夢子のホテル大好きシリーズ

日本の宿ひだ高山 倭乃里

囲炉裏の炎を求めて

雨の中を車で倭乃里に向かう。高山の町を左手に見過ごし、飛騨一宮駅も通リ過ぎる。昨日郡上八

幡に1泊し、世界遺産の白川郷を見て、今飛騨古川から向かっている。つまり、名古屋経由で来るルー

トとは逆に走っているのだ。一宮交差点を右折して暫く走るが、住宅街で民家と学校などがあるばかり

で、風雅な宿があるような風景ではないなぁ。不安になって来る。道を間違えたかと思う頃、見計らった

ように看板があり、旅人は安堵する。宮川上流の橋を渡る頃には、周りの景色もそれらしい気配が出

て来た。交差点から4、5キロ、ようやく左手に「倭乃里」を見つけた。駐車場は更に奥で、玉砂利を進

んで車を停める。荷物をおろしていると、いつの間にか、宿の方らしい年配の男性が傘を4本手に立っ

ていらした。「雨の中をようこそいらっしゃいました」と細い手に4人分の荷物を持つと「正面玄関は先程

通って来られたところですので」と言って、車の移動作業に移られた。宿は下の方にあるのに、私達が

来たことをどうやって知ったのだろう。どこから、ここに来たのだろう。一旦道を戻って、立派な門構えか

ら宿の敷地に入る。長いアプローチだ。木々の緑が美しい左手は小さな崖になっていて、かみなり岩と

いう大きな岩があった。その下にいくつかの離れが見え、更にその下には川が流れているのか、渓流

の音が聞こえる。100メートル程歩いた正面に本館。この母屋は、築後150年の県内・神岡の豪農屋敷

を移築していると聞く。玄関先には、涼しげな水受けに西瓜や胡瓜が冷されている。暖簾をくぐると、左

手はとても大きな囲炉裏の間になっている。囲炉裏の間というより、広々とした土間の真中が板敷きに

なっていて、その真中が大きな囲炉裏なのだ。夏というのに、囲炉裏には薪が焚かれて、田舎の祖父

母の家に帰って来たかのような錯覚を覚える。囲炉裏を囲んで、お茶を頂く。「濡れた傘は乾かして明

日お返し致します」と言われたが、その傘は広い土間に開かれ、ここで乾かすということだった。

  

  

離れ「苅安」が私達の部屋

  「お部屋にご案内しましょう」と女性のスタッフが、私達の浴衣類を手に先頭に立つ。離れまでの傘

は、昔懐かしい番傘である。久々に持ってみると意外に重い。下り坂になった細い道を進む。川が一層

近くなったのか、流れの音も大きくなった。高山市内に悠々と流れる宮川の上流だ。川の流れを利用し

た水車もある。右手に並ぶ離れは「天領」、「臥龍」と続き、3番目の「苅安」に案内された。その奥に「位

山」がある。ここは敷地面積が1万5千坪もあるのに、離れ4室、母屋にも「一の宮」、「飛騨」、「古都」、

「宮の間」の4室と、全部でたった8室しか無いのだ。何とも贅沢な土地の使い方だ。離れの建物の屋

根は萱葺きの合掌造り。「苅安」に入ってみると、広い土間と板敷きの踏み込みがあり、可愛い下駄が

ちょこんと揃えられていた。滞在中は、これを履けということなのだろう。部屋に入った途端、一面の緑

が目に飛び込んで来てびっくりする。えーっ?こんなに大きく開け放っていたら、気持ちも良いけど虫や

蚊が入って来て大変じゃない!!!大声で言う私に、女性スタッフも驚いて「私も数年ここにおります

が、虫が入って来たというようなことは一度も聞いておりません」と困惑顔。その時、私は大きな誤解を

していたことに気が付いた。ガラスがあったのだ。ガハハハ、ごめんよー。キレイに磨かれていたし、あ

まりに大きな窓だったので、開け放しているとカン違いしてしまった。部屋の説明を受けた後、彼女が手

にしていた浴衣類を手渡される。「こちらは浴衣、こちらはジンベエ、大きさは3種類ありまして小、中、

大が2つございます。どれをお召しになっても、そのままでお食事やお風呂にお出掛けください」。ふー

む、私達がお茶を飲んでいる間に、宿はしっかりサイズ選びをしていたのだ。小S子さんにはS、R子は

M、大S子と夢子には大。色とりどりである。全員ほぼサイズがあって嬉しい。大きな窓のある部屋は、

談話室で天井が非常に高い。その天井から竹製の印象的な照明がぶら下がっている。扇風機も置い

てあるが、お盆とはいえ、涼しくて使わなかった。みんな早速お茶を入れ、お茶請けの「梅抹茶」と「か

たりべ」というお菓子をパクついている。冷たい水で満たされたポットもある。さり気なく置かれた和紙に

は、私の名前入りで「ようこそ ようこそ どうぞごゆるりとおすごしくださいませ 女将」とあった。

  

  

  

  

談話室の奥は立派な座敷だ。床の間と廊下のついた10畳程の部屋で寝室として使う。床の間の左

側はちょっとしたコーナーになっていて、江戸時代女性が化粧に使ったような合わせ鏡や木製の電話

が置かれている。座敷の隅で、女性が身だしなみを整えるというイメージなのだろう。今日の女性客4

人は誰も化粧しないから、もったいないが。テーブルには「倭乃里」の敷地に咲く野の花や薬草を暦月

ごとに紹介する印刷物や、宿が記事に掲載された雑誌類が置いてあった。縁側と反対側にある唐紙を

開けると、そこにはヒミツ部屋があった。2畳程のごく狭い部屋だが、真中にドッシリとした火鉢型のテ

ーブルがあり、妙に落ち着く。この夜、私は自分の布団をズルズルと引きずってこの部屋に運び、真っ

暗な小部屋で熟睡したのであった。冷蔵庫は、手前に引っ張る珍しいタイプである。地ビールがあった

が、何故か1300円と高い。冬氷室という冷酒も1合1500円、4合瓶は6千円とこれまた高い。その代わ

り、小樽ワインの白は1200円と手頃な値段だった。

  

    

     

  

 

洗面所は、談話室の隣。コーセーのヘアトニック、リキッド、アフターシェービングローションの男性用

セットが備えてあるあたりは、一昔前の宿っぽい。女性客用には、紫の小物袋が用意されていたが、中

身は綿棒やヘアブラシなどが入っているだけで特徴的なものは無い。何故か消毒用のエタノールとガ

ムテープが置いてあり、最後まで何のために用意されているかわからなかった。タオルは、フェイスタオ

ル、バスタオル共人数分用意されている。洗面所の右側が内風呂で、循環湯だそうだが、お湯で満た

されていた。内湯からも庭の緑が美しい。左手にトイレがあり、シャワートイレである。

さぁ、大浴場に温泉を浴びに行こう。全員ジンベエを着込み、玄関に置いてある下駄を履き、番傘さ

してカラコロと母屋まで歩く。大浴場は母屋の地下にあるのだ。このヘンは雪深いと思われるが、冬場

の温泉通いは、ちょっと大変かもしれない。冬になると、スタッフの方は毎日雪かきをされるそうだ。檜

風呂と岩風呂の2つがあり、一日交替で男女が入れ替わる。到着した日は檜風呂に入り、翌日の朝は

岩風呂に入った。この岩風呂にある岩が巨大なもので、風呂場だけでは収容出来ずに、1階の女性ト

イレの壁に突き出ている。設計した人も工事した人も随分悩んだのだろうなぁ、とトイレで思わず写真を

撮ってしまった。脱衣場には、タオルが山積みされていて嬉しい。湯上りには「麦茶をどうぞ」と詰めた

い麦茶サービスも嬉しいね。入浴時間は、午前7時から午後11時まで。

とにかく素晴らしい食事

夕食は午後6時半にお願いした。食事処は、やはり母屋の1階。大きな座敷をつい立で仕切ってあ

るので、隣は見えない。係りの女性の応対が、過不足なく心地良い。「本日のお夕食は、夢子さまとい

う方の卒業祝いの膳と伺っております。当宿の女将から、夢子さまにお祝いのワインを差し上げたいと

申しておりますので、どうぞ」と、白ワインをプレゼントされた。祝いの膳なんて全く聞いていなかった。

旅仲間の3人が気を利かせてくれたらしい。その上、3人からはデコレーションケーキのプレゼントまで

あり、うろたえる。「倭乃里」の皆さんは、彼女達のケーキの注文に、高山市の評判のケーキ屋さんを

調べて「シェ・ゴー」に注文してくれていた。カンドーである。さて、葉月の献立。食前酒の紫蘇ワインで

始まり、先付には芋茎と車海老のあぶらえ味噌かけ、以下、前菜:新ジュンサイ吸い酢叩き長芋梅肉・

鰻の握り鮨・粟麩の木の芽田楽・ミニトマトの蜜煮・無花果甲州煮・ミニ小倉カラスミよごし、吸い物:冷

し枝豆すり流し 帆立吉野打ちと蒸し鮑、造り:鯉のあらい あぶらえ酢味噌と土佐醤油、冷し鉢:水晶

茄子の地鶏射込み饅頭 水前寺海苔添え 蟹身ととうもろこし敷き餡、焼物:飛騨牛の石焼(飛騨牛ロ

ース70グラム・アスパラ・椎茸・小切り茄子)、口替わり:トマトのシャーベット、炭うどん 鱧焼き霜生雲

丹酢茗荷、地の物:あじめどじょう、月見草の天麩羅、天然鮎の塩焼き、食事:薪炊き釜ご飯 ジャコ有

馬煮添え、田舎味噌仕立て飛騨豆腐、香の物:自家製漬け物、水菓子:杏仁豆腐カラメルソースとクコ

の実と一気に食べる。これだけ食べるには、9時までかかったが。地の食材を使ったお料理も結構なら

盛り付けも美しい。薪で炊いたご飯も旨い!その上大きなケーキ付きなのだから、大満足の晩餐であ

った。あぁ、満腹!

      芋茎と車海老のあぶらえ味噌かけ 「あぶらえ」とはエゴマのこと              葉の上にポチがある花いかだ

        旨いものがどっさり集合した前菜    冷し枝豆すり流しの底には帆立と鮑が      蓮の葉に涼しげな鯉のあらい

   水晶茄子の敷かれた蟹身ととうもろこしの餡が良い               この飛騨牛の旨いこと!!

鱧や生雲丹の下には炭を練りこんだうどん       あじめどじょうの天麩羅               この鮎が旨い!!

け物も薪炊きご飯も田舎味噌汁も旨い! カラメルソースがいいねぇ  ケーキには「夢子さんこれからもよろしく」

「食後は囲炉裏の間で、かっぽ酒でもどーぞ」と言われた。パンパンのお腹をさすりながら、囲炉裏

の間に行くと、既に食事を終えたお客が、かっぽ酒を振舞われていた。薪で沸かした鉄瓶に、青竹の筒

を入れてお燗をする酒は高山の「鬼ころし」。全国には「鬼ころし」と名付けられた日本酒は9種類あると

聞くが、高山が元祖だと宿の方から教えられる。つまみは生のトマトをざっくりと切ったものや漬物。知

らない客同士でも、囲炉裏の火を見つめていると、自然に会話が始まる。念のため聞いてみた。「大酒

飲みのお客がずっと飲み続けたらどうするのですか?」「はい、ずっとお付き合いいたします」と宿の方

はニッコリと笑った。部屋に帰ってみると、既に布団が敷かれ、何と夜食が用意されているではないか。

青い朴葉で包んだお鮨であった。もう食べられんよ。

   

      朝の食事がまた豪華だった。今日の食事場所は、母屋の2階で、この部屋も趣きがある。既に小さ

い七輪の上には朴葉味噌が載せられ、美味しそうな香りを放っている。朝のお膳は、自家製ざる豆腐、

朴葉味噌、岩魚の塩焼き、自家製飛竜頭、黄身が三分の一の厚焼卵、汲み上げ湯葉、芋蔓煮、漬け

物、ご飯、赤だし味噌汁、カスピ海ヨーグルトという内容。朝からこんなに頂いて良いのかしらん、と後

ろめたい程の豪華な食事だが、卵の黄身を減らしたり、カスピ海ヨーグルトなどを組み込むあたり、健

康にも留意しているという姿勢が見えて感心する。薪で炊いたご飯はやっぱり美味しくて3杯食べてし

まったよ。食後は、例によって「囲炉裏の間で煎れ立てのコーヒーをどうぞ」と勧められ、コーヒーをご馳

走になる。囲炉裏の間は、朝、昼、夜共に嬉しいサービスに満ちている。

     

                豪華な朝食が並びました       飛騨豆腐を使ったざる豆腐は驚くほどカタイ     黄味三分の一に抑えた出汁巻

   

                七輪で焼く朴葉味噌 これでご飯3杯はイケル   飛竜頭には芥子を載せて         昨夜は鮎、今朝は岩魚

13年目を迎えた「倭乃里」

平成15年「倭乃里」は創業13年を迎えた。こんな場所の広大な敷地に、たった8室の純和風旅館を

作ったのは誰だろう、と思っていた。その答えは、客室にあった雑誌を見てわかった。意外なオーナー

だった。新大阪のニューオーサカホテルである。大昔のことだが、毎週大阪に出張していた頃、何度か

泊まったことがある。昨夜食事中に挨拶にみえた女将の壁屋直枝さんが、同社の社長に見込まれて、

未経験ながら宿作りに加わったとあった。以来、スタッフと共に夢中で宿の運営に当って来られたよう

だ。客室や宿の随所にさり気なく飾られた野の花は、女将さんが活けているらしい。この宿は、四季を

存分に楽しむ宿と見た。景観、野の花、料理で季節の移ろいを実感する宿だ。寒いだろうが、部屋から

見る雪景色も良いかもしれない。花の頃も美しかろう。紅葉の素晴らしいに違いない。ホスピタリティに

溢れた気持ち良いスタッフ、そして何より美味しい料理に惚れてしまった。

                                                  おしまい

データ:泊まった日/平成15年8月     書いた日/平成15年10月

     日本の宿 ひだ高山 倭乃里

     岐阜県大野郡宮村1682 電話:0557-53-2321 FAX:0557-53-2320

     行き方:

     車の場合、名古屋方面から国道41号線 一宮交差点左折 4.5キロ

     電車の場合、JR高山駅から前日までに予約の上、送迎車利用 あるいはタクシー(約20分)

http://www.wanosato.com

         チェックイン:午後3時  アウト:午前11時

     料金:3万円から5万円 (1泊2食つき)

      シーズン、週末、平日、宿泊人数、部屋で料金が異なるようなので、宿にお問い合わせ下さい。

      私達は、ノーマルで4人宿泊1人3万3千円の部屋を、JTBの宿プランをネットで予約・決済した

             ので、4人利用で@2万9100円(1泊2食)でした。

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