パクパク日記26年2月4週
咳が止まらない。木曜日から温かい伊豆下田に滞在した
伊豆下田の海 
南伊豆町の菜の花畑
2月 23日(月・天皇誕生日祝日)晴れ 22,9度!!!
ミラノ・コルティナ冬季五輪閉会 次回は2030年フランス・アルプス地域
朝 明石町「ダイニングルーム」A定食(鮭の塩焼き、長芋の煮物、ブロッコリーおかか、ご飯、味噌汁、飲
むヨーグルト、パイナップル)880円、納豆275円、コーヒー220円







日本の朝食は豊かですなぁ
昼 明石町「ダイニングルーム」B定食(野菜のスープ、スパゲティミートソース、サラダ、黒豆黄な粉のアイス小、アイス
ティ)1320円






夜 明石町「ダイニングルーム」A定食(海老と野菜のフライ、ふろふき大根、和風サラダ、ヒジキの白和え、お
吸い物、マンゴー)2090円、麦焼酎









2月としては異常な高温になる日が週末前後になるとだいぶ前から予報が出ていたから大きな驚き
は無かったが、それにしても暑いじゃないか。22,9度は5月並みらしい。夕方のニュースではかき氷
が売り切れたとか、半袖で快適!なんて街の声を拾っていた。ま、「こうゆう絵を撮って来い」と
言われて忠実に仕事したって感じではあったが。そんな中で私は相変わらず咳をしている。2月4
日から5日にかけてウィーンから帰国する時、空港での余りの寒さに風邪を本格化させて以来、3週間
以上咳き込んでいる。今日は午後4時半から歌舞伎座で猿若祭を観る予定だが、4時間半咳をガマン
するのはツライ。当然マスクをかけても周囲からは嫌な顔されるしなぁと朝から迷っていた。細かいこ
とは割愛するが、無事チケットの引き取り手が決まり、私は出かけないことになった。夕食は歌舞伎
座で弁当夕食の予定だったが、ダイニングで聞いてみるとA定食が1つ残っていると。ラッキー!じゃそ
れね。よし、それでは遅れに遅れて1ヵ月分溜まってしまったパクパク日記を頑張ろう。集中して
午後7時までパソコン前で頑張った結果、1月5週をアップ出来た!あと4週分かぁ・・・。明日は午
後から芝居もあるしなぁ・・・。A定食をゲットした夕食は各種フライ丼というものを作って食べた。
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2月 24日(火)晴れ
ウクライナ侵攻今日で丸4年
朝 明石町「ダイニングルーム」B定食(無塩トマトジュース、ボイルドエッグ、ハムと茸炒め、サラダ、トースト、飲むヨーグ
ルト、オレンジ、コーヒー)880円、レバーペイスト





レバー大嫌いなのにレバーペイストが美味しい
昼 明石町「とんかつ和幸」ひれかつ丼1380円(しじみ味噌汁お替り)




メニューとイメーシ全然゙チャウよね
夜 明石町「ダイニングルーム」B定食(酢豚、フカヒレ餃子、青菜と湯葉和え物、干し貝柱と根菜のスープ、
漬物、ご飯、苺、マンゴープリン)2090円、麦焼酎ボトル3300円










昼カツ丼、夜酢豚 豚だらけ
今日13時からのPARCO劇場の芝居。やっぱり咳が心配で誰かに行って貰おうと、4,5人に都合を
聞いてみたが、結果誰も予定が合わず空席になってしまった。稲垣五郎ちゃん、お芝居関係者の皆
様ゴメンね。でもお芝居やっている時、ゴホゴホされたらイヤですよね。郵便局に行く用事があって、そ
れならランチも外でしようかと「とんかつ和幸」に行った。少し前にTBS安住アナのラジオ番組「日曜
天国」(だったかな)で学生時代の思い出としてこんんな手紙が読み上げられた。友人と昼食を摂る
ことになり、友人が「そうだなぁ、じゃあ「カズユキ」に行くか」と言ったそうだ。お手紙主君が
「知らない」と言うと「知らない?「カズユキ」知らないってのは人生である意味損失だぞ」と言わ
れた。あとをついて行ってみるとそれは「和幸」だったそうだ、なんて話を思い出しながら「と
んかつ和幸」のひれかつ丼を食べる。ロースかつ丼もあったが、ひれかつ丼にしたら丸いひれかつが
十の字にカットされてゴロっと転がっていたのと、煮汁が極少で具の下のご飯が白かったのがかつ丼
としてはイマニだった。郵便局の帰りにファーマシーに寄り、咳と痰に効くという風邪薬を購入。3週間咳
をしている。そろそろ治りたい。帰宅すると洗濯が出来上がっていたので、昼前に帰って来たキャ
リーケースに荷物を詰め直して伊豆半島にあるホテルへ宅配便に出した。キャリーケース君、帰宅後自宅滞在時間
4時間でまたお出かけっていくら何でも忙し過ぎるよねぇ。スマンのう、また出かけて働いてくれや。
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2月 25日(水)全国的に雨(恵みの雨)
朝 明石町「ダイニングルーム」A定食(赤魚の粕漬け焼き、蓮根と人参のきんぴら、白菜の生姜和え、
御飯、味噌汁、飲むヨーグルト、バナナ)880円、納豆275円、「山本山」焼き海苔、コーヒー220円








昼 明石町「ダイニングルーム」A定食(きしめん、生麩と茄子の煮物、胡瓜とクラゲの和え物)1320円、
今川焼き275円






きしめんでは足りずに今川焼きを追加!
夜 明石町「ダイニングルーム」A定食(刺身盛り合わせ、海老と玉葱のかき揚げ、錦豆腐と野菜の煮
物、長芋醤油漬け、ご飯、味噌汁、りんご)2090円、麦焼酎









3ヵ月半ぶりの本格的な雨だそうで、普段なら「雨かぁ〜」と憂鬱げに呟くところ、「良かったね
ぇ、恵みの雨だぁ」と日本各地で喜びの声が上がった(たぶん)。東京では丸一日降った雨量は
40_、高知は100_となったそうだが、それでも現在の渇水状況は深刻。「それっぽっち」の雨
ではたいした足しにはなれなかったそうだ。何日も降らないと、節水が不可欠になってしまう。
野菜作りなどにも影響は大きいようだし、今後も是非雨の方よろしくです、と天に向かってお願
いする(イメージだから)。オリンピックに出場した選手達が帰国し、メダリストはアチコチでひっぱりだこだ。
メダルは日本では過去最高の24というが、注目を浴びているのはフィギャアスケート選手が圧倒的だ。トップ
は「りくりゅう」のペアの2人。私個人は浅田真央ちゃんに続き、坂本花織ちゃんが昔からお気
に入り。彼女のスケーティングも好きだし、何より彼女のキャラクターが見ていて飽きないよね。これまで
の引退選手の殆どはアイスショーに出演するプロに転向するが、彼女は指導者になるかも、みたいなこ
とを言っていた。それもいいが、あのキャラは是非多くの皆さんに伝播して広めて欲しい。どうで
も良い話だが、今日の夕食のメニューを見た時から、私は小さな胸を痛めていた。いや、胸は痛く
はないな、頭の中をぐるぐるとどうでも良い選択肢が回っていて揺れていたのだ。メインは刺身盛
り合わせ。迷いなく今夜のマイ丼は海鮮丼だ。ところがだ、その次に海老と玉葱のかき揚げが続
くからややこしくなる。これだけならやっぱり迷うことなく海老と玉葱のかき揚げ丼にする。
どうするんだ、今夜・・という悩みなのだ。スンマセン、くだらないことで。でも本人としてはどち
らかに決めねばならないのだよ。写真をご覧下さーい。かき揚げ中心にしたけどお詰め願って
刺身も数枚乗せちゃって、魚介とかき揚げのダブル丼としました。何だか複雑な味の丼でしたぁ。
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2月 26日(木)東京は曇、伊豆下田は晴れ
朝 明石町「ダイニングルーム」A定食(がんもと野菜の煮物、笹かまぼこ。モヤシと青菜の辛子和え、ご
飯、味噌汁、飲むヨーグルト、キウイ)880円、納豆275円、「山本山」焼き海苔、コーヒー220円







焼き海苔が湿気っぽいなぁ
昼 東京=伊豆下田「サフィール踊り子」車内にて 崎陽軒「しうまい弁当」1183円




東京駅=伊豆下田はサフィール踊り子号に乗って。お弁当は崎陽軒「しうまい弁当」だよ



河津駅は桜見物帰りのインバウンド客などで一杯! 下田東急ホテルに宿泊






丘の上にある下田東急ホテルの520号室からの眺め
遅い夜 下田東急ホテル「マ・シェール・メール番所」白波コース9944円(フォオグラムースと金柑甘露煮、富士山サーモンの
タルタルサワークリームそえ、三色の大根ピクルスに乗せたお刺身盛り合わせピンチョス仕立て、伊豆産金目鯛の
ロースト伊豆産青菜のジェノバソース仕立てカリフラワー添え、赤ワインでじっくり煮込んだ牛バラ肉と明日葉の
ヌイユ、南伊豆産のお米で炊き上げた炙り金目鯛と三つ葉のココットご飯、お味噌汁と香の物、メレンゲ
のカップに入った苺のムースフランボワーズのソルベと共に、カモミールティ)、生ビール1100円、麦焼酎(5合)
「安心院蔵」













伊勢海老を金目鯛に変更した
今日から伊豆滞在だ。寒い旅連続4回後の「寒くない旅」第2弾である。温かいところ→河津桜
→伊豆半島という連想ね。たまには途中駅、というか伊豆熱川とか伊豆稲取とかで降りて温泉宿
に泊まることもチラリとは考えたのだが、布団と和室は足の関係でNGなので旅館が多い場所は敬遠
してしまうのだよね。で、結局今回が3度目となる終点の伊豆急下田の下田東急ホテルに3泊する
ことにした。最初に泊まったのは遙か昔のこと(たぶん45年前)で、宿泊の理由は「転地療養」
だった。どのくらい滞在したのか、どう過ごしていたのかは殆ど覚えていないが。3年前に2泊
したのが2度目で、ホテルは丁度開業60周年を迎えたところで「食で旅する伊豆半島」をテーマにし
た記念ディナーを頂いた。それはともかく東京駅から乗ったのは「サフィール踊り子」号だった。JRの
新しい踊り子号の車両で、今回利用しなかったがプレミアムグリーン車やグリーン個室、それに人気中華シェ
フ五十嵐美幸さんが監修し彼女の店「美虎」の麺が食べられる「カフェテリア」が連結されたするのだ
った。しかし、特急と言いながら停車してばかりいて、東京駅から下田までは3時間もかかって
しまう。これから下田に来る時は、熱海まで新幹線で来て乗り換えようと強く思った。下田東急
ホテルは海抜56bの高台にあって、客室からの海の眺めは素晴らしい!まぁ、眺めが素晴らしい分、
市内に気軽に歩いて行けないところが何とも不便ではあるのだが。夕食は「マ・シェール・メール番所」で
コース料理を頂く。団体客が数組宿泊しているとかで食事の開始時間は午後7時半からだった。コース
は1万3051円なのだが、伊勢海老を金目鯛に変更する白波コースは9944円で、それをお願いした。
和洋折衷のようなコースでとても美味しかった。以前はキャピトル東急の「ORIGAMI」の料理長をされて
いた中村シェフがご挨拶に来て下さった。麦焼酎の「安心院蔵」は900ml。飲み切れないから明後日。
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2月 27日(金)伊豆下田は晴れ
朝 下田東急ホテル「マ・シェール・メール番所」朝食ヴュッフェ












朝食後はホテルの庭を散歩する。寒くもなくとても気持ちがいい






南伊豆町の菜の花畑はまさに満開だった









南伊豆町の河津桜も散りかけていたが、一番奥の数本は未だ美しく咲いていた
昼 下田「壱番館」ワンタン入り塩ラーメン1380円、焼き餃子500円




餃子は美味しかったが・・
夜 下田「寿司美松」お任せつまみ:ナマコ・刺身盛り合わせ:金目鯛・本鮪・烏賊・おぼだい、
トコブシ、握り:烏賊、卵焼き、本日のお椀(アラ汁、生ビール1100円、麦焼酎「麦冠 情け島
(八丈島)」4000円 @1万1000円









昨日チェックインしてから、ホテルのコンシェルジェに下田での過ごし方について相談した。女性のコンシェルジェさんは
一緒にとても親切に考えて下さってなかなか素敵なプランが出来た。即ち、2日目の今日は観光タクシーを
1時間半予約して、終わりかけた河津桜を求めて南伊豆町に行くことにした。花をちゃんとつけてい
る桜の木が少ない分、近くにある満開の菜の花畑も見にいくことに。出発は11時なので、朝食ヴュッ
フェはピークが過ぎた頃にゆっくりと。3年前にも2日に渡ってヴュッフェを愉しんだが、品数が多いことと
カレーがあるのが嬉しい。食事を終えて海に面した庭に出てみる。素晴らしい晴天で日差しもあって風
が無い分、コート無しで歩いても寒くない。さすが伊豆である。1970年11月に市谷の自衛隊駐屯地で
衝撃的な割腹自殺をした作家の三島由紀夫は、毎年夏に1ヵ月程この下田東急ホテルに家族や友人と滞
在し、私も大好きな「豊穣の海」はこのホテルで書き上げた。庭から見上げるホテル全景、この景色も三
島由紀夫は何度も見たのだろうな、と思うと考え深い。観光タクシーの運転手さんは気の良い人でお喋
りしながらのドライブは楽しかった。見渡す限りの菜の花畑や色の濃いピンクが魅力的な河津桜は愛ら
しい。石廊崎まで行きませんかと誘われたが、先週足摺岬に行って来たばかりでその気にならず、
下田に戻る。昨日コンシェルジェに日本蕎麦屋か町中華を教えてとお願いし、教えて貰った「壱番館」
でワンタン入り塩ラーメンと焼き餃子を食べる。餃子は美味しかったが、塩ラーメンは私の好みではなかった。
午後は客室でゆっくり過ごし、夕方は予約して貰った鮨屋「美松」に6時に行くと、1番客になっ
た。間もなく次々とお客が入って来る。昨日は62人前の出前があってタイヘンだったなんて話題が。3
年前八丈島に行った時、とても気に入った麦焼酎「麦冠情ヶ嶋」のボトルがあってビックリ。なしてここ
にこの酒があるんよ。何でも近くに珍しい酒を扱う店があってそこから購入しているそうだ。ボトル
をとって久々に飲む。そうそう、この味。美味しいなぁ。昼の麺が未だ消化されていないのかお腹
があまり空かないのでツマミを中心にして貰った。ナマコは固くてずっと噛んでいてもやわらかくならな
かったが刺身盛り合わせ金目鯛と本鮪が美味しかった。ここは本店で息子さんが支店をやっている。
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2月 28日(土)伊豆下田は晴れ
米・イスラエル、イランを攻撃 ホルムズ海峡封鎖
イラン最高指導者ハメネイ師を殺害
朝 下田東急ホテル「マ・シェール・メール番所」朝食ヴュッフェ







炊き込みご飯が朝食の名物
昼 下田東急ホテル ラウンジ「ブルー・ナティエ」 アイスティ683円、アメリカンクラブサンドイッチ2237円、TWGフレンチアールグ
レイ紅茶735円






アメリカンクラブサンドイッチを食べ切ったことが無い 無念・・
夜 下田東急ホテル「マ・シェール・メール番所」ラタトゥイユ メルバトースト添え2734円、コーンポタージュスープ1118円、ハンバ
ーグステーキきのこソース3977円、ライスセット1118円、伊豆心太入り抹茶ぜんざい994円、生ビール1100
円、麦焼酎「安心院蔵」










今夜はアラカルトメニューからチョイス
レストランの入口にひとり用の釜がズラリと並べられ、小さなランプでコトコトと炊かれている。山菜の炊き込み
ご飯のようだ。このレストランの名物でもあるらしいのでテーブルに運んで貰う。今朝カレーは諦め(笑)日替
わりのコロッケや焼き鯖をおかずにとても美味しく食べた。下田は今日も素晴らしいお天気で、目の前
には平和でのんびりした光景が広がっている。然るに、世界では今日とんでもない大事件が発生し
たのだ。アメリカとイスラエルがイランに奇襲攻撃を仕掛け、イランの最高指導者のハメネイ師を殺害したという衝撃的
なことが起きたのだ。イランは直ちにホルムズ海峡を封鎖し、原油を中東に頼っている多くの国々に大き
なエネルギー不安を巻き起こしている。アメリカにとってイランを攻撃して何のメリットがあるのか。イスラエルのネタニヤ
フ首相は首相の座を降りたら即逮捕される。それもあって人気凋落で焦るトランプを引き摺りこんでイラ
ンの政治体制を転換出来たら英雄だよ、とか何とか(実際はわかりませんが)必死にその気にさせた
のかもしれない。政治にたいして関心もないパープリンな婆さんの私でも、トランプさん、それは無いで
しょ!とプンプンものである。イランは13年前に1度行っただけだが、旅行者としては実に楽しい国だ
った。イランの人は日本人が大好きで大いにモテた。そしてイメージとはかなり違う意外な国だった。また
イランに行きたいと思ったことも何度もある。しかし、イランは世界の中では特殊な立場で、敵国が多い。
ただでさえ難しい情勢の中で、私も複雑な気持ちを抱いている。午後大浴場の温泉に浸かり、90
分のエステを受けた。下田最後の夕食は、「マ・シェール・メール番所」でアラカルトメニューからラタトゥイユ、コーンポタージュスープ、
ハンバーグステーキ、伊豆心太入り抹茶ぜんざいを食べた。すべてが美味しかった。中村総料理長さすが!
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3月 1日(日)伊豆下田も東京も晴れ
朝下田東急ホテル「マ・シェール・メール番所」朝食ヴュッフェ








昼 伊豆下田=東京駅特急踊り子号車内にて 「Pasco」卵サンド・スパイシーカレーパン



夜 明石町「ダイニング」A定食(あぐー豚のハンバーグ、蕪の蟹餡かけ、おぼろ豆腐、シメジの真砂和え、
ご飯、しじみ汁、デコポン)2090円、麦焼酎









今日の東京タワーのネオンは美しい!
昨夜もご挨拶頂いた中村総料理長が、日曜日だからか早朝からヴュッフェ会場で卵料理作りに立ってい
らした。「夜も朝もお疲れさまです。昨夜のデミグラスソースとても美味しかった」とお話したら、とても
嬉しそうだった。「また下田にお越し下さい、お待ちしています」って。帰りはホテルの無料送迎バス
で下田駅まで送って貰った。昼前の特急を予約しているが、往路と同じ「サフィール踊り子」号に変更し
て貰おうと窓口で聞いてみると、「下田からのサフィールは午後2時半過ぎから」と言われた。つまり、
私が乗って来たサフィールの折り返しが、一日で1番早い東京駅行きということなのだ。諦めた。駅弁を
買おうと売店を探したが、どうも食べたいようなお弁当は見つからない。仕方なく「Pasco」の卵サ
ンドとスパイシーカレーパンを購入し、車中でお茶飲んでムリヤリ流し込んだ。帰りの特急のグリーン車だが、私の
席は13⁻Aなのだが、車内には7番までしか無い。どうするんだ、と考え、3⁻Aに座って(迷える乙
女出す・笑)いたら、途中の駅から13⁻Aの切符を持っている人が乗って来た。私の切符を見せると
そのドアの向こうにグリーン車のその2があるのでそこですよ、と教えてくれた。ゲーッ!グリーン車が2
分割されているなんて誰が思うんだよ!慌てて荷物を纏めて次の車両に移った。その2のグリーン車と
13⁻Aの座席があった。なーんだ。また3時間かけて東京駅に。疲れた。夕は2夜続きのハンバーグだ。
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【今週の振り返り】
伊豆急行線は、JR伊東線の終点である伊東駅から伊豆半島の東側を南下し、終点の伊豆急下田駅ま
でを結んでいる。熱海からでもなく、ましてや東京駅からでもない。私が今週往復乗った特急踊り
子号は、東京駅からJR線で直通運転され、伊東駅で乗務員が交代し、そのまま伊豆急行線に入っ
て下田駅まで運行しているのだ。その間の主な駅といえば、川奈駅、伊豆高原駅、伊豆熱川駅、伊
豆稲取駅、河津駅などがある。16駅、路線距離は45,7`bの小さな私鉄だが、学生時代を中心に
若い頃の思い出がギチッと詰まった鉄道でもあるのだ。
先ずはスタート駅の伊東。小学校から高校まではずっと合唱部だったが、大学ではギタークラブに入った。楽
器を演奏できるようになりたい、と思って入ったのに、私はギターではなく、コントラバスを選んだ。昔から
首尾一貫しない人間なのだ。新入部員だけで100人が入部し、音楽クラブなのに体育会系の厳しい練習
に根を上げて退部が相次ぎ、1年過ぎると新人も半数になっていたように記憶している。市立、都立
学校ばかりで、初めての私立の大学。とりわけその大学はお坊ちゃん、お嬢ちゃんだらけの学校だっ
た。アルバイトしなければ大学を続けられなかった私は実入りの良いアルバイト(つまり体力的にキツイ仕事)を
探し、せっせと働いていたのだが、上級生含めたクラブの皆に珍しがられ「ナゼ働くのか」「私もやっ
てみたいけど、どうすればいいか」なんて声をかけられる始末だった。貧乏だからに決まってんじゃ
ん!とブチギレタイところだが、大人の私(へぇー、ホントか?)は希望者に仕事を紹介しては食事をご馳
走して貰っていた。同級生からはランチを、上級生からは夕食を、学食だったがご馳走になった。そんな
私だが、長い休みになるとそのクラブで親しくなった女子大生6、7人と一緒にそのメンバーのひとりの家
族が持つ別荘にお邪魔するようになった。ツライ肉体労働で金を稼いだら、友人達と別荘で過ごす数日間
は何よりのご褒美だった。
有名な菓子メーカーの経営者を母親に持つOHさん家の別荘は、伊東駅前からバス(シャボテン公園にも行くバ
スだったか)に乗り、停留所から10分程歩くとOH家の別荘があった。広いリビングダイニングとキッチン、炉
が切られた茶室を兼ねた和室と隣には10畳ほどの広い和室があった。収納場所が多く寝具がたくさ
ん用意されていて、何人行っても十分に布団はあるのだ。到着すると働き者のOHさんは、皆にテキパキ
と指示してその押し入れから使う分の布団を出してキレイに雑巾掛けした外廊下にズラリと並べて陽に当
てる。買い物チームは徒歩20分程歩いて山のような食材を買って来る。他のメンバーは家中を履いて雑巾
掛けする掃除班だ。こうして別荘生活は全員が働き者になり、大騒ぎの食事作りになだれ込む。食後
は夜遅くまでギターを弾いて歌ったり、語り合ったり。18歳の女子だけで、こんな生活が出来ることは
夢のようだった。夏休みの次は冬休み、その後は春休みと、アルバイト期間の後には伊東の別荘という何
よりのご褒美が待っていた。アポロ11号が人類初の月面着陸しアームストロング船長が、月面を歩行する姿を
深夜のテレビで観たのもこの別荘だ。
下田駅のひとつ手前に蓮台寺という小さな駅がある。無人駅である。蓮台寺には何の責任も無いのだ
が、あと数年で60年前のことなのに今でも「蓮台寺」と聞くと、薄っすらとではあるが大学時代の
ツライ合宿が思い出され気持ちが翳る。所属していたギタークラブは当時大隆盛で、4月から順を辿ると主だ
ったものでも、関東ギター連盟合同演奏会、同志社大学ジョイントコンサート(東京と京都で隔年交互開催)、夏
の地方巡業公演、秋の大学祭出演、そして12月には定期演奏会と1年を通じて演奏会があった。部
員が多いから、演奏会に出演できるのはレギュラーに選ばれたメンバーだけだ。ギターは高音メロディ部分を担当
するファーストギター、和音を中心に演奏するセカンドギター、リズムと通奏低音を担当するサードギター、そして私が
弾いていたコントラバス(ベース)が通常の編成で、曲によって一回り小さく高音が出るレキントギターやカスタネット、
タンバリオン、などの打楽器が加わることもある。定期演奏会のように通してクラブ演奏だけの時は、1部ラ
テン合奏、2部クラッシック合奏、3部フラメンコとラテンコーラス・ギター独奏そして最後の4部がタンゴ大合奏という欲張
りなプログラムだった。ファースト、セカンド、サードにはチーフとサブチーフがいて、練習の多くは各教室に分かれてのパ
ート練習。最後の30分くらいで全員が集まって合同演奏するのだが、演奏面ではその年の指揮者が全面
的な権限を持っていた。私?ベース担当は2人しかいなかった(一瞬3人だったこともあったなぁ。半
年位で止めた男子部員はその後弁護士になって国会議員になんかなってしまった)ので、ベースパートを
サラッとオサライしたら、多くの時間は指揮者とダベっていた。
他の演奏会はこれくらいの練習でも何とかこなしていたのだが、定期演奏会(略して定演)となると、
演奏曲が多く、クラッシックの2部では弓(ボウ)を使っての演奏もある。ラテンコーラスのベースだけはカンベンして
貰ったが、1部、2部、3部と出ずっぱり。その定演の前の合宿は蓮台寺にある旅館に籠り、大広間で
朝から晩までの練習が数日続いた。クラッシック以外では右手の人差し指で太い弦を弾(はじ)くのだが、
弾き過ぎてマメが出来、それでも弾き続けると豆が破れて空中を飛んで行ったこともある。仕方なく、
演奏会まで人差し指はそれこそ封印(絆創膏でグルグル)して親指を押す形で弾くしかない。するとど
うしても遅れて、指揮者に怒られてばかりいた。伊豆と言っても冬は寒い。夕食後の練習が終わって
温泉に入りながら、みんなで深い溜息をついていたことを覚えている。こんなツライ合宿を経ての定演当
日。最後のタンゴ4部はギタークラブお得意の「ラ・クンパルシータ」を弾き始め、幕が開くに従ってお客がたくさ
ん入った会場を改めて眺める時、いつも「舞台で演奏出来て楽しい!」と興奮した。そしてアンコール曲
の「ラ・マラゲーニャ」を賑やかに弾き終わったら、出演者全員声を揃えて大声で「オーレー!」と叫ぶ。快感!
社会人になって10年経った頃、前年母に死なれ、全く気が合わない父と2人暮らしになってしまった。
しかも寝る時間も限られた激務でストレスは溜まりに溜まった。そして身体がダルいやら倦怠感に襲われる
やらの不調を感じ始め、午後になると毎日決まって微熱が出て翌朝には下がった。結核が疑われ、い
ろんな方から大病院の紹介状を頂いて精密検査や検査入院までしたが病名はわからない。最後に川崎
市にある公立病院の「不明熱の権威」というドクターから「基礎体温が上がったと思えばいいじゃな
い」と気楽に言われて、西洋医学に頼ることを止めた。結局は長野県の高齢の鍼灸師から足の裏に山程
のお灸をして貰って治るのだが、それまでに転地療養を勧められて滞在したのが今週泊まった東急下田
ホテルだった。それ以外にも、どの駅だったか研修があり、その翌日早く起きて筍を掘りに行った記憶があ
る。大きくはない筍だが3本やっとの思いで持ち帰ったら、母が「どうしてもっとたくさん買って来な
いの!」と怒ったのだよ。ふん、自分で運べよ。そうそう、研修と言えば、1970年新卒で入った出版社
を4ヵ月と20日で退職し、1ヵ月の失業期間を経て、カタカナ会社に転職した。当時は小さな会社だったが、
どんどん成長したから2ヶ月間で中途入社した社員のための「中途入社者研修」があり、場所は伊豆高
原にある会社の厚生施設だった。よく憶えているのは、3食自炊生活で2泊の研修。座学で学んだり、議
論したりするより、2グループに分かれてメニューを作成し、買い物し、調理し、片付けるという自炊作業の
間に各人の個性が滲み出て面白かった。人事部の担当者と専務のTさんが研修に立ち会ったが、Tさんは
料理好きで調理時間にはイキイキと活躍されていた。その小さな会社は、現在社員数は3万人を超え、売りだ
けは3兆円を超えるそうだ。
普段は伊豆急行のことを深く考えたことなど無いのだが、今週伊豆急の踊り子号に往復3時間ずつ乗った
ことで、私の人生の60年間に起こったいくつかのことを思い出した。こうして考えてみると、「退屈と
いう時間」も使いようであるな。伊豆急の思い出。
天城越えでも行くかニャ
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