パクパク日記17年2月3週

              木曜日からハンガリーのブダペストに行った

 

   ブダペストの王宮 「ニューヨーク・カフェ」

 

2月 13日(月)晴れ

朝 家食 「やくみや」ポテサラふすまドッグ、ミネストローネスープ、ヨーグルト

昼 四谷三丁目「新記」シンガポール風牛バラカレースープ麺セット(ご飯、杏仁豆腐)850円+香

港麺50

 

   今日も+50円の香港麺!

 

午後のお茶 四谷三丁目「ドトール」アイスコーヒー230

日本だけでなく世界が注目した米トランプ大統領×安倍首相のゴルフ&食事外交。鬼かと思ったら親

しみ易いオジちゃんでした、って感じのコメントに緊張が解けたようだったが、それも何だかなぁ。

安倍さんのはしゃぎぶりに「ホントにそれでいいのか!」とツッコミ入れたくなる。アメリカにそん

なにスリスリしてみっともない!と他国は思っているだろうな。宗教団体に出家するからという理由

で突然芸能界引退を宣言した若い女優。そう言えば少し前に理由はよくわからなかったが、若い俳優

が芸能界引退して東南アジア方面に行方を眩ませるなんてこともあった。「引退」と宣言することなく

仕事減っていつの間にか忘れられる人がゴマンといる世界。「卒業」の次は「引退」流行りですかぁ。

夜 築地「うまいもんや」5人で)白子の会コース(惣菜5点、ふぐ刺し、ふぐ皮、ふぐ唐揚げ、ふ

ぐ白子焼き、ふぐちり鍋、雲子入りふぐ雑炊、苺)、ビール、麦焼酎

2万円組+1万円組+8400円組

 

  

 

名門「白子の会」走りの部に続いてホーリーが旬の部宴会も欠席。義母様がご逝去されたそうだ。1

年に2回しか例会が無い「白子の会」だから、走りと旬両方欠席すると年間出席ゼロってことだが、

ま、仕方ないわね、ご不幸だから。「うまいもんや」の大将が趣味のトライアスロン競技中転倒して

利き腕を複雑骨折したと聞いたのはいつだっただろうか。ピンチヒッターの奥さんが分厚い刺身を

切っているなんて噂もあって心配していた。ふぐ刺しはどうなるんだ・・って。杞憂だった。驚異

的な回復力でいつもと変わらぬ見事なふぐ刺しがあった。メンバー減と焼酎派に鞍替え(私)派あ

りで、以前のような日本酒消費量には遥かに及ばないが、それでも2升は空いた。昔は4升で足り

なくて4合瓶追加したこともあったっけ。年取ったこともある。で秋の旅行だけどさ、宿は・・・。

            ____________

 

2月 14日(火)晴れ  北朝鮮の金正男氏マレーシアで暗殺される

朝 家食 卵ツナサラダ、「やくみや」ポテサラふすまドッグ、豚汁、ヨーグルト

 

  

 

午前11時過ぎ六本木に向けて出発。タクシーで、だけど。EXシアター六本木は初めて行く劇場だ。

eプラスに割り当てられた席М―7は地下2階の席だった。六本木歌舞伎「座頭市」。市に海老蔵、

薄霧太夫とすずの二役に何と何と寺嶋しのぶ、他に襲名したばかりの右團次、市蔵、右之助、九團

次など。脚本は「洞窟おじさん」のリリー・フランキー、演出は三池崇史。女性が出演する歌舞伎

をどう考えるかは別の問題として、やっぱり寺嶋しのぶは女優として凄いよなぁ、演技が断然巧い

もの。オーラがバシバシ!劇中に哀愁も可笑しみさえも表現した三味線が大活躍する舞台であった。

遅い昼 西麻布「三河屋」ミックスフライ定食(ハムカツ・チキンカツ・コロッケ・メンチカツ、

ご飯、漬物、ご飯)900

 

  

 ここが西麻布の揚げ物の殿堂「三河屋」だよ

 

目指した「麻布長江」の扉には「214日はランチお休みとなります」の貼り紙。チェッ!「お休

みです」でいいんだよ!正しい日本語を使いたまえ!そうだ、この2軒先に行列で有名な「三河屋」

があるハズ。あった!5人並んでいる。10分程待ってカウンター席。既にえびフライととんかつ、

みそカツは売り切れという。それなら8割の客が注文するという一番人気のミックスにしよう。カ

ウンター5席、4人テーブル3卓。ミックスフライ定食が運ばれて来た。ぐぅぅ〜〜!何たるボリュ

ーム!ハムカツにチキンカツ、コロッケにメンチカツ!メンチカツはバカでかくてコッペパン大だ

よ。ご飯も味噌汁もキャベツもお替り自由と言うけど、1年分のフライを一挙に食べている気分な

のにお替りしろってごムタイです!でも油も新しいのかサクサクと食べられるから困る。お父さん

ぽい男性が始終皿洗いし、女性3名が調理とホールを担当。皆さん、とても心温まる接客であった。

11時半から午後2時半までの3時間営業(でもご飯無くなり次第終了)、水、土、日、祝日定休日。

夜 舟町「おちあい」お腹空かない人用お任せ(大根のそぼろ煮、玉こんにゃく、揚げ銀杏、カンパ

チのカマ塩焼き、大根おろし、和風しゅうまい、鶏の唐揚げ、雑炊)、ビール(小)、麦焼酎 

4500

 

 唐揚げオミヤにしてねー!

 

急いで帰宅して「特茶」1本をほぼ一気飲みした。あれだけのフライを食べたのだもの、カラダにつ

くだろう脂を考えると居ても立ってもいられない。ゴクゴク・・よし、これで安心(これだからこの

人は困るのだよ)。明日出発なので荷造りなど始める。パクパク日記21週も作成し終えた。UP

は明日にしよう。なかなかお腹が空かんなぁ。遅い昼食にあれだけ揚げ物食べたものなぁ。メンチカ

ツなんてコッペパン程の大きさだったものなぁ。体育会系の男子高校生向きで、コキ寸前の婆さんに

はなぁ。それでも8時頃「おちあい」。刺身も芋鍋もいらないからと断るめんどくさいな客となった。

            _____________

 

2月 15日(水)晴れ

朝 家食 「おちあい」鶏の唐揚げふすまドッグ、シジミの味噌汁、ヨーグルト

昼 四谷三丁目「サイゼリア」小海老のサラダ349円、クラムチャウダー299円、ほうれん草のグラ

タン399円、ドリンクバー190円(スマホ忘れのため写真無し!)

昨日伝えられた北朝鮮金正男氏がマレーシアのクアラルンプールの空港で暗殺されたとされる事件。

今朝はそのニュースばかりだった。叔父(義理だが)を処刑し、兄を暗殺する主導者と仰がねばなら

ない北朝鮮の人々を思うと気の毒でならない。と言っても北朝鮮国民はこの事件のことナーニも知ら

されていないと思うけどね。郵便物投函がてら出かけた「サイゼリア」。写真を撮る段でスマホを充

電したまま忘れ来たことに気付く。最近万歩計もスマホオンリーにしているから、損しちゃったよ。

午後3時半、次兄夫婦と麹町の甥宅を訪ねる。晃夫人となったМ代さんのお見舞いだ。お元気で!

帰宅して昨日作成したパクパク21週アップ。続いて今夜の出発に合わせて手荷物の準備をする。

夜 成田・日航ホテル成田「サンセットラウンジ」野菜スティック、チャーシュー、春巻、五目焼

きそば、生ビール2杯、麦焼酎ダブル @7840

 

  

 今日も五目焼きそばだよん

 

午後8時成田の日航ホテルに到着。フロントには長蛇の列でチェックインに手間取った。何があっ

たのか聞いてみるとエアインディアがフライトキャンセルして、その客全員を受け入れているのだ

と言う。明日の朝食はインド人の方が多いのだろうなぁ。カレーの取り合いか(笑)。いつものよう

に「サンセットラウンジ」に行ってみると、女性バーテンダーのK藤さんお休みだった。2回会え

なくて残念だ。とても美味しかったのでもう一度食べてみたら、そうでも無かった、ということあ

りませんか?私はよくある。前回五目焼きそばがどえりゃあ旨いと思ったのだが、今夜はフツーだ。

            _____________

 

2月 16日(木)成田は晴れ ブダペストは曇り

第1食 日航ホテル成田「セリーヌ」朝食ヴュッフェ

 

  

 

第2食 JAL成田=フランクフルトビジネスクラス機内食(和食)

 

 

6時起床。インド人客がカレーを食べ切らないうちに朝食ヴュッフェに行かなくっちゃ。なんて冗談

だけど、いつものように納豆カレーを食べられてホッとした。今夜遅くの部屋食用におにぎり確保。

ホテルの中にローソンがあるのはとても便利だ。ホテルに泊まってコンビニ食の客も多いらしいし。

空港までの送迎バスは乗客が溢れて3台も増便になった。第2ターミナルの団体受付けカウンターで

添乗員のK峯さんに挨拶。JALが手配してくれた車椅子でスイスイ移動し68番ゲートからフラン

クフルト行きに搭乗した。スカイスィートはなかなかのシートであるが、AとKの窓側以外は通路に

接していてジロジロ見られてしまう。事前にAかKじゃなきゃイヤ!って言うのだ。和食を注文した

湯島「くろぎ」の監修だった。「くろぎ」はこれまで何度か行ったが、機内食は「別に」って感じ。

映画は「闇金ウシジマくんザ・ファイナル」と「続・深夜食堂」の2本観た。「ウシジマくん」は大

好きな山田孝之が「カウカウファイナンス」の丑嶋馨を演じ、これが4作目となる。期待を裏切らな

いねぇ、彼は。「ちゅらさん」で国仲涼子の弟役で出て来た時は「何て可愛い子」だろうと思ったが

どんどん個性的な役者になったよね。「続・深夜食堂」はどうでもいいというか、脚本がイマイチだ。

第3食 JAL成田=フランクフルトビジネスクラス機内食(醤油ラーメン)

 

 以前の味噌ラーメンの方が旨かった

 

第4食 ルフトハンザ航空フランクフルト=ブダペストビジネスクラス機内食(軽食)

 

  

    フランクフルト空港では車椅子のバーさん3人を乗せたバスにリフトローダーが乗りつけて

 

第5食 ブダペスト・フォーシーズンズホテルグレシャムパレス客室にて 鮭おにぎり、ウィスキー

 

   リバービューパークスィートの部屋はこんな。日本茶のウェルカムサービス

        バスルームには床暖房が。霧の向こうにクサリ橋。           長い一日だった、お疲れ様!

 

フランクフルト空港に到着。JALが着く第2ターミナルからルフトハンザ航空に乗り継ぐため第

1ターミナルまでトラムで移動。車椅子ごとだけどね。そこからスペシャルコースを通って特別バ

スに乗車。搭乗予定機材のほど近い場所で待機していると1台のリフトローダーがやって来た。3

人の車椅子バーさんが乗り込むと、搭乗機材につけて、そこからタラップを昇ることなく搭乗した

のだ。ゲートからの搭乗でなくバス便の場合はこうして身障者を運ぶらしい。タイヘンである。サ

ラダをつついているうちに午後6時ブダペストの空港に到着。出迎えのガイドは日本語ペラペラの

ゾルタンさんだ。大型バスでホテルに向かった。今夜からフォーシーズンズホテルグレシャムパレ

スに5連泊する。ドナウ川にかかる最も美しいくさり橋の真ん前にあるホテルだ。折角の5連泊な

のでリバービューパークスィートを借りた。わ〜い!くさり橋がよく見える。でも霧が濃いなぁ。

           _____________

 

2月 17日(金)ハンガリー・ブダペストは曇り  10フォリント(HUF)=約4

 ブダペスト・フォーシーズンズホテルグレシャムパレス「KOLLAZS」朝食ヴュッフェ

 

  

  ホテルロビー天井とユニークなシャンデリア         階段も天井のステンドグラスも素敵!

  ホテル内のレストランはここだけ!        朝食ヴュッフェは朝6時半から     日本人は朝が早いね

    料理数は多くは無いが、良いものが並ぶ       レストランが1つというのもなぁ

 

6時に起きてシャワーを浴びる。浴室は広いのにシャワー室は狭く、ハンドシャワーが無いからお

湯に切り替わるまでは頭から水を浴びざるを得ない。これから毎朝「滝苦行」のようで気が重い。

午前7時前にレストランに行ってみると、既に食事しているのはほぼグループの人達だった。料理

数は意外に少ないが、結構美味しいので良しとするか。こちらに来る道中のどこかでステッキの先

端に嵌めてあったゴムキャップが外れてしまった。ぽっかり穴が開いた金属では、大理石やフロー

リングの床は滑って危なくて仕方がない。これでは観光は出来無いなぁと弱っていると、添乗員の

K嶺さんが赤いビニールテープをグルグル巻きにしてくれた。これで当座はキャップ代わりなりそ

う。K嶺さんに感謝!そういえば、日本語ガイドのゾルタンさんもN呂さんも「これ使ってみて」

とご自分のステッキを持って来られ貸して下さって。ただ長さがね、合わなくて。ご厚情に感謝!

 

ハンガリー国立オペラハウス外観       ハンガリーが生んだリストの像がある     オペラハウスの豪華な天井

  オペラハウスクローク        収容人数1200人とじんまりしたホール    シシーも愛したオペラハウス

ロツ・カーロイの天井画とドイツ製シャンデリア      ロイヤルボックスから舞台を観る     オペラチケット代は馬2頭分!

厳重な荷物検査を受ける        世界で3番目に大きなドハーニ通りのシナゴークは1895年完成した

 シナゴークには3千人が入ることが可能でミサはヘブライ語で     シナゴーク裏に戦没者名を刻んだ柳の木オブジェ

昼 ブダペスト「ニューヨーク・カフェ」マンガリッツァ豚のハムと生ハム、ニューヨーク・ペンネ

(ポルチーニ、チェリートマト、マスカルポーネ)、アプリコットジャムのチーズケーキ、コー

ヒ―、ピーチジュース

 

    BOSCOLOホテル内にある「ニューヨーク・カフェ」   1894年開店した時は「世界一豪華なカフェ」と評判に

     中2階ではロマ音楽の楽団やピアノの演奏がライブで         ハンガリーの「国宝」マンガリッツァ豚

  カフェの名物ニューヨーク・ペンネ                       素敵なBOSCOLOホテルのロビー

 

観光の最初はオペラハウス。午前中リハーサルの予定が入ったということで、8時45分の出発とな

った。オーストリア・ハンガリー帝国時代に建設が許可される際「ウィーンのオペラハウス(立ち見

600人含む2800人収容)より小さくせよ!」という条件が出されたから1200席とこじんまりして

いるが、代わりに舞台はバカでかく、ハンガリーの反骨精神みたいなものを感じる。ロイヤルボック

ス席には時の皇帝フランツ・ヨーゼフ夫妻も座られた。ハンガリー好きのシシィこと王妃エリザーベ

トは単身オペラ座に来る時は「舞台は見えにくいが、全客席からも見やすい」ボックスシート(シシ

ィ・ロオジェと呼ばれた)に座られたそうよ。当時オペラのチケット代馬2頭分というからビックリ!

次はドハーニ通りのシナゴークへ。ユダヤ教会であるシナゴークは特別名前は持たず通りの名で呼ば

れるそうだ。ここは世界で3番目の大きさで2番はエルサレム。じゃ一番はどこかと言えばニューヨ

ーク!第2次世界大戦ではブダペスト大都市圏には25万人のユダヤ人が住んでいたが、その多くが

ナチスと矢十字党によるホロコーストによって命を落とした。そんな中でスェーデン人ラウル・ワレ

ンバーグは外交官の立場を最大限利用して10万人のユダヤ人を助け出した。しかし、彼自身はドイ

ツの次にやって来たソ連軍に拉致され行方不明になってしまった。そんなことを考えたシナゴークだ。

ランチはこの街の名所でもある「ニューヨーク・カフェ」で。1894年に出来た時は「世界で一番美し

いカフェ」と評判だったそうだ。カフェがあるニューヨーク生命保険ブダペスト支店の建物は現在、

BOSCOLOホテルである。雰囲気は最高だが、料理は・・それ程でも無い。ロマ音楽はいいな!

 

 三位一体広場にある三位一体像     ゴシック様式のマーチャース教会  フランツ・ヨーゼフの戴冠式が行われた

マーチャース教会内部          聖イシュトバーンの騎馬像   1903年美化計画の一環で建造された漁夫の砦

あらら〜、大型バスがくさり橋を渡っている!          フォアグラとパーリンカの専門店に行く

 

 ブダペスト「mak」アミューズ:ムール貝とコリアンダー、マッシュルームと海老のスープ、

  羊とキャベツ、お口直しのソルベ、ココナツ・レモングラスとオレンジ、カモミールティ、プチ

フール、ビール1400HUF、白ワイン1600HUF、赤ワイン2100HUF

 

  

  

     リバービューパークスィートのベランダから撮影。左から王宮、くさり橋、右に見えるのはマーチャース教会

 

午後はドナウ川を渡ってブダ地区の観光。平坦なペスト地区に比して、ブダ地区は丘である。坂道を

ハァハァ息を切らしてブダペスト観光の王道マーチャース教会や漁夫の砦へ。ここも3回目だから来

なくても良かったんだけどね。漁夫の砦は上りたくないので教会で本を読んでいた。帰りのバス。基

本的に大型バスはくさり橋は渡れないらしいのだが、ドライバーのペーターさん敢然とくさり橋を渡

る。ヒョーッ!嬉しいねぇ。くさり橋の正面は宿泊しているフォーシーズンズホテルだもんね。解散

後、ゾルタンさんとフォアグラとパーリンカの専門店へ。フォアグラはハンガリーの重要な産物であ

る。昨夜チェックインした時は霧が濃かったが、今夜空は澄み切っている。客室のベランダからライ

トアップされた王宮やくさり橋などを撮影。夕食は徒歩10分の人気のビストロへ。姉弟3人(60

80代)+ご主人の4人グループ、母娘1組、ご夫妻2組、一人参加2人というなかなか面白いメン

バー12人と添乗員K嶺さん、それに本業はカメラマンで日本大好きなガイドゾルタンさん。メインの

チョイスメニューは圧倒的に魚に流れた中で唯一人羊を選択。それがムッチャ柔らかくジューシー!

            _____________

 

2月 18日(土)ブダペストは曇り  

 ブダペスト・フォーシーズンズホテルグレシャムパレス「KOLLAZS」朝食ヴュッフェ+ハ

ンガリースクランブルエッグ

 

  

   コンシェルジェの横には暖炉が   正面入口からフロントを見る          入口上には鉄の孔雀が

     ヴュッフェの他に卵料理やパンケーキなどを注文出来る。今日はハンガリー風スクランブルエッグ

丘の上の世界遺産パンノンハルマ修道院。   聖堂の入口にはパンノンハルマ出身の聖マルティンの「マントの伝説」が

 

パンノンハルマ修道院はハンガリーにおけるベネディクト会の本部。今も40人の修道士が共同生活を送っている

 

           ラテン語、ドイツ語、マジャール語で書かれた蔵書が36万冊ある美しい図書館

 

昼 パンノンハルマ「VIATOR」野菜とオックステイルヌードル入りのクリアスープ、ロースト

シュリンプリゾット添え、花梨のパイとアイスクリーム

 

  

 

今朝は4時に目が覚めた。朝の気温は毎日零下だ。気温が低い日は決まって霧が出る。今日も霧濃そ

うだなぁ。出発が8時と早いので朝食はそそくさと。今日はブダペストから西に100`m離れた聖マ

ルティンの丘に佇むパンノンハルマ修道院を訪れる。5年半前にも行ったことがあるが、神聖な場所

だから今日も参加する。アジアから移り住んだマジャール人の初代国王ゲーザは、チェコからベネデ

ィクト派の修道士達を招く。996年修道士達はパンノンハルマ修道院を建設してハンガリー人はキリ

スト教に改宗した。国王ゲーザの息子はローマ教皇からイシュトバーン1世の称号を貰い、ここより

ハンガリー王国の歴史は始まることになった。ビジターセンターで各国別の字幕のあるDVDが用意さ

れているのだが、清貧と貞潔を旨とするベネディクト派とは思えない程優秀な中高一貫校全寮制のギ

ムナジウムもあるよ、それに修道院で作っているワインだ、ハーブだ、ラベンダー祭だ・・とエラク

ビジネスチックな内容なのだった。「やるな、おぬし」って感じ。ここから木製の遊歩道が長くてね、

前回も今回も泣きました、私だけね。前回礼拝堂は工事中で見学出来なかったのだが、その工事とは

ステンドグラス等の装飾をほぼ取り去るものだったらしい。そんなところはベネディクト派だなぁっ

て思うのよ。修道院が建造されてからちょうど千年後の1996年世界遺産に登録された。ビジターセン

ター近くに前回まで無かった明るいレストランが出来ていた。ワインがムチャ安かったが私は飲まん。

夜 ドナウ川クルーズEUROPE号 ディナーヴュッフェ、ビール、赤ワイン

 

  

            ドナウ川クルーズ船で最大の「EUROPE号」に乗り込む

 食事はヴュッフェ。味は・・。ハンガリアン舞曲などを聞きながらライトアップされた国会議事堂を眺める

 

今夜はドナウ川クルーズ。その前に希望者は温泉に1918年にオープンした「ゲレルド温泉」に出掛

けられた。ブダペストは市内にはあちこちに28度から80度までの温泉が湧いていて、何と110

の温泉施設があるのだ。これだけ温泉が多いのに地震が少ないって羨ましいぞ。私は3度もブダペ

ストに来ているのに今日も含めて一度も参加していない。さて、7時にホテルを出てドナウ川沿い

の船着き場へ。大きなEUROPE号」に乗船したので乗客の数も半端ではない。たくさん客がいる中

でのヴュッフェだから、料理を取るにも押し合い圧し合い。イヤだね、こうゆうの。夜景はキレイ!

            _____________

 

2月 19日(日)ブダペストは曇り  

 ブダペスト・フォーシーズンズホテルグレシャムパレス「KOLLAZS」朝食ヴュッフェ+

エッグベネフィクト

 

  

ここにくさり橋があるって信じられる?     ホテルのロビー階         これお城?いえ温泉です!

   賑わう人工スケート場           シシィが愛した郊外にあるゲデレー宮殿

 

昼 ブダペスト「ジェルボー」グヤーシュスープ、川カマスフレイのバターソース野菜ポテト添え、

クラッシックミニケーキ盛り合わせ、アールグレイ

 

      ブダペストを代表するカフェの「ジェルボー」にはシシィも訪れた

 

今朝も朝霧が濃かった。昨日ベネディクト派のパンノンハルマに行ったからというわけでも無いが、

朝食ではエッグ・ベネディクトを注文。黒トリュフとスモークサーモンが添えられていた。今日の

観光は30`程郊外にあるゲデレー宮殿の見学。18世紀半ば貴族の城として建造されたが、1867

ハンガリー政府が買い上げ、皇帝フランツ・ヨーゼフの所有となった。ウィーンと王宮を嫌った夫

人のエリザーベト・シシィは度々ハンガリーを訪れたが、このゲデレー宮殿はことにお気に入りで

2000泊したという記録があるそうだ。宮殿の裏に広がる敷地を馬で走ることでシシィの一日は

始まったんですって。午後は難解なハンガリー語のお勉強かな。今は優美な姿に戻った宮殿だが、

ハプスブルグ家が滅びると忘れられた建物はソ連軍の宿舎になったり、養老院になったりもしたの

だ。シシィもヤキモキしたと思うが、1985年から修復工事が始まり、今は蘇ったよ。但し撮影禁止

ね。12時にはブダペストに戻りシシィも通ったと伝えられる「ジェルボー」でランチ。ビストロで

食べた食事は今一だったが、カフェに席を移してのデザートとお茶は結構なものだった。甘いけど。

遅い夜のおやつ 客室にて バナナ、ミニシュー、ビール、ウィスキー

 

  

        今夜はシシィ、エリザーベト王妃はオペラハウスにお出ましでは無いようだ

 オペラ「カルメン」の舞台幕    左からドン・ホセ、カルメン、指揮者、エスカミーリョ

 夕食は食べなかった!

 

午後5時にホテルを出てオペラハウスに向かう。午後6時開幕のオペラはビゼー作曲「カルメン」。

前から4列目の席だった。オペラは今夜が初めて、なんていう初々しい方々もいらしたから、取っ

掛かりとして「カルメン」なんてベストの作品と思う。序曲からして「あー知っている!」って感

じでしょ?と話かけたら「さぁ〜」って返事でガッカリ。恐れていたモダン版だったが、それでも

「カルメン」なら女性陣のワンピースやスーツも許せる。カルメンはトリプルキャスト、他はダブ

ルキャストだったが、オールハンガリー人歌手の今夜はなかなかだった。バスでホテルに帰ったの

9時半だった。6時から始まると終わるのも早くていいな。空腹でも無いので夕食抜いてビール!

          ______________

【今週の振り返り】

ブダペストは18731117日、ドナウ川の西岸にあるブダとオーブダ、東岸のペストが合併し

てブダペストとなった。それまでは何て呼ばれていたか、ガイドのゾルタンさんに聞いたら「それ

はペストブダです」という返事が返って来た。いつもマジメな顔で冗談言うイイ年して悪戯っ子の

ようなゾルタンさんだから本当かどうかはわからんが。口の悪い人は「豚がペストにかかったみた

いな地名だ」なんて言うけど、「ブタ」ではなく「ブダ」。「オーブダ」は大豚ではなく、「古いブダ」

という意味の地名だ。行ってみればすぐわかるが「ドナウ川の真珠」と呼ばれる、それは美しい街

なのだよ。もちろんハンガリーの首都である。

 

現在大多数が占めるマジャール人がやって来たのは9世紀のことである。それからブダペストは数

奇の運命を辿ることになる。13世紀半ばにはモンゴルがやって来て略奪された。やっと再建したら

オスマントルコ帝国がやって来て150年間支配されてしまった。19世紀の半ばにはオーストリア=

ハンガリー帝国なんてことになってしまってハプスブルグ家の支配を受ける。その間の1873年に上

記のブダとオーブダとペストの合併があり、ブダペストはウィーンに続く第二の首都になった。こ

のオーストリア=ハンガリー帝国は第1次世界大戦後解体されて、ようやくハンガリー帝国として

独立宣言をするのだが、それも束の間、今度は第2次世界大戦に突入。当初枢軸陣営についたハン

ガリーだった(日本もね)が「抜けたい」と言ったらドイツに占領されてしまった。そして、金曜

日訪れたドハーニ通りのシナゴークの項でも書いたがブダペストに多く住んでいたユダヤ人がホロ

コーストに遭うのである。加えてブダペストにいるドイツ軍を東から攻めて来たのはソ連軍だった。

このソ連はブダペストを包囲して激しく攻撃し、ドイツ、ソ連両軍によって全ての橋は破壊され、

街も家も人も蹂躙されたのだった。

 

ブダペストの苦難はこれでもまだ終わらない。第2次世界大戦が終わってから1949年ハンガリー

は共産主義の人民共和国として独立を宣言した。大戦後の東西陣営の東側に呑み込まれたというこ

とだ。共産主義政府はブダ城のような前支配者である王政のシンボルとして宮殿を破壊した。シシ

ィがこよなく愛したゲデレー宮殿の大広間は天井が高く、舞踏会でも開かれたのだろうと思わせる

優雅な部屋だが、ここに30ものベッドを並べてお年寄りが寝食する養老院にしたのもその一環だ

ったのだろう。しかし。199112月ソビエト連邦は解体された。解体前にソ連邦の変化に敏感だ

ったハンガリーとポーランドは民主化にいち早く民主化の歩みを始めた。ベルリンの壁が破壊さ

れたキッカケは、ハンガリーで行われた汎ヨーロッパ・ピクニックであった。ブダペストにあっ

た独裁者の記念物は撤去された。ハンガリーはようやく自由な国となった。現在を第三共和国時

代と呼んでいるらしい。1999NATOに加盟し、2004年にはEUにも加盟した。しかし諸条件が

整わず通貨はフォリントのままだ。

 

グヤーシュを代表とするパプリカ料理、フランスよりずっと安いフォアグラ、町中あちこちで

湧いている温泉、トカイワイン、「国宝」にまでなってしまったマンガリッツァ豚・・・ハンガ

リーには旨いものがたくさんある。フランツ・リスト、フランツ・レハール、ゴダーイ・ゾル

ターン、バルトーク・ベーラ、ジョージ・セル、ユージン・オーマンディ、ゲオルグ・ショル

ティ・・・。ハンガリーは何てたくさんの作曲家、指揮者を輩出しているのだろう。中でも、

私はゲオルグ・ショルティが大好きだった。イギリスに帰化してサーの称号なんて貰ってしま

ったんだけどね。来週もうちょっとブダペストにいますよ。

 

              ブダペストってニャニ?

 

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