パクパク日記26年7月3週
暑いパリで革命記念日・パリ祭の花火や軍事パレードを愉しんだ



7月 13日(月)パリは晴れ 真夜中雨!
ドジャース対Dバックス戦3対5で3連敗😿😿😿 大谷選手22号HR含む4打数2安打1打点
朝 パリ・フーケッツ「ヒストリカル・サロン」トマトジュース、オムレツ、ソーセージ、パン、フルーツサラダ、コーヒー







フーケッツの「ヒストリカル・サロン」での朝食
昼 フーケッツ客室にて ショコラロール、ショコラクッキー、バナナ、アプリコットジュース

昼はこんなもので
夜 パリ・セーヌ川「バトー・ムッシュー」ローストしたパプリカのカプチーノ仕立て、鴨フォアグラのロワイヤル、鰤のタルタル、リムー
ザン産仔牛、ブリー・ド・モー(ブリー地方のチーズ)、フレジェ・ヌーヴェルスタイル)、シャンパン、白ワイン、赤ワイン



交通規制で途中からトクトクに乗る セーヌ川の遊覧船「バトー・ムッシュー」で花火見学
















火災にあったノートルダム寺院も工事半ばながら見学者を受け入れている



マリー・アントワネットが幽閉されていたコンシェルジェリー オルセー美術館



暗くなるのは午後10時半過ぎ それまでフルコースの料理とワインを愉しむ









遅れて午後11時20分ようやくエッフェル塔を中心としたパリ祭の花火が
先週金曜日から灼熱のフランスに来ている。ヴェルサイユ宮殿のほぼ隣にあるホテルに2泊して、昨日からパリ
に移動した。シャンゼリゼ通りとジュルジュ・サンク通りが交差する角という絶好の場所に建つフーケッツ。赤いテ
ント屋根の「フーケッツ」は1899年創業の老舗ブラッセリーだが、ホテル・バリエール・ル・フーケッツ・パリは今から20年前の
2006年の秋にオープンした。全62室の5ッ星ホテルで地下には800uの広さのスパを有している。朝食
は「ヒストリカル・サロン」で。昨夜夕食を摂ったブラッセリーは映画祭の会場らしく、夥しい映画スターの写真が飾
られていたが、このサロンにも多くの写真が飾られていた。朝食はセットメニューで、食べたいものをテキトーに
注文。トマトジュース、オムレツ、ソーセージ、パン、フルーツサラダ、コーヒーをお願いしたが、それぞれの量が多くて、朝
から満腹である。今日皆さんはパリ・シテ島に観光に行かれるが、このメチャ暑い中の徒歩観光はご勘弁の
私はパス。夕刻観光の様子を伺ったら、マリー・アントワネットが捕らわれた後に過ごした独房が再現されてい
るコンシェルジュとサント・シャペルを見学するつもりが、酷暑のため臨時休館。仕方なく少し離れたノートルダム寺
院に行くと、超長蛇の列でヘトヘトになる程並んだのだそうだ。行かずに良かった。私はと言えば、持
参した本が面白く、涼しいホテルの室内で読書三昧だった。昼食は朝食べ過ぎたせいかお腹が空かず、
客室に入っていたチョコレートケーキとバナナ、アプリコットジュースで十分だった。今日の私のお楽しみは夜の花火。
本来、革命記念日7月14日の夜打ち上げられるのだが、ニースで起こったテロ事件から10年であるこ
とから今年に限って1日前倒しして今夜なった。夕刻からパリ市内の交通は規制され、車で行けた
は途中まで。花火を観るのはセーヌ川の「バトー・ムシュー」という観光船で、その乗り場までトクトクに乗った
りしてね。船に乗り込み、動き出すとフルコースの食事が始まった。フランスに来てから3晩続けて酒を飲ま
なかったが、今夜は飲もうか。シャンパンで乾杯!期待はしていなかったのだが、この船で出された料
理が実はこの旅行中で1番美味しかったのだ。徐々に暗くなり、ライトアップされたパリの名所を眺めな
がらの晩餐。午後10時半過ぎにやっと暗くなり、花火が始まったのは午後11時25分位だったか。
「バトー・ムシュー」のそう広くはない屋上に客の殆どが上ったから立っているのがやっとという混雑ぶ
りだ。花火はエッフェル塔を中心に左右にドローンが自在にカタチや色を変え、その間に花火が上がる。少し
距離があるので、花火の開花音などは殆ど聞こえない。11年前にカルカッソンヌで革命記念日の花火を観
たが、あの時は打ち上げ場所が近かったから大迫力だった。30分程で花火は終了し、乗客は次々に
下船して行く。順番を待っている間に、何と雨が降り出した!もちろん誰も傘など持っていないか
ら雨の中を歩くしかない。迎えの車が来て欲しいと思いながら歩いていると、ドライバーのお兄さん
が走って来てくれた。車を持ってくるまで時間がかかるので、どこか屋根のあるところで待ってて
と、自分の上着を脱いで私の頭に被せて再び走って行った。雨は益々激しくなった。カフェの軒先を
ムリヤリお借りしてしばらく待っていると、車が目の前に来てくれた時には全員安堵と感謝で拍手!!
ありがとうございま―す!助かったー!濡れてしまったが、温かい気持ちでホテルに帰ったのだった。
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7月 14日(火)パリは晴れ
フランス革命記念日 シャンゼリゼ通りでは軍事パレードが
遅い朝 パリ・ホテル・バリエール・ル・フーケッツ・パリ スィートルームにて 特別朝食ヴュッフェ



朝8時頃からシャンゼリゼ通りにはパレードに参加する陸海空の軍人たちが集まって来る(自分の部屋で撮影)






すぐ近くの凱旋門付近の様子はテレビの中継で



9時半過ぎ、同じフロアのスィートルーム235号室で先ずは朝食を食べる












トリコロールの風船やフランス国旗が飾り付けられトリコロールのマカロンも



10時騎馬隊が先頭にした軍事パレードが始まった! ベランダから見物しながら写真を撮る



マカロン大統領が整列した各部隊を巡閲して行く



航空パレードの先頭は空軍のアクロバットチーム「バトルイユ・ド・フランス」のトリコロールスモーク






フランス空軍・海軍による編隊飛行が続く ルイ・ヴィトンビルの向こう凱旋門の上で見物している人々も






凱旋門からコンコルド広場までの2`を行進していく



軍用車両部隊パレード 治安維持部隊車両部隊パレード シンガリは消防車
昼 無し!
夜 パリ・ホテル・バリエール・ル・フーケッツ・パリ「ルーフトップバー」(自由食)おつまみ各種、枝豆、焼き鳥、ビール、
白ワイン 全部で59€






「ルーフトップバー」では鮨の握りや枝豆、焼き鳥、餃子などのメニューがある






ワールドカップ準決勝フランス対スペインの試合を「ルーフトップバー」の大画面で 皆さんはスポーツバーへ
いよいよ今日7月14日はフランスの革命記念日である。パリ祭と言う人もいるが、それは日本独自の呼
び方だ。ルイ16世の君主専制政治が行われていた1789年、バスティーユを民衆が包囲した。王制を批判
して拘束されていた人を解放し、ヴェルサイユからパリに移動して来た王の軍隊に襲われるかもという危
機感でバスティーユの武器弾薬を入手した。その後「人間と市民の権利の宣言」(フランス人権宣言)を採択
し、3年後の1792年9月王制廃止宣言がなされた。約100年後7月14日は祝日となり「地域の予
算が許す限りの輝きをもって賛美するよう」内務省は各知事に勧告したそうだ。ま、その辺の歴史
はともかく、革命記念日を祝した華やかな軍事パレードを目の前で観ることが出来るので朝からワクワク
である。早起きして、客室のシャンゼリゼ通りに面したベランダから眺めると、パレードが始まる午前10時
よりだいぶ早くから陸海空軍の各地の部隊がバスでやって来た。それぞれの制服がいろいろで見てい
るだけで楽しい。シャンゼリゼ通り約2`に各部隊の整列場所が決まっているらしく、時間が進むにつ
れ、ピシッと整列した軍人の皆さんが持ち場について行く。今朝の朝食は、パレードを見学するために
旅行社が借りた角部屋のスィートルームで摂ることになっている。指定された235号室に行くと、ゆったり
したリビング、ダイニング、ベッドルームと驚くほど広く、ダイニングの大きなテーブルには生ハムとチーズ、スモークサーモン、
アボカドトースト、フルーツサラダ、クロワッサンなどが美しく並べられていた。マカロンもトリコロール色だ。そしてリビングに
は赤、青、白のトリコロールの風船やフランス国旗が飾られている。パレードが始まるので、優雅にとは行かず
そそくさと朝食を済ませ、スィートルームの角にあるベランダで軍事パレードを撮影しながら見学する。最初
は騎馬部隊の行進、そしてマカロンじゃなかったマクロンフランス大統領がオープンカーで巡閲していく。朝から待
機していた各部隊は大統領車に最敬礼。ピシッと美しいねぇ。暫らくすると1番楽しみにしていた
航空パレードが始まる、最初にアクロバットチーム「バトルイユ・ド・フランス」がトリコロールのスモークを刷きながら通過した。
アッと言う間のことで、撮影出来たのは私ひとりだけだった(エヘン!)。空軍、海軍の編隊飛行が次か
ら次へと続き、首が疲れる。ジョルジュ・サンク通りを挟んで隣のルイ・ヴィトンビルの向こうに凱旋門が少し見
えるのだが、凱旋門の上で見学している人達が見えた。航空ショーが終われば、陸・海・空軍や士官学
校などの徒歩部隊パレードが続き、シンガリは外国部隊だった。凱旋門からコンコルド広場までパレードは続く。
軍用車両、治安維持部隊車両パレードでフランス革命記念日の軍事パレードは終了した。あぁ、面白かった。
遅い朝食は断続的に続いたので昼食は無し。午後は読書タイムだ。現在ワールドカップは準決勝まで進み、
滞在しているフランスもしっかり4ヵ国の中に残っている。今夜準決勝フランス対スペイン戦があり、徒歩15
分程のところにあるスポーツバーに皆さんと一緒に行くことにしていた。しかし。考えた。勝っても負
けてもフランス人のファンは興奮して大騒ぎし、その騒動に巻き込まれるのはイヤだなぁ・・シャンゼリゼ通り
がそんなファンでギッシリ埋まっていてホテルに帰って来れなくなるのはイヤだな・・ってなことで、私ひと
りスポーツバーに行く代わりに、ホテルの「ルーフトップバー」で優雅に飲みながら大画面観戦することにした。
夏季だけオープンする「ルーフトップバー」はもちろん屋外だからかなり暑いが、それはガマンだ。メニューはほ
ぼ日本食メニューで鮨握りとか餃子とかあるのだが、食欲があまりないので枝豆と焼き鳥、それにビー
ルを注文。不味くは無いが旨くも無い。ホテル宿泊客が6,7組ほどが2つある大画面を静かに観戦。
見始めてすぐ「この試合、フランスは負けるな」の予感。前半、スペインが得点。すると3組の客が拳を
挙げて喜んだ。あちらはスペインのお客らしい。3日後に到着した同じツァーの別グループの皆さんも来
られて席が狭くなったので、失礼して続きは部屋で観たよ。ほらね、0−2でスペインの勝ちでしょ。
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7月 15日(水)パリは晴れ
朝 パリ・ホテル・バリエール・ル・フーケッツ・パリ「フーケッツブラッスリー」グレープフルーツジュース、ミニトマト、フライドエッグ、アボカ
ドスライス、パン、カフェオーレ









今朝はシャンゼリゼ通りに面した「フーケッツブラッスリー」で朝食を摂る
昼 無し!



フーケッツはシャンゼリゼ通りに面し、ジョルジュサンク通りとの交差点に位置する



歩道もゆったりしたシャンゼリゼ通り このベランダから軍事パレードを見学 私の部屋もTUMI看板の上辺り



1899年創業のブラッスリー「フーケッツ」は125年以上世界のセレブリティが集う社交場として親しまれている



2006年にオープンしたホテルの入口はジョルジュサンク通り側にある


夜 パリ・ジョルジュサンク・フォーシーズンズ「Le George」アミューズ2種、フォカッチャ、トマトとグリルしたパプリカのガ
スパチョ ブラッター添え、サフラン風味のアランチーニ(ライスコロッケ)、鮪のタルタル添え、ブルターニュ産蟹のほぐし身
ヨーグルトソースとバエリキャビア添え、鮪のクルード シフロレット苺添え、ロブスターのリゾット、チョイス:仔牛ロース肉
のミラノ風カツレツ 塩バター風味のマッシュポテトとトリュフ添え、シェフ特製スカルベッタ 熟成パルメザンチーズ、ピス
タチオのセミフレッド 庭のハーブ 柑橘のソルベ添え)、ジンジャーエール



最後の夕食は、近所のジョルジュサンク・フォーシーズンズの地中海料理「LE GEORGE」で


















今日の朝食は「フーケッツブラッスリー」で摂ることに。また、秘密の抜け道を通ってね。朝食の内容は「ヒス
トリカル・サロン」とほぼ同じ。シャンゼリゼ通りに面したブラッスリーだから当然のように一般のお客さんの姿も。
今朝はグレープフルーツジュース、ミニトマト、フライドエッグ、アボカドスライス、カフェオーレを注文。フランスの高級なホテルやレスト
ランでは朝食にどっさりパンの盛り合わせが運ばれて来る。クロワッサンやブリオッシュなどのヴィエノワズリーからバ
ゲットやパン・ド・カンパーニュなど田舎風パンまでがあって、どれを食べようかと毎朝悩む。どれも食べて
みたいが、そうは食べられないしね。幸いパリではあちこち高級なホテルに泊まらせて貰っているが、
いつもこのパンの残りはどうなってしまうのかと気になっていた。まさかと思うが、一度客に出し
たものは捨てるなんていう食品ロスはしていないよね。聞いてみたら、ホテルスタッフの食事で頂いていま
す、とのことで安堵した。今日の午前中皆さんは「パリ案内人」である森田けいこ氏の案内でマレ歴
史地区の散策に出かけられた。パリの歴史を紹介するカルナヴァレ博物館や革命の象徴バスティーユ広場を回
られるそうだ。私は、たくさん持参した本を読み耽る。4冊目が終わりそうで、今日中に5冊目に
取り掛かれそう。フランスに来てから昼食はすっかり食べない習慣になりつつある。ふと、シャンゼリゼ
通りに面したホテルにいながら殆ど外に出ていないなと気づき、午後その辺をぶらぶらと散歩して歩
いた。シャンゼリゼ通りをコンコルド広場から凱旋門に向かう時、あるいはその逆コースの時、いつもここを
通過していたなぁ。コンコルド広場に面した「オテル・ド・クリヨン」と並んで「フーケッツ」が抜群の立地であるこ
とを実感した。夕食は最後の晩餐に相応しく、近所のジョルジュサンク・フォーシーズンズ「Le George」で地
中海料理を頂くことになっている。やはりパラスホテルの「プラザ・アテネ」に宿泊している時、3店あるフ
ォーシーズンズのレストランのメインである「Le Cinq」で豪勢なランチを摂ったことがある。同レストランは2年連続
でミシュラン3ツ星を獲得したそうで、地中海料理「Le George」は1ツ星で中庭の屋外の席だった。今
夜もジンジャーエールを飲み、ワインは無しとした。なかなかに「ストイック夢子」なのだった。こんなお洒落
なテーブルで、私らは何の話をしていたか。私が欠席している観光の時、昔のテレビ番組の話になって、
どうしても思い出せなかった番組名と出演者、ユメコさんわかる?と聞かれた。「それはね、NHKの
「お笑い三人組」という番組で、三人組は江戸屋猫八、一龍齋貞鳳、それに三遊亭小金馬ですね」
とスラスラ答えたので拍手されて・・昔の話なら自信がありますってか💦 愉しい夜でした。無酒日
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7月 16日(木)パリは曇りのち晴れ
朝 パリ・パリ・ホテル・バリエール・ル・フーケッツ・パリ「ヒストリカル・サロン」アメリカンブレックファースト(オレンジジュース、アボカドスライ
ス、茹で卵、ほうれん草、
ヨーグルト、フルーツサラダ、パン、コーヒー










今朝もしっかり食べました



K泉ツァーコンダクターの発案で年代物のシトロエンでパリドライブをすることになった









ノートルダム寺院の向こうにサクレ・クール寺院が ゴッホが2年住んだ家の前で



ムーランルージュは昔来たことがある モンマルトルの丘に建つサクレ・クール寺院










あらっぽい運転の赤いシトロエンの助手席に乗って肝を冷やした でも面白かった
昼 無し!
遅ーい夜 ANAパリ=羽田ビジネスクラス機内食(アミューズ、サラダ、ビーガンカレー、フルーツ)






夕食コースを断って、カレーを食べながら「リブート」の続きを観る
いよいよ帰国日である。しかし、フライトは午後7時過ぎだし、ホテルのご厚意でチェックアウトを午後3時にし
て貰ったので心身ともに余裕のよっちゃんなのさ。昨日朝食を摂りながらツァーコンダクターのK泉さんと
お喋りした。以前パリで古いシトロエンに乗って面白かったなんて思い出話をね。幼少期から小学生時代
7年パリで、高校時代3年をアルザスで過ごしたK泉さん、それはそれは達者なフランス語を話されるのだ
が、行動力も素晴らしい。最終日の午前中、シトロエンを3台手配したので2時間モンマルトルまでドライブしま
せんか?1人100€です!とアッという間に手配を済ませ、全員が参加することになったのだ。スーツケース
のパッキングは帰って来てからやればいい。ホテルの玄関前には、赤と青と白、それに白の3台のシトロエンが
停められている。屋根は巻かれてオープンカー状態だ。昔、「農家のお婆ちゃんが卵を載せて市場まで運
んでも卵が割れない車」として開発され、柔らかなサスペンションと小回りがきく小さな車体のシトロエンが登
場した。私はK泉さんと2人で赤のシトロエンに乗り、助手席に座って10時に出発!赤車のドライバー氏が
リーダーでムチャ負けず嫌い、青と白車のドライバーは渋滞が死ぬ程キライ、白車のドライバーは「おいら、ナンで
もいいよ、ウイ」という個性豊かなドライバーの面々だった。ちょっとでも道路が混んでいると直ちにグ
ーグルマップやらナビを駆使して空いている道を探し、急なユーターン。なんてことはしょっちゅうで私は必
死でしがみついている。青と白車がちょっとでも赤車の前に出ようものなら、ビーッ!とクラクションを鳴
らして下がらせる。K泉さんに言わせると、この2人は典型的なパリジャンなのだそうだ。そんなヒヤヒヤ
もんのドライブをしながらモンマルトルの丘に到着すると1時間15分が過ぎていた。トイレと撮影休憩をちょ
っとだけ取り、フーケッツ目指して戻る。丁度12時にシャンゼリゼのフーケッツ横に到着し、その見事な時間管理
ぶりにも驚いたのだった。あぁ〜楽しかった。オープンカーで暑かったので汗ビッショリ。部屋に帰ってシャワー
を浴び、すべて着替えて荷作り。午後3時チェックアウトシテシャルルドゴール空港へ。初めてパリにひとりで来た
時、宇宙基地のようで眩しかった第1ターミナルも、今や古色蒼然とした感じで。あれから47年が経過
したのだなぁ。19時20分発東京行きNH216に搭乗。あとはビデオや映画を観て帰るだけだ。無酒日
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7月 17日(金)東京は雨のち曇り
朝 無し!
昼 ANAパリ=羽田ビジネスクラス機内食(和食)
日本時間の昼ドキに2食目を半分くらい食べる
夜 明石町「ダイニングルーム」B定食(海老チリソース、豆腐焼売、牛バラ肉と野菜の黒酢和え、貝柱と冬瓜
のスープ、白菜の漬物、ご飯、西瓜、シャスミンティーゼリーとアイスクリーム)2090円、麦焼酎










ダイニングの食事も好き!
往路のフライトでTBS日曜劇場ドラマ「リブート」を観た。10話あるので、往路5話、復路5話を観るつもり
だったのだが、面白くてつい7話まで観てしまってね。主役は二役を演じる鈴木亮平だった。彼を初
めて観たのは、2014年上期のNHK朝ドラ「花子とアン」で吉高由里子演じるヒロインの夫役村岡英治を演じ
た時でそのネクタイ姿がムチャカッコ良かったのでよく覚えている。しかし、その後の彼には驚かされ続けた。
体重を自由自在にコントロールしたような役作りである。「HK変態仮面」では色丞狂介を演じるために体重
15`増やした上で脂肪を削ぎ落した。「天皇の料理番」では主人公の病弱な兄を演じるため体重を20
`落とした。「俺物語」では巨漢の主人公を演じるため体重を30`増やした・・・。いくら演技のた
めとはいえ、体重をそんなに増やしたり減らしたり出来るものだろうか。増やす方法は指導出来るほ
ど熟知しているので、是非鈴木亮平氏に大きく減らす方のコツを教えて頂きたい。東京外語大出身で英
検1級や世界遺産検定1級を持つ頭脳派かと思えば、ボクシングが趣味で肉体美を誇るなど武闘派の面も
あってその多面性も彼の魅力ではある。他のビデオを観たり、本を読んだりしているうちに13時間が
過ぎ、午後4時前に羽田に到着。皆さん、お世話になりましたー。スムーズに帰宅し、ダイニングルームの夕
食では久々のアルコール。麦焼酎をグビグビ飲みながら中華定食をパクついた。デザートの西瓜も美味しいね。
______________
7月 18日(土)曇り
ドジャース対ヤンキース戦2対1と勝利 佐々木投手5,2回5被安打失点1自責点1 勝ち星つかず
大谷選手4打数無安打😿
朝 明石町「ダイニングルーム」A定食(ほっけの焼き物、納豆、ほうれん草磯辺和え、ご飯、味噌汁、
飲むヨーグルト、バナナ)880円、納豆275円、椎茸ふりかけ、コーヒー220円







久々の納豆!
昼 明石町「ダイニングルーム」A定食(豚肉の生姜焼き、大根の煮物、隠元の胡桃和え、ごめし、味噌
汁、アイスティ)1320円






夜 明石町「ダイニングルーム」今週のアラカルトメニューから 味噌カツ丼(ほうれん草お浸し、ラッキョ)1540円、
夕張メロン440円、麦焼酎







夕飯にアラカルトの味噌カツ丼
帰国翌日は忙しい。留守中に来た郵便物などの整理、頂いたお中元の礼状作成、提出書類の作成、旅
行中撮影した数多い写真の整理、パクパク日記の作成・・・リビングのテーブルとパソコンの前にずっと座って
の作業が続く。フランス革命記念日の軍事パレードを激写したので夥しい写真数になってしまった。私がフラ
ンスに行っている間、メジャーリーグはオールスターゲームのためペナントレースは休止していた。両リーグ通じて最大の得票
数を獲得した大谷翔平選手だが、左膝の不調のためオールスターゲー、ムの出場を辞退してファンをガッカリさせた。
それでも、必要な処置をして数日休むことで、彼の体調が万全になればいいと思っていた。久々の試
合は敵地におけるヤンキース戦。大谷選手は出場したが4打数無安打に終わった。先発した佐々木朗希は、
キレキレの投球で素晴らしいピッチングだった。5回3分の2投げて5安打1失点だったが、味方の打線が
それまで湿っていて、勝ち星は付かなかった。それでも、6月に私がドジャースタジアムで観たエンジェルス戦で
「覚醒」して以来、朗希君が持つ本来の力を発揮しているように見える。ガンバレ!朗希!ヤンキースのキャプ
テンにして大スター選手のアーロン・ジャッジ選手だが、第1肋骨の疲労骨折のため負傷者リスト(IL)入りし、現
在リハビリ中で長く欠場している。ジャッジもガンバレ!夕食アラカルトの味噌カツ丼を食べたが、高齢者には重い。
______________
7月 19日(日)曇ったり晴れたり
ワールドカップ3位決定戦イングランド対フランス6対4でイングランド勝利
ドジャース対ヤンキース雨天中止
朝 明石町「ダイニングルーム」A定食(鯖のみりん漬け、蓮根と人参のきんぴら、おくらおかか、ご飯、
味噌汁、飲むヨーグルト、オレンジ)880円、納豆275円、椎茸ふりかけ、コーヒー220円








昼 明石町「ダイニングルーム」A定食(穴子の揚げ出汁野菜添え、玉子きんちゃくの煮物、キャベツとエノキ
茸のお浸し、ご飯、お吸い物、アイスコーヒー)880円






夜 明石町「ダイニングルーム」A定食(牛肉の和風焼き、冬瓜の海老そぼろ餡、おぼろ豆腐、もずく酢、
ご飯、味噌汁、紅秀峰)2090円、麦焼酎









一昨日帰国したばかりだが、昨日大量の洗濯を済ませたので、7月下旬の国内旅行3回分の旅支度
を始める。来週水曜日から金曜日まで2泊3日の旅A、来週日曜日から水曜日まで3泊4日の旅B、
翌日の木曜日から日曜日まで3泊4日の旅Cに出る予定なのだ。何ですと?と言われるのはわかっ
ておりまする。行きたい旅が、そうゆう日程だったのだから仕方が無いのだ。問題はキャリーケースの荷
物だ。杖付きながらキャリーケースを転がすって結構難しい。最難関は列車の乗り降り時で、列車によっ
てホームとの間がかなり空いていたりすると、両手が塞がっている身は緊張する。躊躇っていると親
切な方がヨイショ!とキャリーケースを上げたり下ろしてくれたりするとホントに助かるのだが、自分以外誰もい
ないと困るのだよ。キャリーケースを持ってのエスカレータも超苦手だ。そんなことで、出来るだけ荷物は宅配
便で運んで貰っている。1番小さなキャリーケースに水曜日からのA旅の荷物を詰めた。それよりかなり
大きめのケースには3泊4日B旅+3泊4日C旅の荷物を合同で詰める。Bの旅3日目に1泊分の着
替えと洗面道具などを取り出してCの旅宿泊先にスーツケースを送る予定だ。よってBの旅の帰りは洗
濯モノと洗面道具などを大きなリュックに詰めて帰京する予定だ。荷物のことで頭はパニック状態だ。それ
はともかく、今日W杯の3位決定戦があった。フランス対イングランド。結果は野球のスコアかのような6対
4でイングランドが勝利し、銅メダルを獲得した。すっかりイングランド代表のジュード・ベリンガムのファンにな
ってしまったので、イングランドが勝利してとても嬉しい。大会前にはアルゼンチンと並んで優勝候補にも
挙げられたフランスだったが、前半0対4なんてねぇ。戦意を感じられないこの試合の結果にガッカリだ。
_____________
【今週の振り返り】
大昔の話である。忙しい時に呼ばれて、私は「はい、何ですか」とたぶん仏頂面で上司の前に立
ったのだと思う。上司のI田さんは「えーっとねぇ、今年の海外遊学制度にあなた選ばれたので
お知らせしますよ。一応おめでとう」とにこやかに言って、温かい手で握手された。海外遊学制
度?何だっけ、それ。全く予期していなかったことであり、仕事に忙殺されていた私は、喜ぶな
んてことはついぞ思わず、キョトンとしてしまった。落ち着いてから勤務している会社の海外遊学制
度を調べてみた。成績優秀者で向上意欲の高い社員に与える賞で、3週間の休暇と米ドル1000j
を支給される。この休暇と1000jでどこで何をしてもよろしい」ってな内容だったように思う。
これまで選ばれた人がどう過ごしたかを思い出してみると、アメリカの著名大学を回って学術的な研
究をした人もいたが、夫人同伴でハワイの海で毎日釣りをしていた人もいた。該当者がいれば、年
に複数人選ばれたのだったか。名誉なことには違いないが、私は大いに困惑した。睡眠時間もや
っと確保するほどの忙しさで、所属していた関連会社の3分1の業務の責任者なのに、3週間も
の長い間休む訳には行かないのだ。そんなことで数日後にI田さんに「海外遊学は辞退したい」
と申し出た。I田さんは「まぁまぁ、そんな急いで決める必要はないじゃないの。そのうちどん
なことが起きるかわからないからさ、権利は有難く持っていなさいよ」と窘めてくれた。
それからも忙しい忙しいと走り回っているうちに数ヶ月が経過した。ある時、取引のある企業か
ら「トップセミナー旅行」に是非参加するよう強く勧められた。著名なコーディネーターが同行し、在日アメリカ
大使も務めたライシャワー博士始めアメリカの最高の学者数人の独自セミナーを数回受講する。参加するのは
日本を代表する企業のトップクラスということだった。トップセミナーの内容を聞いて、私には荷が重いし
多忙を理由にお断わりしたのだが、上司のI田さんから「行ってくればいいじゃない。そんな世
界的に有名な学者の皆さんに会えるなんて一生に一度だよ。それにご一緒する皆さんと親しくな
れば、人脈も広がるじゃないの。はい、参加参加」と説得されていしまったのだ。仕方なく、留
守する10日間の仕事の段取りを考え、リーダークラス数人に引き継ぎをしようと準備を考えていたら、
またI田さんから呼び出しがあった。「あのね、良いこと思いついたのよ。例の海外遊学制度だけ
どね、トップセミナーのアメリカとくっつけて取ってしまえばいいんじゃないの?メンバーが必死であなたの
留守を頑張ろうとしているから、10日間が4週間になっても同じだよ。メンバーを育てると思って、
そうしないさいよ」なるほど、それはそうかもしれない。早速どこに何しに行くかを考え始めた。
トップセミナーは、ロスアンゼルス、コロラド州のデンバー、ワシントン、ボストン、アトランティックシティ、ニューヨークを回ったが、皆さ
んが日本に帰る時、私は当時飛んでいたコンコルドでイギリスのヒースロー空港に向けて飛び立った。トップセミナー
も担当した旅行会社の方と相談して決めたのは世界一周便のチケットを購入して、ニューヨークまでのフライト分
を旅行会社から受け取る。浮いた経費を贅沢なコンコルド代に回す、というものだった。世界一周便のル
ールはとにかく前へ前へと行かねばならず、後退する時はその差額を払えばいい。そうすれば、都度
航空チケットを購入するより、グンと安くなるのだ。英国、イタリア、スペインと回り、パリ便をマドリッドの空港
で待っていた。暫らくして日本の中年の男性から声を掛けられた。「日本の方ですよね。パリ行きな
らゲートが変更になりましたよ。ひょっとしてスペイン語わからかったのかな」とお名前は忘れたが、メキ
シコ在住の薬局経営者の方だった。ずっと一人旅だったから話し相手が出来たことも嬉しく、搭乗を
待つ間も機内でもお喋りが続いた。パリのシャルル・ドゴール空港に到着し、私は予約しているヒルトンホテルに向
かった。良かったら夕食でもと言われ、どこかでカンタンな夕食を済ませた。それでも話は尽きなのでセ
ーヌ川に沿ってブラブラ散歩。あら?もしかしてこの後ラブアフェアに発展したのではなんて思っていません
か?ふっふふ。大丈夫、発展しませんから。2人とも歌が大好きということがわかり、セーヌ川を眺め
ながらずっとハモリながら歌ってたのだよ。30曲くらい。タクシーでホテルまで送って貰い、握手して「Au
revoir」とお別れした。翌日、31歳の私はエッフェル塔に上った。今回は30回目のパリであった。
ニャーに言ってるんだか
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