パクパク日記7年10月2週

           熱海温泉・上諏訪までの弔問・歌舞伎・「ワンピース」いろいろ

 

      相模湾の眺め  上諏訪の山々

10月 9日(月・体育の日祝日)熱海は晴れ   

 熱海 THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS熱海 洋朝食セット

 

  

 朝からド満腹である

 

昼 熱海「利休庵」生桜海老かき揚げ天(ハーフサイズ)640円、茄子汁せいろ蕎麦1100

 

  

 

昨日の日曜日熱海に来た。熱海城の脇を擦り抜け急な坂道を上った場所にあるTHE HIRAM

ATSU HOTELS&RESORTS熱海に投宿している。朝シャワーを浴び髪を洗ってから

温泉にポチャンと浸かった。烏だから10秒位か。新しく始まった朝ドラ「わろてんか」を観るも、

どうも馴染めないなぁ。売りが高橋一生だけって感じで。さて、楽しみの朝食。朝日が差し込むダ

イニングルームは私が一番。搾り立てのオレンジジュース、焼き立ての各種パン、ヨーグルト、ポ

ーチドエッグ、温野菜、野菜スープ、フルーツ、コーヒー。小さいパン半分食べただけでも満腹!

午前中本を読み、昼ドキにタクシーを呼んで貰って町に出る。フレンチの朝と夜の間はサッパリと

蕎麦でもと思って「利休庵」に行く。蕎麦は旨くないが並ぶ必要が無いから。サッパリのハズが生

桜海老かき揚げ天(ハーフだけど)に具だくさんの茄子汁せいろ蕎麦なんか注文しちゃって後悔!

午後のお茶@ 熱海「常盤木羊羹店 茶房陣」アイスコーヒー500

午後のお茶A THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS熱海テラス席 お茶

 

     熱海市銀座町界隈        「熱海本家常盤木」と「常盤儀羊羹店総本店」は別らしい

            今日は素晴らし晴天!宿に帰ってからベランダでお茶を飲む

                 夕食前に海眺めてひとッ風呂浴びましょうか

 

夜 熱海 THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS熱海 ディナーコース(ア

  ミューズ:胡瓜とおぼろ豆腐カマスの燻製のムース、赤座海老の備長炭グリエ、くぬぎ鱒のミ・

キュイ、黒鮑のムニエルポロ葱のヴィネグレット牛蒡のピューレトリュフ香ルペリゴールノース、

ホウボウと白イカ・栄螺を使ったブイヤベースのスープ仕立て、但馬牛サ―ロインの備長炭グリ

エ三島西麓の有機野菜添え黒胡椒風味の赤ワインソース、デセール:求肥を纏った2色の葡萄白

インゲン豆とバニラクリームサングリアのソルベ、プチフール、カモミールティ)、ビール、白

ワイン(アルザス・リースリング)3杯、赤ワイン(ボルドー2006

 

 

今日の熱海の夜は花火大会だった。熱海城まで下りて行けば素晴らしい花火が見えるらしいのだが、

丁度ディナータイムだし無視することに。ところが、花火が始まってみればまるで戦場にいるような

(もちろんいたことはありませんが)爆発音がドドーン、ドドーンとお腹に響き渡る。この大音響は

決して無視は出来ぬな。2晩も続けてフレンチのフルコースはツライなぁと思っていたのだが、今夜

は魚介類が多くアッサリと食べることが出来た。超レアに仕上げた赤座海老や鱒、黒鮑どれも秀逸!

ネットニュースで猿之助が公演中の新橋演舞場で左腕を骨折し、当面の休演が発表されたことを知る。

2ヶ月公演の4日目の出来事なのだ。こりゃまたタイヘンだ。しかし、運が良いことに2ヶ月公演の

うち12回は「麦わらの挑戦」と題した尾上右近等若手俳優による特別マチネが用意されている。猿

之助の留守中はその若手俳優中心の代役公演が可能なのだ。まさか猿之助はこんなことを想定して若

手の活躍チャンスを作ったとは思えないが、彼らにとって猿之助の不在は成長の絶好の機会になるね。

                 ____________

 

0月 10日(火)熱海も東京も快晴!

 熱海 THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS熱海 和朝食膳

 

  

 私はやっぱり和朝食が好き!

 

遅い昼 東京・大丸東京「THE TOKYO PHONIX」彩り野菜の焼きそば 1728円、コ

ーンスープ648円、冷たいウーロン茶540

 

  

 

2泊した「ヒラマツ」の朝食は和朝食だった。連泊客には基本和食とするのだそうだ。味噌汁啜って

漬物でご飯食べて、何だかホッとするよ。午前11時には宿泊客数組が一斉にチェックアウトするか

ら精算するのもタクシー乗るのも大騒ぎだった。熱海でランチするにはお腹が空かないので東京駅で

食べることにして新幹線に乗った。大丸東京のレストラン街でコーンスープと彩り野菜の焼きそばの

ランチを摂ってからATМを探して東京駅日本橋口の方に歩いて行ったら、鬢付け油の匂いがぷ〜〜

んと。見れば、周りはお相撲さんだらけではないか。あっ!この大きい人は逸ノ城だ、この浅黒い人

は大砂嵐、今コンビニから出て来たのは碧山だ・・・。どうやら地方巡業に出発するらしい。眼鏡姿

でリュックを背負い、スマホ見ながらスーツケースを転がしている特大の男達。たくさんの外国人観

光客が珍しそうに見ていたが、これって「普通の日本の風景」では決してありませんから、念のため。

夜 舟町「おちあい」 お任せ(数の子入り醤油豆、玉こんにゃく、揚げ銀杏、和風しゅうまい、イ

カと牛蒡天、カンパチカマ焼き、大根おろし、蓬蕎麦)、ビール小、麦焼酎 @4500

 

  

 「ただいまー!これお土産」

 

大丸で買い物をしてから帰宅。旅から帰れば例によって即洗濯である。それからは明日からの弔問の

準備。現役時代は部下の結婚式だらけだったからこれまで結婚式には300回は軽く超える位出ている

が、ご葬儀にはもっと行っているかもしれない。結婚式は呼ばれて行くが、葬儀は呼ばれなくても行

くものだから。しかし、仕事を辞め、両親叔父叔母達が全員亡くなってしまうと葬儀に行く機会もめ

っきり減った。だから弔問に行くことになった度に大騒ぎして準備をすることになる。夜は「おちあ

い」に行った。この店のお父さんも今年73歳。よく頑張っておられるなぁと感心している。元気で!

                 ____________

 

0月 11日(水)東京は曇り 上諏訪は晴れ

朝 家食 THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTSの3種パン、サラダ、豚

汁、ヨーグルト

 

  

 

遅い昼 新宿駅「グッドタイムス新宿東口店」卵サンド、アイスコーヒー

 

                     久々に見る諏訪湖。昔は夏の花火大会に来た

 

先週までいた霧島連山の新燃岳が今朝6年半ぶりに噴火した。私がいた時も前兆となる揺れが続き、

警戒レベルが2に引き上げられたところだった。新燃岳は以前「らくだ山」と呼ばれていたそうだ

が、2011300年ぶりに本格的マグマ噴火したことから「新燃岳」と名前が変わったらしい。午後

1時家を出て新宿駅東口へ。東口に来るなんて超久々。駅の建物に入ったものの列車の乗り場がわか

らない。ウロウロしてから売店のお姐さんに教えて貰った。えへっ。エレベーターで地下に降りれば

いいのね。地下にあるパン屋でサンドイッチとコーヒーの軽いランチ。パンは残して中身だけ食べる。

午後2時発の「あずさ」号。階段しか無くてホームの上がるまでエラク苦労した。車内は冷蔵庫のよ

うに寒かった。スーパーあずさなら上諏訪まで2時間ちょっと。駅前にあったデパートがすっぽりと

無くなっていて呆然とした。タクシーで兄嫁が予約してくれた宿に行くと湖に面していた。隣は次兄

と兄嫁が結婚披露宴を挙げた「ぬのはん」だ。3室あって、ツインベッドがあるこの部屋には、姪2

人と私の3人が泊まる予定だ。窓から見える諏訪湖。昔は花火大会の度に見物に来させて貰ったなぁ。

夜 上諏訪・えこうホール諏訪 通夜振る舞い:刺身、天ぷら、稲荷・巻寿司、煮物や漬物など、

ビール

 

 

タクシーで葬儀会場に向かう。今日の通夜は親類だけでとり行われるとのことだ。長女の兄嫁と2

の妹さんの3姉妹がこの十年以上ご両親の介護をされて来た。東京、埼玉、茨城から通ってだからタ

イヘンだったと思う。3年前お父さんが97歳で亡くなられ、7日にお母さんが95歳で亡くなられた。

こちらのお母さんには、私もとてもお世話になった。花火大会見物にお邪魔したり、原因不明の病で

転地療養を勧められた時、こちらの病院を紹介してくれ入院中も何かとお世話を頂いた。ありがとう

ございました。土地が変わると通夜の作法も初めてのことばかりだった。通夜を終えて会場の一室で

通夜振る舞いを頂く。ご親類の方に諏訪の御柱祭が生き甲斐という方もおられ、興味深い話を伺った。

甥の車で宿へ。5人の孫は明日の本葬で祖母へのお礼の言葉を読むことになり、ほぼ徹夜で文案作り。

                 ____________

 

10月 12日(木)上諏訪も東京も曇り 夜から雨

朝 上諏訪温泉・双泉の宿 朱白 食事処 朝食膳

 

 

 

 上諏訪・えこうホール諏訪 おにぎり、味噌汁、煮物、漬物

 

 

6時に起きると2人の姪は既に大浴場で温泉に入って来たと言う。カオルは1時間は寝たと言うが、

オックスフォードから帰って来てからすぐ仕事も始まって疲れているだろうし、キリコも愛犬を置い

て札幌から駆け付けたから疲労は同じだよね。今日は7時半に朝食を摂り、8時には出発だから大忙

し。それでも10分でご飯お替りして食べたのは、次兄と私だけだった。葬儀会場に故人をお迎えに

行く。商店街で家具店を営んでいたご夫婦だったから、自宅前で霊柩車を止め、兄嫁達3姉妹がご

近所の方々にご挨拶。それから諏訪大社上社近く山の中腹にある火葬場に向かった。ツライ別れだ。

1時間半後、お骨を箱に収めて再び葬儀会場へ。おにぎりと味噌汁などのカンタンなお昼を頂いた。

午後2時から本葬。長兄が千葉からやって来た。次兄の親友T羽さんが松本から、東京からS津さ

んも参列。お坊さん3人でなかなか立派なご葬儀である。孫のお礼はナゼか2人だけになっていた。

夜 荒木町「和食 こんどう」(4人で)1万円のコース(カマスと京水菜の土佐酢ジュレ新イクラ、

  鯖鮨と生牡蠣のウィスキー漬けこのわた掛け、お造り:メジマグロのタタキ・カワハギと肝・大

分の関鯛、甘鯛と岩手松茸の吸い物、鰆の和風マヨ羽二重焼き 生姜たまり漬け添え、子持ち

鮎と生蕎麦麩餡掛け、鱧すり身と海老湯葉巻東寺揚げ舞茸山椒ソース、じゃこ山椒、松茸の炊

き込みご飯、大山地鶏と茸のスープ、さつま芋プリン)、生ビール2杯、麦焼酎ダブル3杯

  4人で6万600

 

  

 

午後310分葬儀が終わった。これから精進落としとなるのだが、私は急いでいるので失礼して予

約していたタクシーに飛び乗った。344分のあずさ号に乗れたので、帰宅して急ぐも着替える時

間があった。午後7時「和食こんどう」に懐かしい顔が4つ揃った。カタカナ会社時代、宣伝企画

部を兼任していたことがあり、その頃の部下との食事会である。一度4人の日程が決まり、予約が

なかなか取れない某店の予約も取れたのだが、2人の仕事の都合で敢え無くオジャンに。代わりに

呼ばれた別の2人はおおいに喜んで某店のご馳走を食べていたが。ま、そんなことで今夜は仕切り

直し宴会なのである。偶然2人とも着物関係の仕事をしているのだが、オジャとは30年ぶり位では

ないかしら。それでも30年の年をヒョイと超えて、あなたの結婚式でね・・なんて話が出来る。サ

トちゃんのお母さんの武勇伝も面白かったなぁ。3人とも「こんどう」の料理が気に入ったようだ。

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10月 13日(金)一日中雨 気温一気に下がる

朝 家食 ツナと卵トーストサンド、ウィンナと野菜のコンソメポトフ、ヨーグルト、お茶

遅い昼 新橋「スマトラ」スマトラカレー(ルー大盛り、ライス半分)650円、キャベツ50円、ら

っきょ50

 

 

昨夜午前2時頃、苦しくて目が覚めた。信じられない程の強烈な痒みに襲われていた。灯りをつけて

みると掌などは腫れ上がって赤くなっている。腫れた指から指輪を外すのに苦労した。パジャマを捲

ると、二の腕も掻き毟った痕だらけ。肘から指先にかけてと腹周りがもう痒くて痒くて切ない!起き

出して「急な痒みの原因」なんてネットで調べてみるが、今すぐは役立ちそうも無い。その時、全身

の痒みがあった時に服用する薬を皮膚科から貰っていることを思い出して飲んだ。あぁ、こんなに痒

いって何だって言うんだよ〜。昨夜も上諏訪温泉の旅館でちょっとしか眠れなかったのに今日は痒み

で眠れないなんて。ようやく痒みが弱くなったのは午前3時半頃だった。美容院に行く前ランチを思

ったが、10分しか無い。こんな時は「スマトラ」でカレーだな。ところが「ご飯炊いていますので

4分お待ちください」って。4分で食べたよ。久々だったが、昔ほど美味しく思わなかったのはナゼ。

遅い夜 銀座「麹也」お通し:温豆腐、とりあえず3点盛り:人参とエノキ茸の胡麻酢・水菜のお浸

し・かぼちゃそぼろ煮800円、秋刀魚の有馬煮900円、秋茄子と帆立貝の和風ミニグラタン800

円、納豆袋焼き600円、十割手打ち蕎麦900円、ビール(小)、麦焼酎2合 @7500

 

 食は細くなるのにカラダは太くなる

 

10月大歌舞伎夜の部。インドものに取り組んだ話題の「マハーバーラタ戦記」は3日に行く予定だ

ったが、多忙により欠席した。夜の部はぐんと暗い芝居で「沓手鳥孤城落月」と「漢人韓文手管始」、

それに「秋の色種」。豊臣家没落を描いた坪内逍遙作「沓手鳥孤城落月」は玉三郎が初役の淀君をつ

とめたが、千姫(徳川家康)への憎しみと狂気に支配されて淀君の持つ気品や気位はどこへやらで

ちと残念だった。裸武者の場は無し。2つ目「漢人韓文手管始」は戦後の歌舞伎座では2回目とい

う珍しい芝居だ。性格のいい典蔵(中村芝翫)が、惚れた傾城高雄(七之助)が仕事の付き合いが

ある伝七(翫治郎)と深い仲だということを知って、ガラリと人が変わってしまい伝七にそれは冷

たい仕打ち。遂には伝七に恨みをかって殺されてしまう話だ。嫉妬に狂うということはあるとして

も、短時間で人間あぁも変わるかなぁ。まぁお芝居だからね。そんなことより中村芝翫の堂々たる

役者ぶりに感心した。芝翫襲名が彼を成長させたようだ。最後は玉三郎と梅枝、児太郎の舞踊だっ

たが、あまりに疲れてしまったので失礼した。梅枝と児太郎が琴も披露するというので楽しみにし

てはいたのだが。傘をさして痛い両膝を抱えての移動はホントツライものがあるが、何とか頑張っ

て「麹也」に行った。彼女は歌舞伎に超詳しいから、店に入った途端「最後の幕はサボりましたね」

と言われちまったよ。どれも美味しいのだが料理をちょっと残してしまった。食が細くなりました。

                 ____________

 

10月 14日(土)今日も雨  寒いぞ!

朝 家食 蟹カママヨ、チーズ、「ローソン」のブランパン、「サンフルーツ」のオレンジゼリー、

ヨーグルト

 

  

         サトちゃんからいただいたサンフルーツ」のオレンジゼリーが美味しい!

        一昨年新橋演舞場で初演されたスーパー歌舞伎U「ワンピース」の再演!

 

昼 新橋演舞場客席にて ルフィの歌舞伎弁当1500円、お茶

 

  

 

一昨日の夜から降り出した雨は、今日も未だ降っている。そしてとても寒い!一週間前の熱海は汗

ばむような陽気だったのに。サトちゃんから頂いたオレンジのゼリーがとても爽やかで美味しいよ。

今日は2年ぶりに再演されているスーパー歌舞伎U「ワンピース」を観に行く。10月、11月新橋演

舞場での2ヶ月公演だが、その4日目の今週月曜日、あろうことか主役の猿之助が左手に大怪我をし

てしまい休演。座長の不在を守るのが尾上右近を筆頭とする若手達だ。元々今回の公演に当たり猿

之助は若手役者達に思い切った活躍のチャンスを準備した。自分の役を尾上右近に任せた「麦わら

の冒険」のマチネを2ヶ月公演の中に12回入れたのだ。まさかまさか自分がいなくなっても大丈

夫なように、という深慮遠謀というワケでも無かっただろうが、現実はこうなのだから人生って面

白い。今日の舞台で右近は見劣りすることなく大活躍だった。タンバリン叩いて、お客も大興奮!

夜 舟町「舟町一期」お通し:鯖ポン酢、焼き茄子浸し680円、彩り野菜とジャコのサラダ720円、

秋刀魚の肝醤油焼き980円、栗の天ぷら750円、海老しんじょサンド揚げ880円、生ビール、

麦焼酎「知心剣」ボトル @1万1300

 

  

 秋茄子、秋刀魚、栗・・秋やねぇ

 

演舞場の帰りに銀座三越に寄るつもりだったが、外に出ると雨は激しくとても寒くて心が萎えた。

タクシーでまっすぐ帰宅して、夕飯は「舟町一期」に行った。驚いたのは、ご主人山口さんの自慢

の息子さんが北海道旅行に行った2日目の朝ホテルのベッドから落ちて足を骨折したのだそうだ。

主役猿之助の骨折(左腕)に続き、可愛い盛りの3歳男児の足骨折も大いに気の毒である。ツイン

ベッドの片方からもう片方に飛び移り損なったのだそうで。単純にベッドから落ちた経験数回有り。

                 ____________

 

10月 15日(日)今日も雨だよ〜 寒いよ〜

朝 家食「サンフルーツ」のレモンゼリー、ヨーグルト

昼 曙橋「Coco壱番屋」野菜サラダ185円、THE牛カレープラス野菜1116円、3辛62円、ご飯

200g−51円、納豆154円、アイスコーヒー103円  @1570

 

 

「雨の日は膝が痛い」ということに今日気づいた。この雨は木曜日の夜から降っているから4日目に

なるのだが、この間ずっと膝が痛かった。半端なく痛かった。ということは「雨の日は膝が痛い」と

いうことになるのではないか、と私は思うわけでして。こんな日も月に一度のプラズマ治療に行く。

大きな傘さして杖ついて・・時折膝に激痛が走り、しばらく立ち止まって休息。雨に濡れる。またと

ぼとぼ歩き始め、また止まって。プラズマに行くにも家に帰るにも歩く距離は同じくらいになった途

中で「これ以上歩けん!」と泣き出しそうに。やっと到着した治療院で靴を脱いでも椅子に座っても

ベッドに寝ても痛みが取れなくなった。こんなの初めてでホント涙でそうだ。大いに焦ったのだが、

気づけばここはプラズマ治療院ではないか!治して〜〜!で、約1時間後治して貰ったのであ〜る!

夜 家食 「つばめグリル」のロールキャベツ、「ゑびすDaikoku」の銀鱈の西京焼き、「舟町

一期」  の栗天ぷら、ほうれん草と椎茸の胡麻和え、キャベツと豆腐の味噌汁、「ローソン」のブ

ラントースト

 

  

 

膝の痛みは未だ残っているが、来る前に比べれば激減した。O本先生ありがとうございました!すぐ

近くの「Coco壱番屋」で季節限定(こうゆうの好き)THE牛カレープラス野菜を食べていると、

隣に座った小太りの若い男子が「ロースカツカレーにカニ入りクリームコロッケトッピング」と言っ

た。ゲェッ!カニ入りクリームコロッケって2個だよ。そんな脂っこいものカレーに乗っけて食べる

んかい!と呆れたのだが、さもあらん、隣から溜息が聞こえた。遅いランチを終えて恵比寿に向かう。

今日はプラズマとアーユルヴェーダの2階建てなのだ。S戸さん、お世話になりましたぁ。買い物し

て帰宅。味噌汁をたっぷり作り、久々のカンタン家食。温かいロールキャベツが嬉しいなぁ。無酒日

                 ____________

【今週の振り返り】

あの頃、たいがいの会社には慰安旅行というものがあった。全額会社負担なんていう太っ腹なところ

もあったが、ほとんどは月いくらという積み立てを細々と行って旅行費用にしていたように思う。オ

ジサン社員達は慰安旅行大好きだったし、女子社員特に若い女子には気の重い旅行だった。しかし、

現在とは働く者の意識や価値観がエラク違っていたから「それってぇ参加は必ですかぁ〜」とか「休

日はプライベートな時間なんでそこんとこヨロシク」なんて上司や先輩に言うことは全く無かったの

だ。「当然全員参加」が前提だった。何らかの理由でどうしても欠席するなんてことになれば、隣の部

の人からも「ナンデ来ないの?」と詰問されたりしてね。ほっとけよ!旅行は土曜日の午後から大型

バスで出発する。会社の前から乗ろうとするとバスガイドさんがわざとらしい笑顔で迎えてくれる。

あの頃、週休二日制なんて夢のまた夢。土曜日半ドンでも一番恵まれた会社だった。隔週半ドンとか、

私が働いていたカタカナ会社のように土曜午後3時までなんて中途半端な職場もあったが、週1日休

日の会社もたくさんあった。

 

慰安旅行の行き先は、熱海とか湯河原、伊東、箱根湯本、鬼怒川、日光、河口湖などの温泉街が多か

った。特に観光することも無く、現地の旅館に到着すると「歓迎!○○○会社ご一行様」という看板

がずらりと並んでいる。茶色か臙脂色のスリッパをひっかけて、幹事の総務課女子に指定された客室

に向かう。同期他部署の○○ちゃん同じ部屋だね!と嬌声を上げ和室畳に横座りしてお茶受け囓りな

がらお茶を飲む。早速お風呂に向かわれるお局様には「行ってらっしゃい。ごゆっくり」と声をかけ

即座に噂話やら悪口やら・・。しばらくするとベテラン仲居さんのダミ声が廊下に響く。「はいはい、

○○○会社のみなさーん、中広間に夕食の支度出来てますよー!早く行ってくださーい!」。広間に

行ってみれば、浴衣と丹前姿の男性陣がずらっとお膳の前に座り、床の間前の所謂上席には社長とか

専務が。若い女子社員は末席の目立たないところに座るのだが、声デカおっちゃん達が「おーい!こ

っち空いているぞー!」なんて手招きなんかしてさ。ふん!行かないよ〜。あの頃は女子社員にビー

ルやお酒のお酌を強要したし、エロ話はバンバン、酔ったふりして肩組んで来るとか、今だったら男

全員降格!ってな感じのセクハラまみれの時代だったのだ。

 

セクハラ被害を最低限に済ませるなら、料理をさっさと(全く旨くもないし)食べて腹ごしらえをし、

ビールやお酒を持って部屋に逃げ込む、これである。8畳に6,7組のセンベイ布団が敷かれた部屋

で夜中までお喋りするのが楽しかったかな。翌日は寝ているうちに、例のベテラン仲居が起こしに来

る。はいはい、朝ご飯に広間に行ってくださいよー!と怒鳴りながら布団を畳んで行く。未だ寝てい

る人がいても掛け布団をはがしてしまうんだから、ふんとにもう!客を何だと思っているんだ!私は

何度も怒ったさ。美味しくも無い朝ご飯を食べると8時には追い出されてしまう。客ボー然。こんな

客をバッチ処理する大型温泉旅館が多い時代だった。

 

そんな温泉旅館がずらっと並んでいた熱海温泉。昔からある大きなホテルは、いつの間にか「伊東園

ホテルズ」という会社に呑み込まれたらしい。「伊東園ホテルズ」は熱海だけでも6か所もあって、そ

の中には「熱海ニューフジヤホテル」や「熱海金城館」、「ホテル大野屋」なども入っている。何でも

1泊2食付きで宿泊費は1万円以下になったと聞いた。夕食も朝食もバイキングらしい。慰安旅行も

すっかり下火となったこともあって、旅館が得意としていた団体客が激減した。しかも、この団体客

はほぼ旅行代理店から「送客」されていた。旅館やホテルなら「集客」すると思うのだが、客は送ら

れてくるものであって集めるものでは無かったのだ。それが客の意識や生活スタイルの変化に長い間

気づくことなく過ごしてしまった原因の一つだと私は思っている。

 

兄嫁のお母さんが亡くなり、ご葬儀のため超久々に上諏訪に行った。諏訪湖周辺には上諏訪温泉を湧

出する旅館が多数ある。今週宿泊した「朱白」もその名の通り朱と白の2つの源泉を持つ宿だった。

次兄と兄嫁が結婚した時、東京での披露宴の他に「上諏訪の宴」も開かれた。兄嫁が3人姉妹の長女

で結婚した相手は家具屋経営の後継者として期待されていたからだと思う。結果次兄は兄嫁家の家業

を継ぐことは無く、新聞社でずっと働いていたが。上諏訪での披露宴会場は老舗旅館の「布半」だっ

た。島木赤彦や斉藤茂吉など文人にファンが多く、美空ひばりが愛した宿でも知られる宿だ。一時兄

嫁のお母さんが手配して下さり、上諏訪の病院に入院したことがあったが、個室の隣には「布半」の

女将さんがいらしてよくお喋りをした。今回久々に来てみれば、この「布半」を含めて多くの老舗や

大型旅館が他の経営者に取って変わられていた。宿泊した「朱白」だって昔は違う宿名だった。先週

行った鹿児島の温泉地でも廃業した大型ホテル・旅館がたくさんあった。経営不振もあったし、耐震

工事に費用がかかり過ぎるので撤退という理由もあった。より小型に、より個性的に、より上質に、

なんて動きも活発だ。温泉旅館の世界にはずっと台風が渦巻いている。

 

                 にゃらんは温泉好きだったニャア

 

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