パクパク日記14年5月3

                  スペイン・バレアレス諸島のメノルカ島とマヨルカ島に行った

          メノルカ島の幼女 ジョルジュ・サンドとショパン

5月 12日(月) 曇り

朝 家食 ヨーグルト、バナナ      W杯メンバー23人発表

昼 四谷三丁目 「玄」 黒毛和牛ハンバーグランチ(サラダ、スープ付き) 1000

  

出発日ならではの忙しさが朝から続いている。鉢入り植物水遣り、パン焼き、手荷物準備、スーツケー

スパッキング、その辺のチョイ片付け・・・。四谷3丁目交差点にあるビル最上階にある「玄」でランチを

摂って帰宅すると、ちょうどW杯に出場するザックジャパン23名が発表された。まぁ順当の人選だが、

唯一サプライズは大久保嘉人だった。大久保選手といえば、これから向うマヨルカ島のRCDマヨルカに

レンタル移籍したことがあるじゃないか。3時スーツケースを預け、パクパク日記4月4週をアップした。

夜 成田・日航成田・「サンセットラウンジ」 晩酌セット:野菜スティック・生ビール2杯)、彩り野菜炒め、

   春巻、ヒレ肉と黒胡椒炒め、生チョコレート(サービス) 

  

  

成田前泊と夕食はいつものホテルでいつものレストラン。いつものカウンター席でいつものビール、そし

ていつもの中華料理を食べるのだ。何てパターン化された人間なのだろ、私って。しかしだ、数年勘に

渡るそんな私の生活習慣にも変化が起きるかもしれない。というのも、3月末から羽田空港便がどんと

増えたから、成田前泊する必要が減るというわけだ。現に来月予定している2つの旅は両方とも羽田

発。7月は成田発だが夜便だから泊まる必要ないし。聞いてみると最近やっぱり客が減っているって。

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5月 13日(火) 成田雨 フィンランド・ヘルシンキ雨

第1食 成田・日航成田・「セリーナ」 朝食ヴュッフェ

  

第2食 成田空港カンタスラウンジ スープ

ホテルで美味しい朝ご飯を食べ、BS放送で「花子とアン」を観てから成田第二ターミナル。添乗員のT

内さんとはアラビア半島クルーズ以来6年半ぶりだ。スペイン国内線移動もあるから軽めに作ったスー

ツケースは20`弱だった。第二ターミナルを利用するのはしばらくぶりだが、何とシャトルが消えてい

た!何で!80番台、90番台のゲートだと歩く距離が増えてガッカリだ。ラウンジでM山さんにバッタリ。

3食 フィンエア 成田=ヘルシンキ ビジネスクラス機内食

M山さんとは3月末から4月アムステルダム&ウィーンの音楽と美術の旅でご一緒した。2ヶ月でまた

お会いしましたね。錦織圭君、バルセロナの決勝でナダルに勝っていたのにケガで途中棄権!日本人

男子で初のランキング9位に入ってメデタイと言っていたのにな。そういえばナダルはこれからいくマヨ

ルカ島に住んでいるのだ。フィンエア(フィンランド航空)に乗るのは2年ぶりだが、エアバスA330−3

00のビジネスクラスの座席は面白い。この機材なら是非2Aか4Aか6Aに座りたいぞ。映画は「そして

父になる」を観た。産院で子供を取り違えられた2組の夫婦を描いているが、是枝裕和監督始め作品

も出演した福山雅治、尾野真千子、リリー・フランキー、真木よう子も山のように賞を受賞した。でも、ど

うかなぁ、私はあまり楽しめなかったけどなぁ。「鍵泥棒のメソッド」は2度目なのに新鮮に面白かった。

4食 フィンエア 成田=ヘルシンキ ビジネスクラス機内食

  

5食 フィンエア ヘルシンキ=バルセロナ ビジネスクラス機内食

6食 バルセロナホテル客室にて おにぎり、アーモンド、ウィスキー

フィンエアは日本から最短。9時間40分のフライトでフィンランド首都ヘルシンキに到着する。時差マリ

ナス6時間、1520分。成田も雨だったが、ヘルシンキも雨だ。イミグレ&セキリティチェック後解散。

午後5時前バルセロナ行きフィンエアに搭乗。3時間半のフライトでバルセロナ着。夜9時過ぎバルセ

ロナのホテルにチェックイン。明日早朝出発だから寝るだけだが簡素なホテル。おにぎり食べて寝る。

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5月 14日(水) スペイン・メノルカ島は晴れ         1ユーロ=約145円

朝 空港へのバスにて バゲットチーズサンドイッチ

  

  島最高峰モンテ・トーロに立つキリスト像          シウタデッラの港                    オベリスクが建つボルン広場

午前4時起床予定だったが、午前3時過ぎマキコからメールが来て目覚まし代わりの携帯が鳴った。

マキちゃんは何度言っても時差を忘れちゃうから困る。添乗員のT内さんには特別に4時にウェイクア

ップコールをお願いしていたが、もう起きてしまおう。5時半ロビーで受け取った朝食弁当は、その場で

2口食べておしまい。バスで空港に向かい、独立系のブエリング航空でメノルカ島に飛んだ。55分のフ

ライトで午前8時20分メノルカ島着。早速バスで島で最高峰と言っても358bのモンテ・トーロに行く。

山の上には台に乗ったキリスト像と教会があった。ここからの景色は素晴らしいが風が強くてね。次は

島の西部の町シウタデッラへ。ユトレヒト条約でフランス下に入り、1802年にスペインに戻った島第二

の町である。オベリスクが真ん中に建つボルン広場、楕円形の大聖堂、肉や魚を売る市場など、何と

なく散歩していても楽しいぞ。チーズが名物というので次兄宅土産にチーズを買う。来たばかりなのに。

昼 スペイン・メノルカ島シウタデッラ 「Cafe BALEAR」 魚介スープ、海老・ムール貝・イカのソティ

とフリッター、マグロのグリルと温野菜、チョコレートムース、コーヒー オレンジジュース 3ユーロ

   

   

ランチは老舗の「Cafe BALEAR」で魚介類テンコ盛りのコースを頂く。大きな器になみなみよそわれ

た魚介スープの底にはいろんなものが沈んでいた。もっとコクがあるといいのになぁ。隣に座ったTさん

は昔ムール貝を食べ過ぎて以来苦手になったということで頂くことに。海老にイカに、その上マグロの

グリルまで出て来たぞ。もうマンプクである。バスで島の東側にある中心地マオンのホテルに向かう。

夜 メノルカ島マオン ホテル・ポート・マオン ディナーヴュッフェ、生ビール 3ユーロ×2、白ワイン 

3ユーロ、赤ワイン 3ユーロ

  

宿泊するホテル・ポート・マオンは、マオン港を見下ろす絶好の景観を持ち、庭にはバラが咲き、涼しげ

なプールがあり、外観もピンクと白で可愛らしい。しかし。部屋が狭い。バスタブも無い。私の部屋は西

向きで午後は強烈な西日が射すから日除けを下ろすと真っ暗。何だか女中部屋のようだなぁ。ここに3

泊するかと思うと暗澹たる気持だ。夕食ホテルのレストランで。食事の前に自己紹介タイムがあった。

夫婦3組、女性友人2組、一人参加女性8名の総勢18名である。食事はヴュッフェ。酒安くて良い。

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5月 15日(木) 晴れ

 メノルカ島マオン ホテル・ポート・マオン 朝食ヴュッフェ、持参のふすまパン

  

今朝希望者は隣町に日の出を見学に行かれた。朝陽を見ながら港のカフェでお茶するらしい。私は行

かない。理由?メンドー。なのに朝食ヴュッフェには一番に行ってモリモリ食べる。フルーツがたくさん

あるからいいじゃないの。不参加組(6人)のうち名古屋から参加されたTCさんからベンガル虎を

観察しに十回以上行かれた話を興味深く聞いていると朝陽組がドヤドヤと帰って来られた。午前中フリ

ータイムだから庭を散策したり、近所のスーパーに水を買いに行ったり、沢木耕太郎のエッセイ読んだ

り。メノルカ島は案外寒い。吹く風がとても冷たい。部屋には冷房以外装置が無いから風邪引きそう。

昼 メノルカ島 エス・カステル 「MIRAMAR」 ポテトフライとアリオリソース、自家栽培野菜の焼き

       物、4種の魚と入k、阿のフリット、イカとグリーンピースのリゾット、フルートとホットチョコレート

  

    

12時半集合して、隣町(朝陽見学と同じ町)のエス・カステルに行く。1925年というから昭和元年創業

したという古いレストラン「MIRAMAR」のヨットハーバーに面したアウトサイド席でのんびりランチだ。

時折り強風が吹く度に日除けがバタバタと波打って皆を驚かす。料理は自家栽培のジャガイモや野菜

の揚げ物。添えられたマヨネーズはニンニクの香りが濃い。次は今朝釣って来たという小魚とイカ。小さ

なイカとゲソ柔らかくて旨い。こんな料理なら原価率低そう。フルーツには熱いチョコをつけて食べる。

   

                アラブ風の街並が魅力的なビニベカの町                      カラ・エン・ポルタルでの夕陽

昨日トルコ西部の炭鉱で起きた爆発事故は300人近い死者を出し、未だ坑内に閉じ込められている人

もいるようで心配だ。先日の韓国の転覆事故でも大勢の犠牲者を出したところだしね。夕刻マオンから

南に20分程バスで走るとビニベカの町に到着。着いた時から、「ここは何か違う」って感じがする。果た

して。そこはまさにアラブの街だった。チェニジアのシディ・ブ・サイドか?ま、チェニジアンブルーは無い

けど。50年程の歴史しか無いらしいが、魅力的な街並ではある。カラ・エン・ポルタルの夕陽見学のス

ポット「コバ・デン・ショロイ」に行く。季節によっては海に沈む夕陽が見えるらしいが、今の季節は断崖

に太陽が消えて行った。今朝朝日を見た人は夕陽も見たんだねぇ。840分レストランに移動する。

夜 メノルカ島カラ・エン・ポルタル 「SA PAISSA」 ムール貝の漁師風、ポークステーキ、クレーマ

カタラナ(プリンのような)

今夜の前菜はムール貝のポット蒸しだった。今夜もムール貝が苦手というTさんが隣だから、従って

私はムール貝を2皿食べることになった。ムール貝好きとしては望むところだが、この店のムール貝は

大きいばかりで、味は・・・・どーもねぇ。油っぽくてシツコイ。自分の分はやっと食べたが、Tさんの分も

ある。ここはヒトツ「女の意地」の出番である・・・・食べた!バーカ。参考までにスペイン語で「バカ」は牛

肉(牝)のことで、「アホ」はニンニクのこと。T橋さんが毎晩飲んでいるスパークリングワインは「カバ」。

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5月 16日(金) 晴れ

 メノルカ島マオン ホテル・ポート・マオン 朝食ヴュッフェ、持参のふすまパン

  

      マオンの旧市街広場            スペインのポストは黄色でお洒落         カタマランボートでクルーズ

    

              船からメノルカ島を眺める              船底部分両脇から海底が見える      約1時間のマオン湾クルーズ

5時にメール音(アメフットチームから同報メール)が鳴ったと思ったら、6時過ぎには某旅行代理店から

電話。「今海外にいるんですけど」と言っても慌てず騒がず。さすが大手だ。今日は夕食まで丸一日フ

リータイムだからゆっくり起きようと思ったが、そんなことでいつもと同じような朝に。思いの他気温が低

いメノルカ島であるが、毎朝「裸同然」みたいな服装でレストランに現われるお婆さん(イギリス人っぽ

い)がいて、「寒くないんか」とTさんと心配している。午前10時、旧市街まで歩いて行こうという中で、

足に自信がない4人はタクシーであっという間に広場到着。徒歩組が追いつくまでカルメ教会でグレゴ

リア聖歌を聞いていた。教会隣にあるマーケットは地元食品が揃っていて楽しい。またもや4人でタク

シーに乗って1分。坂下の船乗り場に到着した。1時間でマオン湾を1周するクルーズ。双胴船の2つあ

る船底部分には海底が覗ける窓があってあるポイントに行くと小魚が見えた。楽しいクルーズだった。

昼 マオン港 「CA‘N NITO DE LAMARINA」(自由食8人で) オリーブとアリオリソース、

      サラダ、蛸のガリシア風、ケソ(チーズ揚げ)、ハモンイベリコ(イベリコ豚の生ハム)、パエリア、持

      参のふすまパン @18ユーロ

  

  

希望者7名は添乗員T内さんが探してくれたレストランでランチ。店の選定お願いしたら、メニューも全

T内さんが決めてくれたから、チョー楽チン。蛸のガルシア風やケソという名前のチーズ揚げなど初

めて食べる料理にハモンイベリコ(イベリコ豚の生ハム)やパエリアといった名物料理も。蛸が旨いね。

夜 メノルカ島マオン 「SES FORQUILLES」 オリーブ、メノルカ風コカ(パンのピザ)、フォアグラ、

茄子のソティ山羊チーズ、パタタスブラバス、コロッケ、茄子のフリッター、ハムのサンド、ビーフテ

ンダーロインステーキ、クリュームブルレ、生ビール 2ユーロ2杯、白ワイン 3ユーロ、赤ワイン

 3ユーロ

  

  

メノルカ島最後の夕食はマオン中心街にある居酒屋風レストラン「SES FORQUILLES」。地下に下

りて行くと落ち着いた席が用意されていた。事前に配られたメニューにはふんだんのご馳走が並んでい

たのだが、皆が楽しみにしていてイカリングや鰯のフリッター、チキン南蛮と言った蛋白質系の金目の

料理が「今日は材料がありません!」ということで、茄子だの芋だのばかりの安っぽい(材料がね)料理

ばかりが続いて皆はムクレル。「メニューに偽りあり」ってか。アハハ。どうもこの店はその日入った食材

で料理を作るから、メニュー出ししたのは「その時」のモノだよって。参加婆さん達がブツブツ言うものだ

から添乗員T内さんは焦って「ある食材を全部料理して!」って言ったみたいな料理ラッシュになった。

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5月 17日(土) メノルカ島もマヨルカ島も晴れ

朝−1 ホテル客室にて 弁当

朝―2 フェリーのスナックにて クロワッサンンサンド、カフェコンレチェ 5ユーロ

    フェリーでマヨルカ島へ移動

  

ショパンとジョルジュ・サンドが過したバルデモサ村        修道院跡を宿にした        この景色をショパンも見たのだろう

今日も朝が早い。5時に起きて昨夜貰ったモーニングボックスを開く。サンドイッチ3口とジュース、チー

ズを食べてシャワーを浴びる。6時前バゲジダウンして7時には出発。マヨルカ島のフェリーが出る港

があるシウタデッラまでは車で約1時間。3日前に訪れたなんて1月前のことのように思える。8時フェ

リー乗り場に着いて待機。パスポートを厳重にチェックされてから820分スーツケースを転がしてフ

ェリーに乗り込む。800人以上の定員の大きなフェリーなのだが60、70人位しか乗っていない。9時前

出航。既に空腹。船のスナックでクロワッサンサンドを温めて貰って食べた。座り心地の良い座席だ。

1時間半の乗船と聞いていたが、順調すぎるクルーズなのに結果2時間半の所用時間だった。中島京

子の「ハプテトルハプテトラン」も読み終えた。予定より1時間遅れて11時半マヨルカ島の東部アルク

ディアの港に到着した。出迎えた日本人ガイドのY子さんはマヨルカ19年で初めてここに来たと言って

いた。これからバルデモサ村を見学するので昼食が遅くなるだろうと地元の店で買ったアーモンドのお

菓子が配られた。こうゆう配慮って嬉しいね。バルデモサ村はショパンとジョルジュ・サンドが過した村。

そのバルデモサ村は世界遺産トラモンターナ山脈の中に位置する。村に着くと毎日午後1時から始ま

るショパンピアノコンサート。地元のピアニストがショパンの曲を4、5曲弾いてくれる。この島で作曲した

「雨だれ」は弾かないんだぁ。ショパンとジョルジュ・サンドとその子供達は19世紀半ばの冬ショパンの

病気治療の目的もあって一冬過したが、その冬は雨ばかりでショパンの病気療養には効果無かった。

昼 マヨルカ島パルマデマヨルカ 「CLUB NAUTICO MOLINAR」 マヨルカ風マグロ入りサラ

      ダ、魚と野菜のマヨルカ風オーブン焼、チーズケーキ、持参のふすまパン、カフェコンレチェ 2ユーロ

  

     

           パルマデマヨルカのシンボル大聖堂           グラン・メリア・ヴィクトリア客室からの風景 

ショパン一行が過した山の上のカルトゥッハ修道院を後にして、マヨルカ島の中心地パルマデマヨルカ

に向かい、島で最古のヨットハーバーに面したレストランに着いたのは午後2時半であった。マヨルカ風

マグロ入りサラダの前菜とメインの魚と野菜のマヨルカ風オーブン焼もそれなりに美味しかったが、近く

のテーブルで食べているイカスミのパエリアが美味しそう!4時グラン・メリア・ヴィクトリアチェックイン。

 マヨルカ島パルマデマヨルカ 「SA CRANCA」 魚介のクリームスープ、生ハムと海老のサラダ、

      アンコウの煮込み、チョコレートケーキ、生ビール 2ユーロ、白赤ワイン(飲み放題!)

   

今日から3泊するグラン・メリア・ヴィクトリアの6階の客室からは港が一望出来て広く、メノルカ島の女

中部屋のような狭い部屋とはエライ違いだった。いやいや違ってくれないと困る。マヨルカ島に寄港して

いる豪華客船も見えるし、左方向には大聖堂も見えるなぁ。快適な日々になりそうだ。夕食はホテルか

ら歩いて15分程のレストラン。スペインの食事時間は遅く、昼は午後1時以降、夕食は午後8時以降

だ。え?この店はワイン飲み放題なんですかぁ?ニマニマ。魚介のクリームスープが濃厚で旨い!フラ

ンスで飲む「スープデポワソン」に似ている。そうこうするうちに、空が美しい夕焼け色になった。ワイン

は赤白合わせて8杯飲んだことになるが、支払ったのはビール代の2ユーロだけ。毎晩こうだと良い。

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5月 18日(日) 曇り時々小雨

朝 パルマデマヨルカ 「グラン・メリア・ヴィクトリア」 朝食ヴュッフェ、持参のふすまパン

  

  

            フリータイムの午前中、バスに乗ってボルン通り、大聖堂を見学してデパートでショッピング

スペインに来てからずっとお天気が良かったのだが、今朝は珍しく曇っている。今日の午前中はフリー

タイム。希望者は公共バスに乗って中心街の散策とでショッピングに行く。明日も来る予定だが、ここま

で来たら大聖堂(カテドラル)に行かない手は無いだろう。しかし大聖堂には10段×5の石段を上らね

ばならない。ハァ、ハァ、ハァ。やっと大聖堂に入るも日曜ミサが行われていて、非信者には行動制限

あり。お陰で中央祭壇のガウディが修復した鉄製の天蓋飾りやバラ窓などは立ち位置から見ることが

出来なかった。開店時間の11時になったのでデパートの「エル・コンテ・イングレス」に行く。地下2階の

食品売り場でハモンイベリコやトリフ塩などを購入。店の外に出ると雨。帰りも公共バスに乗って帰る。

昼 パルマデマヨルカ 「Meji Tapas」 (自由食 7人で) お通し:コカ(パンのピッツァ)、ムール

       貝パン粉焼き、ガリシアしし唐、サラダ、イカリング揚げ、仔イカの揚げ物、アンチョビ酢漬け、ムール

      貝蒸し、ラングスティン、イカスミパエリア) @21ユーロ

   

      

狙っていたホテル近所の中華レストランは開いていなかった。残念。気を取り直して港側の「Meji Tap

as」に行く。昨夜夕食レストランに行くわれ等に、店の愛想抜群のお姐さんの強烈な呼び込みにあい、

「明日来るから」と苦し紛れにT内さんが言った店だ。「ちゃんと来ただろ?」って。そのT内さんにまたも

や注文は任せて料理が来るのを待つ。え!こんなに頼んだの、食べ切れないよ、と言いながら、皆さん

ワシワシ食べる。ガルシアしし唐もイカリング揚げも仔イカの揚げ物も旨い。イカスミパエリア旨い!!

      ミロ美術館のアトリエ             丘の上に建つベベル城              ここにもアラブ風の噴水が

午後からパルマデマヨルカ観光。先ずは山の中腹にある住宅街へ。こんな所に何がある。ミロ美術館

があるのだ。ミロはバルセロナで活躍したが、夫人と母親がマヨルカ出身ということで、人生の後半30

年間はマヨルカに居を移して創作活動に励んだのだよ。この日美術館は運悪く展示作品の入れ替え等

で休館。ガイドさん、現地の人なんだから調べておいてよねー!丘の上に建つベベル城を見学した後、

ミロ美術館の替りとしてアルムダイナ宮殿の見学が組み込まれたが、7人は旧市街のカフェで休憩す

ることに。私?もちろん休憩組に入っておりますとも。Tさんはタルトタタンまでお召し上がりになった。

夜 パルマデマヨルカ 「グラン・メリア・ヴィクトリア」 アミューズ:キャロットスープとキャロット揚げ

      もの添え、ホワイトアスパラガスと卵のスープ キャビア添え、ウズラのグリル、ケサーダ(チーズの

       焼き菓子)とブルーベリーソース ビール 7ユーロ、白ワイン 8ユーロ、赤ワイン 8ユーロ

  

   ホワイトアスパラガスと卵のスープが絶品!

今夜はホテルのレストランでの晩餐である。5ツ星ホテルのレストランだから晩餐。皆さんそれなりにお

洒落をされている。どっちの島も酒が安くて嬉しいと毎晩浮かれていたが、さすがにここは3点セット飲

むと23ユーロ(約3300円)になる。でもビールはともかく、ワインはそれなりに美味しいワインを取り揃

えている。3コースでも最初はアミューズが出る。美味しいが、前菜スープの前にキャロットスープはい

かがなものだろうか。それはともかく、ホワイトアスパラガスと卵のスープの美味しかったこと!皆さん

ひと口飲むなり、「美味しい!」の感嘆の声声声。ホワイトアスパラの甘さ・香り高さはそのままに、トロ

リとしたスープにポーチドエッグの黄身が溶け出して・・・・あぁ、ウマ!5杯はお替りしたいぞ!メインに

はウズラ料理が出てので、話題は映画「バベットの晩餐会」の話になり(私が一人で喋くっていました)、

映画のフルコースに出てくるメイン料理は「ウズラとフォアグラのパイ積め石棺風黒トリュフソースだっ

たね、とか。あの映画に影響されて銀座にあった「ホテル西洋」があの晩餐会のコースを再現したりし

たんだったなぁ。閑話休題。今夜のウズラ料理はたいしたことなかったけどね。楽しい晩餐であった。

                      _________________

【今週の振り返り】

西地中海にあるバレアレス諸島には、マヨルカ島、メノルカ島、イビサ島、フォルメンテラ島、カブレーラ

島の5島からなり、スペインの自治州の1つだ。州都・県都はマヨルカ島のパルマデマヨルカである。因

みに、マヨルカ島は「大島」、メノルカ島は「小島」と言った意味である。

最初に行ったのは「小島」のメノルカ島だった。メノルカ島の中心地はマオンだが、マオンという地名は

古代ローマ帝国と戦って滅ぼされたカルタゴの名将ハンニバルの弟マゴンに由来すると言われてい

る。マゴンは紀元前205年頃メノルカ島のこのあたりに隠れ家を持っていたと考えられているのだそう

だ。そのマオンでは、地元でとれる新鮮な卵とオリーブオイル、それにレモンを混ぜてソースを作ってい

た。トロトロになるまで混ぜて混ぜてね。18世紀半ば、当時イギリス領だった地中海のメノルカ島にフラ

ンス軍が攻撃をしかけた。指揮を取っていたリシュリュー公爵は戦いの中ではあったが、島の港町マオ

ンのレストランに入って食事をする。リシュリュー公爵は、肉に添えられていたソースがいたく気に入っ

てしまうのだ。そこで、帰国してパリで「マオンのソース」として紹介した。「マオンソース」→「マオンネー

ズ」→「マヨネーズ」である。その当時フランスでは卵に火を通さずにソースに使うことは無かったが、早

速にフランス料理に取り入れられて、世界中に「マヨネーズ」として広まっていくこととなった。スマップの

香取クン始めたくさんいるマヨラー諸君よ!リシュリュー公爵に感謝しなくっちゃイカンよ。マヨネーズの

故郷メノルカ島を崇めなくてイカンよ。しかし、本場メノルカ島のマヨネーズソースにはたっぷりアホ(に

んにく)が入っていて、かなりキツイのだった。

マヨルカ島はマジョルカ島と記憶しておられる方も多いかもしれない。スペイン王室始め、ヨーロッパ諸

国の人々からリゾート地として人気の高い島だ。スペイン本土と同様に、マヨルカ島もアラブ人に500

年ほど支配されていた。イスラム教徒から島を奪還しようと1229年に上陸したアラゴン王ハイメ1世に

よってマヨルカ王国が建設された。わずか87年しか続かなかったが、この島に独立王国があったので

あるよ。パルマデルマヨルカのシンボルであるカテドラル(大聖堂)は、その独立王国末期から建て始

められたものである。

そのマヨルカ島に1838年11月にやって来たのは、作曲家にしてピアニストのフレデリック・ショパンだ

だ。恋人の女流作家ジョルジュ・サンドと、前夫との間に出来た2人の子供と共にパリからやって来た

ショパンは最初パルマデマヨルカ近郊の小さな家に住んだが、やがて北に18`離れた山間のバルデ

モサ村の修道院跡の部屋を借りて移り住む。ペリの社交界から逃れ、寒い冬を温暖なマヨルカ島で過

ごせばショパンの結核も良化するのではと期待を抱いて。ところが、その年は豪雨に見舞われ、彼の

病状はいっこうに好転しない。彼はこの地で「24のプレリュード(前奏曲集)」を作曲したが、その15番

目の曲が「雨だれ」である。避寒の逃避行マヨルカ滞在は、思いの他早く終わり、2月13日島を離れる

こととなった。

サッカー選手の大久保嘉人が2年弱マヨルカ島のチームに在籍したことは既に述べた。23人目の最

後の切符を手に入れた大久保選手のブラジルでの活躍を祈っている。

もう一人、マヨルカ島のスポーツ選手と言えば、テニスの世界ランキング1位のラファエル・ナダルだ。

マヨルカ島マナコールの出身で、大ファンのオジョー情報に寄れば、現在マナコールの実家住まいなの

だそうだ。とはいえ、全仏オープン4連覇2回を始め、全豪(1回)、全英(2回)、全米(2回)優勝、北京

オリンピック金メダルといったスンバラシイ戦績を残す名選手だから、世界中転戦に忙しく、実家にいる

ことはそれほど長くは無いだろう。しかし、マヨルカ島の人に言わせれば、「ラファはマヨルカ島が大好

き!だから、ちょっとでも時間があればマヨルカ島に帰って来るよ」なのだそうだ。

                ボクも実家暮らしなんだニャ

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         もう1週間分の日記を作成し、アップして行きたいと思っていますが、

  間に合わなかった場合、次回更新は 6月 17日頃かな。

  もうすぐワールドカップ開幕。ガンバ!ジャパン!