パクパク日記18年3月5週

              3度目のベルリンフィル・イースター音楽祭を満喫!

 

   兎は多産と豊作のシンボル  ラトル氏最後の音楽祭

 

3月 26日(月)ドイツ・バーデンバーデンは曇り 夜小雨

 バーデンバーデン・ラディソンブリュ・バーディッシャーホフ 朝食ヴュッフェ

 

  

 

昼 ホテル客室にて こく旨熟成味噌ラーメン、バナナ

 

 

先週火曜日からドイツに来ている。ツァーの皆さんはヘルシンキ経由だったが、私はANAの直行

便でミュンヘンに入った。南ドイツに位置するミュンヘンだが、標高が結構高くアルプスからほど

近いことからエラク寒かった。毎日雪が降った。名物の白ソーセージがムチャ旨かった。水曜日に

はバイエルン国立劇場でペトレンコ氏指揮のオペラ「バラの騎士」を観た。金曜日3泊したミュン

ヘンを早朝発って悪天候で何も見えなかったドイツ最高峰ツークシュピッツェに皆さんは上り(私

は温かいバスの中で本読んでおった)、夕刻、春のような陽気のバーデンバーデンに移動してきた。

バーデンバーデン4日目となる今日は夜は音楽祭だが、それまではフリー。多くの人は添乗員のS

濃さんとフランスのストラスブールに出かけて行かれた。フランスと言ってもドイツ国境近くの町

40キロ程の距離だ。私は何度か行ったことがあるから行かない。小物は週末自分で洗濯したが、

パジャマやTシャツなどどっさりランドリーに出した。エクスプレスサービスを利用すれば今日の夕方まで

に出来上がる。昼は客室でこく旨熟成味噌ラーメンとバナナでカンタンに済ませて、午後からぶら

ぶらと町に散歩に出た。先週はずっと良いお天気でぽかぽか陽気だったが、今日は曇っているせい

か少し肌寒い。ショッピングビル(3階建てだけど)に入って、グルリと売り場を見て歩く。一つ

として欲しいものが無い。数年前ベルリンでもあちこちの店を見て歩いたのだが、洋服など買いた

いものが無くて困った。そんな調子だからお土産選び困るんだわね、この国。板チョコでも、かな。

早い夜 バーデンバーデン「レストランパガニーニ」前菜盛り合わせ、サーモンソティ

 

   5時半には食べ終わった夕食

          「イースター音楽祭」私の2夜目、指揮者はダニエル・ハーディング氏

バリトン歌手ジェラルド・フィンリーによるシューベルト歌曲の次はリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲 作品64

 

朝ランドリーサービスに出した洗濯物の一つに穴が開いてしまったというのでホテルの保証規則で

ランドリー代が半額になった。エクスプレスサービスだったから50€近くがサービスになったことになる。

開いた穴はたいしたこと無いからラッキーした。4時15分集合して祝祭劇場のまん前にある「レ

ストランパガニーニ」に行き、超早い夕食を摂る。前菜盛り合わせの蛸や野菜は歯茎が痛くて食べ

られないので、メロンとハムだけ食べた。メインのサーモンを急いで食べて5時40分劇場に行く。

今夜の指揮者はダニエル・ハーディング氏。若い頃から才能を認められたイギリス人で、現在パリ

管弦楽団音楽監督やスウェーデン放送交響楽団音楽監督などを務めている。演目は先ずはシューベ

ルトの歌曲で始まりバリトン歌手はジェラルド・フィンリー。「プロメテウス」「音楽に寄せて」。そして

3曲目は子供の頃から大好きだった「魔王」だ。嵐を連想させる印象的な力強い前奏が始まる。歌

手は、魔王と家路を急ぐ父親と怯える息子の3人を演じ分けながら歌うのだ。久々に堪能したよ。

その後アンコール曲を含め歌曲が4曲続き、前半終了。今日も昨夜に続いてファーストカテゴリー

席ながら1階(日本の2階)バルコニー席でチケット代は210€。指揮者がラトル氏でないことと地

味なプログラムのためか後方は結構空席がある。後半はリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」だった。

金曜日皆さん寒い中、山頂まで登ったドイツ最高峰ツークシュピッツェでシュトラウスは曲想を思

いつき、麓のガルミッシュパルテンキルヘンの山荘で作曲したというあの「アルプス交響曲」だね。

単楽章の曲だから始まれば50分間演奏ぶっ続け。指揮者も演奏者もタイヘンだよ。珍しい打楽器も

多数参加して楽しい。こういう曲は上から眺めているのも良いな、と思った次第。帰りはいつもよ

うに女性だけのバラ1本プレゼントを貰って外に出た。あら、雨がポツポツ降り出したわ。無酒日

                 ____________

 

3月 27日(火)曇り夜は雨

 バーデンバーデン・ラディソンブリュ・バーディッシャーホフ 朝食ヴュッフェ

 

   朝食ヴュッフェは6時半から10時半まで

 

昼 ホテル客室にて 京風きつねうどん、洋梨、卵ぼうろ、お茶

 

 きつねうどんが旨い!

 

昨日に続き、最終日の今日は夜のコンサートまではフリー。S濃さんの提案で希望者の方々は大学町

で知られるフライブルグに出かけて行かれた。温泉保養地のバーデンバーデンだから、このホテル

にも温泉のプールがあり、有料のカラカラ浴場などに行かずともここで一日過ごす人達もいる。一昨

年宿泊した「ホテルツム・ヒルシュ」は客室バスルームのお湯が温泉だった。しかし、今回私は水着

を持って来なかった。どうせ入らないだろうと思って。結果、バーデンバーデンに4回も来たのに、

一度も温泉に入らなかったのである。そういえば、何度も行ったハンガリーのブダペストの温泉も行

かなかったしね。水着の代わりに持って来た京風きつねうどんでランチ。これで非常食は無くなった。

早い夜 ラディソンブリュ・バーディッシャーホフ ハーブ風味のフォームスープ、南ドイツ郷土

料理マウルタッシュエンド(ドイツ風ラビオリ)

 

 午後4時からの夕食!

      「イースター音楽祭」の幟はためくバーデンバーデン祝祭劇場

 今年生誕100年のバーンスタインの交響曲2番「不安の時代」の演奏  ピアニストはクリスティアン・ツィマーマン

演奏後、指揮者サイモン・ラトル氏は素晴らしい演奏をしたホルンやコントラファゴット奏者のそばまで行って直接称える

 最後は「ベト7」の熱演で場内は大興奮!

 

3夜連続のベルリンフィルのイースター音楽祭も私達が鑑賞するのは今夜が最後。ホテルのレス

トランで4時から超早い夕食を済ませて通い慣れた祝祭劇場に向った。今夜はバーンスタインの

交響曲2番「不安の時代」、そしてベートーヴェンの交響曲7番という魅力的な演目だ。バーン

スタインは、あのカラヤンやゲオルグ・ショルティとライバル視されたアメリカが生んだ最初の

国際的指揮者だ。日本が誇る指揮者小澤征爾や佐渡裕など優れた後進を育てたことでも知られる。

優れたピアニストでもあった彼が作曲したからか、ピアノ交響曲のような感じで、ピアニストは

クリスティアン・ツィマーマンだった。ツィマーマンは演奏後、バーンスタインの100歳を祝って「月光」の始まりで

ハッピーバースデー変奏曲を弾いてヤンヤの喝采を浴びた。そしてベートーヴェンの交響曲7番。

クラッシックブームを起こした「のだめカンタービレ」ですっかり大人気になった曲で、のだめ

以降のコンサートでは必ずと言っていいくらい演奏される曲となった。ベートーヴェンもビック

リ!だよね。そしてバーンスタインが生涯で最後に演奏したのもこの曲なのだ。今日指揮したサ

イモン・ラトル氏の任期は今年6月までだから明日帰国する私たちにとって彼の指揮するベルリ

ンフィルとの演奏を聴くのも今日が最後だ。圧倒的な迫力の「ベト7」で感動の嵐!!!無酒日

                 ____________

 

3月 28日(水)フランクフルトは雨

 バーデンバーデン・ラディソンブリュ・バーディッシャーホフ 朝食ヴュッフェ

 

   さよならバーデンバーデン

 

昼の軽食 フランクフルト空港ルフトハンザ航空セネタラウンジ 野菜スープ

 

   ラウンジでA社添乗員K池さんにバッタリ!

 

今日の朝はムチャ早い。スーツケースを出すバゲジダウンが6時15分、7時出発だから、毎朝シャ

ワーを浴びる私は午前4時過ぎには起きたさ。シャワー、着替え、パッキングなどをチャッチャとやり

終えたら未だ5時!S濃さんからウェイクアップコールがあるのは5時半だ。「電話要りませんので」

とこちらから電話した。6時半前にはレストランで朝食を食べ始め、10分で終了。こうゆう時「早

飯喰い」の特技があると有利だ。7時バス出発。一路フランクフルトの空港を目指す。ドイツ駐在経

験のあるご夫妻はホテルに残り、ドイツのボンに向うというお2人と羽田空港までANAで1人で帰る

私の3人はバスに同乗させて貰った格好だ。2時間ちょっとで空港の第2ターミナルに到着。皆さん

お世話になりましたぁ、気をつけてヘルシンキ経由でお帰り下さいねー!と私は第1ターミナルまで

バスで送って貰う。しかし駐車場からターミナルまでかなりの距離がありそう。どうしよ、と途方に

暮れるところだったが、何と運転手さん、バスに鍵をかけ私のスーツケースを運び出したではないか。

ずーっと。800bくらいあったと思う。その上職員に聞いた上でANAのカウンターまで行ってくれた

のだ。申し訳ないやら嬉しいやらで涙が出そうだった。チップ弾みますねー!ダンケシェーン!ラウ

ンジに行くと、知った顔が近づいてくる。これまで2度ご一緒したことのあるA社の添乗員K池さん

だった。彼は4年前のベルリンフィル・イースター音楽祭で一緒だったのだ。あれからも音楽祭に来

ていて今回で3回目よ、なんて話を。ドイツ旅の後、フランス旅のパリではご飯一緒に食べましたね。

夜 ANAフランクフルト=羽田空港ファーストクラス機内食(和食)

 

 

3月末で権利を失ってしまうアップグレード券。ANAから「いいんですか、使わなくても」という連

絡が来たから、この旅行の往復をファーストクラスにアップグレードを試みた。ところが、行きの

羽田=ミュンヘンはファーストの設定無し、帰りのフランクフルト=羽田は設定あり、ということで

往路はビジネスクラス、復路だけファーストクラスとなった。8席あるファーストクラスに搭乗客は

4名。1席をリビング(?)、もう1席を寝室として使える。シャンパンは苦手だが「KRUG」なら飲

んじゃおうかなぁ。食事はコース仕立てだが、ビジネスクラスと比較して特別美味しいワケでも無い。

「ピース」の又吉直樹がお笑い芸人のまま芥川賞を受賞した「火花」の映画を観た。小説も読んでいた

から力を抜いて見始めた。売れない芸人徳永に菅田将暉、徳永を惹き付けて止まない先輩「あほんだ

ら」の神谷に桐谷健太、神谷の同棲相手に木村文乃、監督は松尾創路。徳永と神谷の相方はどちらも

実際のお笑い芸人川谷修士と三浦誠己が演じてイイ味出していた。菅田将暉もなかなかの役者になった。

                 ____________

 

3月 29日(木)東京は晴れ 気温24度!

早い朝 ANAフランクフルト=羽田空港ファーストクラス機内食(ガーデンサラダ、「一風堂」味

噌ラーメン、お茶

 

  

     隣の席にベッドを作って貰う       行きの機内食では歯茎痛で食べられなかった味噌ラーメンを食べる

 

昼 四谷三丁目「東京風月堂」野菜ミックスジュース648円、焼きカレー(サラダ、アイスコーヒ

ー付き)1188

 

  

                   なかなか旨いぞ、この焼きカレー! 

これまでもファーストクラスには乗っている。ANA、ルフトハンザ、エア・フランス、ブリティッ

シュ・エアウェイズなどね。ここまでのところ1番気に入っているのはエア・フランスだが、ANA

もまぁまぁか。日本時間の午前4時半頃、味噌ラーメンを食べた。朝ご飯のつもり。羽田空港の気温

は18度?昼は20度以上になるらしい。フランクフルトは3度くらいだったから厚手のロングコー

ト着て帰ってきたのにどうしてくれる!脱いだら荷物になって邪魔じゃないか!朝6時半頃羽田空港

着。1番遠いゲートに着いたから車椅子を頼んでおいて良かった。バゲージクレームでまたK池さん

とお会いして「どこかでご一緒しましょう」とご挨拶。タクシー乗ってラインを見ると、今日夕刻の

打ち合わせ後ご飯を一緒にと約束していた甥から体調が悪いので食事はパスするとあった。午前7時

20分には帰宅し、何とBSの朝ドラを観てしまったよ。それから洗濯機を回し、留守中届いた宅配

便をロッカーから出し、郵便受けから郵便物を袋に入れて運ぶ。数日前姪のカオルが来てくれて、玄

関に置いてあった山のような段ボールをすべて処分してくれたから広々して卓球台を置けそうだよ。

パソコンを開けてみると、あらら〜〜メールの履歴が全部消えちゃっている。その上、さっきまで読

んでいたスマホのメールの履歴まで消えてしまって・・!明日と聞いていたプロバイダーのバージョ

ンアップの時間が早まったのだろうか。どっちにしても今月末の某団体の理事会の委任状をファック

スしなければならないのにメールの履歴を失っては連絡先も何もわかんないじゃん・・とまぁ帰宅し

た途端にいろいろあるのである。朝食が4時半頃の味噌ラーメンだったからお腹が空いてたまらん。

「東京風月堂」に行って焼きカレーを食べた。チョイ辛で美味しかった!買い物なぞして帰宅する。

夜 舟町「おちあい」(2人で)お任せ(大根そぼろ煮、玉こんにゃく、お造り:中トロ・カンパチ

・烏賊、和風しゅうまい、豆鯵とししゃも、ふぐとイカの天ぷら、白菜漬け、芋鍋、鍋雑炊)、

ビール(小)、麦焼酎 2人で1万1000

 

  

 甥とふたりでおちあいご飯

 

午後6時。甥のヒカルとマンションロビーで待ち合わせ。彼には不動産の売却をお願いしているか

ら何かと打ち合わせや連絡する機会が多い。今夜せっかくご馳走しようと思ったのに体調が悪いと

のことで中止としたが、会ってみれば「治った」のだそうだ。じゃ、どこか行く?ってことで急遽

「おちあい」に。彼の父親、つまり私の次兄も好きな店だから丁度良い。彼は全く酒を飲まないけ

どね。酒飲みの父親と下戸の母親の間に出来た子供3人は全員下戸ってわけだ。「おちあい」の料理

は地味なものばかりだけど、どれも滋養に満ちていて、長年食べてもいっこうに飽きない味なのだよ。

                 ____________

 

3月 30日(金)晴れ

朝 家食 フレッシュ野菜と春雨スープ、茹で卵、チーズ、ぶらんパン、ヨーグルト

 

  

 メジャーデビュー戦、初打席ヒットの大谷君!

 

昼 曙橋「Coco壱番屋」野菜サラダ185円、パリパリチキンカレー774、野菜226円、小ライス

51円、3辛+63円、アイスコーヒー103

 

  

 おぅ、ここは満開だなぁ

 

今日大谷翔平君がアスレチックス戦で8番DHで先発出場し、メジャーデビューを果たした。翔平

君はその初打席で初安打!その後の4打席は凡退に終わったが、ま、上々のデビューだったか。こ

れまでMLBでの初打席で初安打を放ったのは松井秀喜、松井稼頭央、新庄剛志、福留孝介、そし

てダルビッシュ有の5人。オープン戦ではサッパリで心配されていたから本人が1番ホッとしたね。

乃木坂の歯科医に抜糸に行く。治療を終えてドイツでお知り合いになったS田T英子さんをご紹介

してからタクシーに乗ると、昨夜夕ご飯を一緒に食べた甥からラインが入る。早稲田のマンション

が売れて、代理で売買契約に行ってくれた彼から「無事に終了しました」という連絡だった。ホッ

とした。乃木坂から曙橋へ。先ずは「Coco壱番屋」でランチだ。レギュラーメニューだったら、

パリパリチキンカレー+野菜+3辛が好きだ。これに納豆を入れたら無敵だね。旨い、旨いと食べ

ていたら、隣席に来た若手男子ビジネスマンが注文したものはトンカツ、ささみカツ、ヒレカツが

400c(彼が指定した)のご飯上に乗っかっている手仕込三昧カレー!隣にいる私までくらくら。

夜 荒木町「松庵」(2人で)ミル貝・帆立・海老・天豆・塩トマトのジュレがけ、鯛の飯蒸しウニ、

  蛤密封焼き、ホタル烏賊・バイ貝・ウルイ・花山椒を桜の香りで、松の藻と竹の子汁、サヨリ

  昆布〆と淡路鯛と白子を橙醤油で、常磐牛いちぼのタレ漬け炭火焼き 蕗味噌添え、京都白子

の竹の子の刺身とカラスミ、十割蕎麦、鴨カレー温蕎麦、甘酒とブルーチーズ金柑蜂蜜アイス、

本わらび粉のわらび餅)、生ビール、麦焼酎ボトル 2人で3万6500

 

  

 

「Coco壱番屋」の後はプラズマ治療に行った。有り難いことに私の膝を治すべく、いろいろと

研究されている由。もっと研究してマジ膝治してちょんまげ。急いで帰宅。午後4時過ぎA先生が

来てくれた。プロバイダーのバージョンアップ後の調整のためだ。それに消えたメール履歴を元に

戻して欲しいし。その間、私は何も出来ないので留守中録画しておいた朝ドラなどを観ておった。

ついでにスマホのバックアップを取って貰う。予想より早めに終わったので「松庵」に行くことに

した。今夜も春らしい料理が次々と出て来たが、私を1番喜ばせたのは鴨カレー温蕎麦!旨いねぇ!

                 ____________

 

3月 31日(土)晴れ

朝 家食 豚汁、茹で卵、チーズ、ぶらんパン、ヨーグルト

 

  

 お疲れ様!S戸さん

 

昼 銀座・GINZA SIX「銀座大食堂」築地幕の内弁当2000円、アイスコーヒー300円+税

+サービス料10% 計2714

 

  

       GINZA SIX6階にある話題の「銀座大食堂」でランチを食べてみたら・・・

      器は面白いけど、ちっとも旨くない築地幕の内弁当。2000円+消費税、それにサービス料10%ですかぁ?

    「銀座大食堂」内部               同じ6階にある「銀座 蔦屋書店」

 

帰国してから未だ2日目だが、今日も朝から忙しい。もう長いこと月一でアーユルヴェーダに通っ

ているのだが、ずっと施術してくれたS戸さんが突然辞められることになり、最後の施術を銀座店

で急遽10時からお願いすることになった。土曜日9時45分では銀座の中央通りも人影はまばら。

中国人観光客10人ほどがラオックス前に並んでいる位だ。彼女の施術が良くて通っていたのだか

ら、アーユルヴェーダもこれが最後かなぁ。これまでお世話になりました。これからもお元気でね。

12時過ぎに終えて、ランチ場所を考える。一度くらいGINZA SIXでご飯食べても良いか。

ひと頃話題になった「銀座大食堂」という所へ行ってみようか。オープンから1年経てばもの珍し

さも無くなって空いているかも。空いてはいないが混んでもいない。数軒の屋台風の店舗と、どこ

の料理も食べられるカウンターとテーブル席に分かれている。私はテーブル席にして2000円の築地

幕の内弁当を注文。三段重ねの面白い器に入って来たお弁当だったが、味がね、感心しないのよね。

その上、2000円に消費税が付き、何と10%のサービス料を取るのだよ。メニューに書いてあった?

 

  中野サンプラザで開かれた国民の叔母・清水ミチコの「ひとりジャンボリーRETURENS」最終日

 

夜 早稲田・リーガロイヤルホテル東京「皇家龍鳳」2人で・オジョー退職祝いの宴)海の幸と黒

毛和牛のディナーコース21384円(前菜盛り合わせ:細魚のマリネ・赤海老の老酒漬け・蛤

・山椒蓮根・皮付き豚肉梅風味・鴨肉・チャーシュー、気仙沼産フカヒレの姿煮込み上湯スー

プ、活鮑のガーリックバター蒸し香り醤油、国産伊勢海老の上海蟹味噌炒め、黒毛和牛サーロ

インステーキ中華風黒酢ソース、XО醤炒飯 清湯スープ添え、パパイア器の杏仁豆腐)、生

ビール1306円、麦焼酎「二階堂」ボトル8000円 2人で5万38円(ヘルスクラブ会員10%

割引)

 

  

             オジョーが食べた白湯スープは濃厚      私が食べた上湯はアッサリ

 お店からオジョーに記念のお花が

 

ランチを終えてオジョーと銀座で待ち合わせ。銀座は土日歩行者天国なので、博品館横で待ち合わ

せたらすぐ会えた。オジョー号に乗り込み、目指すは中野サンプラザ。彼女が国民の叔母・清水ミ

チコの「ひとりジャンボリーRETURENS」最終日のチケットをプレゼントしてくれたのだ。

しかも前から5列目の真ん中あたりの席だった。みっちゃんこと清水ミチコのショーは武道館公演

も含めて3回目だが、いつでも抱腹絶倒の数時間を過ごすことが出来る。「ものまねの女王」らしく

お約束の瀬戸内寂聴講演会や桃井かおり、大竹しのぶ、森山良子、矢野顕子、それに中島みゆきと

松任谷由実によるアイネクライネナハトムジークとか。面白いだけでなく、彼女のピアノの旨さや

編曲力、音楽の分析力など才能がピカピカに輝く舞台なのであるよ。おまけに故郷岐阜高山でジャ

ズ喫茶を経営している弟イチロウ氏まで登場して達者なピアノと歌を披露してくれた。多くの歌手、

グループの「あるある作曲法コーナー」もみっちゃんの「力」を感じながら大爆笑してしまうのだ。

楽しい時間の後はオジョーの「退職祝いディナー」。早稲田のリーガロイヤルホテル東京の「皇家

龍鳳」でコース料理を頂く。「どうもお疲れ様でした!4月から起業のお仕事頑張って下さいね!」

                 ______________

 

4月 1日(日)晴れ   大谷翔平初先発アスレチック戦で初勝利!

朝 家食 フレッシュ野菜と春雨スープ、茹で卵、チーズ、ブランパン、バナナ、ヨーグルト

 

  

 

昼 家食 黒胡麻たくさん担々麺

 

  

 

ドイツから帰国して4日目の今日はようやくゆっくり出来る。東京の家にいるのはせいぜい一年の

3分の1程度。その3分の1に医者1、医者2、歯医者、膝医者、整体1、整体2、アーユルヴェ

ーダ、エステ、美容院、区役所、歌舞伎座昼の部、夜の部、飲み会などを詰め込むからどうしても

バタバタと忙しくなってしまう。しかし、徐々に定期的に行く場所を減らして来た。整体1とエス

テを止め、ここに来て、膝医者とアーユルヴェーダに通うことを止めた。これからの人生そう長く

は無いのだからゆったりしたいしね。今日投手・大谷翔平君が初登板した。3ランホームランを打

たれはしたが、6回を投げて堂々の勝ち星デビュー!和製ベーブ・ルースの大きな第一歩だった!

夜 荒木町「宮わき」お通し:焼きベビーコーン、天豆塩茹で600円、のれそれポン酢800円、本

モロコ南蛮漬け1200円、生トリ貝1200円、佐賀白アスパラガス1200円、車海老と九条ネギの

かき揚げ、スッポン○鍋2200円、生ビール2杯、麦焼酎「天草古酒」600円ダブルロック3杯 

15200

 

  

 

夕食は久しぶりに「宮わき」に行った。宮脇さんは、荒木町の京都料理の「八平」で修行されたの

で、夏のトウモロコシのかき揚げは一粒ずつを纏めたかき揚げだし、関東で言う「ぬた」を関西風

の「てっぱい」なんてメニューに書く。これじゃぁ、みんなわからないじゃない(笑)。関東では

あまり見かけないモロコを仕入れてくれるのはモロコ好きの私には嬉しいことだ。南蛮漬けがとて

も美味しかった。久々のスッポン○鍋もゼータクでムチャ旨いです。あっ、嘘つくの忘れちゃった!               

 ______________

【今週の振り返り】

レナード・バーンスタインは1918年生まれ。つまり今年が生誕100周年。この2月の札幌雪祭

りでも、若手音楽家育成のためのPMFを札幌で開催したバーンスタインの生誕100周年を記念し

て彼の巨大な横顔の雪像が登場していた。中学2年の時観た映画「ウェストサイドストーリー」の

作曲者として私の前に現れたのがバーンスタインだった。1990年夏、冒され癌の病状が悪化し

ていたバーンスタインだったが、天皇陛下ご夫妻が来られることになっていた東京公演を2回行っ

た。奇しくも私はその天皇陛下が来られたサントリーホールでのコンサートに行っていた。演奏終

了後、長い間スタンディングオベーションを続けられる天皇陛下ご夫妻にバーンスタインは「もう

オネムだからどうかお帰り下さい」と舞台から手を合わせ何度も何度もお願いした彼の姿が眼にし

っかり残っている。そしてバーンスタインはそれ以降予定されていた日本での音楽会をすべてキャ

ンセルして急遽帰国してしまった。その翌月8月19日、アメリカのタングルウッド音楽祭でボス

トン交響楽団を指揮したのが最後となる。生涯最後の曲は、ベートーヴェンの交響曲7番だった。

前曲の演奏で体力を消耗してしまった彼は「ベト7」の第3楽章では腕が上がらなくなったが、コ

ンサートマスターとのアイコンタクトで何とか最後まで演奏し終えたと言う。10月指揮活動からの

引退を表明し、その5日後にニューヨークの自宅で肺癌のため72歳の生涯を閉じた。

 

レナード・バーンスタインは、ウクライナ系ユダヤ人移民2世だった。両親は音楽とは全く関係が

無く、父親は理髪店をやっていた。その父親はレナードがプロの音楽家の道を目指すことに強く反

対したと言う。音楽家として生まれた環境としては極めて恵まれなかったバーンスタインだが、25

歳の時思わぬ幸運に恵まれる。あのブルーノ・ワルターが病気になり、代役としてニューヨーク・

フィルを指揮することになったのだ。この演奏がラジオでも放送されて大評判を取る。その15

後バーンスタインはアメリカ生まれの指揮者として史上初のニューヨーク・フィルハーモニー交響

楽団の音楽監督に就任するのだ。その前年の1957年彼が39歳の時生み出した作品が、代表作の1

つともなる「ウェスト・サイド物語」だった。少女の私(テへへ)を魅了した作品だ。そんなバー

ンスタインの日本での最後のコンサートを聴き、奇しくも今回のイースター音楽祭で、バーンスタ

インの100歳の誕生日を祝い、そして彼の作品交響曲第2番「不安の時代」と最後の演奏曲であっ

た、ベートーヴェンの交響曲7番を聴くことが出来たのは望外の幸せであった。

 

ベルリンフィルが誕生したのは1882年だから、今年で136年目を迎える。発足した2年後にはブ

ラームスが自分の交響曲第3番を指揮し、ピアノ協奏曲第1番を弾いたということだけでもビック

リなのに、ドボルザークも自作を指揮したというのだから、スタートから大活躍の楽団だったとい

うことになる。その後もリヒャルト・シュトラウスやグリーグなどが指揮台に立ち、マーラーは自作の交響曲第

2番「復活」のはじめの3楽章を初演で指揮したそうだ。1922年からフルトヴェングラーが常任指

揮者に就任。音楽家の立場からナチスの政策を批判し、ユダヤ人演奏家の援助に尽力した。ベルリ

ンフィルは第二次世界大戦中も活動を続けていたが、1944年旧フィルハーモニーが爆撃で消失し、

フルトヴェングラーはスイスに亡命した。彼の不在中は若きチェリビゲッタが指揮を努め、1947

5月「歴史的復帰演奏会」でフルトヴェングラーとベルリンフィルは感動的な再会を果たす。以来

195411月に亡くなるまでチェリビゲッタと共に、そして亡くなる前の2年間終身指揮者となる。

不在期間も数年あったが、フルトヴェングラーとベルリンフィルの時代は30年以上も続いた。

 

次の常任指揮者は、あのヘルベルト・フォン・カラヤンである。彼は1955年に終身指揮者となり、

楽団員の積極的な国際化を進め、精力的に録音活動を行うなど黄金時代を築いた。何度か書いたこ

とがあるが、次兄から大学合格祝いとして来日したカラヤンの演奏会をプレゼントされ東京文化会

館で聴いたことは18歳の私の誇りだった。演目がその頃大好きだったベートーヴェンの交響曲第3

番「英雄」だったことも嬉しいことだった。しかし1981年に起きた女性クラリネット奏者ザビーネ

・マイヤーの入団を巡って帝王カラヤンと意見が食い違う団員達との間に溝が深まって行く。1989

年亡くなる直前辞任したカラヤンの次の首席指揮者から、ベルリンフィルは、団員達の投票で選ぶ

方式に変更した。マゼールかと思われたが、選ばれたのはイタリア人のクラウディオ・アバドだ。

次のアバドも私は好きだった。特に彼の横顔が大好きだった(笑)。最前列斜めから指揮するアバ

ドの横顔に見とれていた。しかしアバドは在任中に健康を害し、200212年間のアバドのベルリ

ンフィル時代は終わりを告げた。

 

そして10代目の常任指揮者の決めるベルリンフィルの「コンクラーベ」。バレンボイムとイギリス

人のサイモン・ラトルの2人の候補から団員はラトルを選んだ。ラトルはベルリンフィルをドイツ

政府から完全に独立させた。16年間続いたラトル時代に私は何度もベルリンフィルの演奏を聴く機

会に恵まれた。ワーグナー作品以外(私がワーグナーが大の苦手ということで他意は無いです!)

の演奏は夢心地だった。その彼も6月で退任して次シーズンから祖国のロンドン交響楽団の首席指

揮者となられる。ラトルさん、どうもありがとう!これからもご活躍を!ベルリンフィルの次期首

席指揮者はキリル・ベトレンコである。さて、どんなベルリンフィルになるのだろうね。

 

                クラッシックは睡眠薬だニャァ

 

           バックナンバーのトップへ      夢子倶楽部のトップに戻る

  未だ 3月 4週 を読んでいない方はクリックしてね