パクパク日記19年1月5週

                 しばらくパリともお別れ。もう2月ですかぁ?

 

 「メゾン・アトリエ・フジタ」 パリ「タイユヴァン」

 

1月 28日(月)パリは晴れたり曇ったり   1€=約130

朝 オテル・ド・クリヨン「ブラッセリードモン」朝食ヴュッフェ+フライドエッグ+野菜

 

  

             毎朝美味しい朝食は、ここ「ブラッセリードモン」で頂きます

今日野菜は3種(隠元豆、マッシュルーム、ほうれんそう)だった

コンコルド広場のオベリスク。ギリシャ語「串」の意  様々な建物がある国際大学都市   ここが1929年完成した日本館

     日本語ペラペラのガイド・ファビアンから日本館にある藤田嗣治画伯の油絵の大作について説明を聞く

           パリの西北部ヴィリエ・ル・バクルにある「メゾン・アトリエ・フジタ」を訪れた

「メゾン・アトリエ・フジタ」隣の元司祭邸には藤田画伯の様々な展示が

模型を作るのも得意だった藤田画伯による昔のアトリエ               ランスに建てた「フジタ礼拝堂」

    終の棲家となった「メゾン・アトリエ・フジタ」は道路側からみると2階建てだが、傾斜地に立っていて実は3階建て

「メゾン・アトリエ・フジタ」の専属ガイドの女史    フジタが植えた紅葉          家の裏手は緑一杯

 

先週木曜日にパリに来た。コンコルド広場に面したオテル・ド・クリヨンに滞在し、今日が5日目。

大阪在住のキョウコと一緒に来ているが、サボってばかりいる私も、今日はグループの観光に初め

て参加することにした。藤田嗣治画伯の終の棲家となった「メゾン・アトリエ・フジタ」を訪問す

るのである。その前に、国際大学都市の日本館に行き、同館にある同画伯の油絵の大作を鑑賞。絵

も素晴らしかったが、世界各国が主に自国の留学生のために宿泊施設を含む立派な会館を作ってい

ることに感心した。ちょっとパリ中心街から離れているのが難だが、抜群の環境で良いなぁ。その

後バスは高速で西北方向のパリ郊外に向かった。1時間程走ると何度かテレビでも見たことがある

道路際に建つツマシイ建物が現われた。ここだ。少し離れてはいるが隣の元司教邸は、現在藤田画

伯の様々な展示が行われている。とにかく藤田画伯は器用な方で、画家であり、イラストレーター

であり、カメラマン、彫刻家、陶芸家、裁縫も上手だし、箱屏風・・何でも作る人だった。5番目

の妻である君代夫人と住んだ「メゾン・アトリエ・フジタ」を見学。道路側からは2階建てに見え

るが、傾斜地に建っているため実は3階建て。1階はキッチンと食堂、2階は居間と寝室、3階が

アトリエだった。建物内は撮影禁止。晩年になってカトリックの洗礼を受け、レオナール・フジタ

となった彼は、1968年1月29日81歳の生涯を閉じた。29日の祥月命日は明日ではないか。そう

いえば、12年半前、フィンランドの大作曲家シベリウスが家族と長く住んだ家「アイノラ」を訪

ねたのは祥月命日の920日の前日であった。その年2007年はシベリウス没後50周年であった。

昼 パリ「金太郎」味噌ラーメン+餃子セット13€(+納豆5€ キョウコとシェア)

 

  

         広くなった「金太郎」はスタッフ数名を除いて新しくなった。相変わらず満席!

  

       新しくなった「金太郎」で餃子と味噌ラーメンのセット、それにネギ納豆をシェアして

           ラーメンランチの後は「ギャラリー・ラファイエット」で買い物

 

夜 パリ「タイユヴァン」アミューズブーシュ3種:アボガドライスクラッカー海老入りクリームなど、クラブミート蟹

味噌アンティチョーク檸檬ソース、ポロネギのトリュフ入り塩釜焼き、蒸した鱸にオニオンと浅利を載

せて カルフラワーリゾット添え、仔牛肉のローストとマッシュポテトとトリュフ 茄子と牛の2つのソース

で、ジンジャーと香草で薫るグリーンアップルとキウイのアイスクリーム、シトラスフルーツとアイスクリーム、カモミール

ティ、ミニャルディーズ)、ビール、シャンパン、白ワイン、赤ワイン(飲み放題・笑)

 

  

 

パリに帰ってからランチは「金太郎」で。私がこれまで一番多くランチを摂った店だ。ポリポリ。

一昨年の3月末、コルシカ島の帰りにパリに寄って1日だけ過ごしたことがあった。その時も一人

で「金太郎」に来たところ、何と工事中!2つの建物を内部の一部をぶち抜いた変形の店だったも

のをキチンとした店舗にしようとしているのだな、と想像は出来た。昨年は疲れ果てて、ここまで

歩けず、今日ようやっと辿りついたのだ。わぁ〜、こんな風になったんだ。相変わらずフランス人

客が多くて並んでいるね。スタッフは2人見覚えあったが、ほぼ新しい。グループの皆さんも今夜

ご馳走なので軽くラーメンでと7人だったが、私達は代々木上原から参加のI井夫妻とご一緒した。

キョウコが納豆をメニューに見つけてシェアした。久々に味噌ラーメン美味しかった。食後はテク

テク歩いて「ギャラリー・ラファイエット」の本館と食品館でお土産の買い物。ヘトヘトになり、

ほうほうの体でタクシーに乗って帰る。夕食は最後の晩餐。レストラン名を知らされないまま2階

の個室へ。一番先輩のI井さんのご主人の乾杯でディナーが始まる。美味しい。次も美味しい。こ

こどこ?バターに「タイウヴァン」と書いてあった。ひぇー!知らずに食べていたよ。1973年から

ずっとミシュラン三ッ星を獲得しているフレンチの名店じゃぁあーりませんか。素晴らしい料理を

頂いているのに、「京都って東京の人と外国人観光客が好きなところ。大阪や神戸の人は京都なんて

行かない」なんて関西同士討ちみたいな会話になるのはナゼじゃろねぇ。不思議だ。美味しいお酒

もたくさん飲んだし、料理も全部美味しかったし、大満足のディナーであった。ご馳走様でした!

                    ____________

 

1月 29日(火)パリは曇りのち雨のち雪

朝 オテル・ド・クリヨン「ブラッセリードモン」朝食ヴュッフェ+フライドエッグ+野菜

 

  

あら、今までキョウコの後ろの席で朝食を摂っていたのは、○○母娘ではありませんか!

 

昼 オテル・ド・クリヨン客室にて 糖質50%オフ辛口チキンカレー(茹で卵とトマト梅入り)、

バナナ、お茶

 

  

            パリ最後のランチは、キョウコと私の部屋でこんなものを。結構満足(笑)

シャンゼリゼ通りは凱旋門まで行かず右折😢   美術オークションの「クリスティーズ」パリ      パリ最高級の床屋さん

 

5泊なぞアッという間に過ぎてしまうものである。キョウコは「帰りたくなーい!」と叫んでいる

が、ノンノン!今日帰るのよ。但し、フライトは夜だから帰る準備はゆっくりね。グループの8名

+添乗員の9名は、ほぼ毎朝「ブラッセリードモン」のオープン前からウロウロして「どうぞ」と

言われた途端になだれ込んでいたが、最終日の今日キョウコと私はゆっくりだ。ちょうど1時間遅

れの午前8時に行ってみると、皆さんは既にお出かけの後だった。1日目と2日目こそ6分茹で卵

が半熟でなかったことが残念だったが、食材も豊かで美味しい朝食に毎日恵まれた。のんびりお喋

りしながら1時間かけての朝食っていいね。私達の後ろの席に日本人女性2人が食事していた。そ

の彼女達が帰る時目があった。あれ、どこかで見た顔だ。それにこんなに小さな顔ってあるのか?

足がエラク長いし。わかった!父親もK、後ろを歩いていた母親もK、次女の娘もKの母娘だった。

娘は本名ならMになるらしいが。後日、娘の方がインスタに「マリー・アントワネットがパリにい

る時滞在した部屋らしいです」と写真をあげていた由。荷造りもゆっくり。キョウコは最後の買い物。

夜 ANAパリ=羽田ビジネスクラス機内食(和食)

 

  

 

出発は午後3時。ホテルのご厚意でチェックアウトを遅くして貰って助かった。キョウコのチーズ

も私のバターもホテルで保冷材を凍らせて貰ったので荷造りも万端!嬉しいね、ホテルのこうゆう

心遣い。心残りはバーラウンジ「ザンバサドール」に今回一度も行くことが出来なかったこと。次

回ね。空港ではJALで帰る皆さんをターミナル2−Eで降ろしてお別れしてからキョウコと私は

ANAに乗るため第1ターミナルへ。長く待つのがイヤで車椅子は頼まなかった。ところが、キョ

ウコのスーツケースが35`あって「3`減らして下さい」と言われいろいろタイヘンだった。ス

ーツケースから出して手持ちにした荷物にお粥などがあり、全部没収されて泣き笑い。空港に着く

頃雨が降って来たのだが、ラウンジにいる間に雪に変わったらしい。翼に積もった雪を解かす作業

で離陸が3,40分遅れた。映画を2本観た。映画「銀魂2 掟は破るためにこそある」小栗旬、

菅田将暉、橋本環奈、岡田将生、長沢まさみ、ムロツヨシ、中村勘九郎など多彩の出演者。土方十

四郎役の柳楽優弥、武市変平太役の佐藤二郎がなかなかだった。「銀魂1」も是非観たいぞ!「コ

ーヒーが冷めないうちに」は、4話のオムニバス。有村架純、伊藤健太郎、波留、林遣都、薬師

丸ひろ子、松重豊、吉田羊、石田ゆり子。ネタバレになるから書かないが、石田ゆり子が気の毒。

                    ____________

 

1月 30日(水)東京は晴れ

昼 ANAパリ=羽田ビジネスクラス機内食(和食膳)+ヨーグルト

 

   行きはラーメンだったが、帰りは定食

 

夜 舟町「仙水」先付:牡蠣の茶碗蒸し、もみ烏賊900円、昆布大根600円、鰤塩焼き3000円、野

菜煮(ハーフ)、ふぐ唐揚げ2400円、生ビール(小)、麦焼酎ボトル @1万7700

 

  

 やっぱり日本は旨い!

 

出発が遅れたのに、羽田空港に到着したのは25分早く午後3時頃だった。キョウコは国内線で大

阪に帰る。楽しかったね、この6日間お世話になりました、気をつけて帰ってね。タクシーで帰宅

して郵便物の整理、荷物を片付け、洗濯機を回したら「日本を食べに」行こう!パリでも美味しい

ものを食べたけど、やっぱりね、日本の味が食べたくなる。「仙水」に行った。小さなグラスで生ビ

ールを1杯だけ飲みながら、牡蠣の茶碗蒸し。うんまぁ〜〜!やっぱり日本の料理は良かねぇ。昆

布大根ポリポリ、鰤の塩焼きとふぐ唐揚げは日本の冬のご馳走だ!パリも好きだし、日本も好き!

                    _____________

 

1月 31日(木)曇りのち雨のち雪も

朝 家食 ツナとコーンサラダ、鰯のつみれ汁、チーズ、ブランパン、クランベリージュース+生

姜蜂蜜、飲むヨーグルト

 

  

 

遅い昼 四谷三丁目「サイゼリア」小海老のサラダ349円、クラムチャウダー299円、セットプチフ

ォッカ79円、ドリンクバー190

 

   

  

 

多少回数は変動するが、私は年間国内外の旅に40回程出かけて行く。こう書くと、自分でも「仕事

でもあるまいし、バカじゃないの?キミはそんなに自宅にいるのがイヤなのか!」なんて思ってしま

うわなぁ。いえいえ、そんなことはない、自分の家は好きですよ。特に昨秋大断捨離してからキレイ

になったしね。ナゼ旅に出るのか、という話は今度ゆっくり分析するとして、今日はカンタンな話。

旅に出る時の冷蔵庫を空っぽにする習慣が身についている。旅から帰って来る→冷蔵庫を開ける→空

っぽ、ということになる。だから帰宅した夜は近所に飲みに行くにしても翌日の朝食はコンビニで仕

入れる。それ以降は今日のように買い物に行かねばならない。ついでに久々の「サイゼリア」で軽く

食べて「丸正」で買い物。さらについでに3階の書店で本を物色。帰り道手がもげそうに荷物重い!

夜 家食 もち豚焼売、「仙水」のふぐ唐揚げ、ネギ納豆、ご飯、甘塩鮭と根菜の具だくさん粕汁

 

 

パリから帰って来る飛行機の中で、日本に帰ったらアレを作ろう、是非作ろう!と考えていた。冬

になると母が度々作ってくれた具だくさん汁の一つ粕汁だ。もっともあの頃、我が家では三平汁と

呼んでいたが。甘味のある冬の根菜―大根やネギ、それに長ネギ、千切ったこんにゃく、豆腐など

が鮭身から出る塩味と麦味噌、そしてまったりした酒粕の旨みが混じり合って何とも旨いのだ。亡

き母の懐かしさと温かさがカラダ中に沁みていくようで、涙が出る程旨かった。紅白歌合戦の録画

を消す前、最後のサザン「勝手にシンドバッド」をもう一度観た。途中からユーミンが乱入して桑

田佳祐のほっぺにチュッとしたりして、楽しかったな、この場面。軽井沢で観たのだった。無酒日

                _____________

 

2月 1日(金)晴れ

朝 家食 ツナとコーンサラダ、ウィンナーと野菜のコンソメポトフ、ブランパン、クランベリー

ジュース+生姜蜂蜜、飲むヨーグルト

 

  

 

 家食 もち豚焼売、「一心鮨」の繋がり、ちりめん山椒、炊き立てご飯、甘塩鮭と根菜の具だ

くさん粕汁

 

  

 

朝ご飯の片付けをしている時、ふと「昼飯は炊き立てのご飯を食べたい!」と強く思った。夜でな

く昼?あ、はい。2合炊けば7回分あるから、家食中心にしようと思う今週ずっと食べ続けられる

じゃないか!GOODIDEA!採用!この何年間か、我が家ではご飯を炊くことが無かった。そ

の間電気炊飯器は埃を被って忘れられていた。ある時ご飯を炊こうと触ってみると反応が無い。も

う私のことは忘れたんでしょ、要らないんでしょ、使わないんでしょ、いいもん、壊れてやる〜〜、

と電気炊飯器は思ったらしい。しっかり壊れていた。断捨離の第2ステージだっただろうか、家中

の家電の新旧総入れ替えの時、拗ねて壊れた炊飯器君もビックカメラのお兄さんに引き取られて行

った。バイバイ。新しい電気炊飯器。今愛用しているぞ。炊き立てのご飯、ホントに美味しいなぁ。

夜 家食 牛肉豆腐、セロリと大根ピクルス、ネギ納豆、ご飯、甘塩鮭と根菜の具だくさん粕汁

  みかん

 

  

 

無酒日

_____________

 

2月 2日(土)晴れ

朝 家食 セロリと大根ピクルス、「一心鮨」の繋がり、甘塩鮭と根菜の具だくさん粕汁雑炊、ク

ランベリージュース+生姜蜂蜜、飲むヨーグルト、みかん

 

   豪華な雑炊じゃて

 

昼 銀座「プロント」豚肉と高菜のスパゲティ590円、サラダとドリンクセット300円、税69円 

959

 

  

 松緑の父尾上辰之助33回忌

 

歌舞伎座2月大歌舞伎の初日である。今月は、当世松緑の父尾上辰之助33回忌追善興行。最初の演

目は息子松緑がいがみの権太を演じる「義経千本桜 すし屋」。行くべきなのだろうが、ついこの前

仁左衛門の権太を観たばかりで、違う権太を観る気分ではない。で、2つ目の「暗闇の丑松」から

行くことにした。その前に隣の隣の「プロント」でスパゲッティのランチ。ご飯も平気で食べるし、

ローカーボ食はどうなっているんですか!・・・無言・・・。「暗闇の丑松」はタイトル通り、暗

い話でね、あまり観たかぁないのだが、菊五郎が大の仲良しだった辰之助を偲んで丑松をやると言

うから謹んで拝見しましょうぞ。今回薄幸の女房お米は時臓だったが、辰之助が丑松をやった時、

菊五郎が女形でお米を演じたのだ。辰之助が若くして亡くならなければ、菊五郎は女形が多い役者

になったかもしれない。最後は孝太郎と芝翫の舞踊で「団子売」。そうそう休憩時間に「麹也」の

女将とバッタリ。粋な着物姿で、歌舞伎の後は文楽に行くのだとか。彼女は伝統文化と邦楽系好き

が徹底している。チョイ役八五郎役の巳之助、メイクが辰之助そっくりだったね、と笑い合った。

夜 荒木町「宮わき」お通し:自家製昆布佃煮、本モロコ南蛮漬け1000円、クレソンと烏賊のサ

ラダ750円、青菜の煮浸し700円、鰯醤油煮700円、ふぐの白子焼き3000円、自家製鴨まん

じゅう1700円、丸鍋2200円、生ビール極小、麦焼酎「天草」ダブルロック3杯 

@1万3100

 

  

 3日ぶりの焼酎と共に

 

歌舞伎座の帰り、銀座三越地下食料品売り場で買い物をして帰宅。疲れていたが、帰宅してからは

パクパク日記の作成に集中した。ようやく1月2週を仕上げてから午後8時「宮わき」に行く。東

京の店には珍しくモロコがあるのが嬉しい。宮脇さんが修行した「八平」(やへい)は京料理の店

だったが、残念ながら数年前親方が病気で急死された。モロコは琵琶湖で獲れる天然モノだが、漁

獲量が少ないので、殆どは京都を中心とした関西で消費されて東京には少量しか出回らないのだ。

そんなモロコを南蛮漬で頂く。ふぐの白子焼き、自家製鴨まんじゅう、丸鍋と贅沢してしまったよ。

              _____________

 

2月 3日(日)晴れ 今日は節分 ポカポカ陽気   

ブランチ 家食 牛丼、茹で卵、サラダ、カボチャ味噌汁、クランベリージュース+蜂蜜、飲むヨ

ーグルト

 

  

        A美さんから嬉しいプレゼントの数々が!可愛いし、美味しそうだし・・

 

この十年以上毎日遊んでいる身だから、週末も日曜日もへったくりも無いのだが、それでも「明日

は日曜日かぁ、出かける予定も来客も無いから寝坊しちゃうかぁ」なんて寝る前に思ったりするこ

とがある。ごくたまにだが。しかし、そんな日曜日でも目は覚める。悔しいから、瞼をギュッと瞑

ってムリヤリ寝る努力をする。眠れずにロクデモナイことを考えたりしているが、それでも暫くす

ればウトウト。起きたら午前10時近かった。11時クロネコ便。起きてて良かった!A美さんからチ

ョコレートと猫モノどっさりの贈り物。誕生日でも無いのに嬉しい。昼頃ブランチでたっぷり牛丼。

夜 家食「えん」の牡蠣フライとツナとキュウリのサラダ、茹で卵、茄子と生姜煮浸し、ネギ納豆、

ご飯、じゃが芋玉ネギエノキ茸豆腐の味噌汁

 

  

 ずっと家食+無酒日でもいいなぁ

 

パクパク日記が遅れている。大昔のことであるが、日曜日の夕食を済ませて後片付けが終わったら、

今週最後の夕食の写真を入れてアップした。今も「原則毎週月曜日更新」なんて白々しい文言が表

紙に入っているが、あの頃は月曜日どころか、日曜日の夜には更新していたのだよ。ハイパーリア

ルタイム!それを知って、夜10時頃になると訪問して来る人達が100人以上もいたんだったな。

それが現役を退いた途端に旅の機会がドカンと増えて。パクパク日記更新も徐々に遅れ、遂には2

ヶ月遅れなんてことも暫くの間あったなぁ。読む皆さんも2ヶ月前はこうだった、あぁだったなん

て読まされてもシラ〜〜としたと思うが、作る方もタイヘン。天気なんて当然忘れているし、食べ

た料理が美味しかったらしいことはメモにつけた印でわかるのだが、どう旨かったかなんてねぇ、

覚えちゃいないぜ。泣きながら日記を作っていたのだ。ウソだけど。しかし頑張ってガンバッテあ

る時「リアル」まで追いついた。やったぜ!だった。しかし今また3〜4週遅れになった。理由は

明白。昨秋の大断捨離に注力するあまりパクパク作成の時間がガクンと減った。以上。ま、頑張り

ますよ、これからね。それはそれとして今夜の夕食も美味しかったぞ。1番ネギ納豆ご飯!無酒日

               ________________

【今週の振り返り】

先週木曜日の夕刻、オテル・ド・クリヨンにチェックインした。

昨年もお世話になったホテルのシニア・セールスマネージャーの佐藤さんがにこやかに迎えてくれ

た。パリには他にも日本人スタッフがいるホテルはあるが、対応がおざなりだったり、必要な時は

掴まらなかったりでこれまで助けて頂いたという記憶はあまり無い。しかし佐藤さんは違う。彼は

お休みの日でも、気になるお客がいる場合、「問題はありませんか?」とメールで聞いてくれたり

する。同行したキョウコもその一人だった。パリの最高級ホテルに泊まってみたいと思っても、何

となく気後れしたり、ドラブルがあったら言葉が通じなくて困るのではないか、なんて不安を覚え

たりするものだが、オテル・ド・クリヨンに宿泊する日本人客にとって、佐藤さんの存在はまこと

に心強い。

 

客室は昨年211号室だったが、今年はその真下になる111号室だった。同じタイプの客室である。

昨年チェックアウトする時、客室の照明が暗くて本を読むのに苦労したと言ったことが記憶され、

今回はとても明るい照明だった。もっとも証明の強弱は電気のスイッチを長押しすることでコン

トロール出来ることを私が知らなかっただけなのだが。コーヒーマシーンの横には装備が無いハ

ズの湯沸かしポットと煎茶のティーバッグが置かれていた。ウェルカムフルーツのみかんを盛っ

たボウルの横には丁寧に書かれた日本語のホテル案内が。電気コンセントには日本で使われるプ

ラグが差し込んである。洗面所のシンクの前にはバスマットが敷かれ、その上に袋から取り出し

たスリッパが並べられている。昨年は初めてだったから「こんなものだろう」とカンタンに考え

ていたのだが、これらはすべて日本人ゲストのためのスペシャルのことらしい。日本人はお茶を

飲むのが好きってことでね。まぁ、これは私達日本人のためのホテルの気配りだったが、クリヨ

ンには世界の多くの言語が話せるスタッフが控えていて、それぞれのサービスを行っていると言

うことだった。

 

この話は、佐藤さんの通訳で女性バトラーのお一人から聞いた。4年4ヶ月の歳月をかけての大

改修を済ませたオテル・ド・クリヨンは20177月5日再オープする時、パリのホテルでは初

の全客室バトラーサービスを導入した。ホテルのスィートルームや豪華客船のペントハウス、豪

華列車のスィートキャビンなどにはバトラーサービスがあるが、一般客室78、スィート36、シ

グネチャー・スィート10にわたる全客室対象というのはずいぶん思い切った決断だ。女性バト

ラーの説明が続く。私達バトラーは滞在されるお客様の行動の特徴などを考えます。広いベッド

は右側を使われるか左側を使われるか、飲まれる水はガス入りがお好きか無しがお好きか・・・

荷解きと荷作りは面倒なものです。どちらも私達がお手伝いします。お土産の真空パックや冷凍

品のお預かりもお申し付け下さい。お帰りの前日の夜でも当日の朝でもご遠慮なく荷作りをお任

せ下さい・・。そうか、せっかくのバトラーサービス。遠慮しないでお願いすればいいんだ。と

はいえ、とてもじゃないけど非常食(カップ何とかとかインスタント何とかとかね)ごっそりの

荷物を覗かれたり、その残りを持ち帰るようなスーツケースのパッキングは恥ずかしくてお任せ

出来ませぬ・・・💦

 

このホテルのベッドは大改修の間、シモンズベッドがクリヨンのために誂えた特別のベッドと聞

く。寝心地が良過ぎて毎朝寝坊してしまうではないか!とクレームが来たこともあるそうだ。こ

れと同じベッドを欲しいとシモンズにお願いしても答えは「ノン!」。購入は不可能とのことだ。

このベッドを覆っているのは最高級の素材を使ったベッドリネンだ。このリネンに包まれての睡

眠は極上である。モノを知らない子供の頃(今もだが💦)、「風とともに去りぬ」を読んだ。裕福

だったタラの農園のお屋敷で育ったスカーレット・オハラと黒人乳母のマミーがリネン室の前で

話す場面があった(ように思う)。リネン室?リネンって何なんだ。お屋敷では大事にするもの

らしいが、リネンっていったい何だろう・・。いつその答えを知ったのかは覚えていないが、寝

具を指すリネンにはピンからキリまであると知ったのはずっと後になってからである。いつまで

も撫でていたいこの肌触りの良いリネン。ベッドから出たくなくて困るよね。バスアメニティに

は女性客なら「かわゆいッ!」っと必ず喜ぶ「Buly1803」を採用したりするところが心憎い

じゃないか。

 

建物は1758年にルイ15世の命によって建てられた宮殿で、ヴェルサイユ宮殿を嫌ったマリー・

アントワネットは度々パリに来てこの宮殿に滞在したと聞く。ホテルとして開業したのは1909

のことであり、開業から10年後の1919年国際連盟設立のための最初の準備会議が開催されたの

はこのホテルだった。昭和天皇を始め、各国首脳、音楽家のレナード・バーンスタインなどの著

名人が滞在して来たオテル・ド・クリヨン。2日目のホテル見学で、マリーアントワネットサロ

ンに急遽VIPが滞在されることになり、今その準備中だから、一瞬写真を撮るだけで見学は出

来ないと言われた。VIPって誰ですか?いえ、それは申し上げるわけには参りませんと佐藤さ

んは答えを拒む。そりゃそうだわなぁ。しかし、その夕方、ホテルエントランス付近で人々に囲

まれるアメリカ人女性がいた。セリーヌ・ディオンだった。チェックアウトする最終日、キョウ

コとゆっくり朝食を摂った。キョウコの後ろのテーブルに日本人の母娘が座っていた。最近「マ

スカレード・ホテル」とかいう映画に父親は出ていた。父親も母親も好きではないので興味は無

いが、次女の顔が極小だったのにはビックリ!先週佐藤さんに案内頂いた7階のデザイナーズス

ィートは日本の芸能人の方々がお好きです、と聞いたよ。ってことは、ミーハーの方々にも興味

津々のホテルだわね。

 

                夢ちゃん、ホテル好きだニャア

 

              バックナンバートップ    夢子倶楽部トップ