パクパク日記19年2月2週

               旧友との再会・パレスホテル滞在・フットケア・三回忌

 

        パレスホテル  ピアノショコラ

 

2月 11日(月・建国記念日の祝日)曇り

朝 家食 きゅうりとハムのサラダ、おでんのせじゃが芋と玉葱豆腐の味噌雑炊、クランベリージ

ュース+蜂蜜

 

  

 

昼 家食 ツナと卵サラダ、チーズ、ブランパン、おでん、飲むヨーグルト

 

  

 

雪予報が出ていた。めったに雪など降らない東京だが、時折「春の雪」に右往左往することになる

からバカには出来ない。今日は建国記念日の祝日。5月1日から皇太子殿下が天皇陛下になられた

ら、来年からお誕生日の223日は祝日になるのだろうな。2月に祝日が2回!ってことか。代

わりにクリスマス時期の連休が無くなるのだな。年末の忙しい時期でもあるから、それも良いかも

しれない。私には関係ないが。荷造りをして水曜日から宿泊するホテルにキャリーケースを送った。

夜 家食 夢子カレー、納豆、紅生姜、らっきょ、きゅうりとハムのサラダ、おでん、大根人参エ

ノキ茸豆腐味噌汁

 

  

 

「カレーの多い人生」を送っている。子供の頃からカレーが大好きだった。父が「明日から出張だ」

と言うと、3人の兄妹は父の前なのに「わぁ〜い!嬉しい!」と踊り出した。父がいなければ、子

供の好きなご飯を母が作ってくれるから嬉しくて堪らないのだ。今ふと考える。父は自分の不在を

思いっきり嬉しそうにしている3人の子供を見てどう思っていたのか。自分が嫌われていると理解

したのだろうか。母は喜ぶ子供に「お父さんんの前で何ですか!行儀が悪い!」なんて叱りもしな

かった。母も父がいないことが何にも代え難い安らぎだったから。「じゃ、明日の夕食は何が良い

の?」と聞く母に、声を揃えて子供達は言う。「カレー!」。兄達はその後もカレー好きかどうか聞

いてはいないが、私はエスカレートしながら続いている。そして今夜も夢子カレーなのだ。無酒日

                ___________

 

2月 12日(火)晴れ     池江璃花子選手、白血病であることを公表

朝 家食 大根人参エノキ茸豆腐味噌雑炊、きゅうりとハムのサラダ、おでん、ランベリージュー

ス+蜂蜜、飲むヨーグルト

 

  

 

昼 新橋「過門香」今日のお勧め料理(鎭江黒酢の酢豚おもちもち肉饅の定食(玄米)1200円、

アイスコーヒー300

 

  

 せめてご飯は玄米で

 

乃木坂の歯科医で治療をして貰い、新橋に移動。「末げん」でかま定食を食べたいなぁと思いながら、

「過門香」で酢豚と肉饅の定食を食べてしまった。せめて白飯を玄米に替えたことが救いか。新橋

駅でスイカカードのチャージを済ませ、銀行へ。外貨交換を行う。今日はいろいろ忙しいなぁ。2

時半ようやく美容院の予約時間になった。ランチしながら「え!これホント?」と思ったネットニ

ュースに競泳の池江璃花子選手が白血病だと言うのだ。美容院でテレビをつけて貰って、病いに襲

われた若き競泳のエースのニュースを見守る。残念ながら夏目雅子さんや團十郎丈は亡くなってし

まったが、三代テナーのホセ・カレーラス氏や渡辺謙さんは助かった。18歳の若さで自らの病気を

公表する勇気も凄い。彼女にはどうしても元気になって戻って来て欲しい。待っているよ!みんな。

夕方のお茶 数寄屋橋・東急プラザ6階「キリコラウンジ」アイスコーヒー350

 

  

 

夜 数寄屋橋・東急プラザ6階「つるとんたん」個室(4人で)コース(食前の冷たいぶっかけう

どん、前菜7種:ほうれん草お浸し・もずく酢・鰯時雨煮・数の子土佐煮・南蛮漬け・梅豆腐

・蒸し鶏胡麻酢、お造り:鮪・鯛・アオリイカ、ふぐの唐揚げ、牛と茸の鉄板焼き、(選択うど

ん)秘伝カレーうどん(半玉)、苺とプリン)、シャンパン、麦焼酎ダブル4杯 (S島さんと

T井さんにゴチになった)

 

  

 あの頃楽しかったね!

 

新橋の美容院から有楽町に移動。6時の待ち合わせには未だ少し時間がある。そんな時は東急プラ

ザビル6階の「キリコラウンジ」が眺めも良く超便利。飲み物を買って無料の席で銀座のネオンを

眺めて暫し休憩。後で聞いたら待ち合わせしているS島君も近くで時間調整していたらしいよ。今

夜は大学時代の今で言う部活(当時はクラブと呼んでいた)で苦楽を共にした4人の食事会だ。同

期のS島君、H田さん、1歳下のT井君と私。このうちS島君とT井君とは元部下のМ本君のセッ

ティングで昨年11月に荒木町「松庵」で超久しぶりの再会を果たした。М本君は同じ大学の観光

業界の大先輩としてお二人と付き合いがあるのだと言う。ホテルの社長とか総支配人とか大学教授

とかいろいろやっていたからね。来年で卒業から50年経つというのに、えッ?あなた彼女と付き

合っていたの?意外ぃ〜!なんて話をしているんだから楽しいよね。「つるとんたん」のこのコー

スはなかなかだったが「松庵」のお返しと男性陣がご馳走してくれた。またお会いしましょうね。

                 ____________

 

2月 13日(水)晴れ

朝 家食 ツナと卵サラダ、チーズ、ブランパン、クランベリージュース+蜂蜜、飲むヨーグルト

 

   今日はお天気だよ!

 

昼 六本木・東京ミッドタウン「えん」だし茶漬けハーフ&ハーフ(宮崎冷汁と奄美大島鶏飯風)セット

1080

 

  

         どうしてハーフ&ハーフを注文する!1つだけで良いじゃないか!あ、はい・・

 東京ミッドタウン前、満腹じゃ!

 

乃木坂歯科医2日目。実は治療のピークにかかっていて、昨日から3日連続通うことになってい

るのだ。しかも今日は30分延長しての1時間半の治療時間。最後の方はお尻が痛くなってしま

った。待ちかねてのランチ。ソニーミュージック前の何とか坂(誰に聞いてもこの佐qかの名前

がわからない😢)をだらだら上って東京ミッドタウンへ。「えん」でメニューを見ているうちに

腹ぺこの私はつい「宮崎冷汁と奄美大島鶏飯風ハーフ&ハーフ」の食券を買っていた。1つでよ

いじゃないか!何が腹八分目だ!・・。満腹で気持ちが悪い。今日から2泊するパレスホテルだ。

 

        今日から2泊パレスホテルに滞在する。クラブラウンジでウエルカムドリンクを

 部屋は1年前と同じクラブフロアの和田倉公園噴水側のクラブデラックス        夜景がキレイ!

 

夜 大手町・パレスホテル「琥珀宮」4人で)翠玉コース1万6千円(前菜盛り合わせ、大海老の

衣揚げ、名物北京ダッグ、フカヒレの姿煮込み干し貝柱ソース、イベリコ豚ペジョータの地辛

子(福井産マスタードのよう)炒め、豆苗と真菰茸のアッサリ炒め、点心:海老筍餃子・フカ

ヒレ餃子、和牛とトリュフと炒飯ザーサイ添え、デザート:金柑コンポート)、白ワイン(リ

ースリング)2000円、麦焼酎「佐藤」ボトル2本   4人で101930

 

  

 

今夜の「琥珀宮」ディナーは当初はパレスホテルの客室見学を熱望していたK岩と娘のマリちゃん

を招待しての中華ディナーのハズであった。彼らは14年も香港に住んでいたから美味しい中華料

理には目が無い。そんなことでホテル内の「琥珀宮」を3人で予約していたのだが、K岩の大腸ポ

リープ切除が病院の都合で昨日になってしまい、術後の翌日では食べられないことが明白に。それ

でも来ようとしていたK岩に「また今度」と諦めて貰い、A先生と大S子さんに声をかけたのだ。

結果的に昨年と同じメンバーが同じレストランに集まることとなった。が、大きく違うことがあっ

た。料理の味が変わった。特に名物の北京ダッグが格段に美味しくなった。帰る時「もしかして料

理長が交代しましたか?」と聞いてみると「はい、昨年交代しました」。なるほどね、それは結構な

ことだ。ホテル中華のベスト3に入れようか検討しよう。あの北京ダッグ3つか4つ食べたいなぁ。

____________

 

2月 14日(木)曇りのち晴れ

朝 大手町・パレスホテル「クラブラウンジ」和定食+ヴュッフェ

 

  

 朝食はクラブラウンジで

 

昼 大手町・パレスホテル「オールデイダイニンググランドキッチン」エクスプレスランチ2800円(牛蒡

とベーコンのクリームスープ、チキンカレー&ライスチュダーチーズアーモンド、アールグレ

イ風味クリームとカシスのマカロン ヴァニラアイスクリーム添え、コーヒー)、エビアン800

 

  

 皇居のお濠に面している

 

クラブフロアに宿泊していれば、クラブラウンジで朝は朝食サービス、昼はアフタヌーンティ、夕

方からはイブニングカナッペとアルコールサービがある。ルームサービスはあまり好きではないし、

1階の「グランドキッチン」まで食べに行くのも面倒くさい、というわけでいつも19階にあるラ

ウンジに行く。朝食はカンタンなヴュッフェと注文制の卵料理、希望すれば和食膳も可能。私はい

つだって和食を頼んで、サラダやフルーツ、ヨーグルトなどをヴュッフェで補うスタイル。ナゼか

トマトジュースが凄く濃ゆくて旨い。ご飯を半分残せば、食べ過ぎることの無い朝食となる。さて、

今日は最後の歯科医通いだ。ゆっくり新聞2紙読んでから11時に出かける。今日は214日バレ

ンタインデー。そうゆうことには関係の無い人間なのだが、期待しているかもしれないから昨日ホ

テル地下にある「スイーツ&デリ」でお菓子を買っておいた。「誤解されると困るのでチョコは敢え

て避けました。大先生、若先生、皆さんで召し上がれ」とオミヤに持って行った。歯医者にもお土

産を持っていく私である。目出度く治療は今日をもって終了。あとは来月ね。乃木坂や六本木での

ランチは止めてホテルに帰り、「オールデイダイニンググランドキッチン」でゆっくり食べよう。明日は早

目にチェックアウトする予定なので、ここで食事をするなら今日の昼しか機会が無いのだ。チョイ

ス出来るエクスプレスランチで牛蒡スープとチキンカレーを選ぶ。昔食べたカレーでは無いけどね。

夕方のお茶 大手町・パレスホテル「クラブラウンジ」)コーヒー

 

  

    ラウンジから東京駅が見える           皇居の向こうに真っ赤な太陽が沈んで行く

 

夜 大手町・パレスホテル「クラウン」(2人で)エスプリコース21000円(、アミューズブーシュ:

蕪のブラマンジェ蟹とオマール海老のジュレ、オシェトラキャビアと温度卵 ポテトのムースリーヌ、ブル

ターニュ産リドヴォ―のフリカッセトピナンブルーと黒トリュフレグリス風味のジュ、オマールブルー/ズッ

キーニを纏ったブーダン/ソースコラリーヌ、ーズ・ブールカフェドパリ、黒毛和牛フィレ肉のポワレ/南瓜

とクードブフ/フルムダンベールの香るジュ、フランス産チーズ、プレデセール:飴細工アイスクリームオ

レンジベスト、デセール:ピアノショコラ、ミニャルディーズ、カモミールティ)、グラス白ワイン、赤ワイン

ボトル:ブルネッロディモンタルチーノ (ガヤ)2012  2人で7万3181

 

  

 気をつけて帰ってね

 

クラブフロアに泊まっていても、ラウンジを使用するのは朝食のみだ。朝昼夜とすべてのサービス

を満喫して元を取ろう(取れないけどね・笑)という方もおられるようだが、飯が不味くなるので

私はそんなことはしない。でもお茶くらい頂こうかと4時半頃ラウンジでまったりしていた。携帯

電話が鳴った。Sブーだった。今夜6時半にホテルのフレンチ「クラウン」で待ち合わせしている

のだが、早く来てしまったというのだよ。げぇ〜、仕方ない。暫くお喋りでもしますか、そして予

約を早めて貰いますか。もうすぐSブーの誕生日が来る。昨年「誕生日前祝い」ディナーを「クラ

ウン」で摂ったところとても喜んで貰った。で、2年続きでのディナーなのである。Sブーはとに

かくフレンチが大好きなのだ。昨年もこれだったな、と思いながらエスプリコースを食べることに

した。Sブーとは昨年10月1日の私の誕生日の「謝謝」中華宴会以来。元気そうでホッとした。彼

女は私が父の葬儀の忌引きで休んでいた間に入社して、私の秘書になったから長い付き合いだ。酒

を飲まない彼女はノンアルコールワインで誕生祝いの乾杯をする。私のロブスター、和牛、デセー

ルのピアノショコラの半分以上はSブーの胃袋に収まった。相変わらずの健啖家。また会おうね〜。

 ____________

 

2月 15日(金)曇り

朝 大手町・パレスホテル「クラブラウンジ」和定食+ヴュッフェ

 

  

 

昼 家食「明星」のローカーボヌードル鶏白湯、「まめ」のあまおう苺大福(一つだけ)、お茶

 

  

 

早めに起きる。膝体操、メディカルグリップ、シャワー、着替え、そして昨日と同じく「クラブラ

ウンジ」での朝食を済ませて、チェックアウト。今回も心地良いパレスホテル滞在だった。帰宅し

て洗濯など済ませた後、昼食は自宅で食べる。昨年はホテルで食べて来たのにね。「まめ」のあま

おう苺大福は昨日Sブーに頂いたもののひとつ。南青山に住む彼女の自宅近所の「まめ」はこの苺

大福を求める人の行列の出来るお菓子屋さんなのだとか。Sブーは「これを食べれば苺大福の概念

が一変します」と断言していたが、はて、どんな味なのか。パクリ。なるほど、餡と包む餅を可能

の限り薄くしてあまおう苺を主役に仕立て上げたお菓子なんだね。週4日しか営業しないそうよ。

 

    タクシーの運転手さんが間違えて浅草六区に連れて来た!            有名な駒形どぜう

 

夜 舟町「おちあい」お任せ(そぼろ大根、玉こんにゃく、寒ブリとイカのお造り、ふぐ天ぷら、

  カンパチの味噌漬け焼き、芋鍋、ビール1杯、麦焼酎 @4500

 

  

 

午後1時から駒形でフットケアのモニターを予約している。早めの12時にタクシーに乗り、目的

地の住所を告げて安心していた。道中楽しくお喋りして目的地に近づく。「お客さん、そこは一通

なのでここで降りられて通リ渡って歩かれたらすぐそこですよ。1、2分かな」とあるところで降

ろされた。言われた通り通りを渡って歩きだしたが、直観が「違う!」と訴えている。ここ浅草の

六区じゃないか。私は駒形に行くのに。交番があったので入って聞いてみる。「そこに行くにはま

っすぐ行って・・・歩けば15分か20分、杖ついて歩くと30分位かかりますよ。大通りに戻って

タクシー乗った方がよろしい!」えぇ〜〜、何でぇ!!今1245分だから余裕は無い。またタク

シーに乗ってようやく目的地に到着。その運転手は、私を六区で降ろした運転手はケシカランと怒

っていた。ホントだよ、プンプン!無事フットケアの台に座って今回は女性研修生のお世話になっ

た。靴のサイズが合わずに靴の中で足が動くとぶつかって爪が徐々に厚くなるのだそうだ。1時間

半後キレイにして貰って終了。ありがとうございました!また次回。ご馳走続きだったから、今夜

は「おちあい」でほっこりと。寒ブリの刺身が旨いねぇ。帰宅して「チコちゃんに叱られる」満喫。

                 _______________

 

2月 16日(土)晴れ  甥の配偶者美智代さんの三回忌   藤井聡太七段朝日杯で連覇!

朝 家食 ツナと卵サラダ、チーズ、野菜のコンソメスープ、ブランパン、クランベリージュース

+蜂蜜、飲むヨーグルト

 

  

 

昼 六本木「リューズ」ランチコース(アミューズブーシュ:ブルーベリーチーズノマドレーヌと菊芋のスープ、カリ

フラワーと松葉蟹、フォアグラソティ 金柑を添えて、鱸焦がしバター、新潟十日町「妻有ポ

ーク」ロースのロースト、タルトタタンとアイスクリーム、コーヒー、ミニャルディーズ)、赤

ワイン(サンジュリアン) (甥ヒカルにゴチになった)

 

  

 美しく美味しく手頃なランチ!

 

今日は甥ヒカルの配偶者だった美智代さんの三回忌だ。祥月命日は来月だが、早いものである。午

前中ヒカルが住む六本木のマンションに向かう。こんなところに住んでおるのか、彼は。びっくり

なのだが、彼は私が持っていた早稲田のマンションから移転を考えて物件を探していた時、このマ

ンションを紹介されたそう。で、行ってみるとかつて美智代さんが住んでいたのと同じ部屋だった

というのだよ。そんなことってあるんだなぁ。ヒカルは美智代さんが呼んでいると感じたそうだ。

次兄夫婦や大阪から彼女の弟さんもいらして法事のメンバーが揃った。お坊様がいらして三回忌の

法事。お参りを済ませお坊様をお送りしてからフレンチの「リューズ」に向かう。すぐ傍なのだが、

坂があるからとヒカルが私のために車椅子をレンタルしてくれ、オマケにすぐ傍なのにタクシーを

呼んでくれた。乗っていたのは1分くらい?ヒカルが法事の挨拶を済ませ、赤ワインで献杯。この

店は私が紹介したのだが、昼使いは初めて。これだけの皿数でこんな料金でいいの?という超コス

パ良しランチコースなのだ。その上、料理が美しく美味しいのよ。和気藹々の三回忌ランチだった。

 

   初めて青山霊園に入った           私も入る予定の墓は霊園の南東地区にある

 六本木ヒルズも見えるよ       七代立花屋市川中車のお墓がすぐそば     ここを入って右側にお墓はある

 

午後のお茶 四谷三丁目「ANTENDO」アイスコーヒー280

夜 家食 肉豆腐、おつまみこんにゃくと蟹カマの卵とじ、ネギ納豆、ご飯、大根とエノキ茸豆腐

の味噌汁

 

  

 塩分がちと多かった家食

 

ランチを済ませてから全員で青山霊園に向かう。2年前の3月美智代さんが亡くなってからヒカル

は都立青山霊園に応募した。都内の一等地にある霊園だけに競争倍率も高く、当選する可能性は

低かったが、彼女はここに眠ることを願った。結果は補欠の2番。見事繰り上げ当選したのだ。

ヒカルの次兄とヒカル、そしてヒカルの誘いもあって私も含めての共同でその墓地を購入。しか

し、もう1区画大きな墓地が良いね、ということで翌年も応募したものの見事落選(笑)。それか

らヒカルは凝りに凝って最高級のスェーデン産黒石(正確にはブラックファイングレインと言う

のだそうよ)で墓石を作った。確かに漆黒の黒がダンゼン美しいのだ。1月親しかった友人の方々

に集まって貰って納骨式と食事会をやり、そして親族だけでの三回忌となった。ふーん、ここが

私も入るお墓かぁ。六本木ヒルズと東京ミッドタウンが両方見えるんだね。すぐ近くには七代立

花屋市川中車のお墓もあるし、道を隔てた隣の区画には市川團十郎のお墓もある。歌舞伎好きだ

った美智代さんも私も嬉しいぞ。昼ご馳走だったから夜はジミな家食。それなりに旨い。無酒日

                 ______________

 

2月 17日(日)曇り

朝 家食 大根とエノキ茸豆腐の味噌雑炊、「一心鮨」の繋がり、クランベリージュース+蜂蜜、飲

むヨーグルト

 

  

 

昼 家食 ブランパンコールスローサンド、しじみ味噌汁、「喜田屋」のどら焼き「六人衆」、お茶

 

  

  「喜田屋」のどら焼き「六人衆焼」はヒカルが用意してくれた手土産

 

夜 家食 餃子、ツナと卵サラダ、ネギ納豆、ご飯、大根としめじと豆腐の味噌汁、夢のまた夢

「栗の宝石箱」

 

  

   ネギ納豆と味噌汁があればおかずは要らない(かも)

 

忙しい一週間が終わり、今日日曜日は外出の予定は無いからゆっくりしたいところなのだが、ふと

明日から海外に行くんじゃなかった?と思い出す。手帖を見る。ピンポーン!明日朝出発とある。

今日の予定には「旅支度」と書いてあった。未だなーーにもしていないんだから、ちょっとは慌て

てみよう。行き先は3週間前に帰って来たところ。だから基本先月と同じようなものを持って行け

ば良いハズだ。そんなことで、チャチャチャと2時間程で終了。あとはパクパク日記を仕上げてア

ップしなくちゃね。そんなことで、今日は朝昼夜とも家食だった。昨日の法事に手土産として持参

した「夢のまた夢」の「栗の宝石箱」。大好きなお店なのに、今月22日を持って閉店してしまう😢

最後にと5箱購入した。甘い物苦手な私だが、これは大好きなのだよ。美味しいのに残念!無酒日

                _______________

【今週の振り返り】

中学、高校時代はずっと合唱部(コーラス部と言っていた学校も)だった。とにかく、口が利ける

ようになるや否や歌い出した赤ん坊だったと聞いた。一日中歌っているので、母は私に歌の本を与

えた。🎵春の小川はさらさら・・「春の小川」、🎵十五夜お月さんひとりぼち・・の「花かげ」、🎵

は早うから川辺の葦にカニが店出し床屋でござる・・「あわて床屋」、🎵雨降りお月さん雲のかげ 

お嫁に行くときゃ誰とゆく・・の「雨降りお月」、🎵ないしょ ないしょ ないしょの話はあのねの

ね・・の「ないしょ話」、🎵雨がふります 雨が降る 遊びに生きたし傘はなし・・の「雨」・・ま

だまだ童謡はあった。それを最初から最後まで全曲を歌うこと、一日三回!本人は気持ち良く歌っ

ていたのだろうが、周囲はさぞや迷惑だっただろうなぁと申し訳なくなる。すんません。そんな幼

児だったから、部活(私の時代はクラブ活動と呼んでいた)は迷わず合唱部に入った。

 

中学は転校2回したから、1年、2年、3年と違う中学校だった。高校は3年間同じだったが、そ

の合唱部あまり盛んな部というわけでもなく、コンクールに出場して競い合うと言った華々しい活

動とは程遠かった。問題は常に男子部員の不足にあった。混成合唱だから、テノールとバスで男子

は必須。しかし、府立高女が前身の都立高校だったから、女子と男子の割合は2対1だった。男不

足は宿命だったとも言える。しかし、この高校合唱部の嬉しい伝統は文化祭で必ず高校生オペラを

上演することだった。入学(=入部)した年には、1年先輩の2年生が主体となって歌劇「手古奈」

を上演した。確か安東英男作詞、服部正作曲で、原作は「真間の手古奈」。これが素晴らしい作品

で、下級生として大道具などの手伝いをしながら夏休みは毎日登校し、練習風景を見守った。上演

が近づく頃には、オペラの最初から最後まですべて覚えてしまい、家に帰っては全曲歌うものだか

ら家族に「ウルサイ!」と叱られた。あれから55年も経つのに何曲かは今でも歌える。そして2

年になり、オペラに取り組むことになるのだが、高校生オペラと言うか青少年向けの作品はとても

少ない。私達も「手古奈」をやろうよ、と言いたいのを堪えて、「出雲風土記」をやりましょう!と

いう部長の提案に異を唱えることは無かった。「手古奈」に比べると曲が地味だが、神話を元にして

いるからね、仕方ないわね。アルトだから約も村人だったし。

 

大学に入ってすぐ決めてことは「合唱コーラスはもういい」だった。かと言って音楽は続けたい、そ

うだ、楽器があるじゃないか。と言うわけでギター部に入部した。これまでの弱小部活ばかりだった

のに、新入生だけで100人、4年合計で200人もいる大所帯だった。新入生にはフレッシュマンリー

ダー2名がつきっきりで厳しくギターの指導をする。フレッシュマンリーダーは2年のA木さんとH

さんで、翌年執行部人事で、A木さんは指揮者、Hさんはギターパートの華である1stのチーフと

なった。余計な話だが、A木さんは1年生女子の中で素直で美人のT島幸子さんを速攻で射止めて付

き合い出した(笑)。ギターは高音順に1st、2nd、3rdの3パートに分かれる。私は入部直

後に「私はコントラバスを弾きたいんですけど」とフレッシュマンリーダーに申請した。楽器をやろ

うと思ったものの、全くの素人が短期間で舞台に上がって合奏する程の技術が身につくとは思えない。

ギターの技術競争で部員同士の戦いに負けて卒業までレギュラーに選ばれなかったら、入部した甲斐

が無い。一瞬にして「ベースなら大丈夫」という考えが閃いたのだ。ベースは2,3人しかいないか

ら余程下手で無ければレギュラーは間違い無し!シタタカな18歳だった。

 

そうして私はベースウーマンになった。年に何度かの演奏会のチケットを学年ごとに割り当てられ、

売らねばならないのだが、「私一番右側でベース弾いているから聴きに来てね」とセールストークも

軽やかに売り捌けるのは有利だった。その点、自分は全く舞台に上がらないのに売る同輩は気の毒だ

った。練習は週3回。その殆どがパート練習だった。その間指揮者とベースは超ヒマだった。チョコ

チョコッと練習した後は、指揮者が弾くギターを聞いたり、お喋りしたりでエラク楽をさせて貰った。

パート練習が終わると全員が広い教室に集まって「合わせ」が始まる。指揮者が指揮棒を下した途端、

素晴らしい音楽が始まる。タンゴが主体だったが、スパニッシュ音楽、クラッシックなども演奏した。

一人で弾いた時???と思ったヵ所が、ギターの表にベースが裏を打つ、所謂シンコペーションだっ

たんだと気づいた時は、嬉しくてニンマリ。「オレガッパ」(私のお嬢さんの意)はベースを弾いてい

て最高に気持ちの良いタンゴだった。そして2年から常にレギュラーメンバーだった。

 

関東大学連盟演奏会、春の同志社合同演奏会、夏の地方巡業演奏会、秋の学園祭出演、冬の定期演奏

会。当時、主な演奏会はこれだけあった。同志社合同演奏会は隔年行ったり来たりすることになって

いて、2年の時は京都に行った。3年の夏の地方巡業は、静岡に始まり、名古屋、岐阜、そして山口

県の川棚温泉で練習のため1泊して、最後は九州の別府だった。別府の会場は大きく、「昨日は美空

ひばりコンサートだったんだって」と聞き、皆興奮していた。一年の集大成は何と言っても冬の定期

演奏会。この定演の前には1週間程合宿があった。夏の合宿は気楽な雰囲気があって楽しみにしてい

たが、定演前合宿は「何が何でも完璧に仕上げる!」と全員目を△にして練習に励んだ。伊豆の温泉

場で深夜弾けないと泣いている部員もいた。しかし、定演が無事終了すれば、新執行部が発表され、

温泉宿での打ち上げ宴会がニギニギしく開催された。ある時の打ち上げ宴会で生涯最悪の悪酔いをし、

日光から帰宅して3日間「ぎもぢ悪い〜〜」と何も食べずに寝ていたことがあった。母が「部屋中酒

臭くて入れなかった」とコボシていた。書き忘れたが、チケット代、合宿、演奏旅行などやたらと金

がかかった。長い休みはその資金稼ぎにアルバイトに明け暮れた私の大学生活であった。今週火曜日、

その頃の仲間と旧交を温めた。

 

               🎶 ニャンニャンニャニャ ニャンニャンニャ

 

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