パクパク日記13年6月2週
フランスのブルターニュ地方とノルマンディ地方を旅する
ディナンの薔薇
シェルブールの雨傘
6月 10日(月) フランス・アランソンもディナンも曇り 1ユーロ=約 135円
朝 フランス・アランソン 「ホテルメルキュール」 朝食ヴュッフェ、持参のふすまパン
セー大聖堂と薔薇窓
先週土曜日からフランス・ノルマンディ地方のアランソンに来ている。パリは良いお天気で暑かったの
に見る間に天気は崩れて、以来ずっと小雨が降ったり止んだりで。そして寒い!念のため持って来た
薄手のコートでは足りずに、念には念を入れて持って来たカーディガンなどが大活躍。日焼け防止用
手袋は防寒用に手離せない。風邪引かないようにしなくっちゃね。2泊したノルマンディ地方とアランソ
ンとお別れして。ブルターニュ地方のディナンに向かう。っとその前に20`離れたセー大聖堂に寄る。
1220年建設が始まった大聖堂はノルマン・ゴシック様式。この頃イギリスで流行したゴシック様式と共
通した特徴があるそうだ。それもそのハズ、11世紀後半ノルマンディ公国王のギョームは英国に攻めこ
んで支配下においたので、英国とノルマンディ公国は一つの国であった時代があったのだ。「薔薇窓は
キレイね」。K子添乗員の提案で大聖堂の一周する。大きな一周だった。バス移動再開。今週金曜日
に行くシェルブールに因んで、ミュージカルの「シェルブールの雨傘」のDVDを観る。主演したカトリー
ヌ・ドヌーヴはムッチャ可愛いというか怖いほど美しいが、この時21歳だったのだね。全編歌とレスタテ
ィーボで台詞無し。ドヌーブ役を歌ったダニエル・リカーリの歌声がハカナゲで哀しい。耳に残るよね。
遅い昼 ディナン「CHEZIAMREPOURCEL」 スモークサーモン、魚介類とザワークラフトのクリー
ムポット煮、クレープキャラメルソース、持参のふすまパン、白ワイン(サーボス)
途中で1時から2時方向にモンサンミッシェルの姿が見えた。去年行ったね。今回あそこは行かんよ。
午後1時半ディナン着。歩いてレストランを探したりしているうちに午後2時になってしまった。お腹の調
子は未だ治っていないが、腹ペコになので張り切る。ぶ厚いスモークサーモンはちょっとヌルッとした旨
さ。濃い!メインはたっぷりの魚介類と山盛りザワークラフト、それにじゃが芋や野菜を鉄鍋に入れてク
リームソースを注いでグツグツと煮た鍋。不味かろうハズが無い。もちろん旨かった。この町に期待!
夜 ディナン 「Le Saint Louis」 前菜ヴュッフェ、ハムステーキ 温野菜添え、デザートヴュッフェ、
カクテルと赤ワイン(サービス)、生ビール 3ユーロ
今夜から3泊するホテル「アルヴォル」は、旧市街の広場から程近い便利な場所にある。ただ、私達が
乗って来た大型バスは道が細くて入れないということで広場から手荷物持って数分歩かねばならない。
ということはスーツケースも同じで、ホテルオーナー&その友人&K子添乗員&ドライバールディさん
の4人で往復して全員分を運んだそうだ。タイヘンだねぇ。部屋の大きさや階数など違いがあるというこ
とで、1人部屋組6人はクジ引きすることに。「残りものでイイですから」と言ったら、ホントに残りカスの
ような部屋が当たってしまった。1階の小さな部屋で、1つだけある窓から外を見たら散歩中の犬と目
が合ってしまった!この部屋ヤバイじゃん。床高さは外の地面よりちょっと高いだけ。そして外はイキナ
リ道路なのだ。車ビュンビュン走って行くし、学校帰りの子供達のお喋りがウルサイし、窓に寄りかかっ
て煙草吸っていた若者もいたし・・・。窓どころかカーテンさえ開けられない。エ〜ン。K子添乗員に聞い
て貰ったら今夜は満室だと言うし、それにくじ引きだったのに後で換えて貰ったら卑怯だしね。ガマンす
っか。夕食レストランまで歩いて行く。前菜とデザートはヴュッフェスタイルで、ワカサギのフライ風の小
皿が人気だった。S石さんから「これさえ飲めばどんな下痢も治るのよ」という薬を頂いた。有難い!!
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6月 11日(火) デュナンは曇ったり降ったり
朝 ディナン 「アルヴォル」 朝食セット、持参のふすまパン
フランスっぽい朝食ダス
聖カタリーナ搭からディナン港を眺める 木組みの建物が多い
昨夜は未だちょっと明るい午後10時過ぎに寝てしまった。トイレにも行かずに午前4時までぐっすり眠
った。こんなことはめったに無い。かなり疲れが取れたかもな。5時半K岩からメールが送られて来た。
昨日頂いたロベミンカプセルで随分お腹の調子も良くなって来た。あと一息。朝食はジュースとヨーグ
ルト、リンゴジャム、お茶、パンの盛り合わせ、ハムとチーズ。美味しそうなパン食べたいなぁ。でも私は
ふすまパン。霧雨が降るディナンの町の観光。時計台、聖ソーブールバジリカ、イギリス庭園、城壁沿
いのプロムナード、デュクロス広場・・・。傘をさしながらの一眼レフカメラ撮影は面倒臭い。太陽が無い
と写真はツマンナイんだよね。ディナン城の見学で午前中の見学はオシマイと聞いて、一足先に停車し
ているバスに行くことにしたのだが・・・そのバスがなかなか見つからない・・・オカシイなぁ・・・とどんど
ん歩いているうちにデュクロス広場まで来てしまったぞ。バスはいない・・・。迷子になった・・・。こんな時
事は慌てずどうするか考える。うん、東京の旅行会社に電話してK子添乗員の携帯番号を聞こう。東
京2回、K子添乗員に3回電話したところで無事繫がった。「私郵便局の前にいます。迎えに来てね」。
昼 レオン 「Les 4 Sa‘sons」 サラダ、タラのムニエル、チーズ盛り合わせ、持参のふすまパン、り
んごのタルトとダブルアイスクリーム、コーヒー 3ユーロ
住宅街にある「Les 4 Sa‘sons」は大人気の店だった
9世紀の修道院跡があるレオンの町
「フランスの最も美しい村」の看板 漁村のサン・シュリアックに行くと久々の青空が見えた!!
バスに拾ってもらって昼食レストランのあるレオンへ。結局バスはディナン城のすぐ近くにいたのだそう
だ。それを知らずに随分歩いちまったなぁ。皆さんお騒がせいたしました。住宅街にあるレストラン「Les
4 Sa‘sons」は次から次へとお客がやって来た。地元で働く男達に愛されている店らしい。時々停電
するのもご愛嬌か。デカイりんごのタルトとダブルアイスクリームは「完食したら後悔必至」というデザー
トだった。ほぼ食べて後悔。予定には無かったが、せっかくだからとレオンの町を散策。これがステキな
町でしてねぇ、花いっぱいだし猫も2匹いたし、ここも「フランスの最も美しい村」になれると思うけどな。
「フランスの最も美しい村」の一つ、漁村のサン・シュリアックに行く。外壁に網をかけた家やブルーの窓
枠の家が漁村らしい。今はバラの季節。満開のバラが窓枠のブルーに映えて誠に美しい風景だった。
夜−1 ディナン 「La Lycorne」 ムール貝の白ワイン蒸し、付け合せのフリッツ、生ビール大 7
ユーロ、白ワイン 4ユーロ、赤ワイン 4ユーロ
ムール貝は旨い!
夕方ホテルに帰り、夕食までの時間苦吟した。フランス出発前日、宗匠から「連句、匂いの花の句をお
願いします」と連絡が来て飛び上がる。そ、そんな・・・。名残りの裏5句、つまり挙句1つ前の匂いの花
の句がこんな時に来てしまうなんて。それでこの旅に宿題を持って来たのだ。これまでの34句は、自
宅のプリンターが動かないので友人に連句ファイルを送りプリントしてからファックスで送り直して貰っ
てね。連句での花とは必ず「桜」を意味する。カーネーションやバラや向日葵ではイカン!1時間余りう
んうん唸って苦吟し、何とか10句ほど作る。その中から5句程投句するか。今夜の夕食は自由食。お
二人以外はK子添乗員が探してくれたムール貝専門レストランに連れて行って貰う。ムール貝。英語
でマッスル、日本語ではムラサキ貝。いろんな味付けがあるが、全員一番ポピュラーなワイン味。来た
来た!!バケツサイズのムール貝と付け合せのフリッツ。旨いねぇ、美味しいねぇ。ビールも旨いねぇ。
夜―2 ディナン 「アルヴォル」のBAR ジントニック
ホテルに帰ると未だ8時半だった。このホテルにも小さなバースペースがある。早いからちょっと飲む?
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6月 12日(水) 小雨のち曇り 一時晴れ
朝 ディナン 「アルヴォル」 朝食セット、持参のふすまパン
昼 サブレ 「D‘orpines」 鯖とトマトのキッシュ、サーモンステーキ 豆のクリームソース、持参の
ふすまパン、バニラミルフィーユ、コーヒー 3ユーロ
S石さんに頂いたロベミンカプセルを昨日の朝もう1錠飲んだら、無事ゲーリー・クーバー氏はお帰りに
なった。あぁ良かった。「アルヴォル」ホテルの女性スタッフ達の間で日本語学習熱が急速に高まってい
る。朝食時の「オハヨウゴザイマス」は当り前、「オイシクメシアガレ」なんてね。午前中観光に出かける
時は「イッテラッシャイ」。感心である。対してこちらは「ボンジュール」、「メルシーボーク」位しか言えな
いんだけど。昨日に続いてディナンの町の徒歩観光。今日も小雨が降っている上、石畳の道は歩きに
くい。メルシュ広場、サン・マロ教会、レコール通り。工芸品のアトリエなどが並ぶジェルジュ通りは急な
勾配の石畳の坂道が500mも続いてヘタル。坂を下り切ったところはディナン港だが港と言ってもまぁ
川だからね。ルディさんのバスが迎えに来てくれた。約1時間走って北海岸にあるサブレでランチ。夏
は海水浴客で賑わうリゾート地でランチを摂ったホテルのレストランの料理はなかなか良い味だった。
フレエル岬には新旧二つの灯台がある フォー・ラ・ラット要塞は現在個人所有
午後はフレエル岬とフォー・ラ・ラット要塞に行く。フレエル岬には小さな古い灯台と大きな20世紀に造
られた灯台が並んでいた。岬の突端まで歩くが風が強いの何のって。その近くの半島の突端にあるの
はフォー・ラ・ラット要塞。この要塞は15世紀に造られたものらしいが現在個人所有で、オーナーは要
塞内に住まいがあるのだとか。イヤだね、こんな所に住むのは。風ビュービューだし、怖いじゃないか。
夜 ディナン 「Le Champ Clos」 魚のスープ、ビーフステーキ、持参のふすまパン、コーヒーとバニ
ラアイスクリーム、ビール大 5ユーロ、赤 3ユーロ
早くもディナンの最後の夕食。近くの広場に面したレストランで午後7時オープンなのだが、店が開いた
のは7時8分だった。前菜もメインもデザートもチョイスメニュー。ムール貝が一番人気で4人、オムレ
ツという地味メニューを選んだ人も2人いらした。スープデポワソン(魚のスープ)を選んだのは私1人。
魚のスープ美味しいの・・・でもないか。ぬるいのがイカン、バゲットを既に入れているのがイカン。メイ
ンは私も多くの人もビーフステーキをチョイス。不味くは無いのだけど、硬くてね。顎疲れた。デザートメ
ニューはたーくさんあったのに、全員がメニューに無い「アイスクリームはありませんか?」。アハハだ。
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6月 13日(木) 曇り午後から晴れ!
朝 ディナン 「アルヴォル」 朝食セット、持参のふすまパン
3日続いたこのホテルの朝食セットも今日が食べ納めだ。リンゴジャムがカットフルーツに代わっていた。
パッキングしてスーツケースを出してから開けられない窓のカーテン越しに外を見ていたら、小学校高
学年らしい少年が咥え煙草で登校して行った。何ちゅうことだ。バスを停めてある広場に行ってみると、
広場は木曜市場の露天がせっせと開店準備中だった・・・と言うことは???バスが出られない!!!
夕方4時まで広場から出られないよ、って。それは困る。K子添乗員がドライバーのルディさんを連れ
て近くの警察で粘り強く交渉。「困るんです、私達、これからココに行ってアソコに行って、アソコニモ行
かなくっちゃいけないんです。何とかバス動かせるようにしてくんちゃゃ〜〜い!!」。ううん、しょうがな
いなぁ。わかったよ、日本人好きだから何とかしてやるよ。ってか?熱意が通じた!数人の女性警官の
皆さんが何人も交通整理をしてくれ、大型バスはずっとバックを続けて、無事広場脱出。メルシー!!
海を見下ろす広大な庭を持つクリスチャン・ディオールの生家とバラ園
1時間半のドライブでグランヴィルに到着。ブルターニュ地方から再びノルマンディ地方に戻って来た。
ここグランヴィルはクリスチャン・ディオールを輩出した町だ。生家は現在博物館となって公開されてい
る。実業家の邸宅らしく海を見下ろす広い庭には池やバラ園があった。博物館内は撮影禁止だったの
でお見せ出来ないが、ディオールがデザインしたドレスや靴、帽子などが数多く展示されていた。1905
年この家で生まれてフランスを代表するファッションデザイナーになったディオールだが、わずか52才
の若さでイタリアで心臓麻痺のため死去した。彼の死後21歳の若さで主任デザイナーに抜擢されたイ
ブ・サンローランのドレスも2点展示してあった。因みに私はディオールのオードトワレを愛用している。
昼 サン・ロ オーベルジュ「ペイザンヌ」 お婆ちゃん特製ガレットランチ(蕎麦のガレット、マッシュルー
ム、パプリカ、玉ねぎ、レンズ豆のアルファルファ、バター、カマンベール、生ハム、レタス、豚のリ
エット、レモンバター、キャラメル、ルバーブとバナナのジャム、ルバーブと苺のジャム、ハーブテ
ィ、シードル、ポモー、りんごジュース)
自家製の生ハムと豚肉のリエット
84歳のお婆ちゃんはガレット8,9枚をペロリ
日本語ペラペラのオーナー・フィリップさん これは傑作!ウサギ草刈機 ご飯だよ〜!の声と音に駆け寄る豚クン達
リンゴ園とオーガニック農園も営むオーベルジュの「ペイザンヌ」に行く。出迎えてくれたオーナー男性。
「みなさん、ようこそ。自己紹介しますね、私フィリップと申します・・・」。後刻伺ったところによると、シベ
リア鉄道で終点まで行って船に乗ったら日本に着いたのだが余りの物価の高さに働くことに。気がつい
たら13年経っていたって?お子さんの進学の問題もあって日本人の奥様とお嬢さん達を連れて帰国さ
れた由。そんな事情もあるのか「ペイザンヌ」のスタッフには日本人の方々も数人いらした。キッチンで
は84歳のフィリップさんママがガレットを焼いていた。焼き方を教わっている人もいる。蕎麦粉と同量の
小麦粉、卵、ビールが材料だそうだ。このガレットに、野菜やバターやチーズ、生ハムなど好きなものを
包んで食べる。薄いのに2枚半食べたら満腹になった。フィリップさんもお婆ちゃんも一緒に食事。お婆
ちゃん8枚も9枚も食べるんですってさ。全部手づくりってところも凄い。食事の後は雨の上がった敷地
を案内して貰う。シードルやカルバドスの製造場、お兄さんが経営するパン工場、お母さんが飼ってい
る鶏とウサギ。ウサギの入った籠を移動させるだけでウサギは餌を得、しかも草はキレイに刈られると
いうスグレモノ。一番楽しかったのは、放し飼いしている豚をフィリップさんがご飯の時間だよ〜と口笛
を吹き、餌箱を叩いたら、猛スピードで9匹の豚が走って来たこと。彼は「豚可愛がり」しているのだよ。
夜 サン・ロ ホテルメルキュール「Tocqueville」 トマトとモッツァレラチーズ、ポークソティキャラメル
ソースライス添え、シャーベット、持参のふすまパン、キール(サービス)、ビール 4ユーロ、白ワイ
ン 5ユーロ、赤ワイン 5ユーロ
サン・ロ駅の隣に建っているホテルメルキュールにチェックインした頃にはすっかり晴れて、青空と白い
雲が眩しい。フランスに来て6日目にしてやっとちゃんと晴れたという感じ。ホテルの前には川が流れ、
橋を渡ったところにある広場には、今日から9月まで毎週木曜日の夜市場が立つらしい。今日は初日
とあって民族舞踊があったりで賑やかだ。女性の踊り手は、なかなかに凝った白い帽子を被っているが
年配者ばかりだなあ。ここで手作りの塩バターキャラメルを購入した。夕食はホテルレストランで。酔う。
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6月 14日(金) 晴れ!
朝 サン・ロ ホテルメルキュール「Tocqueville」 朝食ヴュッフェ
ふすまパンに黴が生えてしまったので泣く泣く捨てる。ブルターニュ地方もノルマンディ地方も寒い土地
柄だから、ホテルには冷蔵庫などないのである。ディナンのホテルではキッチンの冷蔵庫に入れて貰っ
たが。昨夜は生ビール2杯、キール2杯、ワイン4杯飲んで、部屋に帰ってからウィスキーも飲んだ(毎
晩です)ので、今朝はちょっと二日酔気味である。食欲ないなぁと言いながら、それなりに食べてしまう。
サン・ヴァ・ラ・ウーギュにあったレトロの店の商品 バルフルールはイングランドに渡るための出発地だった
今日はイギリス海峡を臨むコタンタン半島の観光である。1時間走った半島の東海岸のサン・ヴァ・ラ・
ウーギュの町でガイドと合流。牡蠣の養殖が盛んな町らしい。せっかく来たんだからちょっと町見学しま
しょうよ、ということで散策。ガイドさんが「是非!」と勧めてくれた店に入ってみると・・・。ここは1950年
かいな。何ともレトロな商品がドカドカと置いてあって楽しいこと、楽しいこと。でも商品が古いのではな
く、古いデザインにしてあるだけなんだけどね。ここからちょっと北に行ったところにあるバルフルールも
「フランスの最も美しい村」の一つである。港には、「ノルマンディ公国公爵ギョームここよりイングランド
に向け出航」という記念碑があるように昔からイングランドに渡るための主要な出発地であった。そして
第二次世界大戦では、連合軍が大規模な上陸作戦を展開したのがノルマンディの海岸。サン・ニコラ
教会には「1944年6月21日上陸を記念して」というステンドグラスがあった。蟹も陸揚げされていた。
昼 バルフルール 「レ パノラミック E」 テリーヌとピクルス、シーフード盛り合わせ(生牡蠣、ボイル
海老、つぶ貝、スパイダー蟹、TOURTEAU蟹)、デザート盛り合わせ、コーヒー
ランチはバルフルールの高台にある「レ パノラミック E」で。マコトに見晴しの良いた高台である。テリ
ーヌの前菜に続いて登場したのはシーフード盛り合わせ!生牡蠣3個、ボイルした海老 7尾、つぶ貝
が2個、そしてスパイダー蟹とTOURTEAU蟹が半身づつ。スパイダー蟹には蟹味噌がギッシリ!鼻
血出そう。無言の食卓・・・・あぁ、もうダメだ。甲殻類独特の匂いに飽きちゃった。蟹の足の身なんて要
らないや。トイレで石鹸で何度も手を洗うがなかなか匂いは取れない。デザートもドッサリで・・ゲップ!
コタンタン半島の北の町シェルブール
「シェルブールの雨傘」のシルエットと舞台になった店
カラダ中に甲殻類の匂いが沁みこんだようで気にしながら3時45分、今日の最終見学地のシェルブー
ルに到着。50年以上前の映画だが、この街で真っ先に連想するのはやっぱり「シェルブールの雨傘だ
よね。ほら、ここがドヌーブが演じたジュヌヴィエーブの傘屋だよ、今は違うものを売っているけどね、こ
こがギィのおばさんの葬式とそれぞれの結婚式を行った教会ね、と映画のシーンを思い出しながら町
を歩く。映画の大ヒット後この町に傘屋を開いた人がいて大儲けしたらしい。その店は今も健在だった。
夜 サン・ロ 「Restaurant le Grenier」 メインサラダディッシュ 10ユーロ、生ビール、白ワイン、
赤ワイン 2杯 各3ユーロ
ホテルに帰ると6時を過ぎていた。今夜は自由食。昼食べ過ぎたので軽く食べに行きましょうと2人を
除く8人はK子添乗員が予約してくれたレストランに行く。ホワイトアスパラガスを食べるちもりだったが
サラダに乗っていたのはたった1本(涙)。サラダ一皿で十分満腹になったのだった。気持ち良い宵だ。
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6月 15日(土) 晴れ
朝 サン・ロ ホテルメルキュール「Tocqueville」 朝食ヴュッフェ
昼 フェカン 「Restaurant Le Prieure」 海老のアミューズ、甘鯛のスフレ、ほろほろ鳥のシュプレ
ームマッシュポテトと煮りんご添え、サラダとチーズ、リンゴとフランボワーズとピスタチオのムース
2泊したサン・ロを後にして9時出発。いつもは最後尾に座るバスも「たまには」と2列目に座った。これ
から195`離れたフェカンまで走る。途中トイレ休憩を取る予定が、順調に走って11時半にはフェカン
の丘の上のレストランに到着した。丘の上からは有名なフェカン海岸線と断崖が一望出来る。風が強く
て4基の風力発電の風車がグルグル回っていた。丘の上のレストランでランチ。昼にしてはちょっと重
いコースではあったが今回の参加者の皆さんは食の細い人が多く料理を完食するのは1人か2人だ。
1900年に建てなおされたベネディクト宮殿
モネが描いた石灰岩質の断崖が続く
当初の予定では、漁業博物館でフェカンの白亜の断崖を描いたモネの作品を観る予定であったが、工
事が間に合わなかったとか何とかで、それは明日のルーアン美術館で観ることになり、代わりにベネデ
ィクト宮殿に行く。27種のハーブから造る長寿のリキュール・ベネディクティン。ベネディクト派修道院で
編み出されたレシピを受け継いで莫大な財を得たアレクソンドル・ル・グランが建てたベネディクト宮殿
では彼の膨大なコレクション展示と・ベネディクティン製造が行われていた。試飲もあった。印象派の代
表的画家モネは近くのエトルタの断崖を描いたことでも知られているが、ここフェカンでも描いたのだ。
夜 リジュー 「BRASSERIE LEDRAKKAR」 ツナの前菜、七面鳥のシードル風味クリーム
ソース、アップルタルト、ビール 3ユーロ、白ワイン 3ユーロ、赤ワイン 4ユーロ
バスでウトウトしていたら、5時40分リジューの町に到着していた。今夜から2泊するのは手動式エレ
ベーター1基の小さなホテルだった。夕食はホテルのレストランと聞いていたが、ホテルと提携している
レストランなのだとさ。食事というと、メンバーがガチガチに固定化していたが、今夜は初めて崩れた。
たまには、メンバー変わった方が楽しいじゃん。ブラッセリーとは、アルザス地方の料理とビールを中心
にアルコールを出す飲食店のことだが、最近ではビール飲ませるカジュアルな食堂って感じかしらね。
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6月 16日(日) 明るい曇り 夕刻から時々雨
朝 リジューHOTEL DE LA PLACE 朝食ヴュッフェ
何と何と3時過ぎに起きた。キミはパン屋か?豆腐屋か?新聞販売店か?ハタマタ魚市場の仲買人
か?それとも早朝テレビ番組のキャスターか?ウルセー!シツコイ!今日ルーアンという町である船
のお祭りに行くため早く出発せねばならないのだ。感心なことにホテルは5時に朝食を準備してくれた。
「アルマダ・ド・ルーアン」の帆船パレード 「ノルマンディ印象派フェスティバル」特別展示のモネの作品
午前5時半出発して7時にはルーアンに着いた。既にセーヌ川の両岸、大きな橋の上には多くの人の
姿が見える。そして帆船の数々!今日は約10日間行われた「アルマダ・ド・ルーアン」という帆船祭りの
最終日で、世界中から集まった48隻の帆船が今朝7時から帰って行くのだと言う。大昔、セシル・スコ
ット・フォレスターの海軍提督ホーンブロワーシリーズを夢中で読んだことがあり、帆船と聞くと胸がトキ
メク。ヨーロッパ最大の可道橋キュスターブ・フロベール近辺の下流に移動して帆船パレードを見学。あ
れれ〜、帆船の多くは帆を張ってないわ。そうか7時から昼までかかって48隻が帰って行くのだから、
帆を張ったら早過ぎちゃうのね。今朝は風が強いし。帆を張らないと帆船も見栄えがしないんだよね。
30分以上歩いてバスに戻り、ルーアン美術館に行く。4月下旬から9月末まで行われている「ノルマン
ディ印象派フェスティバル」の特別展示を鑑賞した。ゴッホ、ルノワール、シスレーなどの作品もあるが、
何と言っても目玉はモネの作品を約40点展示していること。しかし、エトルタの断崖を描いた作品はあ
ったが昨日行ったフェカンの作品は見つからなかった・・・。モネが自宅庭で睡蓮を描く姿が映像で公開
されていた。煙草を咥えたまま神経質そうに描いているモネ。睡蓮はチラッと見るだけさ。面白かった。
昼 ルーアン 「Bistrot Comptir」 白身魚のタルタル、チキンの煮込み、リンゴのミルフィーユ
フランスで最も美しい廃墟「ジェミエージュ大修道院」
この後皆さんはルーアンの町の観光にいかれたが、疲れたから昼食レストランのテーブルで休むわと
うS石さんにお付き合いすることに。ルーアンの町は去年来たばかりで、大聖堂やジャンヌ・ダルク教
会、大時計などはよく覚えているからいいやってことで。その代わりS石さんとのお喋りが楽しかった。
ここルーアンはジャンヌ・ダルクが火刑に処せられた町として有名だが、多くの著名人を輩出している。
先日来日されたフランソワ・オランドフランス大統領もこの町の出身だ。前任のサルコジ氏に較べると、
何だか存在感薄いけどね。12時キッカリにオープンしたレストランに入れて貰った時は暖かくてホッとし
た。人気店ということだったが、味はフツーだった。リジューへの帰り道、「フランスで最も美しい廃墟」と
呼ばれるジェミエージュ大修道院を見学する。襲撃や戦争でほぼ壊滅してしまったが、貴重な遺産であ
ると評価され歴史的建造物として認定されたそうだ。アルマダ祭りの影響で道は大渋滞。5時に帰る。
夜 リジュー 「BRASSERIE LE DRAKKAR」 ツナの前菜、タラとムール貝のクリームソース、
アップルタルトの誕生日ケーキ、ビール 3ユーロ×2杯、白ワイン 3ユーロ、赤ワイン 4ユーロ×2杯
N村さん、おめでとう!
昨夜と同じレストランで、昨夜と同じようなメニューの夕食を摂る。サプライズは、N村さんが帰国日にお
誕生日を迎えるということで、派手な花火付きケーキが運ばれて来たのだ。ご本人のN村さんが一番
驚かれていた。おめでとうございます!私らもお祝いのお裾分けを頂き、甘いアップルタルトを頂いた。
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【今週の振り返り】
昨年だけでフランスには3度も行ったのに、またフランスかいと自分でもちょいと呆れるのだが、ブルタ
ーニュとノルマンディと地味目な地域を回るというので「行ってみっか」と、実は今年2度目になるフラン
スに出かけた。
3日目から滞在したディナンはフランスの最西部のブルターニュ地方にある。5世紀に対岸にあるイギ
リス(ブリタニア)から移住して来たケルト人が開拓したことから「ブリタニア」と呼ばれ、15世紀にフラン
スに合併されるまではブルターニュ公国という独立した国だった。そんな歴史があるブルターニュは今
でも独自の文化・風習を持ち、フランスの地方でも特異な存在らしい。現にフランス中央との風俗・習慣
の違いから相続法など民法の一部はブルターニュ独自の慣習法が認められている。だから、彼らはフ
ランス人というより「ブルターニュ人」という気概があるようだ。昨年スルードライバーをしてくれた男性は
ブルターニュの出身だった。寡黙だが親切な方で、「この人ブルターニュ人なのに魚を食べられないの」
とガイドに茶化されると恥かしそうに俯いていてチキンをつついていた。呼ぶ方も呼ばれる方も「ブルタ
ーニュ人」は自然なのである。
一方、ブルターニュの東側に位置するノルマンディは、9世紀に北欧からやって来たノルマン人(ヴァイ
キング)に由来する地域だ。ヴァイキングは海賊だから、海に注ぐセーヌ川を遡って各地で乱行の限り
を尽くしていた。困り果てたフランス王シャルル3世はふと妙案を思いつく。「そうだ!ヴァイキングの親
玉にこの地域をプレゼントしてノルマンディ公って持ち上げたらいいんでないかい?」。名案だった。こう
して911年ノルマンディ公国の歴史が始まった。ヴァイキング達は自分達が破壊しまくった修道院や教
会を再建し、武器を捨てて大地を耕して「俺ッチの国=ノルマンディ公国」をそれは美しい風景に生まれ
変えらせたのだ。カリブ海に浮かぶジャマイカのポート・ロイヤルがイギリス王室公認の海賊の本拠地
であったことを思い出した。ま、それはともかくロシアで暴れていたヴァイキングはノヴゴロド公国とキエ
フ公国を、イタリアに押し寄せたヴァイキングはシチリア王国を作ってしまったのだから、タダの暴れ者
じゃないヴァイキングに秘められた力を感じる話だ。
ノルマンディといえば、ノルマンディ上陸作戦も忘れられない。映画「史上最大の作戦」をご覧になった
方もおられると思うが、第二次世界大戦の後半、ソ連(当時はそうだった)に集中していたドイツ軍の戦
力を分散するために連合軍が仕掛けたオーバーロード作戦(大君主の意)である。ドーヴァー海峡を越
えてフランスに上陸するなら英国との距離が一番短いカーレーだろうとドイツ軍が待ち構える中、遠回
りして連合軍はノルマンディから上陸作戦を開始した。作戦決行日「D−ディ」は1944年6月6日であっ
た。6月26日シェルブールが解放され、7月にカン解放、サン・ロの戦いがあった。8月21日ドイツは
条件降伏を申し出て77日間のノルマンディの戦いは終わったが、連合軍、ドイツ軍そしてフランス市民
に多くの犠牲者を出し、美しい町も破壊された。この戦いでノルマンディ地方はドイツに占領されていた
フランスで一番最初に解放された地域となったのである。
フランスといえばワイン。しかし、ノルマンディ地方は気候的にぶどうの栽培には適さない。だからワイ
ンを造ることは出来ない。代わりにりんごで酒を作る。発泡酒のシードルと更に蒸留して時間をかけて
造るカルバドスである。それをミックスしたポモーもある。ノルマンディ地方は酪農が盛んだから乳製品
が豊富。カマンベールチーズはこの地域の名産だ。料理のソースもクリームを使ったこってりしてクリー
ムソースが多い。「ソース・ノルマンド」と呼ぶんだよ。デザートはリンゴの砂糖煮を使ったパイやタルト。
こんな料理を毎日食べていたから、洋服が益々キツクなっている。このままではホンモノの「豚」になっ
てしまうなぁ・・・。
アタシ達の噂話しなかった?ブーブー
* フランスの旅の始まりは 6月 1週 をご覧ください。