ロワゾー氏が子供達を相手に熱弁を

奮っていた。料理の楽しみ、創意工夫が活かされる世界の魅力、三ツ星を獲得した料理を考案し

た背景などを嬉しそうに語る。同氏は、バターや生クリームをたっぷり使った従来のフランス料

理に代わるものを模索し、水や野菜のピュレを使う料理を考案したのだ。ロワゾー氏の「水の料

理」。子供達は話しを聞いた後、いくつかのチームに分かれて実習に移る。厨房に行く子供もい

れば、テーブルセットやサービスの勉強をする子供もいる。「ラ・コート・ドール」ではテーブ

ルセッティング時フォークを裏返してセットする。子供はその理由を聞いている。(ここ「アッ

シュ」でもフォークは裏返しでした)そして三つ星料理の「グルヌイユ」を全員で作り、子供達

の両親も混じって試食するところで番組は終わっていた。私も食べてみないなぁ、でもきっと無

理だろうなぁ。その料理が今私の前にある。「グルヌイユ」。カエルのフライ 根セロリとパセリ

ソース。ロアゾー氏は緑のパセリソースの真ん中にニンニクの白いソースを置くことを考案した

が、山口総料理長は、ニンニクソースが日本人には刺激が強すぎると考え、根セロリのソースに

アレンジしたとか。カエルは、中華料理で何度も食べている。知らずに食べればチキンのような

味と歯ざわりだ。「手で骨をつまんで豪快にお召し上がり下さい」と言われるが、とてもお上品

な大きさ(小ささ)なので、豪快という訳にもいかない。緑と白いソースを混ぜてたっぷりカエ

ルのフライにつけて食べる。うん、うまいね。サッパリしていて。でも根セロリのソースは、ク

セのあるパセリソースに対抗するには淡白過ぎて存在感が薄くはないかなぁ。白ワインをゴクリ

と飲んで、2匹目に手が伸びる。最後はソースが美味しいので、パンで全部拭って食べた。

    

あんこうの蒸し焼 あん肝のソース オランダ豆と姫人参添え、和牛とフレッシュフォアグラ

のステーキ 恩野菜添えとコースは進む。グルヌイユ以外は、どの料理も3種位から客が選択す

る。あんこうは蒸し焼にしてあるが、ちょっと生臭みが残っている。付け合せの野菜は甘くてう

まい。和牛はやや硬いが、フレッシュフォアグラやまこも茸、ラディッシュ、アスパラなどの付

け合せ、ソースと合わせると良い一皿。チーズがずらりと並べられた大皿が運ばれて来て、コー

スの中には無いが希望があればお切りします。1種500円です、って。もうちょっと赤ワイン

も飲みたいので、バランセ、フルーダメル、モンドールを選ぶ。ドライフルーツ(無花果、アプ

リコット、洋梨)・胡桃パンと一緒に出されたから、かなりのボリューム。ダイエット中という

言葉を記憶から抹殺する。そしてコースを食べる前に選択を迫られ、デザートの中から選んだフ

ルーツミネストローネを食べる。うまい! めちゃくちゃうまいぞ。メロンをメインにした冷た

いスープに、たくさんのフルーツがミネストローネの材料のように浮かび、その真ん中にバニラ

アイスクリーム。女性パテシィエの自信の作というが、これなら納得。ハーブティ、プチケーキ

まで頂いて、美味しい夜は大満足のうちに更けていったのだ。禁煙なのが、唯一つらい。

    

                  アンコウの蒸し焼     和牛とフレッシュフォアグラのステーキ            チーズ3種

    

             絶品のフルーツミネストローネ

夜も良ければ朝も良い。何といっても「世界一の朝食」なのだから。ルル・エ・シャトーと

いう世界各国のラグジュアリー・スモールホテルの協会から「世界一」の称号を与えられたのは、

前述のベルナール・ロワゾー氏。山口氏はその「ラ・コート・ドール」の朝食を師匠のロワゾー

氏から公式にプレゼントされた、ということだ。朝7時から始まる朝食は、ダイニング・カフェ

「イグレック」で取る。店内の半分を開け放し、そのまま中庭のテーブル席へと続いている。当

日の朝はどんよりとした曇り空であったが、煙草を吸えるのならと中庭の席に座る。小さな庭だ

が、四方を瀟洒な建物に囲まれて気持ち良い。オーガニックジュースは、オレンジもあるがグレ

ープフルーツを選ぶ。薄い黄色ではなく、オレンジがかった色をしている。大きなカップのコー

ヒーと暖かなミルクがたっぷり。バスケットに焼き立ての自家製パン。クロワッサンやフルーツ

ケーキが6種も入っている。全部食べられるかしら。リンゴ、ブルーベリー、木いちごの自家製

ジャム3種と栗の花の蜂蜜、バター。全部食べられるかしら。生ハム。ヨーグルト。これには栗

の花の蜂蜜が合うようだ。カットメロン。大きなプラム。半熟卵には、ブルターニュ産のフルー

ル・ド・セル(塩の花)をちょっと振って食べると更にうまい。タピオカ・レーズン・ナッツの

牛乳煮。これは季節によって変わるらしく、クスクス・オーレやライス・オーレが出る日もある

ようだ。クロワッサンがサクサクとしてうまい。パンはどれもうまい。全部食べられないのが悔

しい。リンゴのジャムは砂糖煮といった感じで新鮮。プラムはぷっくりと甘く煮てある。タピオ

カ・レーズン・ナッツの牛乳煮にもほんのり砂糖が入っているらしく、やさしい味だ。この朝食、

ヨーロピアンモードのプティデジュネ・コンプレというのだそうだが、朝からこんなに満足して

いいのか!と自分に問いかけるような食事だ。問いかけてみたら「たまにはいいじゃん」とのこ

とだった。2500円で、宿泊客でなくても食べられる。

 たった1泊しかしていないのに、朝食が終わる頃には、ヨーロッパに住む大金持ちの友人の別

荘に招かれているような錯覚さえする。お互いに招かれている友人同士は知らない人だが、それ

ぞれの招待客が満足できるように、別荘のスタッフの心遣いがさりげなくされている、という感

じ。これで最後に料金の精算が無ければ、本当にそう思ってしまうのだけどね。でも現実はきっ

ちりと遣った分の支払いはするのだ。残念だけどトーゼンだ。しかしお安いのです。オーベルジ

ュ・グルマン・プランで申し込んだが、ダブルのシングルユースでも、1泊2食つきで2万5千

円。リーズナブルでしょ? 

 その日1階のロビーには結婚式の受け付け台が出されていた。着飾った人もちらほら。チェッ

クアウトする時、中庭を覗いてみると、先程まで世界一の朝食を食べた中庭に祭壇が置かれて、

結婚式のリハーサルが行われていた。朝には空を被っていた雲が去り、中庭にも陽が射している。

そこは幸せな世界だった。

    

                                                            おしまい

泊った日/2001年10月

「神戸北野ホテル」 〒650-0003 神戸市中央区山本通3丁目3−20

                    電話:078−271−3711 FAX:078−271−3700

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