パクパク日記17年2月2週

           スコータイ、バンコク、アユタヤとタイの暑い旅は続く

 

スコータイの「アチャナ仏」 バンコクのワット・プラケオ

 

2月 6日(月)タイ・スコータイは晴れ 1THB(タイバーツ)=約3,5円

朝 スコータイ・ヘリテージリゾート「ロータスレストラン」朝食ヴュッフェ

 

  

     ちょっとした宮殿のような作りのヘリテージリゾート           甘い焼きそば、甘い炒飯(怒)

      「スコータイ歴史公園」の外側にある「ワット・シー・チュム」はスコータイのイメージの象徴

この仏像は「恐れない者」という意味の「アチャナ仏」。いつまでも観ていたい仏像だ

  タイ族最初の独立国家はここスコータイに築かれた。王朝名の「スコータイ」は「幸福の夜明け」の意

       「スコータイ歴史公園」で店を開くお婆さん       民族衣装を来た女性達が遺跡で記念撮影していた

クメール(現カンボジア)の影響を受けたスコータイ王朝。ワット・シー・サワーイの仏塔はアンコールワットに似たクメール式

公園の中はトラムと徒歩で移動する  橋の向こうにあるワット・スラー・シー。セイロン様式釣鐘型の塔がある

 

先週金曜日からタイに来ている。首都バンコクからタイ北部の主要都市チェンマイへ。チェンマイ

花祭りや美しい蘭の花などを楽しみ(私以外は)、昨日日没の頃古都スコータイについた。大型バ

スで5時間半330`m南下した旅であった。昨夜は蚊を意識せず眠ることが出来て安堵。お洒落な

ホテルだが、朝食ヴュッフェの焼きそばや炒飯まで甘くて参ったぜ。9時半スコータイの遺跡見学

に出掛ける。アンコール王朝の勢力を追いやって、タイ民族の最初の独立国家はここスコータイに

生まれた。13世紀後半王位に就いた3代目ラームカムヘーンの頃が全盛期でやがてアユタヤ王朝

に吸収されて行く。約140年という短命の王朝であったが素晴らしい遺跡を残していて楽しませて

くれる。スコータイの王朝名が「幸福の夜明け」の意味というのもいいよなぁ。アチャナ仏が素敵!

昼 スコータイ「Lom&Fon Kitchen」野菜スープ、魚の唐揚げ、グリーンカレー、

  豚肉フライ、海老野菜炒め、パイナップルと牛肉ケチャップ炒め、フルーツ(スイカ、パパイ

ア、グァバ)、コーヒー

イ、 

ラームカムヘーン国立博物館        遊行仏像はスコータイ独自の様式      博物館は1964年オープンした

 

夜 スコータイ「Sinvana」スープ、チキンフライ、野菜炒め、チキンカレー、ポーク炒め、

  ライス、フルーツ:西瓜とパイナップル、シンハービール120 HTB、白ワイン150 HTB、赤ワイ

150HTB

 

  

 

遺跡公園の近くのレストランで美味しいランチを摂った。特にグリーンカレーは皆さんにも好評であ

った。午後の暑い時間帯は、冷房の効いたラームカムヘーン国立博物館に行く。午前中最後に行った

ワット・スラー・シーにもおいでだったが、スコータイ独自の遊行仏像が何とも艶めかしいというか

美しい。足の位置が前後に開いているWalkingスタイルで「ちょっとそこまでお出かけするの」

って感じの優美なお姿である。確かにスコータイ以外では見たことがなかったなぁ。実に魅力的です。

観光から帰ってホテルのスパへ。60分のオイルマッサージを予約していたのだが、行ってみると何と

茣蓙の上に薄いマットがあるのみ!ゲェ〜!私座れないのだからここに横たわるのムリです!普通の

ベッド無いなら帰ると言ったら、じゃ、フットマッサージでどうだってことになって。夕食はバスで

また40分かけてスコータイの街のレストランへ。行った甲斐無かったなぁ。夜市も希望者ゼロでね。

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2月 7日(火)スコータイもバンコクも晴れ

朝 スコータイ・ヘリテージリゾート「ロータスレストラン」朝食ヴュッフェ

 

  

       何とも牧歌的なスコータイの空港。ここからプロペラ機でバンコクへ

 

2泊したスコータイを後にして今日はバンコクに移動。バンコクまでは距離があるから飛行機だ。宿

泊したホテルは空港の敷地にあり、空港のオーナーが経営しているそうだ。車に乗ったら5分で到着!

とても小さな空港で、しかも風景は何とも牧歌的!半屋外の待合室に座っていると、鳥が鳴いていたり、

花が咲きこぼれていたりで自分まで田園景色の中に溶け込みそうだ。満席のプロペラ機で1時間15分。

機内食が出たが、ランチを美味しく食べるためにはイランよ。バンコク空港に到着。やっぱり暑いぞ!

昼 バンコク「ジム・トンプソン・レストラン」前菜:生春巻・揚げ春巻・ポメロサラダ、トムヤム

クン、メイン:シーバスとチキンのグリーンカレー、野菜、ジャスミンライス、デザート:ココ

ナッツミルクとフルーツ、コーヒー

 

  

 オシャレな「ジム・トンプソン・レストラン」

王宮のあるラタナーコーシン島はバンコク発祥の地      王室寺院で最も格式の高いワット・プラケオ

前王ラーマ9世逝去から4ヶ月弱経っても一日数万人の一般市民が弔問に訪れる

          最後の宿は、オークラ・プレステージ・バンコク。日本のテレビが全局映るんだよ!

 

バンコクの街はムチャ混みだった。昼食のレストラン近辺の道が細いため2台のバンに分乗してい

るのだが、大渋滞でチロチロとしか進まない。まっこと時間が読めない大都会だわ。車の多くは日

本製。レクサスはベンツより高く4500万円もするそうだ。カローラで400万円円?カムリでも300

万円なの?ふーん。韓国車はずっと安いが売る時安い値段しかつかないので人気薄。小1時間もか

かって「ジム・トンプソン・レストラン」に到着。タイ・シルクを世界に広めたジム・トンプソン

のショップとレストランが併設されているオシャレな場所だ。ランチの後はバンコク観光のハイラ

イト王宮見学。ここがムッチャ暑くてね。歩く距離も半端でないので滝のような汗が流れて。汗で

目が開けられないよ。王宮には以前も来たことがあるが今日一番驚いたのは弔問市民の多さだった。

夜 バンコク・オークラ・プレステージ・バンコク「山里」一の膳:胡麻豆腐・茶碗蒸し・お造り、

  二の膳:サーモン照り焼きサラダ仕立て・天ぷら・豚角煮山里風・ちりめんじゃこ有馬煮ご飯、

  香の物、味噌汁、デザート)、サッポロ生ビール342HTB、麦焼酎「大河の一滴」5000HTB

 

 

今日から2泊するのは「オークラ・プレステージ・バンコク」だ。部屋のテレビNHKはもちろん、

のこと、テレ東まで民放全局が映ってグー!トイレはウォッシュレットってのもグー!日経新聞が

部屋配されるのもグー!夕食は20階にある「山里」だった。タイ料理も好きだけど、やっぱり和食

がいいね。ところが、お品書きにあったたくさんの料理は、一の膳でドカン、二の膳にはご飯込み

でドカンと2回の配膳で終了。久々の和食を楽しみながらジックリ飲もうと麦焼酎ボトルまで入れ

たのに、これではアッという間に食べ終わってしまうでないのよ!刺身はまぁまぁだったが、他の

料理はあまり感心しないぞ。残った焼酎は、明日もホテルで夕食食べることにして飲むとするかな。

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2月 8日(水)バンコクは晴れ

朝 バンコク・オークラ・プレステージ・バンコク「JP&boe朝食ヴュッフェ

 

 和・洋・中・泰・揃ったオークラ・プレステージ・バンコク「JP&boe」朝食ヴュッフェは魅力的

   日本の新聞も各紙揃っている             見晴らしの良いオープンエア席は気持ちが良い。但し暑い!

     天井の高い20階にはホテルフロント、日本食の「山里」、ヴュッフェレストラン「JP&boe」、バーがある

 

昼 バンコク・オークラ・プレステージ・バンコク「JP&boeアイスグリーンティ220HTB

  チキンのココナッツスープ280THB,野菜の揚げ春巻180THB,タイ風海老焼きそば360THB,コーヒ

  ー120HTB @1436HTB

 

 

今から60年程前製作された映画「戦場にかける橋」はアカデミー賞作品賞を受賞した作品だ。第2

次世界大戦の只中タイとビルマ国境付近にある日本軍の捕虜収容所を舞台にした物語で、日本人の

私達は正直観たいとは思わない作品だと思う。それはともかくこの映画の主題歌「クワイ河マーチ」

は途中口笛だけでの演奏もあり、世界的に大ヒットすることとなった。今日の観光はその舞台とな

ったカンチャナブリにタイ国有鉄道南本線(旧泰麺鉄道)に2時間乗って行くらしい。出発は何と

7時!早起きの心配はないのだけれど、腸の動きには敏感だからこうゆう日程はとても不安だ。よ

って昨日参加しない旨を添乗員には伝えてある。よって今日は一日フリータイムちゅうワケなのだ。

いろいろ揃った朝食ヴュッフェ。和洋中料理だけだって「やったぜ!」なのだが、それに泰(タイ)

も加わっちゃぁ最強だよ。午前中はロビーで日本の新聞各紙をゆっくり読んだり、部屋で日本のテ

レビを観たりのんびり過ごした。今月初舞台を迎えた中村屋の父子3人がゲスト出演した「徹子の

部屋」も観た。ランチも「JP&boe」で。但しアラカルト料理ね。スープと春巻と焼きそばを

注文したら、それぞれがもの凄い量でパンパン満腹になった。午後「ためしてガッテン」を観て、

本を読み、メールの返事を書き、ゴールデンウイークの宿泊ホテルの予約をしても未だ満腹なのだ。

夜 バンコク・オークラ・プレステージ・バンコク客室にて アーモンド、タンメン、ビール、ウ

  ィスキー

 

  

 

皆さんは7時前に帰って来られたようだ。焼酎ボトルを半分残しているので「山里にいるかと添乗員

は私を探したようだが、お腹が空かないので「山里」には行かなかった旨伝えた。これから皆さんと

一緒に夕食を?いえいえ、私は結構ですから。全く食べたくないのだが、酒は飲みたい。9時頃よう

やく満腹感が消えたのでカップ麺のタンメンつまみにビールとウィスキーを飲む。ヘンな一日だった。

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2月 9日(木)バンコクもアユタヤも晴れ

朝 バンコク・オークラ・プレステージ・バンコク「山里」和朝食膳、フルーツ、コーヒー

 

  アユタヤ王朝の王室守護寺院だったプラ・シー・サンペット寺院。1491年に建立されたがビルマ軍に破壊された

  3人の王の遺骨が納められたセイロン様式の3基の仏塔が残るプラ・シー・サンペット寺院に中学生が見学していた

マハタート寺院も1767年ビルマ軍によって破壊された。頭部を持ち去られた仏像が残る

 

 切り取られた仏像の頭部が菩提樹の根に取り込まれてしまった。   ここにもラーマ9世のお写真が

 

昼 アユタヤ「Ruen Rojjana」トムヤムクンスープ、チキンロール、空芯菜炒め、ポークと野

菜炒め、手長川海老、ジャスミンライス、スイカ

 

  

 水上マーケット見物しながら船に乗る

 

朝食は昨夜行かなかった「山里」で和朝食を食べた。ご飯かお粥、鮭か鯖、厚焼き卵か温泉卵のチョ

イスをする。ヨーグルトとフルーツ、コーヒーも付くから結構グッドな朝食だ。焼酎は1年間保管し

ておくからその間にまた来て飲んでね、ということだった。焼酎半分飲むためだけのタイかぁ・・。

タイに限らず東南アジアからの帰国はほぼ夜便。つまり、夜まで観光などして時間を潰さねばならな

いのだ。今日はバンコクから30`離れた古都アユタヤの観光である。大昔来たことがあるが全く覚

えていない。あの頃はデジカメもパソコンも夢子倶楽部の無かったからなぁ。記録しておかないとど

んどん忘れちゃうもの。アユタヤ王朝は410年続いたが、その間ビルマと戦った回数は何と24回!

勝ったり負けたりだったが、最後の戦いとなった1767年アユタヤ王朝は滅ぼされ、王宮も寺院も街

もビルマ軍によって徹底的に破壊されて廃墟となった。当時金箔を貼られた仏像頭部はことごとく

首を刎ねられて持ち去られ、置き去りにされた一つの頭部は長い年月で菩提樹の根に取り込まれた。

ランチはアユタヤの名物川海老料理。その海老より野菜たっぷりの炒めモノの評判が良かった。観

光の最後は水上マーケット見学。以前はバンコクで大人気だった水上マーケット観光は、水路を埋

めてしまったので今は無い。どうしても水上マーケットをという場合はアユタヤ、アムパワーなど

バンコク近郊まで移動する必要があるのだ。20分程船に乗ったが、何か売りに来るわけでもなく。

夜 バンコク空港近く ノボテルホテル「金谷軒」12人で)前菜盛り合わせ:海老揚げ物・モヤシ

  炒め・クラゲ、スモークダッグ、ガーリック海老、椎茸と野菜煮、揚げた魚の餡かけ、チャーハ

ン、タピオカ、生ビール×3杯、赤ワイン2杯(アルコールは旅行会社のゴチ)

 

 ホテルのロビーにだってラーマ9世                     この生ビールが旨かった!

 

午後4時過ぎ、空港近くのノボテルホテルに到着した。当初予定になかったのだが、添乗員のМさんが

昼間の観光でかいた汗を洗い流して着替えもしたいだろうからとホテルのディユースを手配してくれた

のだ。何て気が利く!素晴らしい!!ありがとうマリア様!!!シャワーを浴びてさっぱりした服に着

替え、スマホの充電をしたついでに人間も充電。おまけに自由食だった夕食もドーンと出しますよ、と

どこまでも気前が良いのだった。しかもしかも酒は飲み放題とのことだったので、Y田夫妻と生ビール

をピッチャーでゴクンゴクン!プッハー!料理はたいして旨く無かったけどビールが旨ければイイや。

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2月 10日(金)日本は晴れ 寒ッ!時折小雪も

朝 タイ航空バンコク=羽田ビジネスクラス機内食(和食弁当)

 

   お粥にすれば良かった!

 

昼 四谷三丁目「喜多方ラーメン板内」生姜風味のあったか味噌ラーメン750円、小餃子240

 

 

昨夜2315分発のタイ航空に搭乗。来る時も何だかなぁと思っていたタイ航空のビジネスシートは

どうも私には合わないようで、結局一睡もしないまま早朝成田に着いてしまった。帰りのフライト時

間は5時間そこそこだしね。朝食を食べていた人はほんの一握りで後の人はグッスリ。和食の弁当の

ような機内食を選んでしまったが、お粥にすれば良かったよ。成田でも車椅子のお世話になって、皆

さんにも「ありがとうございました!」とご挨拶。帰宅して洗濯を終えてからランチに出る。朝海外

から帰って来た日はナゼか味噌ラーメンを食べたくなる昨今だ。餃子もつけてしまう昨今なのだよ。

夜 四谷三丁目「鮨処のがみ」お通し:つぶ貝、刺身:スミイカ970円、生トリ貝1290円、太った

970円、焼き立て卵焼き、カンパチ切り身の塩焼き1290円、白魚のかきたま汁650円、握り

:穴子、ウニ軍艦巻、生ビール2杯、麦焼酎ボトル @11200

 

 

何ヶ月ぶりだろうか。もう思い出せない程久々に「鮨処のがみ」に行く。いつもだったら達筆な女将

が毎日仕上げる毛筆お品書きをチェックしてから出かけるのだが、それさえ忘れる程久しぶりだった。

このお品書きは芸術的でいつも感心するのだよ。違反ばかりしているが、鮨屋にくればキチンと握り

や巻物はほんのちょっとでつまみ中心。生の魚ばかりだと飽きるので焼き物や吸い物があると嬉しい。

今夜はカンパチ切り身の塩焼きと白魚のかきたま汁があった。それにしても「太った鯵」ってねぇ〜。

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2月 11日(土・祝日 建国記念日)曇り 山陰地方は大雪!

朝 家食 メンチカツふすまドッグ、サラダ、茄子の味噌汁、ヨーグルト

昼 荒木町「私の隠れ家」ごちそうごはん(かりんとうとコーヒー付き)1100

 

  

 

荒木町をヨタヨタ歩いているとヤケに静かだ。あぁ土曜日だからか。でもこの店もあそこも休みっ

てオカシイんじゃないかぁ・・その時ハタと気が付いたのですよ。今日は建国記念日の祝日なのだ

った。営業していた「私の隠れ家」でランチを済ませた。午後からA先生が来てくれる。先日から

お願いしているオンラインで結ぶ新しいパソコンのセッティングの続き。書斎に5台のモニター!

 

 書斎に5台のモニターが並んでいる!

 

夜 荒木町「松庵」2人で)1万3千円お任せコース(豆乳寒天寄せ生ウニのせ、ミル貝とウルイ

ジュレがけ、ぐじのひと塩バチコ添え、銚子の地金目鯛鮨、とらふぐ白子蕪汁 浜防風と炭火

で炙ったふきのとう、自家製このわた、ホタル烏賊・カラスミ・菜の花・山葵漬け、甘鯛酒蒸

し、島根のあん肝リンゴおろし、鴨南蛮蕎麦、干し柿チーズとアプリコット)、生ビール×2

杯、麦焼酎ボトル 2人で4610

 

 どれも美味しいぞ!

 

パソコンの設定は順調に進んで、午後7時にはメドがつきそうだ。それではと、食事場所を探し始め

たのだが、殆どの店がお休み。祝日はいつも営業するあの店も土曜日も祝日も営業するあの店もコー

ルが空しく響くだけ。5軒目にダメ元で「松庵」に電話すると「やっていますよ」。ヤッホー!喜びい

さんで向かった。休む予定でホールの男性もお休みなのだが、「急にやろうか」という気になったのだ

そうだ。こんな凄い食材がたくさんあるのに休んではおられないわねぇ、と美味しく頂いたのだった。

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2月 12日(日)晴れ

朝 無し!

昼 家食 鶏と蓮根のつくね入り和風スープ、スモークチキンふすまドッグ、ヨーグルト

 

   朝から太腿が痙攣!

 

今日は歌舞伎座昼の部を観に行く予定だった。しかし、今朝目覚めて早速膝のストレッチ運動を始め

た途端に右足が痙攣。運動を中断して漢方薬ツムラの68を飲んだり廊下を歩いたりするもなかなか

治らない。そのうち「今日歌舞伎座に行くのは止めるか」なんて考え始めてね。そんなこんなで午前

中はぼんやり過ごしたので朝メシは抜きだ。来週土曜日誕生日を迎えるSブー。その日何と引っ越し

というのでちょっと早めにプレゼント送る。大型郵便物投函のためポストまで行きついでに買い物。

夜 荒木町「やくみや」 お通し:小松菜と油揚げの煮浸し、ポテトサラダ500円(オミヤも+500

円)、台湾ピータン冷奴700円、蕪とルッコラサラダ700円、牡蠣フライ(3個)、芹と木耳の春

400円、佐助豚と新玉ねぎの生姜焼き、佐助豚カレー、ご飯、シジミ汁、生ビール2杯、麦焼

酎2合 @8200

 

 

午後ふっとNHKで白い犬に気を引かれたことからドラマに引き付けられ、そのまま見入ってしまっ

た。「洞窟おじさん」完全版1話と2話。親の虐待から13歳で家出して山の洞窟にこもり、愛犬シロ

とサバイバル生活して行く男の話。青年時代を中村蒼が、中年になるとリリー・フランキーが演じる。

ビックリするのは、これが実話ということだ。来週3話と4話の放映がある。楽しみ!夕食は「やく

みや」に行く。店主サワさんは大の宝塚ファン。明日から同じくヅカファンのご友人と公演を観に行

かれるとウキウキされていた。一度も観たことは無いが、宝塚にまで夢中になっては寝る時間が無く

なっちまう。同じく、文楽やお能、落語に近寄らないのも同じ理由である。〆のカレーが旨いぞ!!

           ____________

【今週の振り返り】

近年のタイ王国は政情不安など混乱が続いている。約10年前からタクシン派と反タクシン派が激し

く対立し、軍事クーデターが発生。当時の政権を握っていたタクシン・チナワットは北部のチェン

マイ出身だ。警察官時代の副業で携帯電話サービスの営業権を政府から獲得して大成功し、警察を

辞職してからも警察機関にコンピュータ貸し出しサービスを行ってタイ国一の富豪となる。後に政

治家に転身したタクシンはタイ愛国党の党首となり、2001年には首相に就任。出身地北部の利権拡

大の政策を推進したから、中部・南部の貧困層からは激しい反発が生じた。2006年退陣を表明する

も傀儡政権を企て、遂にクーデターへと繋がって行くのだ。タクシン・チナワットは亡命したが、

その後も与党タイ愛国党(タクシン派)と野党民主党(反タクシン派)の対立は激しさを増し、空

港を占拠しての大規模なデモが展開されていった。黄色と赤色の闘いだった。ハンサムな民主党党

首アピシット・ウェーチャチーワが首相に就いたこともあったが、タクシン派のデモ徹底的弾圧政

策で死傷者を出すなどして選挙で大敗。2011年にはタクシンの妹インラック・ウォンサワットが首

相に就任する。と思ったら2014年には司法クーデターに続き軍事クーデターが起きて・・・。第2

次世界大戦が終了後、未遂も含めて計画・実行された軍事クーデターは16回というのだから、何と

も、ふぅ〜、タイヘンな国だよねぇ。

 

インラック首相時代が始まった201110月、タイの工業団地が次々浸水し、長期間に渡って水が

引かない大洪水となった。7工業団地には804社が浸水し、うち449社が日本企業であったのだ。

タイ全体の被害総額は3,5兆円、うち工業団地の浸水被害は17兆円と半分を占めた。アユタ

ヤからバンコクまで約100`mをゆったり流れるチャオプラヤ川とメコン川の氾濫が水害の原因で

あるが、バンコクでは約2ヵ月、最も被害が大きかったアユタヤでは3ヶ月水に浸かったままの状

態が続いたという。アユタヤに近い場所に工場があった本田の被害は甚大であった。まさにタイに

とっては泣き面に蜂の大水害だった。

 

政争、軍事革命、水害・・国が大混乱に陥った時、介入し仲裁役を務めたのは常にプミポン・ア

ドゥンヤデート国王ラーマ9世であった。タイ国民の精神的支えは常にラーマ9世であったのだ。

第2次世界大戦が終わったばかりの1946年国王ラーマ8世は王宮内で他殺体として発見されたが、

犯人は捕まらず、弟が国王に即位する。それがラーマ9世である。ラーマ5世の69番目の子息で

あるソンクラーナカリン王子の息子であるプミポン・アドゥンヤデート国王は人間性が高く慈悲

深い性格から、国民から絶大な支持と敬愛を集めておられた。その国王が昨年20161013

崩御された。享年88歳、在位期間70年4ヶ月は稀に見る長さである。

 

今回タイを訪れたのはプミポン・アドゥンヤデート国王崩御後3ヶ月3週間後であったが、タイ

の人々は黒か白の服を着用していた。国民も1年間喪に服しているのだ。バンコクにある王宮に

はタイ各地から毎日数万人の人々が亡き国王の弔問に訪れていた。全員が喪服を着て、ラーマ9

世の肖像画を掲げて歩いていた。チェンマイ、スコータイ、アユタヤ、バンコクと今回タイで訪

れた各地で亡き国王の大きな肖像画を掲げていた。その余りの多さに畏れおののく程だった。10

月の御葬儀に間に合わせるため、現在火葬場は建設中である。息子のワチラーロンコーン王子が

王位に就き、ラーマ10世となった。離婚歴が3回あり、ビックリポンの逸話もゴマンとある兄

に対して、妹のシリントーン王女は国民から慕われているらしい。

タイ王国の安泰を心よりお祈りします。

 

             ご冥福をお祈り申し上げます

 

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