夢子のホテル大好きシリーズ

唐津「洋々閣」

 もったいないことをした。数年間憧れていた宿に初めて泊まることが出来たのに、本当にも

ったいない滞在をしたのだ。福岡出張の帰りに唐津と呼子に短い旅をした際、唐津に「洋々閣」

という名旅館があることを知った。初めて訪れた唐津が魅力的な街だったので、再訪の予感が

した。次は必ず洋々閣に泊まろうと決めた。4年後の1月中旬、唐津の鮨屋に夜行くというこ

とが先に決まった。さて、宿だ。夕食無しで泊まるだけなら、洋々閣はもったいない。どこか

寝るためだけのホテルにしてしまおうか。迷っているうちに、友人から電話があった。「夕食無

しで洋々閣さんが1人でも泊めて頂けるというので、予約しておきましたよ」。あらら、有難い

ような、困ったような。でも嬉しい。お世話になろう。

 夜6時の鮨屋での待ち合わせに少し時間がある。チェックインする私に男性友人2人もつい

て来た。落ち着いた玄関に3人で立つと、「さぁさぁ、みなさんお上がりください。寒かったで

しょう? 熱いお茶でもどうぞ」と全員を歓待してくれる。「泊まるのは私だけなんですけど」

と言う私に「夢子さまでしょ? お連れさまもどうぞ、どうぞ」と歓待の姿勢に変わりは無い。

ふ〜む、何だか普通の宿と違うなぁ、とその時から思った。

 部屋に案内された私が戻ってみると、連れの2人は社長であるご主人の大河内さんにお相手を

して頂きながらラウンジでお茶を飲んでいる。「今夜のお食事は「つく田」さんですか?」。温

和な大河内社長に聞かれて、ギクリとする。どうしてわかるのだろう。何か言い訳をしなけれ

ばと焦ったのか「あらを食べたかったものですから」と、とんでもない返答で地雷を踏んでし

まう。それから大河内社長からご丁寧に説明頂いたのは、洋々閣のお料理の秋から冬の名物料理

はあらを使った料理ということだ。11月初めの「唐津・おくんち祭り」の時は、30〜40キ

ロのあらを仕入れて、お客さんにお出しするのだとか。内線電話で取り寄せたアルバムや雑誌

に掲載された洋々閣のあら料理を見せて頂いているうちに、汗がじっとりとしみ出て来る。そ

んな素晴らしい洋々閣の夕食を食べない私は相当ツライ。

  

    洋々閣の建物を2階の客室から見る                 脇玄関

「ただいま〜」と帰ったら

 唐津市内の「つく田」でたっぷり美味しいお鮨を頂き、これから福岡に帰る男性4名に送ら

れて宿に帰ったのは午後10時半も回った頃だった。ひっそりとした玄関で「ただいま〜」と

言いながら入っていく。出かける前に門限をお聞きしたら、「一応12時ですが、どんなに遅く

なっても結構ですよ。ご遠慮なく遊んでいらして下さい」と優しく送り出された。何だか悪い

なぁ。女将さんが出ていらして「お部屋のお風呂の他にも大きなお風呂が沸いていますからど

うぞ」と優しく声をかけてくれた。夜遊びする問題娘を叱るのではなく、優しく諭す保護者に

会ったようでキマリが悪い。それでは大きなお風呂に入らせて貰おう。風呂は1階右手にある。

温泉では無いが、それのように温まる湯だった。その日の朝、黒川温泉「山みず木」の露天風

呂で転んで擦り剥いた右のお尻が,熱い湯にぴりぴりと沁みて痛い。檜の湯台と桶が新しく気

持ちが良い。湯から上がってほの暗い宿の中を歩くと、そこここに何げなく花があることに気

がつく。珍しいとか高価な花ではなく、自然な花や植物が自然にあったような活け方は、見た

人間を楽しませる。どなたが、これほど多くのお花を活けているのだろうか。翌朝女将さんに

伺うと、季節季節の花を求めてあちこちに行かれているのだとか。成果が少なかった時は、宿

の庭の花も活ける。宿全体では膨大な花の数があって、毎日専門の「花守り」担当の方が活け

ているという。それだけ苦労されていることを知って、また驚くが十二分にご苦労は報われて

いる。

     

      

真新しい「玄海」の部屋

 泊まった部屋は、正面玄関の真上に当たる「玄海」の間だった。昨年の暮に出来たというか

ら、未だ3週間弱のピカピカのお部屋だ。入ったところが2畳ほどの控え間があり、左手に洗

面所、トイレ、風呂がある。唐紙を開けてまず目に飛び込んで来るのは、真正面の大きな窓。

窓の外は宿の自慢の庭が広々と広がる。何と素晴らしい景色だろう。たっぷりとある和室の障

子の向こうに縁側の役割のような横長の和室。その部屋窓から庭の景色が楽しめるのだ。青々

とした畳を見て、久々に畳みの良さを思い出した。部屋の隅々まで掃除が行き届いた清潔な和

室で、ゆっくりと過ごすのも良かろうと思うのだが、夜遅く帰ったので、時間が無い。部屋に

帰ると布団が敷かれていて、枕元のスタンドの灯りが優しい。シーツ、枕カバー、上掛けのカ

バーまで洗い立てで気持ちが良い。浴衣は浴用とは別に、大・中・小の3種類が用意されてい

て、体型ごとに合わせることが出来る。もっとも私は持参のパジャマで寝たのだが。

 細やかな心遣いが部屋中にさりげなくなされている。クローゼットを開ければ、布貼りのお

針箱がある。テレビの横には、唐津の観光案内や地図を入れた箱があり、お香が焚き染めてあ

って、何とも良い香りが漂う。中のタクシー観光プランを見ると、唐津市内めぐりはもとより、

呼子・波戸岬・名護屋城址コース、伊万里・有田窯元コース、平戸コース、吉野ヶ里・柳川コ

ースなどがある。私は既にどの場所にも行ったことがあることに気がついた。唐津は九州北西

部の地域のどこにも便利が良いのだ。案内箱の傍らには、女将さんの手によるようだが、手書

きの宿の案内もある。リモコンは中側が布張りの箱に収めるとい言った「隠すセンス」に溢れ

ている。電話でモーニングコールをセット出来るのも、旅館では嬉しいサービスだ。

洗面所、トイレ、風呂場も清潔感に満ちている。トイレはシャワートイレ。バスケットの中

に大中小のタオル、洗面台の横にもハンドタオルが積み上げられている。1階の大浴場にも大

小のタオルがたっぷり備えており、日本旅館に泊まった時タオル不足に泣くことが多いが、こ

こは違う。備え付けのローション類は、男性用のものが多かった。風呂は、ユニットバスだが、

湯台と桶は檜の真新しいもの。結局このお風呂には入らなかったので、使い心地はわからない。

  

 

庭を見ながらの朝食

   早めに起きて、大浴場で朝風呂を浴びる。未だ露天風呂での名誉?の負傷のお尻が沁みる。

  さっぱりしたところで、朝食室へ。良いお天気で、洋々閣の自慢の庭が朝陽をいっぱいに浴び

  ている。広い芝生に踏み石が効果的に敷かれ、石灯篭や樹齢の古い黒松が見事な回遊式庭園で

  ある。食堂の手前にある角部屋「左用姫の間」は、二面の戸を開け放つと庭の中にいるような

  錯覚を覚える素晴らしい部屋だ。昨日泊まりもしない連れの男性が「お庭を拝見したい」とワ

  ガママを言うと、大河内社長はわざわざこの部屋の雨戸を全部開けて見せて下さった。申し訳あ

  りません。

                             右が「左用姫の間」

   案内された席から庭を見ていると、係りの女性から、ご飯と麦粥のどちらが良いかを聞かれ

る。粥なら珍しくも無いが麦粥は食べたことがない。それを頼む。魚を今から焼くので少し時

間がかかるが、粥はすぐ持ってきても良いかとも。なるほど、ここでは朝食のおかずを肴にビ

ールや酒を楽しむお客も多いのかもしれない。今日は「無酒日」の予定なので、すぐに食事に

して貰う。そこに社長がいらして「おはようございます。麦粥にされたと聞きました。ゆ

うべは、かなりお早いお帰りだったそうですね」と声をかけられる。え?いやはやそのはれ。

  何でもご存知だ。今や唐津名物にもなった「川島豆腐店」のざる豆腐を食べる。時々我が家の

  食卓にも上るざる豆腐だが、大きいので送って貰うと3〜4日は豆腐漬けを覚悟しなけらばな

  らない。ほうれん草のお浸し、ひじき煮、ちりめん山椒、金山寺味噌、野菜サラダ、香の物。

  そこへ茶碗蒸し、味噌汁、麦粥が運ばれて来る。そして焼き立ての鰯のみりん干し。呼子の干

  物だろうか。私の分で麦粥が無くなったということなので、お替りはご飯にした。どれも美味

  しく、全部食べたというのに、どこに入ったかわからない不思議な食事だった。

  

     宿の中をぶらぶら見物しながら、昨日お茶を頂いたラウンジに行く。外には、小さな池があ

って、緋鯉や真鯉が網の下のひとところに固まっている。煙草を吸いながら鯉を見ていると、

社長が顔を出されて「コーヒーお嫌いで無ければお煎れしましょうか?」と聞いてくれる。ど

うして、私が今コーヒーを飲みたいと思っていることがわかるのだろう。不思議だ。鯉のこと

を聞いてみた。何故鯉はみんな一箇所に集まっているのか。「丁度そこに湧き水があって、池の

水が冷たいから集まるのですよ。湧き水の方が暖かいのですね」。なるほど。隣でコーヒーを煎

れている良い香りがする。やがてコーヒーを運んで来た女性が「ゆうべのつく田さんは如何で

した?」と聞くではないか。全20室のこの宿はお客一人ひとりのことをすべてお見通しなのだ。

そうとしか思えない。しかし「見張られている」ような不快さは決してない。見守られている

ような温かさがある。わかって貰えている中で甘えたくなる。これまでも、たくさんの旅館、

ホテルに泊まって来たが、こんな風に思ったこと、感じたことは初めてだ。う〜む、洋々閣の

魅力はいや増すばかりだ。

 

 いくつかの棟を渡り廊下がつなぐ   ラウンジ            緋鯉も真鯉も寒いから

隆太窯ギャラリー

 宿の玄関から右へ脇玄関に行く途中に、中里隆・太亀父娘のギャラリーがある。唐津には、

たくさんの窯元があるが、以前唐津を訪ねた時、その中でも「中里太郎右衛門」窯は別格なの

だという印象が強かった。全国の窯元に行っては、自宅に置ききれないほどの陶器を買ってし

まうので、「ただ拝見するだけ」と強く決心してギャラリーに行く。美術品というより、実際の

生活で使うことを意識した作品が多いことがちょっと意外だった。あぁこれも色合いがいいわ、

これは使い易そうね、と手に取ってみると、既に愛着が生まれてしまって、買うものを選別し

ている自分がいた。結局は持ちきれないので送って貰うことにしたのだが、良い宿に良い焼き

物があれば、当然買ってしまうではないか。宿の中に2室も使ってギャラリーを設置している

ということは、ご主人が、どれほど中里隆さんの作品に惚れ込んでいるかを示すものだろう。

唐津に育まれている文化・芸術の風のようなものをこの洋々閣で感じた。ここは、数少ない「大

人の宿」だ。今度は、もちろん夕食つきで泊まろう。いや2泊も3泊もしたくなった。「ただい

ま」と言って、玄関を開けよう。

  

        隆太窯ギャラリーで陶器を買いました

                                     おしまい

泊まった日/2001年1月

「洋々閣」データ/

佐賀県唐津市東唐津2丁目4−40

       電話:0955-72-7181 FAX:0955-73-0604

       JR唐津駅からタクシーで6〜7分(東唐津駅からでも良い)

全20室、チェックアウト午前10時

料金:1泊2食つきで1万5千円〜3万5千円(部屋によって違うようです)

「玄海」の間は、朝食つき1泊1万5千円

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