夢子のホテル大好きシリーズ

 

オーベルジュ土佐山

土佐の山奥のオーベルジュ

 オーベルジュはレストランを主役としたホテルだ。シェフが料理を中心にレストランの立地を考える場

合、水が良いとか新鮮な野菜が入手しやすいとか飛びっきりの魚介類が手に入るといった理由で、まま

客にとっては不便な場所になることが多い。料理のためとはいえ、ディナーを楽しんだ後の客は何時間

もかけて帰らなくてはならない。それでは申し訳ないので宿泊施設も作ってしまおう、というのがフランス

で生まれたオーベルジュの思想なのだろう。2、3年前から、雑誌の洒落た宿の特集には、オーベルジ

ュ土佐山が何度も取り上げられていた。「部屋にはテレビも無い、何もしない、をするホテル」と紹介され

ていたような気がする。この宿に泊まるためだけに高知に行こうか、とも思った。しかし高知空港から1

時間以上もかかるとなると容易ではない。一旦諦めたがいつか機会は来るだろうと思っていた。

 よさこい祭りを今年こそ見に行こうということになり、ついでにオーベルジュ土佐山に泊まれないかと、

地元出身の友人がダメ元で予約を試みると2部屋の空きがあった。予約を取りにくいホテルということで

幸運を喜びながら、友人と彼女の娘2人(小学校2年生と4歳)、そして私の4人で車に乗り込む。高

知市内からひたすら北西方向の鏡村、そして土佐山を目指して。高知の海に大河となって注ぎこむ鏡

川の源流に向かって山を登っていく。かなり狭い道で、時々バスも通るから擦れ違う時は大変だ。その

上工事中箇所が多くて、車の中は緊張が走る。友人は「運転大好き」なのだが、それは運転がうまいと

いうことではないと白状するので、余計恐くなる。早く着くより、安全が優先ということでゆっくり走ったか

ら、市内から30分と言われたが45分位かかっただろうか。途中道に迷って工事をしている人に尋ねる

と「オーベルジュ土佐山なら、その橋を渡って左」とスラスラと教えてくれた。そんな都会のヤツが来るよ

うな気取った宿屋なんか知らない、という答えも予想したのに。それほど地元にも有名なホテルらしい。

ホテルが見えて来た。左手の東川の手前に、スタイルの違う木造の建物が3棟あるらしいのだが、木立

に囲まれて全容はわからない。入り口手前に植物のアーチに囲まれたオーベルジュ土佐山の看板が

あった。

     

 アプローチのカーブした階段の両脇には水が流れており、それが玄関脇の階段から一斉に落ちてい

く。その先は建物の周りに浅い池のような形で広がり、水路に囲まれた宿という効果を生んでいる。ロビ

ーから見ると下の方に赤い釣り橋が見える。何だかこのような景色は見た記憶がある。デジャブか。い

やいや、それは3ヶ月前に行ったバリ島・ウブドのフォーシーズンズリゾート サヤンの雰囲気によく似て

いるのだ。アユン川の替わりの東川、吊り橋、周囲の段丘のライスフィールド(水田)、建物には水が張り

巡らされているところまで似ている。このホテルを設計した人は、サヤンのホテルを参考にしたのだろう

か。ロビーは剥き出しのコンクリートと木材、ガラスで構成され、天井が高く、明るい。ほぼ中央に暖炉が

置かれていて、冬場は赤々と薪が燃えるのだろうが、今は真夏なので火は無い。チェックインすると、大

人だけ好みの浴衣と帯を選べと言われる。オーベルジュで浴衣? しかも館内は浴衣で過しても良い

のだと言う。フロントの隣には温泉フロントも併設されていて、何だか温泉宿に来たような気もして来た。

最初に感じたフォーシーズンズサヤンの雰囲気があるのに、温泉宿のようでもあるし・・・・。

   

「ぬ」の部屋は

部屋に案内される。友人母子は「り」の部屋、私は「ぬ」の部屋。ここは部屋にいろはにほへと・・・・と

ついていて、部屋名の書は、沢田明子さんという書家によるものという。ホテルでは数字番号、旅館で

は花や山の名前が多い中で、部屋のネーミングも書描きもユニークでセンスが良い。一番左手の2階

建ての建物が客室棟で、吹きさらしの廊下の右側に上下6室ずつ並んでいる。部屋はツインルームで

広さは24u位だろうか、案外狭い。部屋に入って左側にトイレ、突き当たりがバスルーム、突き当たりを

左に折れると右側にソファスペースと窓、左側に2つのベッド。トイレと向きは逆だが対になった形でクロ

ーゼットがあり、足袋と草履が置かれていた。トイレとクローゼットの壁は土佐和紙が貼られていて、一見

お洒落なのだが、部屋の真中に学芸会の大道具があるように見えなくも無い。和紙も木材も地元のもの

が活躍している。毛布でベッドメーキングされた低めのシングルベッドが2つ。ソファベッドは、3人泊ま

る時に使われるのだろう。ソファの逆側には、キャビネットが2つ。手前のキャビネットの引き出し部分に

お茶のセット、冷蔵庫、物入れがあり、その上にはホテルのあちこちで見かけるCDプレイヤーと同じタ

イプのものが置かれている。窓側のそれは、蓋を引き出すとライティングテーブルになる。部屋が狭い

から窓は大きくはないが、床まであって、眼下の緑と山百合の花、目の前に吊り橋、その下に川が流れ

ている。景色は山と水田。天気が悪いせいか、盛んにガスが発生し、刻々と山の斜面に沿って流れて

いる。CDはフロントで2枚まで貸してくれる。こんなことなら自宅からお気に入りのものを持ってくれば良

かった。サティと賛美歌を借りたが、賛美歌は合唱が上手でなかったので、もっぱらサティを聞いた。コ

ーヒーを飲みながら、ゆっくりしたテンポの「ジムノペディ」を聞き、吊り橋を黒猫が渡って行くのを眺めて

いた。テレビなんか無くても退屈はしない。が、空調の音が気になる。

     

     

     

 冷蔵庫の中の飲み物はビール4、ウーロン茶2、ミネラルウォータ2と種類は少ない。飲み物の値段表

が無い。朝食の場所や時間の案内も無く、いくらシンプルにと言っても部屋備え付けの案内にはもっと

気を使った方が良い。お茶のポットには水は入っていたが、沸いてはいない。1人用のドリップコーヒー

があるのは有難い。バスルームは全体が白く明るい。窓がある。洗面台はステンレスで無機質な感じを

狙っているようだ。歯磨き、シャワーキャップ、くし、髭剃り、石鹸、ドライヤー、ティッシュ、大小タオルと

常備しているアメニティグッズは必要最低限。なみなみと湯を張ったバスタブにどっぷり浸かって外の

景色を眺めたら、さぞ気持ちが良かろうと思うのだが、何せこの宿には天然温泉がある。一度も使わな

いことになってしまった。部屋の貴重なスペースを取っているだけにもったいない。部屋もバスルームも

余計なものは「纏わない贅沢」というこちらのコンセプトを貫いているようだ。

      

   

   

オーベルジュで温泉に入る

 温泉に入ろう。1階のフロントの脇に温泉フロントがある。一般客利用もあって、そのためのシューズロ

ッカーや自動券売機がある。大人800円、子供400円。営業時間は午前10時半から午後9時半まで。

宿泊客は、朝6時半から8時半も利用出来る。温泉フロントでバスタオルと浴用タオルを貰って温泉棟

に向かう。右手につどいの間という宴会場があり、4つに仕切って小グループ用に、開け放ったら最大

120名の大宴会も出来るようだ。高知市内や地元民の「温泉入って宴会」という需要に応える施設なの

だろう。左手には、リラックス・ルームがあり、広い部屋に大きなテレビ、テーブルと椅子、マッサージ椅

子などが並べられている。部屋にはテレビが無いから、どうしても見たい人はここに来る。部屋の奥には

ずらりと飲み物、アイスクリーム、たばこの自動販売機が並んでいた。廊下の天井は黒い模様が組み合

わされていて面白い。ここの湯はふっ素イオン・メタほう酸で泉度は17度というからかなり低い。沸かし

ているのだろう。大きい浴室の右手には洗い場、左にサウナ、突き当たりに湯船がある。湯船の向こうは

ガラス張りで露天風呂が見える。沸かしても湯はぬる目。外に出ると広い板張りのデッキに露天の湯船

がある。プワーっと温泉溜め息をつき湯に浸かりながら、山を這うガスの動きを見ていた。何でもゆった

り広いのに部屋だけが狭いのが難だが、風呂場にもちょっと不満があった。カランもシャワーも押してお

湯が出て来る仕組みだが、出ている時間がとても短い。だからしょっちゅう押していなければならない。

京大の霊長類研究所の天才ゴリラが勉強する時、盛んにボタンを押す姿をテレビで見たが、あんな感

じ。シャンリンシャンも古い。シャンプーとリンスは別々のものにしてね。 

オーベルジュの食事は

 ダイニングルームは午後5時からオープンする。昼食が遅かったので夕食は午後7時にして貰った。

うなぎ屋でも賑やか過ぎた2人の子供だったが、オーベルジュのダイニングルームで他のお客さまにお

邪魔にならないかと心配だった。パンフレットには「もしかしたら、とてもわがままなレストランかもしれな

い。確かに、日々極上の食材を求め、そのコンディションにこだわり、納得のいく料理しかお出しできな

いのだから。・・・・・・本物のオーベルジュ。春、夏、秋、冬、めぐる地場の旬の幸を選び抜き、生かし切

る。その一皿がもたらす至福のひとときに、かなう贅沢はない。」とあった。マズイ。4歳の亜美ちゃんは、

今が自意識の伸び盛り。断固と主張し、NOW!を言い続け、走り回る。予約時に「小さな子供が2人い

るのですが」と言っても「どうぞ、どうぞ」といっこうに構わない様子だったと。大人2人は慣れない浴衣を

着て、恐る恐るダイニングルームに向かった。入り口の左手にワインや高知の地酒が並べられ、板敷き

に床座という形でテーブルが並べられている。右側にはカウンター席もある。浴衣でフレンチもなぁ、と

思ったのは間違いで、和風創作料理ということだった。そして私達4人が通された部屋は、個室の座敷

だった。ここなら存分に騒いで暴れても大丈夫よ、亜美ちゃん、ということだった。座敷と書いたが、一応

パーティスペースということになっているらしい。今日は3部屋に仕切っていた。畳はビニールのモドキ

ものであったが。

 生ビールでこの日の晩餐が始まった。この日のメニューは、とろろかん、前菜:枝豆・ふくさ焼、

鱧皮煮凝り、向付:カンパチ平造り・スズキへぎ造り、雨子塩焼、冷し野菜、赤牛サイコロス

テーキ、和風シュウマイと天麩羅、鰹タタキ、海老しんじょう清まし汁、ご飯、香の物、冷し

白玉ぜんざいというものであった。生ビールをもう一杯飲んだ後は、地元の冷酒、土佐鶴生貯

蔵、鬼辛を飲んだ。なんだか上手なコピーのお陰でイメージをふくらませ、大きな期待をして

来たのに、いつもの宴会料理のようなコースで気が抜けた。別に美味しくなかった訳ではない。

それはそれで結構であった。しかし、この和風創作料理のコースを供して「オーベルジュ」と

名乗るのは違うのではないか、と思うのである。「天然温泉 土佐山」なら満足したと思うけど

ね。食材について一々質問する私に、面倒臭そうに応える女性の態度にも、ちょっとどうかと

思いましたですよ。朝食も和食であった。

    

    

    

      

           子供用夕食プレート               朝食膳

 食後、気になっていたリバーサイドバーに行く。2階にあるフロントから1階に下りる階段の

踊り場のような位置にあって、朝10時からはティーラウンジ、夜はバーに変貌する。子供を

寝かしつけてから一緒に飲もうと友人は部屋に帰った。カウンター席が7つ、5つの椅子が取

り囲む丸テーブルが2つ、窓際に2人用席が2つ。既に食事を終えたお客が地元の焼酎などを

飲んでいた。カウンター席についていつものジントニックをタンカレーで作って貰う。ここは、

オリエントホテル高知グループと土佐山村、地元の個人で出資した第3セクター方式で平成11

年完成したのだそうだ。建設に当っては、なるべく地のものを活用しようという方針で、ホテ

ルの入り口や、このバーの作りにもある「土佐派」という木を剥き出しにした建築方式を採用

したと聞く。確かに土佐派は巧みに活かされている。オリエントホテル高知グループは、オリ

エントホテル高知、和風別館吉萬、土佐和紙工芸村くらうど、木の香温泉、雲の上ホテルで構

成されている。従業員の方々は、夜の仕事が終われば、私達が苦労して車で登って来た狭い山

道を苦にもせずに高知市内に帰るのだそうだ。リピータのお客は、道が広くなんかならなくて

良い、不便なままが良いと言うらしい。従業員の方もそれを望んでいるようだった。タンカレ

ーはそれで無くなったということで、ボンベイサファイアに代えて2杯目、3杯目と酒が

進む気持ちの良いバーであった。

  

  

宿からの風景

 雨女である。高知空港に着いて暫くしたら、それまでピーカンだったのに激しい雨が降り出した。ホテ

ルに着いた時、ポツリポツリと降り出した雨は、途中止むどころか本降りとなって、散歩に出掛けることも

出来ない。図書室がある。図書類は少ないが、ゆったりとしたソファセットが落ち着く。ガラス越しにテラ

スが見えて、晴れていたら川や山を見ながらゆっくりと座っていたい椅子がある。今日は雨を見ているし

かあるまい。

 翌日も朝のうちは雨だったが、ようやく上がった。朝早く起きて、部屋の真下にある赤い吊り橋を渡る。

橋の向こうには、このホテルのヴィラ棟がある。ヴィラは4つあって、部屋は、わ、か、よ、たである。泊ま

る直前にヴィラが1つキャンセルになったので、ツイン2部屋をヴィラに変更しないかとホテルから連絡

があったそうだ。ヴィラなら家族一緒なら最大6名まで泊まれる。友人は大いに悩み、小さな子供が私

に煩かろうと予約はそのままにしたらしい。雑誌で紹介されるのは、決まってヴィラの寝室からテラスを

臨む写真だ。一度見てみたい思いもあるが、今回はこれで良い。橋を渡ると川がよく見える。下流方向

に巨大な石があって驚く。橋が突然揺れた。後ろから人が来たのだ。この橋を、昨日雨の中、色鮮やか

な浴衣を着た女性と連れらしい男性が傘をさしながら渡って来た。ヴィラの客だろう。このヴィラには最

低2人使用で1人客は泊めないと聞いた。橋を渡り切って振り向くと、私達が滞在する客室棟が見える。

白いブラインドを半分までしか上げていない私が泊まった部屋、その隣には友人と娘がもう起きていて

部屋から手を振っている。和む絵柄だった。

    

    

    

 ホテルの手前の広場に建物がある。とんとんのお店と付属して土佐山村料理研究室。とんとんのお店

は地元の野菜や果物、特産物を販売し、奥はそばやうどんなどの食堂になっている。朝9時から開店と

いうことなので行ってみると、今朝採って来たばかりの野菜達がずらりと並んでいた。ゆうべ食べた琉球

(ずいき)が青々とした茎を見せ、長さ30センチの長い茄子もある。いずれも100円である。買って行き

たい気持ちは山々だが、帰るのは3日後なので諦める。産み立て玉子は人気らしく売り切れだった。

    

 さて、チェックアウトをして支払いをし、考えた。料金はツインのシングル利用で1泊2食1万8千円であ

る。ツインの2人利用なら1万5千円。ヴィラも1万8千円である。全館で14室、最大収容人数60名の規

模の宿では高くは感じない。不便な場所を考えれば適当と思える。それとも高知の人からは高い宿な

のだろうか。村民住民票というのを友人が持っていて、部屋代の1割、数百円は安くなった。何を考えて

いるかと言えば、満足出来る宿だったかということだ。素晴らしい点はたくさんある。土佐山という地元と

垢抜けたセンスが融合している建物や、そっくり残っている自然は素晴らしい。しかし、オーベルジュと

名乗っていながら、本来のオーベルジュとイメージが違い過ぎるのはマイナスだ。飽くまでもゆったりを

演じながら、小さなところのケチ臭さが気になる。コンセプトを作った人はすぐれた仕事人なのだろう。し

かし、実際に運営していく段では現実の諸問題にぶつかる。現実が優先してしまう。友人は、温泉など

を併設するのはセコイと断じている。オーベルジュならオーベルジュらしく、温泉客も呼びたければ「自

然温泉 土佐山ホテル」で良いではないか、と。それもこれも「オーベルジュ」というフランス語を宿の名

前にしたことが引き起こす悩みなのではないだろうか。身体は満足を覚え、頭にはモヤモヤとしたもの

を残したまま宿を後にした。

                      吊り橋を渡る黒猫

                                                     おしまい

データ:「オーベルジュ土佐山」

 〒781-3222 高知県土佐郡土佐山村東川661  電話:088-850-6911

       http://www.orient-h.co.jp               ファックス:088-850-6933

   チェックイン午後3時  チェックアウト午前11時

 料金:1泊2食付き  ホテル棟 1万5千円から   ヴィラ棟 1万8千円から

 行き方:JR高知駅から車40分   高知空港から1時間10分

      県交北部交通バス堺町発 午前10時15分、午後5時発 約50分 岩屋渕下車徒歩10分

      送迎バス:オリエントホテル高知前(要予約)

       ホテル日記のトップに戻る   夢子倶楽部のトップに戻る