月曜日暖かい京都から帰り木曜日から暑いオーストラリアへ
ブルーマウンティンズ・スリーシスターズ シドニー・オペラ座
2月 17日(月)京都は晴れ 暖か
朝 京都東山・ザ・ホテルヒガシヤマ京都東急「ナナノイチ」朝食ヴュッフェ3729円
朝はしっかり!
昼 新幹線京都=東京車内にて 駅弁「牛めし弁当」、お茶
う〜む、ちょっと味がね
夜 明石町「ダイニングルーム」A定食(牛肉の和風焼き、生鱈子と野菜の煮物、春菊のピーナッツ和え、野
菜の甘酢漬け、ご飯、味噌汁、青森のシナノゴールド林檎)1870円、麦焼酎
先週金曜日京都に来て、今日で4日目。当初は最終日の今日、京都の家に行ってカンタンな掃除などを
しようかと思っていたのだが、つい10日程前にA先生夫婦が2日間も私の家に通って掃除をして
くれた。今さらながらありがとうございます。それなら行かなくてもいいか、ってことで、出発ま
でゆっくりしていた。朝食会場は昨日に比べて外国人客が激増。彼らのヴュッフェの選択を眺めている
と面白かった。隣に座った30代くらいの女性は皿いっぱいフルーツだった。それだけかい!バランス悪い
のぉ。パンとバターとチーズとコーヒーだけの若い男性。脂質と糖質だけですな。ヴュッフェ料金3729円なのだ
からもうちょっと食べましょうよ。と思えば、日本食にも果敢にトライし、ご飯茶碗によそったご飯を
切り干し大根の煮物と出汁巻き卵をおかずに食べていた60代位の男性もいた。私はバランス良く和食
の食材を頂きました。荷物を送ってタクシーで京都駅へ。KMタクシーで運転手さんとのお喋りが楽しかった。
新幹線の中で食事を済ませようと駅弁を物色。牛肉と白滝に味付けした牛めし弁当が美味しそうだ
ったので購入したのだが、味付けがイマイチでちょっとガッカリ。やっぱりこうしてみると「崎陽軒」のシ
ウマイ弁当は決して裏切らないから貴重だね。お弁当を食べてウラウラと日の光を浴びているうちに深い
眠りに。大好きな浜名湖と富士山を熟睡したまま通過をしてしまう程、深く眠りこけていたようだ。
昨夜また夜中にお腹を壊して、あまり眠れなかったからね。私のシツコイ腹コワシにも困ったものである。
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2月 18日(火)晴れ だいぶ寒い!
大寒波再来!
朝 明石町「ダイニングルーム」A定食(身欠きにしんのつけ焼き、切り干し大根と薄揚げの煮物、隠元
の胡麻和え、ご飯、味噌汁、飲むヨーグルト、オレンジ)770円、納豆220円、「封印」わさび漬け、
コーヒー165円
今日の身欠きにしんふっくら美味しい
昼 明石町「ダイニングルーム」A定食(鶏肉のカレーうどん、百合根豆腐、ほうれん草の磯辺和え、バニラ
アイスクリーム)1210円
一昨日京都でカレーうどん食べたばかりだ
夜 明石町「ダイニングルーム」B定食(白身魚のピリ辛甘酢炒め、大根もち、菜の花と湯葉の和え物、豚
バラ肉と根菜のスープ、ご飯、漬物、赤肉メロン、タピオカ入りココナッツミルク)1870円、麦焼酎
白身魚のピリ辛甘酢丼は旨い
しばらく日本はかなり暖かかったが、今日から大寒波が日本列島を襲っているそうだ。確かに朝は
かなり気温が下がった。昨日暖かかった京都から帰って来たばかりだが、今日は次の旅の荷造りを
始めようと思う。目的地は暖かいどころが暑い。たぶん。赤道を真ん中にして上側(北側)は北半
球、下側(南側)は南半球。北半球にある日本は今真冬で春が来るのを待っているところだが、南
半球は今夏真っただ中!2週間前沖縄は暖かいだろうと薄着ばかり持参したら気温は低いわ毎日風
は吹くわで寒さに震えた。次の週は京都。沖縄で懲りたので厚手の服ばかり持って行ったら連日暖
かくて汗ばみながら後悔した。笑っちゃうことに東京に戻れば、またもや寒さが!そんな中真夏の
旅支度をしろってかい!ってチト切れぎみ。とはいえ、5日、6日目の地域の最高気温は42度だって
言うしな。と言いながら2日目は高地だから朝晩は冷えるらしいぜ。いつもならササッと旅支度は済
むのだが、こんな気温事情で悩んで2時間程かかってしまった。その上、真冬の今、夏場の虫対策
とか日焼け対策グッズを求めるのは結構タイヘン。以前は四谷三丁目辺りのドラッグストアで「蚊取り線香あ
りませんか」とスタッフに聞いては、奥の倉庫から探して来た湿っぽい箱を不機嫌そうに渡されたもの
だ。蚊取り線香の灰受け用にアルミ箔を数十センチ切り取って、100円ライターと一緒に箱に入れることも忘
れない。あの頃は愛煙家だったから100円ライターは家にゴロゴロしてたけどもう長いこと吸わないか
らライターも無い。北半球から南半球に今行く人は先ずは暑さ対策、帰って来る時は寒さ対策が必要よ。
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2月 19日(水)晴れ
朝 明石町「ダイニングルーム」B定食(無塩トマトジュース、スペインさんオムレツ、ブロッコリー炒め、サラダ、トースト、飲
むヨーグルト、パイナップル、コーヒー)770円
S藤さんのトーストは3枚切り程の厚さだ!いや、2枚切りかも・・
ドジャースサムライ投手トリオ え?レジェンド野茂? ノモのモノマネ翔平選手
春季キャンプ真っ盛り
向日葵タネ蒔き撮影のテオ 今年もHRではよろしくね
昼 明石町「ダイニングルーム」アラカルトメニューから 牛すきうどん(ほうれん草お浸し付き)1430円、アイス
ティ165円
ご飯くださーい!と言いたくなった
夜 明石町「ダイニングルーム」A定食(鶏肉の柚子塩焼き、茶碗蒸し、鮪の山かけ、胡瓜とセロリのあちゃ
ら漬け、ご飯、お吸い物、苺)1870円、麦焼酎ボトル3300円
ぐだぐだと作成していたパクパク日記2月1週をようやく作り上げてアップした。明日夜から1週間以
上いなくなるので次回の更新はまた遅くなるなぁ。午後2時から3階のホールで「小さな音楽会ファゴ
ットと共に愛を奏でる」と名付けたコンサートがあった。コロナ真っ盛りの間も、演奏者はマスク(歌う人も!)
に透明パネル板などを施し、客席もひとりひとりが凄く離れて座るような体制で細々と音楽の催しは
続いた。都合がつく限り、私は参加していたが、時には演奏者やスタッフが7,8人なのに聴く側が4,
5人なんて時もあってもったいないと何度も思ったものだ。ところが、今日行ってみると20人以上
の出席者で、歌とピアノとファゴット奏者もスタッフも大喜びだった。プログラムは「愛」をテーマにした曲ばかり
で、「聞かせてよ 愛の言葉を」、「愛の讃歌」、「愛の挨拶」、「愛の夢第3番」、「人知れぬ涙」、「歌
に生き愛に生き」、「やさしい愛の歌」。それに花の歌として「花の街」、「花は咲く」、「早春賦」。最
後の「早春賦」はこの数年初めて「みなさん、ご一緒に!」と誘われ、全員で歌ったのだった。♪
春は名のみの風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声
も立てず ♪ 歌はいいですなぁ。とはいえ、声が出ない!高音が全然出ない!それでも発声練
習を地道にやれば、高音も含めて声が出るようになるのはわかっているのだが、その地道がね、
出来ないのよね。あれ?ひょっとして、昼に初めて食べた牛すきうどんの味が濃すぎて、それで
声が出なかった?なーんてね。あんな濃いうどんを食べるなら、白いご飯が欲しかったよ。東京
ドームで開催されるMLBの開幕戦まで1ヵ月と迫った。大谷翔平選手にナツイテいたギャビン・ラックスがシンシ
ナティ・レッズに移籍してしまったのは残念だったが、翔平の良き友テオスカ・ヘルナンデスもチームのムードメーカーで
あるキケ・ヘルナンデスもドジャースと再契約してホッとしている。嬉しいぞ!2025年もガンバだ!ドジャース!
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2月 20日(木)東京は晴れ
朝 明石町「ダイニングルーム」A定食(和風ロールキャベツ白味噌仕立て、鱧入りかまぼことわさび漬け、江
戸菜おかか、ご飯、味噌汁、飲むヨーグルト、キウイ)770円、納豆220円、ハチミツ梅干し、コーヒー165円
手荷物の準備をしなくては!
昼 明石町「ダイニングルーム」B定食(彩り野菜スープ、ずわい蟹のトマトクリームスパゲティ、サラダ、苺ジャムヨーグ
ルト、アイスティ)1210円
遅い夜 羽田空港第2T国際ターミナル「ビジネスラウンジ」生野菜、ポテト、グラタン、ジャンバラヤ、稲成寿司、き
つねうどん、フルーツ杏仁豆腐
またもや夜行便での海外へ。去年の10月末からの夜行便(深夜便のことですよ)での出発は3回
目となる。10月末にはイタリアのジェノバに行くために、成田発のエミレーツ空港の深夜便ドバイ経由でミラノへ、
今年になって1月末にはウィーンに行くために羽田からウィーン直行便に、そして今夜オーストラリアのシドニーに
行くため羽田からシドニー直行便に乗るのだ。パリやフランクフルトなどヨーロッパから帰って来る時など現地発
夜間便には乗りなれている。しかし、それは日本に帰って夕方でその夜眠れば疲労は解決する。し
かし、到着地が朝というケースは精神的にも生理的にもシンドイ。今回もそのケースで、今夜11時前に出発
するとシドニーに到着するのは明日午前10時だ。今日は普通に起きて普通に生活し、夜の7時半に予
約したタクシーに乗り込む。「羽田空港第2ターミナルの国際線。勝鬨橋渡って晴海から高速、湾岸で」とほ
ぼ完璧な指示。「はい、了解しました!」と東京駅方面に走り出す運転手さん。「おいおい、どこ行
くんじゃ!」昨今こういった運転手さんがが多くてね。半年ほど前羽田空港第2ターミナル国際線ラウンジ
はガラガラあった。しかし、今や便数が激増して午後8時台のビジネスラウンジは広いのにほぼ満席!こ
のANAのラウンジの料理は糖質畑のようではあるが、私の好きなもので溢れているから好き。JALビ
ジネスラウンジは食べたものはカレーだけだ。グラタン、ジャンバラヤ、稲成寿司、きつねうどんなどニコニコ顔で食
べていると、先月お世話になった東南アジア出身のお母さんが「いつもありがとう。あなたの顔覚え
ている。杏仁豆腐持ってくるね」と三色白玉入りお汁粉を持って来た。違う!と言うとやっと杏仁
豆腐が。10時、強風吹く中バス便で搭乗機へ。冷え切ったタラップの手摺りバーを「ひゃ!冷たい!」
と叫びながら握っては離してようやくタラップを上がったのだった。さぁ、いきなり寝るぞ!無酒日
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2月 21日(金)オーストラリア・シドニーとブルーマウンティンは晴れ
1豪j=AUD=約102円
朝 ANA羽田=シドニービジネスクラス機内食(和食)
オーストラリア時間7時半に和食を半分食べる
遅い昼 オーストラリア・ブルーマウンティンズ・リリアンフェルズ・ブルーマウンティズ・リゾート&スパ「ラウンジ」ハイティー、アールグレイ
えぇ?今日のランチは「ハイティ」?苦手だなぁ
高さ270b長さ720bを往復するシーニックスカイウェイで向こう岸まで移動
ブルーマウンティンズは世界自然遺産
伝説に溢れたスリーシスターズ スリーシスターズを望むエコーポイントはホテルからすぐ
でシーニックレイルウェイのトロッコ列車は世界最大の最大傾斜52度で標高差415bを一気に駆け降りる!
夜 リリアンフェルズ・ブルーマウンティズ・リゾート&スパ「ダーレイズレストラン」プリフィクス3コース(アミューズ・クリスピーポーク、
ラム肉のロースト、チョコレートのデザート)ビール12AUD、赤ワイン:カベルネソービニヨン26AUD
午後10時過ぎ搭乗。羽田からシドニーまでフライト時間9時間強。私が立てたフライト計画(飽くまでも一乗
客としてのね)に従い、機内食どころかウェルカムドリンクまで断って搭乗後即眠る体制を取る。でもなか
なか計画通りには行かず、眠りに付いたのは2時間後位か。そんなことで眠っていたのは3時間ほ
どだろうか。さすがに空腹となり、朝食として和食の機内食を食べた。シドニー空港に午前中10時に
到着してからバスでブルーマウンティンズに向かう。ガイドはシドニー在住の日本人ガイドマユミさん。そう若くも無
いと思う(失礼だよねぇ)のだが、元気一杯で大きな声で笑う陽気な女性だった。シドニー郊外にある
世界遺産ブルーマウンティンズ国立公園までは車で2時間半程。朝到着後の日程としてバスに揺られるのは超
有難い。ツァー参加者は9人だから大型バスにゆっくり座って睡眠不足を解消する良い機会だ。たぶん
面白いお話をしてくれているまゆみさんには申し訳なかたったが、熟睡させて貰った。午後1時前、
今日宿泊するリリアンフェルズ・ブルーマウンティズ・リゾート&スパに到着。荷物を降ろしてラウンジでランチ。イギリス系だ
からか、ランチはハイティーだった。ツァー参加者の元乙女達、現乙女達はスコーンやケーキなどの各種スィーツにウキウキ。
昔「オッサンOL」と呼ばれた私は「何だよ、ハイティかよ、おやつじゃあるまいし」って。昔の私と言えば、
ハイライトのヘビースモーカーだったし、大酒飲みで趣味は競馬だったからなぁ。ランチ後、準備が出来たという
客室に行ってからブルーマウンティンズ観光。先ずは高さ270b長さ720bを往復するシーニックスカイウェイで向こ
う岸まで移動。乗り物の中央は人が踏むと下のガラスが透明になるという怖い仕掛け。渡った所から
ワケもわからずに「これに乗れ」と言われたエラク乗りにくい列車に乗り込む。「これ何ですか」と添乗
員のS広さんに聞いた途端に動きだした。アッという間に最高スピード!まさに真っ逆さまに落ちて
行くって感じ。ぎゃ〜〜っ!!!怖い〜〜!最大傾斜52度だって?ウッソ‐!涙が出て来た。どう
しよう〜!その時到着した。415b一気に落ちた。そこで皆さんは降りて谷底のシーニックウォークウェイを
散策するらしいが、私とS広さんはそのまま往復することに。上がるのだから怖くないと思った
ら、これがね、またエラク怖いのだった。ホテル近くのエコーポイントでスリーシスターズのお姿をじっくり拝見して
からホテルに帰る。夕食は本館と少し離れた場所に建つ別棟の「ダーレイズレストラン」で、ブルーマウンティンズ随
一のファインダイニング、という触れ込みだったから大いに期待していた。確かに建物の内部は歴史を感
じさせる風情もあるが、プリフィクスで選んだ料理は美味しいのかdぷかよくわからない。明日は日
の出散策などはせずゆっくり出発するつもりなので、旅中には珍しくビールと赤ワインを飲む。たい
して美味しいワインではなかった。昨年1月オーストリアでご一緒だったA田夫妻と、昨年6月北海道で
ご一緒だったN田さんと三女のお嬢さんエリちゃんと楽しくお喋りをしながらの夕食であった。
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2月 22日(土)オーストラリア・シドニーとブルーマウンティンは晴れ
朝 リリアンフェルズ・ブルーマウンティズ・リゾート&スパ「朝食会場」ヴュッフェ バナナ、ヤクルト
早朝から大腹コワシ大会開催中!😿
昼 シドニー近郊 「ROYAL CRICKETERS ARMS」(サラダ、シェパーズパイ、パン、アイスクリーム、カプチーノ)
食べたのはシェーキーズパイの上のポテトだけ 😿
午後から楽しみにしていたフェザーデール・ワイルドライフ・パークに行く
笑いカワセミ お行儀の良いワラビー 絶滅危惧種のヒクイドリ
アルコールを含むユーカリを食べるコアラは酔っ払て眠ってばかりいる
タスマニア・デビル ウォーンバッド(前) ウォーンバッド(後)
エミューです 幸せな動物クオッカはお昼寝中
爬虫類の種類も多い
コアラと記念撮影も出来る(有料) ハリモグラ クロコダイル
夕刻シドニーの フォーシーズンズ・ホテル・シドニーにチェックイン
夜 シドニー・フォーシーズンズ・ホテル・シドニー (自由食)客室にて ルームサービス(トマトスープ24AUD、パッタイ34
AUD、カモミールティ6AUD 計70 AUD
夕食はルームサービス(半分だけ食べた)
今朝は5時頃目が覚めた。その途端、お腹に急激に異変が起こり急いでトイレに走る。もういいか、
とベッドに戻ると、ものの5分もするとまたグルルって具合でトイレに逆戻り・・・それを何度も何度
も繰り返し、ついには9回を超えた。その頃にはすっかり疲れてしまい、既に3時間ほどが経過
していた。少し落ち着いたようだから今のうちにシャワーを浴びよう。古臭い固定型のシャワーがあるき
りで使い勝手は極めて悪い。枕元には充電用のコンセントは一つもなく、掃除機用やバスルームのヘアドライ
アー用のコンセントを使うなどしてエラク苦労した。いくら歴史ある建物だと憧れを持っていても、設備を
整えないとただの「時代遅れのホテル」に成り下がるよなぁ。朝飲まねばならない薬があって、そ
のためカタチだけでも朝食を摂りに行くか。朝食サービスは10時までだったが、料理の種類が少なく
寂しい感じ。ま、私は小さ目のバナナとヤクルト飲んだだけなのでこれでいいけどね。11時出発し、1
時間強走ったところで早くも今日のランチだ。先程まで滞在していたブルーマウンティンズの標高は1000b
あったから過ごしやすい気温だったが、低い地域に下りて来たせいか暑いぞ!今朝早くシドニーを出
発して駆けつけてくれたガイドのまゆみさんは今日も大張り切り。はーい、皆さん!今日のランチは
オーストラリアっぽいお料理ですよー!いったい何かなぁ〜楽しみでしょ、ってな感じで。答えはシェパー
ズパイ。イギリスの小説などによく出て来る料理はこれかぁ。ラムロースの挽肉と玉葱、その上にマッシュポテ
トを載せてオーブンで焼いてある。まゆみさん曰く、これは学校の調理の授業の課題にもなるらしい。
美味しそうなのだが、お腹が、ほら、こんなだから上に載ったポテトだけを掬って食べる。サラダやパ
ンなどは食べられずに残念。さぁ午後は楽しみにしていた動物園「フェザーデール・ワイルドライフ・パーク」だ。
オーストラリアの動物の飼育を専門にしたコジンマリした動物園で、ワラビーやエミューに入口で貰った餌やりが可
能で、有料だがコアラを触りながら(イヤラシイ!)一緒に写真も撮れる。抱っこはダメ。幸せな動物クオッカ
がお昼寝中だったのは残念だったが、愛嬌たっぷりのウォーンバッドやタスマニア・デビルの撮影が出来てご
機嫌。今日最後の目的地はシドニーだ。今日から街中のど真ん中にあるフォーシーズンズ・ホテルシドニ‐に2
泊する。チェックインに時間がかかったが、世界遺産のシドニーオペラハウスも(ギリギリだったけど)眺められ
る部屋だった。今夜は自由食。各自オイスターズバーやアジアンレストランに出けられたが、私は今朝の腹こわ
しから間が無いのでルームサービスでお腹に優しいモノにしよう。メニューを見ながら検討。トマトスープはまぁ良
いとしてパッタイってタイ式焼きそばみたいなもんでしょ?いいのかなぁ?油っこそうなそんなもの食
べてさ。いえいえ、どちらも半分で止めたからお許しを。それにしても量がバカ多かった。無酒日
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2月 23日(日)シドニーは晴れ
朝 シドニー・フォーシーズンズ・ホテル・シドニー「MODE」朝食ヴュッフェ
ミセスマックォリーズ・ポイントの景色が素晴らしい!
シドニーオペラハウスは2007年世界文化遺産に登録された
香港の街と似ている シドニー湾名物ハーバーブリッジ
人口500万人のシドニー 囚人の宿泊施設だったハイドパーク・デラックス タウンホール
昼 シドニー・フォーシーズンズ・ホテル・シドニー「MODE」2人で(大海老とリガトーニ40AUD、ノンアルコールビール、ホットチョコレ
ート)2人で145AUD
夜 無し!!
節制したせいか昨夜から今朝にかけて腹コワシは大丈夫のようだ。この調子なら朝食はしっかり食べ
てもいいかもね。このホテルは、以前リージェントだったらしいが、レストラン数は2つしか無い。期待してヴ
ュッフェに行ったのだが、料理揃えはフツーって感じだった。アボガドがあったのが個人的にはGoodだっ
たが。今日の午前中はシドニー観光。9時半バスで出発。素晴らしいお天気で空も海も真っ青だ。ミセス
マックォリーズ・ポイントは、かつての提督の夫人がお気に入りの場所だったというが、確かにハーバーブリッジ
とオペラハウス両方を1枚の写真に収めることが出来る素晴らしい景色あり、芝生が多いから愛犬と游
ぶには最適、静かな海面をカヤックで滑るように漕ぐ人達もいて市民の憩いの場所にはもってこいだ。
さて、次は予約しているオペラハウス見学。ところが、オペラハウスには大型バスは付けられない。暑い中を
ヒタスラ歩いて行く。しかも、オペラハウス見学の途中で百段の階段を登り下りがあると聞いて館内見学は
断念し、その間まゆみさんとお喋りしていた。オペラハウスのことは以前シドニーに来た時学んだことが
ある。1954年シドニーに大型のコンサートホールを造ることになり、デザインは公募された。選ばれたのは無名
のデンマークの建築家ヨーン・ウッツォンの作品で、1959年から工事に取り掛かり、350万AUD(700万米j)の
予算で完成は4年後の1963年とされた。しかし、建設事業は困難を極め、ありとあらゆるトラブルが
発生、遂にはウッツォンも辞任して国に帰ってしまい、それでも艱難辛苦の末オペラハウスが完成したのは
予定より10年遅れの1973年、総工費は1億2000万米jと当初の14倍にも膨らんでいた。それ
でもそのオペラハウスは世界文化遺産となり、シドニーには無くてはならない輝かしいシンボルとなっている。
皆さんはロックスで開かれているサンデーマーケットに行かれたが、私はホテルに帰ってマユミさんとランチ。何じゃら
かんじゃらと2人で語り合って楽しいひと時だった。今夜は水上タクシーに乗ってシドニー湾の景色を眺
めながら水上レストランに行き、シーフード料理を食べると言う結構な夕食の予定だった。しかし、明日は
朝早いし今夜は夕食抜いてみよっかなぁ〜なんて気になった。そんな気になるなんて、私の人生
でそうそう無い絶好のチャンスだ。「食べないことに喜びを見出す」ってか?ホンマかいな。へへ。無酒日
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【今週の振り返り】
今年の海外の行き先オーストラリアの次はオーストラリア。シャレのつもりではなく、たまたまそうなった。オーストラリア
には、これまで「チョイト寄りました」というのも加えれば、今回で6回目となる。最初に訪れたオースト
ラリアは年末年始を利用して行ったメルボルンだった。一番安く行くフライトで!と指定したワケではないが、
成田空港から台湾経由、香港経由、シドニー経由のメルボルンというフライトだった。年末の追い込みの仕事を
目一杯頑張って出かけて来たから全員クタクタ。飛行機の中で旨いとは言えない機内食をワシワシと食べて
寝込んで気持ち良くなった頃にドドーン!と飛行機は給油のために着陸する。え?着いた?コアラは?あ
っ、未だ台湾ですかぁ・・。また機内食食べてウトウトしているところに着陸。カンガルーは?あっ、未だ
香港ね・・離陸して2度も機内食食べてグッスリ寝込んだところでドドーンと着陸。カモノハシは?オーストラリアに
着いたけどシドニーだから国内線に乗り換えるよー。短い国内線に乗ってようやくメルボルンに到着。時差
は1時間だか2時間なのに余りに時間がかかったので頭はボーっと寝惚け、機内食を4回も5回も食
べたので胃腸はムカムカしていて、ガイドが連れて行ってくれたレストランで「ウェルカムランチでーす」と出された
硬いステーキに手をつけるメンバーは少なかった。
頭では真夏の国に行くのだよ、と言われてわかってはいても、連日真夜中まで働いていて海外旅行先
の気温などに思いを致すような余裕がなく、夏用の衣服をちゃんと準備して来た人は数少なかった。
だから目的地のメルンボルンに到着すると暑くて堪らず、コートを脱ぎ、セーターを脱ぎ、シャツまでも脱ぎ捨てたく
なった。れれれ!真っ青な海面は太陽の光でキラキラと輝いているじゃないか!出て来た日本はずっと寒
い日が続いていたぞ。ここはまるで夏じゃないか!はい、真夏です。ようやく自分達が寒い北半球か
ら脱して、夏真っ盛りの南半球オーストラリアのメルボルンに来たのだ!ということをジワジワと実感し始めた。何
と言う解放感!冷たいビールをグビグビと飲み干して1年間仕事に頑張った結果、ここに吹く風やどこ
までも明るい陽射しが何よりのご褒美のカタチだと実感したのだった。オーストラリア!飯は不味い(当時はムチ
ャ不味かった)が、住みやすそうな街じゃないかと45年前、日本から来た若者達は燥いでいた。
メルボルン。私にとってメルボルンはオリンピックを開催した「モノ凄い街」だという認識だった。1947年生まれの私
にとって最初に意識し、記憶があるのは1956年開催のメルボルンオリンピックだった。南半球で開催された初の
オリンピック。次がローマ、そしてその次が東京だった。小学校3年だった私はよく聞こえないラジオでメルボルンオ
リンピックの結果を聞いたように思う。今でもしっかり覚えているのは水泳の山中毅選手と体操男子の小野
喬選手の大活躍だ。山中毅選手は肩の筋肉がモリッモリで逆三角形の上半身だった。肺活量がムチャ多いとも聞
いた覚えがある。彼は400b自由形、1500b自由形で銀メダルを獲得、体操の小野喬選手は鉄棒で金メダ
ル、あん馬と個人総合で銀メダル、男子団体日本で銀メダル、計4つのメダルを獲得した。日本全体では金メダ
ル4、銀メダル10、銅メダル5だったが、19のメダルは男子体操(11)と男子競泳(5)それに男子レスリングフリー
スタイル(3)の3競技だけで獲得したものだった。小野喬選手は夏季オリンピック4大会連続で代表に選ばれ、
総数13個のメダルを獲得した。余談だが、現役時代「鬼に金棒、小野に鉄棒」と呼ばれた。そんな憧れの
メルボルンだが、歩いてみると意外にこじんまりした街だった。ホント、ここでオリンピックやったんですかぁ?滞
在中何度も聞いたものだ。
メルボルンは美しく、落ち着いた静かな街だった。異国の若者達が無防備でブラブラしていても身の危険を感
じることもなかった。住民は通勤に車か自家用ボートを使っているが、帰宅時には酔っ払っているから隣
の家と間違えることなんてしょっちゅうだなんて話を聞いて笑い転げた。平和だった。まぁ昔の話では
あるが、牧歌的な地域性に大いに感動し、「海外に住まねばならないと命じられたら、文句なく選ぶ街は
メルボルン」と長年言っていた。するとどうだ!それから数十年後ではあったが、2002年と2004年と2度
も「エコノミスト」誌の「世界で最も暮らしやすい都市」で1位を獲得したのだよ。また近年の2022年もアメリカ
のシンクタンクが公表したビジネス・人材・文化・政治などを対象として総合的な世界都市ランキングで世界第8位
の都市としてメルボルンを評価した。シドニーは17位だったから、オーストラリアではトップということだ。海外に住む
ならメルボルンと長く言っていた私だが、その後、住むならインスブルックと変化した。オーストラリアの次はオーストリアって
ワケだ。
南半球に行ったらどうしてもやりたいことがあった。それは南十字星を見ることだ。しかし、毎晩浮か
れて飲んでいて、酔っ払ったまま寝込んでしまうので、南十字星は未だ見ないままだということに気が
ついた。帰国まで夜はあと1回。チャンスは1度だけなのだ。次に南半球に来ることが出来るのはいつかな
んて予想もつかない。これが最初で最後の機会かもしれないのだ。しかし、その夜は生憎の曇空で星は
見えなかった・・😿 いえ!ご心配なく。その後私は何度も何度も南半球に行ったので。アジアならインド
ネシア(バリ島もね)、パプアニューギニア、オセアニアならオーストラリア、ニュージーランド、ニューカレドニア、フィジー、バヌアツ、キリバス、
ナウル、クック諸島、フランス領ポリネシアのタヒチ島とボラボラ島、アフリカならケニア、ウガンダ、ルワンダ、タンザニア、マラウイ、アンゴ
ラ、ザンビア、モザンビーク、ジンバブエ、スワジランド(現エスワンティ)、レソト、ボツワナ、ナミビア、マダガスカル、セイシャル、モーリ
シャス、南アフリカ、南アメリカならエクアドルとガラパゴス諸島、ペルー、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ウルグァイ、アルゼンチン、
チリ、イギリス領フォークランド諸島、南極。当然南十字星も何度も見た。エェッ!南十字星ってあんなに小さいって
いうか地味なの〜、なんてね。
そうだニャァ、どこに住むかニヤァ
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