パクパク日記26年9月1週
木曜日夕刻久しぶりに東南アジアのベトナムとラオスへ
早朝の托鉢 
ラオス伝統舞踊
8月 31日(月)朝小雨 のち曇り
ドジャース対タイガース戦6対1で勝利 大谷選手5打数無安打😿
記録的な大雨の福井県 冠水や浸水各地で相次ぐ
朝 明石町「ダイニング」A定食(鰯の一夜干し、炒り卵、ほうれん草おかか、ご飯、味噌汁、飲む
ヨーグルト、パイナップル)990円、納豆303円、「封印」わさび漬け、コーヒー330円







パイナップル好き!
昼 新宿御苑「ラ・ボエーム」小海老と青ジソのパスタ1050円、Cセット(サラダとアイスコーヒーI350円




居心地はイマイチだが、パスタは旨い!
夜 明石町「ダイニング」A定食(太刀魚の塩焼き、鶏と那須の卸し煮、キャベツの蟹和え、山芋の梅酢
漬け、ご飯、味噌汁、シャインマスカット)2310円、麦焼酎ボトル3300円









今日は1ヵ月後の誕生日までにやらねばならないことをやろうと決めていた。大袈裟に書いたけ
ど、区役所まで行ってちょっとした手続きをするだけなんだけどね。歌舞伎町の新宿区役所に行く
のは気が進まず、新宿御苑大木戸門近くの四谷出張所に行くことが多い。朝食を終えて外を見ると
雨が降って来た。あ〜ぁ、雨かぁ、行くの止めよっかなぁ。11時半頃パソコンから目を上げると雨は
止んでいる。じゃ行こか。新宿区役所から少し前に「マイナンバーカードの電子記録の書き換え」を誕生
日が来る前までに済ませろ、とレターが来た。電子記録は取得してから5年で書き替えし、その5年
後には写真を撮り直した上で新しくカードを作らないとイケナイらしいよ。確かに10年経ったら最新の
写真に換えろ、というのは妥当なところだわね。行く前によーく書類を読んだら、マイナンバーカードの
大文字英文と数字の10文字とパスワード4文字を控えて来いとあった。えぇ?そんなの覚えていない
よ・・いや、待てよ。そんな時は「あの箱」を開けたらいいんじゃなかったっけ。で、「あの箱」
開けたらありました!知らなかったけど昨今戸籍の姓名はひらがな必須となったらしく、その手続
きもした。せっかく四谷出張所に行くなら同じビル9階にある「モスバーガー」に行くつもりだったが、
閉店してしまった。となると昔よく行った近くの日本蕎麦屋に行くか。行ってみるとその蕎麦屋
「志な乃」はビルごと取り壊されて無くなっていた。帰宅して調べると3年前の2023年11末で閉
店していた。何でもご主人の療養のため休業していたが体力の限界を感じて閉店に至ったとあった。
愛宕下の蕎麦屋と同じような蕎麦を出す店でよく行っていたから残念だ。じゃ、「ボエーム」だな。
吹き抜けの天井が高い作りの店内は客の喋り声がわぁ〜んと響いて煩い。サラダとドリンクの付くCセッ
ト(+350円)でメインは小海老と青ジソのパスタ1050円。これがムチャ旨い!スタッフが何となく上から目線
というのかビジネスライク過ぎるというのか、居心地は今一つなのだが、パスタはとても旨いのだった。
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9月 1日(火)曇り 防災の日
朝 明石町「ダイニング」A定食(ホッケの焼き物、野菜の煮物、モヤシの山葵和え、ご飯、味噌汁、飲むヨ
ーグルト、オレンジ)990円、納豆303円、「封印」わさび漬け、コーヒー330円









きょうは210日
昼 明石町「ダイニング」A定食(ちらし寿司、椎茸の肉詰め煮、大根と胡瓜の浅漬け、赤出汁椀、ア
イスコーヒー)1430円






夜 明石町「ダイニング」B定食(帆立のXO醤炒め、大根もち、ハムとモヤシ和え、とうもろこしのスープ、
ご飯、漬物、幸水梨、杏仁豆腐)23100円、麦焼酎








今日はよく働いた。芝居のチケットを申し込んだ、振り込みを5件した、来月予定しているグループ旅行
の2泊3日分日程表をジックリ考え作成した、宿泊予定の宿にも確認した、明後日からの東南アジア・ラオ
スの旅の荷作りをした、パクパク日記を作成した、などなど。あらら?こうやって書いてみると、全然
たいしたことないかぁ。毎日朝早くから夜遅くまで働いていらっしゃる皆さんには申し訳ないよう
な過ごし方だわね。とはいえ、私も現役時代は働き過ぎくらいに働いたから許されよ〜。ワールドカップ
が終了してかなり経ったが、あれ以来、私は秘かに(ってここでバラしていますわなぁ)3人の選手
を追っている。どの選手も2026-2027シーズンに入り、欧州チャンピオンリーグも開幕した。チェックするのは英
国プレミアムリーグのマンチェスターシティとスペインラ・リーガのレアルマドリー、それにベルギー・リーグのゲンクの3チーム。つまり
マンチェスターシティのアーリング・ホーランド選手#9、レアルマドリーのジュード・ベリンガム選手#5、ゲンクの伊東純也選手#
10である。まぁ3人とも有名な(伊東純也選手は他の2人とは差があるけど)選手だから説明の必
要は無いかと思うが、ワールドカップの試合でノルウェー代表だったホーランド選手の常人離れした機敏さとスピー
ド溢れるパワーに圧倒された。人柄も面白そうだし、愛嬌満点だ。英国代表だったジュード・ベリンガム選
手は無限とも思える体力と超絶テクニック、それに責任感の塊のように見える。会場から響いてくる♪ヘ
イジュードの大合唱を浴びながら、長い両腕を斜めに上げるポーズがムチャ決まっていてカンドーで涙が出る
よ。母想いの性格も好もしい。ワールドカップ初戦オランダ戦の後半で伊東選手が出場すると、それまでと
ピッチの空気がガラリと変わった。きっとゴールが決まる!そんな予感がヒシヒシとした。その通りになった。
伊東純也はそんな選手だ。スピードがありクロスの精度が素晴らしい!年齢的に次のワールドカップを手離し
に期待出来ないかもしれないが、是非代表になって日本をベスト8進出に暴れて欲しいと思っている。
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9月 2日(水)曇り
青森県でも線状降水帯発生
ドジャース対パイレーツ戦8対13の大敗! 大谷選手2打数1安打 スミス捕手3ヵ月ぶり復帰
朝 明石町「ダイニング」A定食(さつま揚げの煮物、しらす納豆、江戸菜と人参お浸し、ご飯、味
噌汁、飲むヨーグルト、バナナ)990円、納豆303円、「封印」わさび漬け、コーヒー330円






首の痛みからドジャース・キャッチャースミス復帰!でもチームは大敗・・
昼 明石町「ダイニング」A定食(銀鱈の西京焼き、茄子の利休煮、ブロッコリーおかか、ご飯、お吸い
物、ミルクティ)1430円、レモンケーキ






「岩泉牛乳レモンケーキ」
夜 明石町「ダイニング」A定食(鰈の煮つけ、ポテトコロッケ、ところ天の酢の物、青菜の胡麻和え、
ご飯、味噌汁、メロン)2310円、麦焼酎









ドジャースの正捕手のウィル・スミス選手が戦列に戻った。捕手としての安定感に打者としても期待も出来
る。当初寝違えたような痛みが首にあるため暫く休むと発表されていた。私もやったことがあるが、
ギクッといったかと思ったら首が回らなくなることがある。後ろから呼びとめられると、首が回らい
からカラダごと後ろに向きを変えたりしてね。せいぜい1週間か10日くらいと思っていたのにスミスの
椎間板の炎症は意外に長引き、とうとう3ヵ月近い欠場となってしまった。スミスの不在中の捕手の
確保でドジャースは悩むことになった。打撃力もある若手のダルトン・ラッシングが代役を務めたが、ヤンチャ過
ぎる行動で投手大谷選手から大目玉を喰らうし、何かと波風が立った。8月上旬にはラッシング自身が
右肘の炎症でIL(負傷者リスト)入りしてしまった。慌ててフェドーシアや昨シーズン後契約を解かれたベン
・ロートベッドを呼び戻した。「おかえり、ロートベッド!」と喜んだファンもいたが、スミス選手とラッシング選手が
復帰すると彼らはまたもやDFA(40人枠外)となり、マイナーの3Aチームに行くことになった。いやはや、
メジャーとは厳しいものですなぁ。8月21日のパイレーツ戦で左手甲に死球を受け、骨折したアンディ・パヘス
もIL入り休場している。打撃力も守備力もあるパヘスは足が速く肩も強い。彼の復帰も待ち遠しとこ
ろだが、すると彼の不在を埋めている選手がどこかに行くということになる。メジャーとはそういう世
界らしい。突然話は変わるが、コロッケ界では、蟹クリームコロッケが最上位の地位を誇り、老練ポテトコロッケは下
位のままなのではないだろうか。確かに蟹クリームコロッケはトロっとクリーミーで美味しい。しかし、私は老い
ぼれのポテトコロッケの方が好きだ。ソースをかけた千切りキャベツを敷き、その上にソースまみれのコロッケを載せ
たコロッケ丼は実に旨い!そう言えば、立喰い蕎麦にコロッケを入れて食べるのが好きな人がいる。大昔
の同僚は、蕎麦を啜りながらコロッケを箸でつついて溶かしてしまう。蕎麦を食べ終えて、汁を飲み干
してから、底に沈んでいる「元コロッケ」を飲み込むのが彼には最高の喜びだと言っていた。ヘンタイめ!
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9月 3日(木)曇り
ドジャース対パイレーツ戦6対8で2連敗 山本7回5被安打2四球8奪三振自責点4
朝 明石町「ダイニング」A定食(塩鮭の焼き物、はんぺん煮物、キャベツの生姜和え、ご飯、味噌汁、
飲むヨーグルト、パイナップル)990円、納豆3035円、「封印」わさび漬け、コーヒー330円







鮭はおにぎりに入れた方が美味しく感じる
昼 明石町「ダイニング」A定食(牛焼肉丼、ウニしんじょの煮物、ひじきの白和え、味噌汁、アイスコーヒー)
1430円






夜−1 成田空港「ANAスィートラウンジ」サンドイッチ、タルトタタンとコーヒー



今年2回目の成田空港。「ANAスィートラウンジ」は超久しぶりだ。 地下にこんなバイパスがあった
夜―2 ANA成田=ハノイビジネスクラス機内食(洋食)



今日からラオス旅行が始まる。とはいえ、成田空港集合(と言っても私ひとりだけど)は午後4時だ
し、今夜はベトナムのハノイ泊りなのである。出発する前に、ドジャースとパイレーツ戦を観ていてガックリ来た。
たいして強くもない現在のパイレーツに、エース山本由伸を先発させても6対8で負けてしまう。う〜む、
である。ドジャースの不振と共に、お天気も長くすぐれない。南の洋上に近づいている台風24号だが、
動きが遅々として迷走をくり返し、私がラオスから帰国する火曜日になっても停滞しているかもしれ
ない、なんて言っているのだ。冗談じゃないよねぇ。午後2時45分、予約しておいた定額タクシーで
成田空港まで行く。道路は空いていて順調に流れ、午後3時前には到着した。この数年成田空港
に来るのはJALでロスアンゼルスに行く時なので、利用するビジネスラウンジもJALのサクララウンジ。超ひさしぶ
りに成田空港のANAスィートラウンジに行った。やっぱりANAのラウンジの方が落ち着く。暫らくラウンジで
過ごしゲートに移動する時、途中でインド人の団体の皆さんと遭遇。車椅子に乗っている人が10人く
らい続いてビックリ!私も空港ではお世話になっているので偉そうなことは言えないが、聞いてみる
とインドの方々は車椅子利用者がとても多いのだそうだよ。ANAスィートラウンジから45番ゲートまでかなり
の距離があるのだが、地下には空港内部を斜めに横切るようなバイパス通路が出来ていた。この通路
便利だね。18時30分発のハノイ行きNH897で出発。6時間弱のフライトで、食事は洋食を頼んでハンバーグ
をジンジャーエールで流し込んだ。「水曜どうでしょう」四国八十八箇所巡り1から5までをずっと観て
いた。ベトナムとは時差2時間。日本時間では午前12時過ぎ、現地時間で22時15分にハノイに到着。
空港を出ると、外に依頼しておいた日本語ガイドの女性がドライバーと一緒に待っていてくれた。車に
乗り込み、彼女と日本語でお喋りしながらホテルまで約1時間ドライブ。ツァー本隊は成田からJALで30
分近く先に到着する筈なのにフライトが遅れたらしく、私の方が先にホテルに到着してしまった。本隊の
到着まで待つつもりだったが、眠くてガマンが出来そうにない。それじゃ、お先に寝まーす。無酒日
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9月 4日(金)ベトナム・ハノイもラオス・レオンパバーンも晴れ
ドジャース対パイレーツ戦3対2で連敗脱す 大谷欠場
朝 ベトナム・ハノイ シェラトン・ハノイ・ウエスト 朝食ヴュッフェ






食欲が無く、鶏と牛肉のフォーだけ食べる。トウモロコシは硬く過ぎ。さつま芋は旨い!



昨夜遅く降りたばかりのハノイの空港に戻り、長い時間待つ。遠くに山々が
昼 無し!



ラオスの世界遺産であるルアンパバーンの「アマンタカ」に到着した



ここが最終的に私が滞在することになった25番のスィート









毎日アマンが提示するプログラムが写真付きで案内された






私のお気に入りの場所は、ここ。書斎のように使った









部屋の後方には、専用プールや2人が別々に使えるディベッドなどが備えられていた



アマンプログラム@ 「伝統儀式バーシー」



「バーシー」はラオスの伝統的な歓迎や祝福の儀式。パー・クワンの祭壇の前で祈祷師が詠唱をする



人間の身体に宿る32個の「クワン 魂・精霊」。旅行などで逃げ出したクワンを呼び戻し体内に繋ぎ留める

古来ラオスに伝わる祝福のセレモニーを体験
夜 ラオス・ルアンパバーン・アマンタカ ディナーアラカルトメニューから 揚げ春巻き、パン2種、カオソーイ(豚挽肉のスープ米
麺、マンゴーとマンゴーシャーベット、白ワイン19j (各自好きな料理をアラカルトメニューから選んだ)










Y田夫人明日が誕生日ですって
4,5時間寝て5時半起床。昨夜の情報では、JAL利用のグループの皆さんは、フライト遅れの上ホテルまで
の道路が大渋滞で到着したのは12時半を過ぎてしまったらしい。私が疲れたからそろそろ寝よう
かと思っていた頃。さぞかし寝不足でしょうなぁ、と同情した。朝食会場に行ってみると、ツァーコン
ダクターのI川さんが笑いながら手を振っていた。先月安比高原滞在のツァーでご一緒して以来だから
約1ヵ月ぶり。広い会場だが、オープンした6時には早立ちの団体が詰めかけて満席に近い盛況ぶり
だったとか。どうも今朝も食欲がわかないのでフォー中心の朝食にした。ベトナムには何度も来ている
のでベトナム料理好きだが、フォーが一番のお気に入り。鶏肉を入れたフォーガーと牛肉のフォーボーどっちも
食べる。残念ながらあまり美味しくはない。今日は午後一の便でラオスのルアンパバーンまで移動するが、
昨夜のハノイ大渋滞を鑑みて9時半出発。開けたばかりのスーツケースをまた閉まってバゲジダウン。心配を
よそに道路は混んではいなかったので空港で2時半半も待つことになった。あぁ〜あ、だ。午後
1時過ぎのルアンパバーン行きベトナム航空だったが、昼食はタイミングを外してしまい食べず仕舞い。1時間
強のフライトでルアンパバーンに到着した。今夜から宿泊するアマングループ「アマンタカ」の車2台に分乗してホテル
に向かう。外気は31度くらいだろうか、やっぱり暑い。アマンタカに到着し、各自スタッフに伴われて客
室に向かったのだが、私は当初予定していた客室に問題があり、広い部屋に替えて貰った。しか
し、この部屋もトイレまで遠く段差も幾つかあるなど私に向かない箇所があり、結局は1番広い25
番の客室(というより一軒家)で過ごすことになったのだよ。この間2時間あまりかかってしま
い、夕刻のプログラムが始まる直前にやっと着替えをする時間が出来た。アマンに宿泊すると独自の幾
つかのプログラムが提供され、初日の今日はラオス独特の歓迎の儀式「バーシー」のセレモニーがあった。仏教
が伝来する以前のアニミズム(精霊信仰)に由来し、国賓の歓迎から結婚、出産、旅立ちなど人生の
あらゆる節目で行われるそうよ。カラダに宿る32個の「クワン 魂・精霊」は大きな環境の変化で外
に逃げ出してしまうと考えられ、逃げ出したクワンを呼び戻し、体内に繋ぎ留めるために手首に白
い綿の糸を結びつけるんですって。たくさん糸を結びつけて貰って魂が戻ったよ。夕食はアラカルト
メニューからそれぞれが食べたい料理を3種選ぶことに。私は揚げ春巻きとカオソーイという豚挽肉のス
ープ米麺、それにデザートとしてマンゴーとマンゴーシャーベットを選んだ。カオソーイお気に入り確実になった!
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9月 5日(土)ラオス・ルアンパバーンは曇りのち晴れ
ドジャース対ナショナルズ戦5対3で2連勝 大谷今日も欠場



午前5時半日の出前のほの暗い中、オレンジの袈裟姿の僧達が托鉢に訪れる






蒸し立ての餅米を一口の大きさにふんわり握り、僧達の鉢に入れていく
朝 ルアンパバーン アマンタカ スイカジュース、ラオス風オムレツ、ギリシャヨーグルトとハニー、パパイアとメロン、ハチミツ、ラオコーヒー






托鉢の僧達が行ってしまうと我々の朝食タイムだ
アマンプログラムA 世界遺産ルアンパバーン観光(朝市見学・ワット・マイ・王宮博物館・ワットシェントーン見学)



トゥクトゥクに乗って朝市の見学に行く。乾物や野菜、ピンクに着色した卵、魚などが売られていた












ラオスは海が無いので魚は川などで獲れる淡水魚だ



ラオスの女性の民族衣装は「シン」と呼ばれる巻スカートを履き「パービアン」という肩掛け







上段と下段左がワット・マイ 下段が王宮博物館とワット・シェントーン
昼 ルアンパバーン アマンタカ スイカジュース、ゲーン・バックホープ(ほうれん草のすましスープ)、パン、ラープ(ラオス風
ハーブ和え)、チキン、餅米のスチームライス、キャラメルカシューナッツ、カフェオレ









ラオス風ハーブ和えのラープをおかずにして餅米を食べる。餅米が美味しくて困るよ

日差しがとても強い!
アマンプログラムB メコン川サンセットクルーズ フルーツとナッツ、マンゴージュース



「アマンタカ」所有の細長い船を貸切りメコン川のサンセットクルーズに出かける









数日前に上流の方で嵐があったそうで水が茶色に濁り、木の枝などがたくさん流れて来た






土曜日の夕刻とあって擦れ違う船からはカラオケに興じる大きな音が聞こえる



やがて日が沈んで、メコン川クルーズは終了
夜 無し!
「アマンタカ」の初めての朝は4時に起きた。今朝は托鉢に参加というか見学するのだ。托鉢が盛んな
ラオスでも街ごと世界遺産のルアンパバーンは最も規模が大きいとされている。托鉢は夜明け前からの5
時半頃から始まる。その前にシャワーを浴びたり洗髪したりするので4時起きとなるのだ。広いスィート
だけあって、シャワー室も広々。2人が同時にシャワーを浴びられるのだよ、私はひとりだけどね。托鉢
参加者はノースリーブや短パンなど肌を露出してはならない。そして女性は「パービアン」という肩掛けを
する。18年前にルアンパバーンに滞在した時は、托鉢をしている地元の人々の後ろに立って一眼レフで撮
影しまくっていただけだが、今回はホテルで蒸した餅米を提供して頂いたので、私達も椅子に座って
スタンバイした。蒸し立てだから餅米は熱々だが、僧侶にどんどん米を渡すために予め一口大にまとめ
ておくと効率的。未だ薄暗い中、位の高い僧侶を先頭にオレンジの僧衣をまとった僧侶たちが裸足で
やって来た。小さい寺らしく僧侶の数は多くは無い。中には子供もいる。ひとり一人に手を合わせ
てから餅米を鉢に入れ、次の僧侶に・・という感じでで結構忙しい。その次は大きな寺らしく人数
も多く犬までついて来た。朝の托鉢では餅米と菓子、果物など。オカズとなる料理は寺の近所の人達
が作って届けてくれるのだそうだ。こうして托鉢で頂いたお供えは寺院の食事になると共に貧しい
人へも分け与えられる。だからルアンパバーンでは貧しくても物乞いがいないのだとか。托鉢は30分ほ
どで終了し、6時過ぎからは我々の朝食。メニューはラオス料理とヨーロピアン風どちらもある。せっかく来た
のだからラオス料理を注文しよう。こちらのメロンはまるで梨のようだなぁ。西瓜ジュースが美味しい!9時
からトゥクトゥクで送って貰い、朝市を見学した後、ルアンパバーンの寺院と王宮博物館見学する。狭く足元
の悪い朝市を歩き、ワット・マイという寺院に行ったところで腰痛が出て私はホテルに帰ることに。両膝の
人工関節の手術から数年経って痛みも無くなったが、代わりにというか今度は脊椎管狭窄症になっ
た。調子が悪い日は今朝のように長く歩くと腰痛で歩けなくなる。皆さんが帰って来られてからラン
チタイム。I川さんのオススメでラオス料理のラープというラオス風ハーブ和えと餅米のスチームライスを注文したが、その餅
米の美味しいこと!もう止めようと頭では思っているのだが、あと一口と箸が動いてしまってね。
夕刻アマンプログラムのメコン川サンセットクルーズに出かける。メコン川はチベット高原が源流で中国、ミャンマー、ラオス、タイ、
カンボジア、ベトナムと6ヵ国南シナ海までの4500`bを流れる東南アジアで最も長い川だ。メコンは「偉大な」
という意味と聞いた。20年以上前にベトナム南部のミトーという町に行った時、メコン川の河口付近をクルーズ
したことがある。川の広さに本当に驚いたものだ。とても細長い船はアマンの持ち船で我々グループの
貸切りだった。広いメコン川ではいろんな形の船と擦れ違ったり抜いたり抜かれたりするのだが、いく
つかの船はカラオケに興じるラオス人の大きな歌声(騒音に近いが)が響いて賑やか。今日は土曜日だから
仕事を終えての宴会のようだ。上流(たぶん)に1時間程進み、そこで向きを変えて下流(たぶん)
へ。風を浴びながら太陽が沈んで行く様子をメコン川の上で楽しんだ。ホテルに帰った後、希望者はナイトマ
ーケット見学とイタリアンで夕食に出かけられたが、昼飯をたっぷり頂いて食欲が無いので失礼した。無酒日
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9月 6日(日)ルアンパバーンは晴れ 午後一時激しいスコール
ドジャース対パイレーツ戦3対2で連敗脱す 大谷欠場
朝 ルアンパバーン アマンタカ スイカシジュース、チキンのラオスフォー、茹で卵、ギリシャヨーグルトとハニー、パパイアとマンゴー、コーヒー



チキンのラオスフォーは温かい素麺のにゅう麺のようだった












ミニバンで郊外に行き、2台の電気自動車を乗り継いでクアンシーの滝を観に行く









クアンシーの滝の手前の広いマレー熊とツキノワ熊が10頭が飼われていた 少数民族ナーワン村の子供達
昼 ルアンパバーン アマンタカ スイカシジュース、シーザースサラダプチトマトのスパゲティ



今日のランチでラオス料理はお休みしてシーザースサラダプチトマトのスパゲティを食べた



午後激しいスコールの後、90分のエステを受ける
アマンプログラムC 伝統舞踊鑑賞






美しく飾り付けされたプールをバックに若い踊り手と演奏者による伝統舞踊が披露された





















高校生くらいの男女が中心でもっと若い踊り手も頑張った
夜 ルアンパバーン アマンタカ ルアンパバーンの風味コース:ヤム・ノーマイ(竹の子サラダ、)、ゲーン・ソム・ルークシーン・パー(フェ
ザーバックフィッシングの魚団子スープ)、メインディッシュ:ゲーン・カリー・ムー(豚肉のイエローカレー)、モック・カイ・ラード(オー
ガニックチキンのバナナ葉包み蒸し)、クア・マッククア(茄子と豆腐の中華炒め)、餅米のスチームライス、デザート:
ナム・ワン・マック・アウ(甘く煮た南瓜・コーン・ココナッツクリーム・タピオカ)、ビール、白ワイン









今朝は8時と出発が早いので5時に起きる。昨日は托鉢だったし早起きは苦ではない。今朝はラオス
風フォーを食べた。フォーはベトナムの汁麺で米粉の平麺だが、ラオスは日本の素麺のような細さ。だからにゅ
う麺を食べているような気になる。今日は先日愛子さまも訪れられたクワンシーの滝に行く。ルアンパバーン
から南へ30`、途中舗装されていないガタガタ道が何ヵ所かあって車ごと揺れながら「昭和はこんな
だったなぁ」なんて思い出したりしてね。小一時間で車を降りて、電気自動車に乗り換える。ここ
にあったトイレを使った人が「久しぶりに凄まじいトイレを体験した」と言っていた。電気自動車で暫く
山を上がって行ったのだが、乗り換えろと下ろされた。別の電気自動車に乗って終点まで行ったの
だが、「ナゼ電気自動車を乗り換えるのか」と日本語ガイドに聞いてみたのだがモゴモゴ言っていて答
えはわからなかった。ようやくクワンシーの滝に到着した。へぇ〜、結構美しい滝であるなぁ。近くで撮
影するとビンビン水飛沫を浴びる。日本の袋田の滝にチョコッと似ているような。ここを訪れた時愛子さ
まは「想像した何倍もの迫力があります。いつまでも観ていたい滝ですね」と仰ったそうだ。中国
人観光客のグループが騒いでいた。滝の近くに熊を見せる場所があった。日本では昨今すっかり熊は
厄介者扱いだが、ラオスでは山の中の広い範囲を囲んでマレー熊と月の輪熊を10頭に餌をやっていた。
そんな場所が3箇所程あると言う。すっかりリラックスしたリラックマが水浴びしたり、ボールと遊んだりして
「ごゆるり」とされていた。帰る途中で少数民族が住むナーワン村にちょっと寄って(私は集まって来
た子供達の写真を撮っていた)ホテルに帰る。昼食後2時半からスパで90分のボディエステを予約している
のだが、30分程前から凄まじい勢いでスコールが!地面を叩きつけるような激しい雨で窓の外の景色が
見えない程なのだ。ツァーコンのI川さんから「スコールが収まってからおいで下さい」と電話があり、小降
りになった頃、ホテルの女性スタッフが傘を持って迎えに来てくれた。そう言えば、このホテルでは夕食時も
懐中電灯を持った男性のスタッフが部屋まで送り迎えなどしてくれるのだよ。杖ついてヨロヨロしている私
を気遣ってくれているようで有難い。30分遅れでエステを受けたが、指力の強い女性スタッフのおかげで
天国まで行ったり来たり。そんな気分だった。夜は最後のアマンプログラムとしてプールサイドで伝統舞踊の
披露があった。暗くなってから部屋を出てみるとプールはすっかり飾りつけられ、伝統舞踊の美しい
背景になっていた。女性踊りと仮面をつけた男性ダンサーの踊りと4曲が披露された。女性の踊り手
の指が美しい曲線を描き魅了される。皆さんとても若く、夕食時に聞いた話では殆どが高校生なの
だそうだ。最後の夕食はラオス料理のコース料理だった。、餅米のスチームライスで食べる豚肉のイエローカレーが人気。
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【今週の振り返り】
ラオスを訪れるのは2度目になる。前回は2008年の3月だった。最初に首都のビエンチャンに滞在し、それ
から古都ルアンパバーンに移動した。ラオスの3月と言えば、乾季であり、気温も高ければ雨も降らず、ビ
エンチャンでは蚊がブンブン飛び回っていた。ルアンパバーン滞在中にメコン川沿岸にある村をいくつか訪問したの
だが、移動手段は当然ながらメコン川を船に乗って。広いメコン川で漁をする人や洗濯する女性、泳ぐ子
供達などを眺めて楽しいひと時だった。村の近くの船着き場で下船し、村までの石段を上るのだが、
乾季だとメコン川の水量がうんと少なくなる関係でその石段がとても多くなってしまう。気温35度近
い暑さの中での石段の上り下りは殆どの人がヘバってしまう程辛かった。こんな難行苦行を重ねなが
ら(大袈裟だね。でもホントにツラカッタのだ)、ドブロクを作る村、陶器が盛んな村、紙漉きと織物の村など
を訪れた。そうそう織物のアーンコーン村ではラオスの巻スカートであるシンを注文し、翌日には出来上がったシンを
履いて夕食に出かけたこともあった。あの頃は今より18歳若い(キャッ!)私だから、脚も悪く無い
しルアンパバーンの街中をよく歩いたものだ。メインストリートから脇道に入ると、ラオスの人々の日常の顔を覗き
見ることが出来たのも楽しい思い出だった。
あの時ルアンパバーンでは、元国王スパヌウオン殿下の邸宅を改装したホテル「メゾン スワンナプーム」に宿泊したのだが、
アジア地域で高級ホテルを運営するバニヤン・ツリーグループのホテルだった。食事はこのホテルでもしたし、ビエンチャンを
含めて街のレストランで食べた。中国やベトナムやフランスの影響を受けたようなラオス料理は、どれも美味しくて
毎食大喜びで食べたものだ。粳米を食べている日本人にとって、日常の主食が蒸した餅米というのも
新鮮だった。私はお赤飯を筆頭に栗おこわやら山菜おこわなど餅米大好き人間なのだ。そんなことで
今回のラオス訪問の1番の愉しみと言えば、美味しいラオス料理との再会であった。
前回もそうだたったのだが、出発前に「ラオスに行く」と言うと、「え?どこ?」と聞き返されるので必
ず繰り返し言わねばならなかった。そして「ラオス?ラオスってどこでしたっけ。どの辺りにあるんですか」
と聞かれる。東南アジアですよ!インドシナ半島!と言っても皆さんピンと来ないようで。そんなにラオスって
知られていないのかなぁ。北は中国、東はベトナム、北西はミャンマー、南西はタイ、南はカンボジアと5国に囲ま
れた海無し国だ。丁寧に言えば内陸の山岳国で、7割から8割が山地や高原である。首都はビエンチャンだ
が、首都でも人口は105万人で国全体でも800万人に満たない。国土は日本の本州くらいあるんだけ
どね。800万人に満たないのに50の民族と50の言語があることも、この国の発展を難しくしている
原因だろう。主な産業は農業。労働人口の8割が農業に従事しているから、GDPはきわめて低いのに食
料は結構豊富で、飢餓に陥ったり物乞いが増えたりということはないということだ。「貧しい国の豊か
さ」と表現するらしい。ベトナムコーヒーは日本でも知られているが、ラオス最大の輸出農産物はコーヒーなのだそ
うだ。そう言えば、ルアンパバーン空港の小さな売店に袋詰めされたコーヒーがたくさん売っていたなぁ。買い
損なった。メコン川が国を縦断して流れ、目立った工業も無いから盛んに水力発電所を作って、隣国のタイ
に売電している。そのことからラオスは「東南アジアのバッテリー」とも呼ばれているらしいよ。今回私が滞在
したルアンパバーンは1997年に、続いて2001年にはチャンパサック県の文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺
跡群が世界遺産に登録された。すると、ラオス政権は観光産業の育成に注力するようになり、今は年間
300万人を超える外国人観光客を呼び、外貨獲得に貢献している
18年前のラオスは、貧しいながら人々は優しくて滞在中こちらまで気持ちが穏やかでいられた。蚊がいて
暑いけど料理が美味しいのんびりした田舎、なんてイメージを抱いたものだ。社会主義の国とか、一党独
裁政権が続いている国とわかっても、ラオスは素朴で心が豊かな人ばかり、なんてね。しかし、それは大
いにうわべだけの見方で、ラオスの困難は複雑で、深刻で様々な課題を背負っているのが実態だ。50の民
族と50の言語があることは教育が行き届いていない原因にもなっている。小学2,3年生相当の年齢の
子供のうち81%が基礎的な読解力を身につけていない。77%が基礎的な数的能力を身につけていないと
いう実態がある。義務教育は初等教育5年、中等教育4年の計9年で初等教育は92%が受けているが修
了率となると69%、前期中等教育は67%で修了率は51%と下がってしまう。高校に当たる後期中等教
育終了率は32%にとどまっている。ラオ語が生活言語でない少数民族がラオ語で授業を受ける必要があるこ
とで離脱するケースが多々あると聞く。30%の女性が18歳以下で結婚する(児童婚)という実態は、東南
アジアで最も高く、農村地域で男子を優遇する風潮が根強く残っていることも影響しているのと、5歳未
満の死亡率が高いことにも関係しているのかもしれない。人口の大部分が農村部に住むため屋外排泄の
習慣が残り、トイレをはじめとする衛生への投資が困難を極めているようだ。学校にさえ、トイレ設備が整っ
ていないところが多く、設備率は32%という少なさだ。話は脱線するが、かなり前にカンボジアのある地
方に学校を寄付したことがある。今やどの地方だったか地名も覚えていないのだが、学校建設に当たっ
て私が出した要望は1つ。男女別のトイレを作ること、女子トイレには個室を複数作ること、であった。そ
れで少しでもカンボジアのその地域の就学率が上がることを願ったのである。ラオスは国連による基準に基づ
くと後発開発途上国に位置づけられる。2018年と少し古いデータだが、1日2j未満で暮らす貧困層は国
民の18,3%に上っている。
ルアンパバーンの最初の早朝、托鉢に参加した。18年前は撮影しただけだが、今回は蒸し立ての餅米を一口
大に軽く握って托鉢に訪れた僧の方々にお供えした。ラオスは上座部仏教で、男の子は一生のうちで必ず
1度は仏門に入らねばならないそうだ。何歳からでも良いし、期間も本人が続けたい年月、そして止め
る時も自由と聞いた。本人が望んだのか、貧しい家庭が口減らしのためかはわからないが、小学生くら
いの小さな子供の僧もいた。彼らは学童年齢になったら、朝の托鉢やお勤めをしてから学校に行くのだ
そうだ。メコン川クルーズに行く時だっただろうか、街を走っている時が下校時に当たり、大勢の若い僧達が
並んで寺に帰る姿があった。男女ともかは不明だが、ラオスには徴兵制度もある。最後の夜に民族舞踊を
披露してくれた(民族楽器を演奏した彼らも)のは皆若者だった。高校生が中心で、中には小学生の小
さな男の子もいた。彼らは家計を助けるためもあって小さな頃から舞踊を習って練習を重ね、上達すれ
ば私達が楽しんだような舞台に出演することが出来る。プロの踊り手よりは少ないのだろうが、踊った
り演奏したりすることで「稼げる」ということが彼らにとって大きな励みなのだろう。
日本はラオスに対し最大の経済援助国である。長い間政府開発援助(ODA)を行なっていて、インフラ整備や教
育、医療などを支えて来た。だから、ラオスの人達は日本に対して非常に友好的で親日国として知られて
いるそうだ。少し前に愛子様が外交関係樹立70周年を記念してラオスを訪問されたが、天皇陛下が皇太子
だった2015年11月にもラオスを訪れられている。秋篠宮殿下と長女眞子様も2010年3月に私的に訪問さ
れた。愛子様にとって、ラオス訪問は初の海外公式訪問であった。ルアンパバーンの日本語ガイドさんも愛子様
がクワンシーの滝を訪れられた時、大いに興奮したと嬉しそうに話してくれた。
さて。私のラオス訪問1番の目的、美味しいラオス料理との再会はどうだったのだろうか。う〜む、難しいな
ぁ。今回は滞在期間が短い上に、ラオスでのすべての食事は宿泊したアマンの「アマンタカ」で食べた。つまり、ラ
オス料理というより、「アマンタカ」の料理ばかりを食べたのだよ。よって、18年前に食べたラオス料理とは別物
だった。「アマンタカ」の料理は美味しいものも、そうでもないものもあってね。来週もちょこっとだけラオス
におりませすぜ。
今回猫出現率低かったニャ
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