パクパク日記12年7月1週

            ワインと美食と最も美しい村を求めて5月に続きフランスへ

        

7月 2日(月) 早朝まで雨のち晴れ ムッチャ暑い! 民主党分裂 小沢新党結成へ

朝のおやつ ゼリー、アーモンド

昨日から降っていた雨は今朝ようやく止んだ。今年はカラツユかと思っていたからちょっとホッとする。

昼 四谷アトレ 「東京スープストック」 カレーセット(チキンとトマトカレー、緑野菜と岩塩のスープ、ア

イスコーヒー) 1100円、持参のふすまパン  

イテテ系エステも今日が最後となった。イテテ!と騒いでいたのは1年10ヶ月位で残り半年は腰痛だ

の何だのと回避していた。2年数ヶ月お世話になりましたぁ。また来るかもね。ランチはカレーのセット。

夜 荒木町 「四谷うえむら」 生湯葉のくちこがけ、煮穴子の飯蒸し、造り盛り合わせ:本鮪・鱸・天草

の鱧、じゅんさいと鱧の吸い物、青森の馬糞ウニと海苔、若狭ぐじの酒蒸し、鱧の柳川風鍋、群馬

ゴールドラッシュかき揚げ、食事:穴子炊き込みご飯・漬物3種・赤出汁・おこげ、水菓子:宮崎マン

ゴーとバニラアイス最中フランボワーズソース)、ビール、麦焼酎(濃い〜の) 6杯  

@1万6500円

  

  

  

明日スーツケースを預ける。ということで、マジメに荷作りした・・・・ゴチャゴチャゴチャ・・・・終了!次は

パクパク作成・・・・ゴチャゴチャゴチャ・・・・終わらん。明日6月3週をアップ出来るところまでは作ったが

やっぱり1週分は残ってしまう。ま、かなり頑張ったのだからヨシとしようか。7時にH航空のN通さんと

「四谷うえ村」で待ち合わせしている。5分前に杉大門通りを通りかかると、どこかで見たことのある人

が。N通さんだった。あなたちょっとふっくらした?私は昔に戻ったよ、体重。ムハハハ。N通さんとは3

年前英国を旅した時お世話になった。この店は先週来たばかり。鯖鮨は穴子鮨に、若狭ぐじの油揚げ

は酒蒸しに、鱧のすき焼きは柳川風鍋にと工夫してくれた。N通さんに満足して貰ったようで良かった。

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7月 3日(火) 曇りのち雨

朝のおやつ 低糖ヨーグルト、アーモンド

先週から九州地方には梅雨前線が停滞して大雨を降らせている。今日も大分県日田では記録的な雨

が降って川が氾濫しているようだ。4年前亡くなった筑紫哲也さんは日田市出身だった。心配である。

昼 家食 辛味チキンふすまバーガー、サラダ、お茶

旅行会社Gから電話があった。明日朝乗る飛行機が変更ですかぁ?エールフランスのパリ行きが6時

間遅れるので明日中にボルドーに行けない。深夜パリ泊まりとなる。そこでコードシェア便のJALに変

更する、と。出発時間は45分早まる。エールフランスはスカイチーム、JALはワンワールドなのにね。

夜 成田日航ホテル「サンセットラウンジ」 野菜スティック、3種類の中華前菜盛り合わせ、春巻き、麻

婆豆腐、(生チョコ)、生ビール2杯、ジントニック 3杯 @8160

    

パクパク日記をアップしてから5時過ぎ出発。雨がバシャバシャ降っている。地下鉄で新宿へ、西口か

ら5時半発の成田行きリムジン乗車。空いている。連絡すべき人達に携帯メールを数通すると、その返

事が来て・・・とやっているうちに成田空港に着いてしまった。ホテルの送迎バスに乗っていつもの成田

日航ホテル。沖縄にいるY田賢ちゃんから電話がある。先日亡くなったH田君の件だった。彼が那覇

で最後に飲んだ人間になるらしい。一人残された親御さんがお気の毒だ。雨で中止になったBBQ客が

流れて来た「サンセットラウンジ」はいつもより賑やか。先ほどの電話でショボンとなった気分と裏腹だ。

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7月 4日(水) 成田は晴れ サンテミリオンも晴れ

第1食 成田日航ホテル 「セリーナ」 朝食ヴュッフェ

6時起床。シャワー&シャンプー後朝食。ほぼ毎月のようにこのホテルで前泊しているが「セリーナ」朝

食ヴュッフェの料理とレイアウトが変わっていた。ご飯と納豆同量の納豆ご飯食べる。ご飯半分残す。

第2食 成田空港 「さくらラウンジ」 

G社添乗員Y本さんと挨拶。あら、何だか目鼻辺り染五郎似だわね。JALカウンターでチェックイン。

中央3席の真ん中の席しか空いていない?ゲロゲロ!エルフラの遅れで急遽抑えたJALだから、そん

な席しか空いていないということなのだね。ガックシ・・・。トボトボ出国して短いトラムに乗り「さくらラウン

ジ」へ。背負ったリュックを下ろそうと思ったらリュックが無い!えぇっ??セキュリティチェックで忘れて

来た・・またトラムに乗って引き返しいろんな方に迷惑かけて取り戻す。しっかりしろ!M浦さんと再会。

第3食 JAL 成田=パリビジネスクラス機内食

搭乗間際にMR子さんとも再会。これで昨年も参加した4人が再び集合した。JALパリ行きビジネ

ス席は2・3・2の並び。3の真ん中の席。左はパリまでずっとぶ厚い資料を検討するビジネスマン、右

はずっと本を読んでいるビジネスマン風男性。両端を塞がれていて困るのはトイレである。彼らがトイレ

に行くのを待ってついでに行くことにしよう。同じ料金を支払っても、こんな席に坐るのはイヤだよなぁ。

第4食 JAL 成田=パリビジネスクラス機内食

映画「レンタネコ」を観る。市川実日子主演。猫を見たかっただけなのだが、猫カットが少なく脚本もイマ

イチであった。「羊のショーン」の方がずっと面白い。JALの機内食の1食目のビーフはかなり旨かった

が2食目に注文したうどんは半分残した。約12時間のフライトで小1時間うとうとしたか。17時パリ着。

第5食 エアフランス パリ=ボルドー 機内食 ビスケットとコーヒーだけ

 空港もワインのボルドーらしいね

パリでのパスポートコントロールはムチャ混みだった。というか長蛇の列なのに窓口が2つしか開けて

いないのが問題。一時客同士のイガミ合いなんてのもあってちょっと引いた。ターミナルを移動してエア

フラのボルドー行き。ゲートで奈良から参加のU田夫妻とご挨拶。これで全員集合した。1時間15分の

フライトでボルドー着。M浦夫人のスーツケースが出て来なかった。今回の旅エアフラは問題多いぞ。

第6食 サンテミリオン ホテル客室にて ちょっとつまみ、ウィスキー

ボルドー空港からサンテミリオンに移動。時差7時間あって日本は真夜中だから眠い。向日葵畑に続

いてぶどう畑が現われるとサンテミリオンだ。ホテル到着は9時40分。大型バスがホテル前まで入って

来られないので5分程歩いての到着である。パリの空港で買ったサンドイッチの具だけをウィスキーと。

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7月 5日(木) フランス・サンテミリオンは雨のち晴れ 1ユーロ=約100円

朝 サンテミリオン「オステルリー・ド・プレザンス」 (高級)コンチネンタルブレックファースト

  

4時半に目が覚めてから眠れなくなった。寝不足だけど起きちゃおうっと。シャワーを浴びてから、恩田

陸の本の続きを読む。彼女はなかなか面白い本を書く。朝食は7時半からと聞いてその時間に行くと

誰もいない。添乗員のY本さんがつきあってくれた。宿泊している「オステルリー・ド・プレザンス」はミシ

ュラン☆☆のオーベルジュ。豪華ではあるが、基本はコンチネンタルのブレックファースト。何種類もの

パン、たくさんのジャム、生ハム、ジュース、ヨーグルトにお茶。「ふすまパン以外パンは食べません!

ジャムなんてもっての他!」なんて言っていると食べるものが無いのだよ。仕方なく違反した。てへっ。

     

ワイナリー見学は「シャトー・クリネ」から始まる    今日のティスティングは4本          若き経営者ラボルド氏

昨夜チェックインした時、1日早く到着していたソムリエのN国さんが出迎えてくれた。この旅は、「ソム

リエN国さんと行くワインと美食の旅」。今年で7回目とのことだが、私は昨年から参加している。小雨

が降る中、ポムロール地区のワイナリー見学に出掛ける。おぉ、ここがボルドーワインで最高級価格の

「PETRUS」(ペトリュス)ですか。ぶどう畑の写真撮りましょう。ほぅ、ここが「Le Pin」(ルパン)ね、社

屋は新しく、確かに松の木があります。午前11時のアポイントがあるのは「シャトー・クリネ」。1999

このシャトーを買い取ったジャン・ルイ・ラボルド氏が2002年醸造所を新築し、2004年からヴィンテー

ジ生産を開始。現在経営を任されている子息が張り切って説明&案内をしてくれた。ティスティングで

紹介された4本のうち2005年と2009年が口に合う。特に2009年ね。2009年は現地でも1500

ユーロはするそうだし、生産本数が少ないから入手困難だとか。ラボルドさん、お世話になりましたぁ!

昼 サンテミリオン 「Lard et Bouchon」 スモークサーモンとポテトのプレート、水、持参のふすま

パン @18ユーロ

    夜に備えて昼はサクッと

今日昼は自由食である。とはいえ、初めて来たサンテミリオンの町だから店もわからない。みんなで一

緒に軽くさくっと行きましょうよ。「Lard et Bouchon」という店で、スモークサーモンの定食を食べた。 

予定では「シャトー・オーゾンヌ」を見学する予定だったが、先方の都合で「フロー・フルテ」見学に変更

となった。「フロー・フルテ」はホテルからすぐ近く。歩いて5分で到着した。平均7〜8haと小規模な畑

のワイナリーが多いポムロール地区やサンテミリオン地区の中で、ここは20haと大きい畑でしかも1

所に集中している。畑はメルロー種85%、カベルネ・ソーヴィニヨン15%、カベルネ・フラン5%の割合

である。2時半から広報担当の女性が案内してくれる。地下には広大な石切り場跡が恰好のワイン置

き場となっていた。2001年にオーナーが交代したそうだが、1番古いワインは1950年モノであった。テ

ィスティングはたった1本!2000年のヴィンテージものであったが、1本はいくら何でもサビシーです!

9世紀のモノリス(一枚岩)教会     1999年世界遺産に登録されたサンテミリオン地区のワインショップとぶどう畑

「フロー・フルテ」見学が早く終わったので、サンテミリオン見学をすることに。サンテミリオンの街の始ま

りは、ブルターニュ出身の修行僧エミリオンが丘の上に洞窟を掘って17年間の隠遁生活を送った仔と

に始まる。彼の死後エミリオンは聖人とされ、弟子達が石灰石をくりぬいて地下墓地とモノリス(一枚

岩)教会を作った。聖エミリオンが住んだ庵や地下墓地を見学するには有料でガイドの引率が必要だ。

サンテミリオン地区は1999年世界遺産に登録され、街の中にはワイン会館やワインショップが並ぶ。

N国さんの話ではワインを買うならここがお奨めとか。ワイン選びに出掛ける人もいれば本読む私も。

 サンテミリオン ☆☆「オステルリー・ド・プレザンス」 コース(アミューズ@海の幸三種:ウニとサー

モン・蟹と牡蠣、アミューズAオマール海老とトマトのゼリー、アントレ:鴨のフォアグラのポワレ

季節のキノコのラビオリ黒トリフソース、ヒメジのポワレ 豚の耳と足ときのこ人参のラビオリベーコ

ンソースガーリック風味、アキテーヌ産牛ヒレのロースト スミレのマスタードソース 5種類のパプ

リカと季節の野菜添え 肉汁を使った赤ワインソース、デセール:チョコレート、ムース、マンゴー、

パッションフルーツ、ココナッツシャーベット、苺のクリームライムビスケット シャンパンゼリー、プ

チフール、お好みフレッシュハーブ(ミントとレモングラス)ティ)、シャンパン「ドン・ルナール」

1998、白ワイン ブルゴーニュ レシャルメ 1997、赤ワインブルゴーニュ 「ルシャンボワンヌ」 

2000、デザートワイン

MOFを受賞しているシェフのフィリップ・エチュベスト氏   お好みのハーブを刻んでティを作ります!

今回の旅の楽しみは、ワイナリー巡りに加えミシュラン☆レストランでの食事もある。今夜の晩餐は宿

泊しているルレー&シャトー「オステルリー・ド・プレザンス」。二つ星☆☆である。バスク地方出身で2

00年MOF(最優秀料理人賞)受賞したフィリップ・エチュベスト氏が2003年から調理場を仕切る。星

付きレストランでのワインはもちろんN国さんがメニューを見ながらチョイスしてくれる。アミューズの初

っ端は揺れるガラスの器3つに入った海の幸3種。イカ釣り漁船みたい!遊び心あり過ぎ?フィリップ・

エチュベスト氏はフォアグラ料理に定評があると聞いたが、鴨フォアグラのポワレ キノコのラビオリ黒

トリフソースはボリュームたっぷり。フォアグラ好きにはタマランが早くも胃にズンと来た。メインのアキテ

ーヌ産牛ヒレのローストがジューシーで旨い。N国さんの選んだワインはサンテミリオンにいるのにナ

ゼかブルゴーニュの白と赤だったが、料理にとても合う。ここまででもかなりの満腹なのだが、フランス

料理はあと2割位の余地を残しておく必要がある。デセール2種をドクターの顔を浮かべながら罪悪感

と共に平らげるとスルスルっとプチフールやマシュマロなどをどっさり載せたワゴンが運ばれて来る。そ

の上鉢に植えられたハーブが数種運ばれ好みのハーブを言えば、その場で刻んでハーブティを煎れて

くれるサービスだ。ミントとレモングラスを注文した。満腹で部屋に帰るのがやっとだった。ご馳走様!

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7月 6日(金) 晴れ サンテミリオン・ボルドーは晴れ一時雨

朝 サンテミリオン「オステルリー・ド・プレザンス」 (高級)コンチネンタルブレックファースト

  

朝方足が攣ってツムラの68を飲んだ。昨日1万歩以上歩いたので足も疲れたのか。でも疲れていると

いえば、胃腸だよね。アハハ。6時に起きてシャワーを浴び、今朝もレストランに行くと朝食一番乗りで

あった。美味しいパンの誘惑に勝てずふすまパンを持っていることは忘れることにした。今回は特別!

  

 1983年ラ・ミッションはオー・ブリオンに買収され経営統合が行われた。案内役女性は美人!

2泊した「オステルリー・ド・プレザンス」をチェックアウトしてボルドーに向かう。途中ジロンド川で撮影ス

トップし、町を抜けてペサック地区に向かう。シャトー・オー・ブリオン見学の予定だったが、現在工事中

ということで、道一つ隔てた「ラ・ミッション・オー・ブリオン」を見学。かつては激しい競争関係にあった両

社だが、1983年「ラ・ミッション」が「オー・ブリオン」に買収されてからは、同じワイン職人によって生産

が行われているらしい。違うのはぶどう畑の違いである。見せる醸造所の造りで、「ミッション」らしく小さ

な教会も併設されている。その中でPR用ビデオを見た。「オー・ブリオン」のトップはルクセンブルグ大

公国公子ロベール殿下。殿下の母ジョアン・ディロンはルクセンブルグ大公国大公子シャルル・ド・リュ

クサンブール妃であり、長く「オー・ブリオンの社長を務めた女性だ。ティスティングは2本。「ラ・ミッショ

ン」2007と「オー・ブリオン」2007。1本5〜6万円。最近「ラ・ミッション」急成長しているとN国さん。

昼 ボルドー・ペサック村 「Le Coh‘e」 シャンピニオンを使ったロースとエッグ、弱火でじっくり焼い

た鱈 ミュスカ風味のピーマンソース、コーヒー風味のクレームブリュレとエスプレッソのアイスクリ

ーム、持参のふすまパン、エスプレッソ

  

立派な資料を頂いてランチの店へ。ペサック村の「Le Coh‘e」である。前菜のシャンピニオンを使った

ロースとエッグには卵が3つも入っていた。鱈とクレームブリュレ半分残そう。胃腸にも「休息を」って? 

  

  「PAPE」は「教皇」の意味             お城のような建物               1番古いものは1893

午後は3時からグラーブ地区の「シャトー・パプ・クレマン」の見学。早めに到着したが、中国からの先

客見学者がいて待たされた。輸出担当のイケメン青年が案内を始めようというところで激しい雨。こん

な時のためにシャトーには傘がたくさん用意されている。このシャトーが「パプ・クレマン」と名乗る由来

は、1299年からボルドー大司教の領地であったこのぶどう畑を熱心に管理した聖職者のベルトラン・

ド・ゴが1305年に「教皇クレマン5世」となったことから名付けられた。教皇クレマン5世の意志を継い

で代々のボルドー大司教たちはワイン造りの近代化と技術の革新に励んだのだそうだ。現在のオーナ

ーであるベルナール・マグレ氏はフランス、スペイン、ポルトガル、モロッコ、南米、ナパなどの北米、そ

れに日本にもぶどう畑を持ち、その数は40に上るらしいぜ。ティスティングは4本。2011の白と2004

2006、2007の赤3本。私は2006年が好きかな。これで今回の旅のワイナリー見学すべて終了した。 

夜 ボルドー「炭」 (7人でシェア)付き出し:ポテサラ、枝豆、大根サラダ、烏賊焼き、海老焼き、イベル

コ豚、トマト焼き、生ビール「キリン」 2杯、麦焼酎 2杯 @40ユーロ

  

  

ボルドーの町に戻り、大劇場真ん前の5ッ星ホテル「グランドホテル」にチェックイン。ボルドーの1等地

だけあって、部屋はちょっと手狭だ。今日の夕食は自由食だが、N国さんに教えて貰ってボルドーで唯

一の和食の店「炭」に行くことになった。N国さんを除く全員7名で。タクシー2台に分乗して「炭」へ。数

人いるスタッフ全員が日本人で気軽な居酒屋の雰囲気だ。枝豆いっちゃう?イカ焼きも海老もじゃんじ

ゃん焼いてねー。飲むのはキリンビールの生だ。グビグビグビ。ワインもいいけど、生ビール旨いねぇ。

狭いテーブルでオヤジギャグが飛び交い、ほとんど新橋ガード下の雰囲気。M浦さんが司牡丹の熱燗

を頼むなら私は麦焼酎だい!勘定は40ユーロ。帰りはトラムに乗って全員上機嫌でホテルに帰った。

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7月 7日(土) 晴れ 夜激しい雨

朝 ボルドー 「グランドホテル」 朝食ヴュッフェ、持参のふすまパン

  

  

           「フランス最も美しい村」の一つピジョル・ル・オー村は花が咲き乱れ、本当に美しい村であった

6時起床。今日もお天気は良さそうだ。7時過ぎ朝食レストランへ。ここは普通の朝食ヴュッフェだ。ソー

セージもベーコンもハムも卵料理も生野菜もある。やっぱりこっちの方がいい。9時出発。参加者6名に

N国さんと添乗員Y本さん入れて8名にしかならないが、初日から大型バスで移動している。私はい

つも後方席8つ位を動き回ってゼータクに使って坐っている。ボルドーからガロンヌ川沿いに南西方面

に走り、2時間ちょっと過ぎたところで「フランスの最も美しい村」の一つピジョル・ル・オー村に到着した。

1982年設立された協会で質の良い田舎の小さな村の観光促進が目的だ。人口が2000人以下で2つ

以上の遺産や遺跡があり、コミューン議会で同意が得られていることが条件でフランスに約150ある。

昼 美しい村ピジョル・ル・オー 「Villa Smera Ida」 (6人でシェア)フォアグラとオリーブとトマト、手

長海老のリングイネ、オマール海老のサラダ、ビール 38.5ユーロ

  

ピジョル・ル・オー村は犬も猫も歓待してくれた花に溢れた小さな村だった。ゆっくり一回りしても10

かからない。イタリアンレストランがあったのでランチを摂ることにした。たいして期待はしていなかった

のだが手長海老のリングイネもオマール海老のサラダも大皿でドカーンと出て来てかなり美味だった。  

  

     左がレストランのある本館、右が宿泊棟           美しく刈られたフランス風庭園      本館の優雅なラウンジ

午後はユージェニー・レ・バンに向かう。ひまわり畑、とうもろこし畑などを過ぎながら2時間半を超える

ドライブ。やがて今夜の宿にして晩餐を摂る「レ・プレ・ドゥジェニー」のオーベルジュに到着した。広い庭

園を入っていくと東屋があり、そこに黒の制服の女性2人が出迎えに来る。1861年夏、ナポレオン3

世夫人ユージェニー・ド・モンテジョーが滞在した小さな村の3つ星には温泉スパもプールもあるのだ。

夜 ユージェニー・レ・バン ☆☆☆「レ・プレ・ドゥジェニー」 (アミューズ:アンチョビ入りクロワッサン・

チェリートマト・生ハム、アントレ@:ウッフアラネージュ入りトリュフのスープ、アントレA:キノコのラ

ビオリとフランス産アスパラガス、暖炉で軽くスモークしたオマール海老のローストチコリとココナッ

ツミルクのコンフィ、グラニテ:シオフラワー、フランス産小羊の背肉グリル オーブンで焼いたスィ

ートオニオンとインゲン豆の煮込み添え、デセール:ババロア、プチフール)、シャンパン ビルカー

ルサルモン「ミシェル・ゲラール」、白ワイン ブルゴーニュ バターモンラッシュ 2001、赤ワイン 

ボルドー 「オーゾンヌ」1993、デザートワイン「シャトースリーロー」1989

  

  

  

  

「レ・プレ・ドゥジェニー」は、ユージェニー・レ・バンを経営していたクリスティーヌとパティシエ出身で気

鋭のシェフ・ミシェル・ゲラール氏が結婚し、1975年に2つ星を、1977年に3星を獲得して以来現在ま

で維持し続けているという驚異的なレストランである。7時半から晩餐が始まる。鳥の足の白い器が不

評だったアミューズに続く前菜はチョイス。半熟卵とキャビアも旨そうだが、私はウッフアラネージュ入り

トリュフのスープを撰ぶ。これが旨いの何のって。結果的には「今日一」だった。キノコのラビオリとフラ

ンス産アスパラガスはゲラール氏が中国を旅した時に思いついた料理とか。グラニテが出た後はいよ

いよメイン。鱸と小鴨ローストと仔羊のグリルの三択。う〜む、悩むが・・仔羊!臭くもなく柔らかなのだ

が、あまり羊って感じがしないのがちょっとね。付け合せのオニオンと隠元豆の煮込みは満腹でほとん

ど食べられない。それにしても最初のシャンパン、白ワインは素晴らしく美味しく、N国さんのチョイスが

冴えていますなぁ。ゲラール氏はパティシエ出身ということで、デセールにも期待したが、ちょっと肩す

かしっぽかった。客の中には1週間も滞在する人もいると聞いて、こんなご馳走ばかりじゃ豚だらけに

なるなと思ったら、ゲラール氏は太らない美食ダイエットメニューも作られるのだそうで・・・。お茶を飲む

ためユージェニーが滞在した別棟に移ったのは2340分。食事スタートしてから既に4時間以上が

経った。私はお茶パス。アラン・デュカス氏もこの店で修業した。ゲラール氏はバカンスで留守だった。

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7月 8日(日) 晴れ

 ユージェニー・レ・バン 「レ・プレ・ドゥジェニー」 (高級)コンチネンタルブレックファースト

  

昨夜私は一足先に部屋に帰ってウィスキーを飲んでいたが、皆さんは厨房見学してお茶を飲まれて部

屋に帰られたのは午前12時半だったらしい。8時に朝食を食べに行くと、昨夜あれだけ混雑していたレ

ストランにセッティングは我々のテーブルだけ。ルームサービスを注文しているか食べない人も多いの

だろう。ここの朝食もパン類たっぷり、フルーツたっぷり、ジャム類たっぷりの高糖質な内容であったよ。

昼 アイノア ☆「イチュリア」 (バスク料理)ピペラード アイノア風ハム添え、ホロホロ鳥の肉詰め ポ

テトピューレ、ガトーバスクとバニラアイスクリーム)、シャンパン アンリオ1995、白ワイン シャ

ルメシャンベルダン1971

アキテーヌ地方からフランス・バスク地方に入る。2時間余り走ったところでラ・バスティード・クレランス

村に到着した。ここも「フランスの最も美しい村」の一つでバスク地方独特の赤、緑。白の木組みの家々

が印象的な邨であった。そこから50分程でやはり美しい村のアイノア村に着く。この村のミシュラン1ツ

星のレストラン「イチュリア」でランチとなる。料理はもちろんバスク料理だ。前菜のピペラードは典型的

なバスク料理ということで、卵と野菜と生ハムが材料だった。白ワインのシャルメシャンベルダンは40

年以上も前の酒。この店に手作り刺繍のボトルキャップや袋物があったので、女性陣で買い占めた。

             唐辛子の産地エスブレットは唐辛子だらけである。バスク織の店もある

バスク料理には欠かせられないらしい唐辛子の産地エスプレット村に行く。町のいたるところに唐辛子

が干してあり、唐辛子入りのアイスクリーム、唐辛子入りのジャム、唐辛子入り塩などを売っていたぞ。

夜−1 スペイン・サンセバスチャン「BAR某」8人でシェア) ピンチョス、イベルコ豚生ハム、海老焼

き、イカスミリゾット、蛸、トマトサラダ、ポテト辛ソース、ビール3杯 25ユーロ 

 コンチャ湾の夕陽

西に向かってバスは走る。何の前ぶれも無いまま、フランスからスペインに入った。ここもバスク地方で

ある。バスク地方はフランスとスペインに跨っているのだ。5時過ぎ、「ビスケー湾の真珠」とか「カンタブ

リア海の真珠」と呼ばれるサンセバスチャンに着いた。ホテルは老舗の「ホテル LONDRES」でコンチ

ャ湾に面している。今夜の夕食は自由食だが、いつものように全員で「BAR」バルに繰り出す。スペイ

ンの軽食と言えばバルだ。そしてバスク地方はピンチョスの発祥の地。混雑するバルでそのピンチョス

だの生ハムだのイカスミリゾットなどを取って、全員でシェアして食べた。途中で坐ることが出来てほっ。

夜―2 サンセバスチャン 「ホテル LONDRES」のバー タンカレートニック、つまみ 10ユーロ

美しい夕陽を見ながらホテルに帰り、未だ明るいのだから飲みましょうとバーで賑やかに飲んだのだ。

                       _______________

【今週の振り返り】

2年続けてのワインの旅だが、相変らずワインのことは知らない。昨年旅から帰ってすぐアマゾンで「神

の雫」を大人買いして取り寄せた。注文して買ったことで一安心してしまい、本が届いてから段ボールを

開けていない・・・・・バーカ。つまり、1年経っても「たくさん飲んで酔えばいい」とだけ思っているのだか

ら、何の進歩もしていない。たぶんワイン学びの才能が無いのだと思う。言い訳でもあるが、当っている

ような気もするのである。

そんな私であるが、3日目に見学した「ラ・ミッション・オー・ブリオン」と「シャトー・オー・ブリオン」で良い

資料を頂いてちょっと利口になったような気がした。立派なオールカラー資料の後半47ページ分を使っ

て、1798年から2008年(1798年から1918年までは飛び飛び記述)までのボルドーワインの季節と

ヴィンテージの記述があるのだ。その年年での気温と雨量で同じ土地でもぶどう(=ワイン)の出来は

大きく左右される。ぶどうの開花時期にあたる春の終わりの気候はどうだったのか、つけた実が成熟す

る夏の気候はどうだったのか・・・・・気候によって酸味も甘味もアルコール度数もタンニンの生成もアロ

マも変わって来る。ボルドー地方では「7月が香りを生み、8月が果汁をつくる」という古い諺があるのだ

そうだ。

ぶどうの生育期に当る毎年の41日から930日までの気温総計(毎日の平均気温の合計)とボ

ルドー地方の降水量、ボルドー地方があるジロンド県のワイン総生産量を統計データに使っている。そ

れによると1950年から2005年までの平均気温総計は3171度、最も暑かった年は2003年の3696

度、最も寒かったのは1972年で2795度だったそうだ。同期間の降水量の平均値は405mlで、最も

雨の多かった年は1992年の697mlで、少なかった年は2005年の229mlであったそうだ。ジロンド

県のワイン総生産量は最少生産量だった1885年の107万ヘクトgに対し、最大生産量の1922年

は719万ヘクトgだった。

ワイン出来の良し悪しを、あまり良くない年、平均的な年、良い年、とても良い年、偉大な年の5段階で

分けている。例えば私が生まれた1947年はというと、堂々たる「偉大な年」!イェイ!50年来で最も暑

く乾燥していた年で日照りの影響でフランス南西部でイナゴが発生し、ボルドーにまで広がったのだそ

うだ。夏に42日間の猛暑日があってジロンド県では給水制限があった年とある。「偉大な年」に出来た

60数年前のボルドーワインを是非飲んでみたいものである。因みにワイン好きの次兄が生まれた

1945年も「偉大な年」であった。

ボルドーワインの「偉大な年」の生まれかぁ、うふふ、なんていい気になっていたら、後半にあることが

書いてあることに気付いた。「偉大な年」の上に更に「とても偉大な年」があったのだ・・・。それは2000

年と2005年の2ヶ所。2005年と言えば、55年間で最も雨の少なかった年。そして最高気温30度が

上回った日が32日あった。つまり、ボルドー地方においては、高温で降雨量が少ないことが偉大なワ

インを生む気象条件ということなのだな。学習成果としてはエラク小さいことではあるが、一つでも無い

よりはいいわな。なんて開き直っちゃってね。で、2000年と2005年の「とても偉大な年」のワインを飲

みたいぞ!美食の方は来週まだまだ続きまっせ。体重増なんて当り前でっせ。

              アタクシもお腹垂れて来たんですの  ニャオ〜!

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