パクパク日記26年8月2週
万平ホテルから鹿島の森に移動して軽井沢2週目
軽井沢万平ホテル 
鹿島の森
8月 10日(月)軽井沢は晴れ
ドジャース対ダイヤモンドバックス戦2対4で負け😿 大谷選手4打数無安打
朝 軽井沢万平ホテル「メインダイニング」アメリカンブレックファースト5000円









3泊した万平ホテル、今日でチェックアウト






昼前に発地(ほっち)市場に来たら、とうもろこしやレタス、キャベツは売切れだった
昼 軽井沢「御厨」鯖の味噌煮定食 2500円(ヒカルにゴチになった)












竈ご飯をお櫃で提供する「御厨」でランチ。鯖の味噌煮、コロッケと豚汁が旨い!ヒカルにゴチになった
夜 軽井沢・ホテル鹿島の森「コンチネンタルルーム」(2人で)アラカルトメニューから アメーラトマトサラダ1300円、パリソワー
ル(コンソメゼリー入りビシソワーズ)、ヴォンファン(舌平目の洋酒蒸しグラタン)ハーフサイズ4400円、ビーフストロ
ガノフ サフランライスと温野菜添えハーフサイズ4550円、ハーフパパイア1200円、赤ワイン(クロ デュ ヴァル カ
ベルネソーヴィニヨン2014 1万3000円) 2人で4万5970円















ヒカルに送って貰い、鹿島の森にチェックイン。夕食はホテルでA美さんと
今日の軽井沢はなかなかのお天気だ。先週金曜日から甥のヒカル&ヒトミ夫妻と軽井沢の万平ホテルに3
泊した。ヒカル達は3日目にはトウキョウ(神奈川県)日帰りするという忙しさではあったが。私は引
き続き軽井沢に滞在し、「ホテル鹿島の森」にハシゴ宿泊をするが、ヒカル達は帰京する。何年前だった
だろうか、M浦ご夫妻から風越公園近くにある「軽井沢発地市庭」を教えて頂いた。今から10
年前の2016年に「農産物等直売施設」として誕生し、ブランド野菜の霧下野菜など地元の農産物
やら加工品を販売している。M浦夫妻は近くの東急ハーヴェストをチェックアウトする朝は、早く朝食を済
ませて発地市庭に駆け付け、今朝収穫したばかりのキャベツやレタスやフルーツなどをドッサリ購入されると
聞いた。「とにかく早く行かないと売り切れちゃうのよ」とT子さんが教えてくれた。フランス国内
のワインの旅でお知り合いになってから長い間仲良くしてくれたT子さん、2年半前に亡くなって
しまって寂しい。今日も万平ホテルをチェックアウトした後、発地市庭に行ってみたのだが、トウモロコシもレタス
もキャベツもすべて売り切れで・・。ま、私はホテル滞在だから野菜の買い物は不要なんだけどね。
そこから程近い「御厨」(みくりや)でランチ。鯖の味噌煮定食をヒカルにゴチになったが、鯖も男爵コ
ロッケも豚汁も美味しかった。残った釜炊きご飯は塩握りにしてくれ、ヒトミさんが持ち帰った。軽
井沢中が交通渋滞なので、山越えルート(我々の呼び名)でホテル鹿島の森まで送って貰った。それ
では気をつけて帰ってね。夕食は、A美さんがホテルに来てくれ、ホテルのメインレストラン「コンチネンタル」で。
大好きなレストランだが、いつだって殆ど同じ料理を注文してしまうのだよね。とはいえ、たまには
とメインだけビーフストロガノフを選んだ。パリソワールとヴォンファンが特に好き!今夜選んだ赤ワインのクロ デュ ヴ
ァル カベルネソーヴィニヨン2014がお値段のわりにとても美味しかった。A美さん、それではまた明日ね。
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8月 11日(火・山の日祝日)軽井沢は曇り
ドジャース対ロイヤルズ戦6対5で勝ち 大谷選手4打数2安打1打点
朝 軽井沢・ホテル鹿島の森「コンチネンタルルーム」和食膳4200円、ジャージーヨーグルト ハチミツ添え650円















今日は曇りだけれど、晴れた日なら木漏れ日が美しいホテルの中庭が好きだ
昼 軽井沢「東間」(3人で)東間御膳3700円、出汁巻き卵(A美さんにゴチになった)






元万平ホテルの名物バーテンダーだったO澤さん「BAR O澤店主」とA美さんと3人で蕎麦ランチ









K岩家長女M里ちゃん、ハーバード大大学院MBA取得のため留学
夜 軽井沢「焼き鳥 ひぐも」(2人で)前菜3点、信州寄せ豆腐680円、茹で立枝豆700円、と
うもろこしの天ぷら980円、焼き鳥:ぼんじり、玉葱、つくね、うずら卵、もも、ささみ、と
り塩ラーメン(ハーフサイズ)生ビール、麦焼酎Wロック (またもやA美さんにゴチになった)



夕食は旧軽ロータリー近くの「焼き鳥 ひぐも」でA美さんにゴチになった












〆はとり塩ラーメンのハーフサイズ
台風15号は例年と違う温暖高気圧(だったかな)と冷気團(だったかな)の影響を得て、日本列
島を横断することが予想されているため「逆走台風」なんて呼ばれている。その逆走台風が今日
の夜、茨城県に上陸して南西方向に斜めに進むらしい。夜になれば、軽井沢まで進む可能性もあ
るので、早めに帰って来なくちゃな。それは夜の話。今朝は和朝食膳。以前は夏の間だけ東京の
ホテルオークラから「山里」がやって来てホテル鹿島の森で営業していた。このホテルはオークラ系だから。しかし、
新型コロナ騒動が始まった翌年2021年から「山里」は来なくなってしまった。一昨日食べた万平ホテル
の和朝食膳に比べればかなりマシだが、ここの和朝食膳も満足とは言えない。800円安いから文句
言うのは止めよう。昼はA美さんがO澤さんの運転する車で迎えに来てくれた。かつて万平ホテル
の名物バーテンダーだったO澤さんとはつきあいは長いが、独立してバーを経営されるようになってか
らはご無沙汰だ。3人でランチしようという約束なのだ。どこに連れて行ってくれるのかなと楽しみ
にしていたら「東間」だった。昔、当時のO澤さんのご自宅近くに「東間」の本店があり、夜は
手の込んだ蕎麦会席が供された。美味しいコースを頂き、手が空いたご主人もお座敷に来られてお喋
りしたのも楽しい思い出だ。その頃、カジュアル店だった場所が今の「東間」だ。入口に左側には靴
を脱ぐカタチの個室があった。結果的にA美さんにゴチになってしまった東間御膳を頂きながら、昔
話に花が咲いた。ご馳走様!送って頂き、午後は本を読んで過ごし、夜はまたA美さんと「焼き
鳥ひぐも」へ。そうかぁ、軽井沢にも焼き鳥屋があるんだぁ。衣服に臭いが付くと思ってヨレヨレの
服を着て行ったのだが、煙が店内に充満するなんてことは全くない気が利いた造りの店だった。
私は焼き鳥好きなのにガラにもなく臓物類が殆ど食べられない。その点、この店はコースもあるが
アラカルトで好きな部位を注文出来るから安心である。昼もお蕎麦をゴチになったのに、夜もまたもや
ご馳走になってしまったのよ。誠に申し訳ありませんねぇ💦 嵐にならないうちに帰りましょう。
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8月 12日(水)軽井沢は一日中雨
ドジャース対ロイヤルズ戦5対4で2連勝 大谷選手5打数無安打
朝 軽井沢・ホテル鹿島の森「コンチネンタルルーム」アメリカンブレックファースト4200円



台風15号が通過したが、朝から大粒の雨が降り続ける




朝から大雨が
昼 鹿島の森「メープル・ラウンジ」牛肉のピラフ2800円、アイスココア900円



ピラフのご飯半分以上残した
夜 ホテル鹿島の森「中国料理 桃園」 アラカルトメニューから(季節野菜の唐辛子甘酢漬け1500円、蟹肉
入りとうもろこしスープ1000円、北京ダッグ2000円、海老春巻き1350円、麻婆豆腐2500円、
白飯、杏仁豆腐、陳紹興酒10年2合5200円 @1万4300円










甘い麻婆豆腐は何だかなぁ
昨夜から強い雨が降り始めたようで、朝もザーザー雨だった。今日は誰とも約束していないし、どこ
かに行く予定も無い。今日一日はホテルで本でも読みながらゆっくりしよう。このホテルに滞在始めて何
年経っただろう。1989年明治22年に碓井峠のアプト式鉄道敷設工事という日本建設史上でも数える
程の大工事の大半を請け負ったのが鹿島組(現鹿島建設)の二代目となる鹿島岩蔵だった。長い工
事期間中軽井沢で過ごして、美しい自然の当地をすっかり気にった鹿島岩蔵は万平ホテルの創業者佐藤
万平と共に15万坪の土地を購入し、自らも日本人3人目の別荘保有者となった。「ホテル鹿島の森」の
敷地の前には1919年(大正8年)日本で7番目に出来たゴルフ場「旧軽井沢ゴルフクラブ」がある。華族
や実業家ら軽井沢に別荘を構える人達から構想されたらしい。やがてゴルフクラブの宿泊宿として「鹿
島の森ロッヂ」が誕生し、1977年昭和52年全面改装されたロッヂは「ホテル鹿島の森」として生まれ変わ
った。かなり昔のことだが、上皇ご夫妻が皇太子時代だっただろうか、このホテルに滞在された記憶が
ある。客室は極めてシンプルで、ツインとダブルの他には広くてもリビングと寝室がある客室があるくらいで
特段豪華な客室は無い。皇族の方々には倹し過ぎとは思ったもののちょっと嬉しい話だ。雨の一日
は昼も夜も食事はホテルで。夏場、日本料理「山里」が来なくなった代わりに同じくオークラ系のホテルイースト
「中国料理 桃園」が営業している。前菜や点心はまずまずとしても、メイン料理のつもりの麻婆豆
腐が辛さは殆どなく甘いのだよ。甘い麻婆豆腐はカンベンして欲しいぞ!!杏仁豆腐で口直しをした。
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8月 13日(木)軽井沢も東京も雨(東京は長時間雷雨)
千葉県に豪雨 被害多し
ドジャース対ロイヤルズ戦4対2で3連勝 大谷選手27号HR含4打数2安打2打点
朝 軽井沢・ホテル鹿島の森「コンチネンタルルーム」和食膳4200円、ジャージーヨーグルト ハチミツ添え650円









昼 明石町「ダイニング」アラカルトから 卵とじうどん990円、アイスティ220円




軽井沢駅で熊鈴を売っていた
夜 明石町「ダイニング」B定食(ほうれん草のクリームスープ、サラダ、牛ヒレ肉のステーキマディラソース、ライス、巨峰、
カモミールティ)2090円、麦焼酎






巨峰は旨い!
6泊7日した2度目の軽井沢と今日でお別れだ。暑さを逃れるまさに避暑滞在であったが、後半の
軽井沢は涼しさが過ぎて肌寒い程だった。まぁ先月の奥志賀高原やエアコンを思わず暖房にした岩手
県の安比高原などはホントに寒かったから、それよりはマシだけどね。最後の朝食も和定食にした。焼
き魚のカレイの西京焼きがとても美味しかった。軽井沢は新幹線で1時間強、ホントに近い。昼時に到
着する場合は、普段は大丸レストラン街でランチしてから帰ることが多いのだが、今日はそのまま真っす
ぐ帰宅し、「ダイニング」で卵とじうどんを食べる。うどんと卵とネギ少々なのに990円は高いじゃな
いか!と思ったりもするが、やさしい味の出汁で心からホッとするうどんなのだった。ご馳走より卵
とじうどんって感じ。1週間分の郵便物やDM類、荷物などの整理にとりかかかる。窓の外ではピカ
ッと稲妻が光っては雨が繰り返されている。早く帰って来て良かったよ。その雨だが、千葉県には
夜にかけて線状降水帯が何度も襲い、冠水した千葉駅前を腰辺りまで水に浸かって歩く人々の姿
の映像が流された。千葉市って県庁所在地だよ。その駅前が水浸しなのだ。アンダーパスでは動けなく
なった車が水没している。こうも次から次へと災害が起こるって、いったい何が悪いのだろうか。
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8月 14日(金)晴れのち曇り
ドジャース対ブリュワーズ戦4対5で逆転負け😿 佐々木6回4被安打5四球失点2 負けつかず
大谷選手4打数1安打
朝 明石町「ダイニング」A定食(がんもどきのおろし煮、きんぴら牛蒡、キャベツと青じその浅漬け、
ご飯、味噌汁、飲むヨーグルト、バナナ)880円、納豆275円、梅干し、コーヒー220円






地味でも安定した旨さ
昼 明石町「ダイニング」今週のアラカルトメニューから 冷麺1540円、コーヒー220円



夜の鮨を考えて、キムチは食べない
夜 恵比寿「鮨しのぶ」(3人で)トウモロコシの摺り流しコンソメゼリー、金時草と生姜和え、蛸の生姜煮、
小さなウニイクラ丼、甘海老昆布〆、平貝ポン酢葛タレ柚子胡椒、帆立貝味噌漬け焼き、茄子の揚げ浸
し、キンキタレ焼き茶豆添え、能登岩モズク酢の物(ここより握り)トロ、甘鯛昆布〆、新子2枚付け、
剣先烏賊、漬け、サゴチの炙り、海老おぼろ、穴子、玉子焼き ビール、麦焼酎W3杯
(今日もマキコにゴチになった)






















今夜も旨い!連発!
午前中軽井沢からキャリーケースが届いた。早速洗濯モノを取り出して洗濯機に放り込む。1週間分だから結
構な量だよ。ドジャース対ブリュワーズ戦。ナショナルリーグでトップを争う両チームの4連戦だ。先発は佐々木朗希。
四球が多く、2失点するものの6回まで投げ切った。マンシーの逆転3ランで9回表まで来た。そこでメッツ
から鳴りモノ入りで移籍したクローザーのディアスがトランペットの響きと共にマウンドに登場したのに、打たれまく
って3点失った・・逆転されちゃった・・ムムム・・9回裏でひっくり返せばいいのだが、凡打ばかり
で負け・・。後味の悪い試合だった。洗濯モノが出来上がったので、来週から始まる旅準備もしてしま
おうかな。昨夜の千葉の豪雨の被害状況が明らかになって来る。市原に住む姪宅が心配でLINEした
のだが、ギリギリ床上浸水は避けられたと言う。それでも恐怖で眠れなかったとあった。被害が無くて
良かった。夜はA先生夫妻のご招待で恵比寿の「鮨しのぶ」へ。午後6時開店だから、早過ぎても困
るし、遅れてはマズイ。だから丁度良い時間に着けばいいんだけど、今日は15分も早く着いてしまっ
た。A先生夫妻と合流して交差点横にあるセブンイレブンで時間を潰した。1番に入店。「鮨しのぶ」はご
主人の苗字(信夫さん)から。今日もそれは美味しい酒肴を10品が供され、そして至極の握りを9貫。
細かく刃入れされた鮨など芸術品かと見紛うばかりだが、当然ながら食べればもっと美味しいのだ。
多くの人がこの店に来たがるのか次の予約は12月。今から待ち遠しい。今夜もマキコ、ご馳走様でした!
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8月 15日(土)曇り
81年目の終戦記念日
ドジャース対ブリュワーズ戦3対1で勝利 山本6回で12勝目 大谷選手無安打😿
朝 明石町「ダイニング」A定食(赤魚の焼き物、切り干し大根と薄揚げの煮物、カリフラワーのピーナッツ和
え、ご飯、味噌汁、飲むヨーグルト、キウイ)880円、納豆275円、梅干し、コーヒー220円







やぶれ梅干し今朝で終わり
昼 明石町「とんかつ和幸」一口ヒレカツ定食1450円



キャベツとしじみ汁お替り ご飯は3分1ほど食べる
夜 明石町「ダイニング」B定食(黒豚酢豚、フカヒレ蒸し餃子、小海老のサラダ、五目野菜スープ、ご飯、
漬物、山形の西瓜、マンゴープリン)2090円、麦焼酎










昼トンカツが未だ消化出来ず夕食は・・
一昨日の千葉県に集中的に降り続けた雨の被害状況が明らかになった。千葉県内で放置された車だ
らけで片付けは進むものの通行には支障があるらしい。私は車を運転しない(免許持っていないの
だよ)し、タクシー以外移動に車を使うことも無い。今回の千葉県の大雨の時、車で移動したい気持ち
もわからないでもない。しかし、最近の車は電気系統が下の部分にあって(かな?)冠水した道路
を走ることによって故障してしまうらしい。ビックリしたのは対向車が走起こあう波をかぶることで車
がダメになることが多いんだって。スミマセン、車には(も、だろ!)超素人で。水を被った車は、その
うちどこかの業者が買い取って整備してアフリカ大陸とか海外に輸出するのだろうか。アフリカのウガンダに
行った時、街の交差点で停車中のトラックが「右に曲がります。ご注意下さい」と繰り返していて笑っ
てしまった。私達が乗ったマイクロバスの車体にも漢字で日本の昔の所有企業の名前が書いてあった。
日本の中古車はアチコチで活躍しているのである。昼食は予約していない。昨日に続いて卵とじうどん
でもいいかな、と思ったが、たまにはいいかと隣のビル1階のレストラン街へ。うっかりとんかつの「和
幸」に入ってしまい、引き返す分けにも行かず一口ヒレカツ定食を注文した。若い頃トンカツは大好きだっ
たが、この年齢になると食べる前から胸が焼けるような感じ。キャベツと蜆の味噌汁をお替りして必死
で一口カツを食べた。ご飯は殆ど食べなかった。それでも夕食時になっても一口カツが胃の中でこなれ
ていないような気がして、夕食はご飯どころかおかずまで残してしまった。若い頃の食習慣が変化
していることをこれからは自分にもっと言い聞かせないとイケナイ。もう20代じゃないよ!大台間近!
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8月 16日(日)曇り
ドジャース対ブリュワーズ戦1対4で負け😿 大谷選手4打数1安打1打点
朝 明石町「ダイニング」A定食(鶏肉と野菜の煮物、蟹入りかまぼことわさび漬け、江戸菜のお浸
し、ご飯、味噌汁、飲むヨーグルト、オレンジ)880円、納豆275円、コーヒー220円






ご飯は80gに!それでも3口ほど残す



昼 明石町「ダイニング」A定食(銀ダラの焼き物、牛肉と牛蒡のしぐれ煮、ひじきサラダ、ご飯、お吸
い物、コーヒー)1320円





夜 明石町「ダイニング」A定食(鰻のかば焼き、おぼろ豆腐、トマトの甘酢漬け、香の物、ご飯、肝
吸い、メロン)2090円、麦焼酎









ドジャースは負けたが、初出場の熊本代表有明高校が今日も勝って遂にベスト8に進出してしまった。
大きな地震があってタイヘンな地域の代表で、しかも初出場でよく頑張っているよなぁ。ドジャースも見
習いなさい。今朝も食欲があまり無く、残すばかりでは申し訳ないとご飯の量を減らして貰った。
80g。そこに葱納豆をかけて食べても3口くらい残してしまう。1番食欲があった大学1年の頃は、
ギタークラブ伊豆大島合宿の朝食で丼メシをお替りしたなんて信じられない。それでも、あの頃はウェスト50
センチだったのだから、今なんで痩せないのかがわからんよ。パクパク日記をやっと更新してランチに行く。
メインのおかず銀ダラの焼き物始め、どれも美味しく食べられてひと安心。そこに昔一緒に働いたマリち
ゃんから長いメールが来た。夫の学さんの訃報だった。昨年夏に転移性脳腫瘍がわかって手術してから
癌の再発もあり約1年闘病の末の死去だったという。5月には自宅に戻り、大好きなビートルズやサイモン
とガーファンクルなどの音楽を聴き、I親分を宗匠に何度も巻いた連句集を最初から読まれるなど最後は
穏やかに過されていたと言う。この十年程は疎遠になっていたが、長く親しい友人だったので涙が
溢れて止まらない。享年73歳だった。泣いてばかりもいられないので必要な人達に訃報メールをした。
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【今週の振り返り】
私が担当する部門の部次長会は毎週木曜日の夕刻開かれた。1時間半ほどで会議は終わり、たいが
いは都合がつく部次長数人で食事というか飲み会に行くことが多かった。同じ部門と言っても、そ
の中に独立した事業がいくつかあり、部次長はそれぞれの責任を負っている。だからこそ、事業を
超えての会話が却って問題解決のヒントになることもあって、飲み会の話題はかなり充実したものだ
ったように思う。2次会になると、メンバーはだいたい3人となる。K田学さんとS木雅紀さん、それ
に私。店は新橋のバーだったと思う。2次会の話題はすべて連句だった。即ち、友游ことI田宗匠を
中心とした連句(俳諧とも言う)の連衆(メンバー)で、K田学さんは森林、S木雅紀さんは雅房、私
は夢子という俳号だった。1993年平成5年にスタートした歌仙「マンボウ」の巻には雅房は参加していな
かったが2つ目の歌仙から参加し、森林と共に瞬く間に技巧派として活躍した。互いの作句を舐め
るように味わい、連句話は深夜になっても尽きることが無いのだった。
私以外の女性メンバーは3人目の小S子さんが加わり、スタートからの連衆・酔猿と共にいくつもの歌仙
を巻いて来たのだが、雅房が大きな病に罹った。それでも治療して元気を取り戻しては復帰、それ
を何度か繰り返したが、ついに2019年3月30日土曜日に亡くなってしまった。1週間後の4月5
日にお通夜、翌日6日に告別式に参列したのだが、驚いたのは、葬儀の場所、曜日、時間、席順、
会場レイアウト、展示内容まで雅房本人がこと細かに決めて、弔辞を読んで欲しい人には直接お願いし
ていたというのだ。自分が何曜日に亡くなっても、通夜は金曜日の夜、告別式は土曜日の午前中に
して、と指定したと言う。「参列する立場になれば、その日程が一番迷惑を掛けないからと雅坊
(文字の違いに注意)ったら言うんですよぉ、とゲッソリ痩せてしまった夫人のみっちゃん(職場結
婚)が苦笑いしながら話してくれた。告別式では、連句の他にやっていた俳句の遺作がI田宗匠
から披露され、場内の泣き声が高くなったことを覚えている。3分の2まで進んでいた歌仙は、I
田宗匠が雅房の残した俳句から選んで代わりを務め、その後何とか巻きあげた。しかし、「雅房を
失って、新しい連衆を迎えてまで連句を続ける気持ちが無くなったのでこれでお開きとしよう」
とI田宗匠が連衆に告げ、25年以上続いた連句が終わった。
森林とは、昭和50年代前半からの付き合いだ。私が担当していた事業はスタートして未だ間もなく、
仕事は泉のごと湧いて来た。だからとんでもない忙しさで、猫の手だろうが、犬の脚だろうが、加
勢してくれる人を常に求めていた。数ヶ月前に入社してくれたマリちゃんは素直な働き者ですぐに戦
力となったが、今日面接した若者はどうやらマリちゃんの友人のようで、彼女から聞いたのか職場の
ことをよく知っていた。しかも、1日中面接している私は、休憩を取る間もなく「失礼」と断った
上で煙草(ハイライト)を吸いながらというトンダ面接官だったのだが、その若者は「いいっすか」と私に
言って後ろポケットに入れていたシワクチャのパッケージからハイライトを1本取り出し、深く吸ってふーッと私に
煙を吹きかけて来た。イイ根性していた。即採用となり、翌日出社して来た森林とマリちゃんと3人で
飲みに行った。入社した時は2人ともアルバイトだったが、程なく社員登用の試験を受けて見事合格。
以来、2人とも幹部社員となって大活躍してくれた。ことに森林は私と一緒に創ったものも含め、
いくつものメディアを創刊し、日経新聞から「創刊男」のようなタイトルの単行本まで出版するに至った。
旅もあちこちに行った。同じ職場だった寺ちゃんのご実家を訪ねて長野県塩尻まで行った。上諏訪
の兄嫁の実家にも寄ったりしてね。大王わさび農園でわさびソフトクリームを食べた。連句仲間の酔猿夫
婦を誘って、同じ長野県大町市の山の中にある廃校跡の宿泊施設にも泊まった。同じ顔ぶれの5人
で、佐渡島に行ったこともある。酔猿の関西支社時代の後輩が退社して太鼓集団の「鼓童」に入っ
てしまったので、「鼓童」の本拠地がある佐渡島のコンサートに行こうと言うのだ。宿予約担当になった
私は張り切って「日本で有数の夕日が美しい宿」を探し、豪華な部屋を予約したのだが、当日佐渡
島は土砂降り!夕日どころでも無いし、屋外の会場で開かれるという「鼓童」だって中止に決まっ
ている。何のために佐渡まで来たんだよ、と怖い顔で夕食を食べていると、諦め切れない酔猿はコン
サート会場に電話を掛けて「雨でも何とかコンサートは開催するそうです」と返事を貰ったのだ。ほんまか
いな、と疑いながら出かけて行くと、本当にやりましたよ、鼓童コンサート!雨で楽器が濡れないよう
短縮されたプログラムではあったが、素晴らしい演奏を味わうコンサートだった。翌日は佐渡金山を見学し、
フェリーに乗って新潟市へ。古町辺りをウロウロして「魚のふるさと」という看板の店に飛び込むと客は誰
もいない。「適当に魚のお造りを」と注文すると散々待たされたものの、結果素晴らしい盛り合わせ
のお造りが出て来て全員でイタク感動したのだった。山形にも行った。奇しくもM浦T子さんと同じ
日に亡くなってしまったのだが、山形出身のA木君のプランで2泊3日の旅をした。月山のポレポレファ
ームに1泊目し、2泊目の銀山温泉にはA木君のご両親も「雪漫々」の1升瓶を持って合流された。
最終日に山形市の馬見ヶ崎川の河川敷で芋煮会をやったのも楽しい思い出だ。
同じハイライトを吸い、誰よりもウマの酒呑み仲間。歌も上手で他社との歌合戦では2人ともベスト3に入
った。仕事も一緒にしたし、連句も四半世紀連衆仲間同士だった。夫人のマリちゃんや職場の仲間と
共に何度も何度も旅もした。しかし、いつ頃からか疎遠になってしまい、どうも森林は私を避けて
いるようにも思えてた。理由はわからない。私の還暦や古希、喜寿といったお祝いの大パーティでは、
会場での向こうの方で森林の姿をチラっと見かけるだけになってしまった。病状を知らせる長いメール
でも最後に「お見舞いは不要です」とあった。ナゼ私を避けるのか、聞き出せないまま森林は逝って
しまった。寂しくてならない。それでも、これまで一緒に過ごした楽しかった日々に心から感謝し
たいと思っている。森林さん、ありがとう!
森林と同じ日に岸恵子さんも亡くなったニェ
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